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ギルド訪問編
第35話 エルサ・カールステッド
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「はぁ……参ったわ。またシグリッドに怒られてしまう。『だから関わるなと言っただろう』とかなんとかかんとか……」
ぶつぶつと落ち込んだ様子で独り言を呟くエルサ様はその長い黒髪を細長い指ですくと、さらに深いため息をついた。その仕草は本当にカロリナそっくりだ。
「エルサ様。えっと、何から話をしたらいいのかわかりませんが、改めてカロリーナ様選任執事のハルトと言います」
「あっ、うん。知ってるわ。転生者をカールステッド家が保護してカロリナが執事にしたって噂は私のところにも流れてきたから。顔を見るのは初めてだけど、思った通りの人ね。カロリナと上手くやれているから、良い人だとは思っていたけど、この子達にもすぐに怒鳴ったりしなかったし」
今は上手くいっていないかもしれないですが。いや、そんなことよりも。
「では、エルサ様、まず、この状況を教えていただけないですか?」
「エルサでいいです。カロリナも敬称つけずに呼んでいるでしょ? それに、私はもう王女じゃないし。……ここは、まっすぐ行くとスラム街に通じる一本道。この子達はそこで暮らしていて、上等な服装をしていたあなたを国の役人だと勘違いして持ち物をとってしまった。それであなたが持ち物を取り返そうとここまで追っかけてきて身ぐるみをはがされそうになって、見かねた私が助けに──」
「いやいや、そこはわかります。なぜ、子どもたちがここにいて、あなたがここにいるんですか?」
エルサは口元に手を当てた。
「えっと、あなたに用事があったから?」
「えっ……ちょっと待ってください。用事があったから?」
「うん」
やばい。話が全然わからない。
「だから、エル姉はお前に用事があって今日ここに来たんだよ。そしたら、ちょうどお前がオレらにぼこぼこにされそうなところに出くわしたから止めに入ったってことだよ」
少年は短刀を懐にしまうと、頭をポリポリとかきながらめんどくさそうに説明した。それを見た他の子どもたちも自分の武器を収める。とりあえず、誤解は解けたみたいだ。
「なるほど。まだよくわからない部分はあるが、ひとまず盗ったものを返してもらえるか?」
「嫌だね、これは俺たちが取り返したものなんだ。お前たちが奪ったものを取り返しただけだから──」
「こら、ハルトは関係ないでしょ!」
エルサが少年の目をまっすぐ見て怒ると、少年は舌打ちをしてとったものを放り投げた。
「ごめんなさい。この子達は前の戦争で親も住まいも全部失ったの。だから貴族や王族を目の敵にしていて」
エルサは少年の両肩に優しく手を置いた。
「あなたはもちろん知らないだろうけど、戦争の爪痕はまだ至るところに残っているの。私は少しでも力になりたいと思ってそれを一つずつ回って歩いている」
「その生活を何年も?」
「ええ」
なぜ宮殿での生活を捨てたのか、収入源はどうしているのか、疑問は尽きなかったが聞こうとは思えなかった。カロリナの執事という立場上、宮殿に仕える身としてこれ以上の追及は控えなればならない。
それに。
冷たい風が吹き抜けていく。雨風をしのげる十分な建物はここにはない。厳しいと聞くこの地の冬をこの子達はどうやって乗り越えてきたのだろうか。誰もが安心して眠れる居場所はこの世界では確保されていないのだ。
「エルサ、様。いや、エルサ。それで僕への用件とは?」
エルサはローブの中から何かを取り出すと、僕に近づきそれを渡した。間近で見ればますますカロリナにしか見えない。常に柔らかな笑顔が浮かんでいるのが違いと言えば違いだが。
「これは手紙ですか?」
「ええ。それをなるべく急いでカロリナに渡してほしいの。ちょっと重要な問題があってね。……あなたにも関わりがあると思うけど」
「わかりました。必ず渡します」
「お願いします」
その黒色の瞳はひどく真剣味を帯びていた。
「……そうだ。マリーは元気? あなたがマリーの声を取り戻そうとしていることも聞いてるわ」
その名を聞いて少し肩が震える。動揺したのを隠して僕は答えた。
「マリーは眠り続けています。魔力が、おそらくきっと──」
「暴走したの?」
「はい。……僕が不用意なことを言ったせいもあると思います。マリーの声はまだ戻っていない。でも、僕は──」
不思議と言葉が継いで出てしまう。やはり、カロリナに似ているからなのか、それともエルサ・カールステッドの雰囲気によるものなのか。
「僕は、わからないんです。マリーが声を取り戻すためには、過去と対峙しなければならない。それはマリーを傷つけてしまう。僕は──」
「マリーは、きっとまだ自分を責めているのね。あの子から、そしてあなたの周りから何を聞いているかはわからないけど、これだけは言える」
エルサは僕に近づくと、慈愛を帯びた瞳で僕の目を見つめた。
「マリーは強い。きっかけが一つさえあれば、絶対に過去を乗り越えてもっと自由に生きられるはず。ハルト、あなたにはそのマリーの力を信じていてほしい」
僕はうなずいた。うなずくことしかできなかった。
「本当にご苦労じゃったな」
「いえ、とんでもないです」
執事室へ戻るとすぐにルイスは部屋をあとにし、僕と執事長だけが部屋に残った。執事長の座るテーブルの奥に面した窓からはすでに夕陽が漏れ出ていた。
「実は一つ報告していないことがあります。これを」
内ポケットから、エルサから預かった手紙を渡す。
「これは……カロリナ様宛じゃな……この字はどこか見覚えがある」
「ええ。エルサ様にお会いしました」
執事長は勢いよく立ち上がった。
「エルサ様じゃと? ……た、確かにこの字はエルサ様の字じゃ。しかし──」
「詳しいことは聞いていません。エルサ様の現状も、考えも。事情は聞かない方がいいと判断しました。僕はその手紙をカロリナ様に急いで渡すことだけを命じられたので」
「いや、わかった。このまま渡そう。ただ、何年も行方がつかめなかったエルサ様が自ら接触してくるとは、ただごとではないことは確か。場合によっては……いや、滅多なことは口にしない方がいいが、ハルト、気を引き締めておきなさい」
執事長がここまで慌てる様子を見るのは初めてだった。いったい何が起ころうとしているのか。不安を抱えたまま、僕は執事室をあとにした。
ぶつぶつと落ち込んだ様子で独り言を呟くエルサ様はその長い黒髪を細長い指ですくと、さらに深いため息をついた。その仕草は本当にカロリナそっくりだ。
「エルサ様。えっと、何から話をしたらいいのかわかりませんが、改めてカロリーナ様選任執事のハルトと言います」
「あっ、うん。知ってるわ。転生者をカールステッド家が保護してカロリナが執事にしたって噂は私のところにも流れてきたから。顔を見るのは初めてだけど、思った通りの人ね。カロリナと上手くやれているから、良い人だとは思っていたけど、この子達にもすぐに怒鳴ったりしなかったし」
今は上手くいっていないかもしれないですが。いや、そんなことよりも。
「では、エルサ様、まず、この状況を教えていただけないですか?」
「エルサでいいです。カロリナも敬称つけずに呼んでいるでしょ? それに、私はもう王女じゃないし。……ここは、まっすぐ行くとスラム街に通じる一本道。この子達はそこで暮らしていて、上等な服装をしていたあなたを国の役人だと勘違いして持ち物をとってしまった。それであなたが持ち物を取り返そうとここまで追っかけてきて身ぐるみをはがされそうになって、見かねた私が助けに──」
「いやいや、そこはわかります。なぜ、子どもたちがここにいて、あなたがここにいるんですか?」
エルサは口元に手を当てた。
「えっと、あなたに用事があったから?」
「えっ……ちょっと待ってください。用事があったから?」
「うん」
やばい。話が全然わからない。
「だから、エル姉はお前に用事があって今日ここに来たんだよ。そしたら、ちょうどお前がオレらにぼこぼこにされそうなところに出くわしたから止めに入ったってことだよ」
少年は短刀を懐にしまうと、頭をポリポリとかきながらめんどくさそうに説明した。それを見た他の子どもたちも自分の武器を収める。とりあえず、誤解は解けたみたいだ。
「なるほど。まだよくわからない部分はあるが、ひとまず盗ったものを返してもらえるか?」
「嫌だね、これは俺たちが取り返したものなんだ。お前たちが奪ったものを取り返しただけだから──」
「こら、ハルトは関係ないでしょ!」
エルサが少年の目をまっすぐ見て怒ると、少年は舌打ちをしてとったものを放り投げた。
「ごめんなさい。この子達は前の戦争で親も住まいも全部失ったの。だから貴族や王族を目の敵にしていて」
エルサは少年の両肩に優しく手を置いた。
「あなたはもちろん知らないだろうけど、戦争の爪痕はまだ至るところに残っているの。私は少しでも力になりたいと思ってそれを一つずつ回って歩いている」
「その生活を何年も?」
「ええ」
なぜ宮殿での生活を捨てたのか、収入源はどうしているのか、疑問は尽きなかったが聞こうとは思えなかった。カロリナの執事という立場上、宮殿に仕える身としてこれ以上の追及は控えなればならない。
それに。
冷たい風が吹き抜けていく。雨風をしのげる十分な建物はここにはない。厳しいと聞くこの地の冬をこの子達はどうやって乗り越えてきたのだろうか。誰もが安心して眠れる居場所はこの世界では確保されていないのだ。
「エルサ、様。いや、エルサ。それで僕への用件とは?」
エルサはローブの中から何かを取り出すと、僕に近づきそれを渡した。間近で見ればますますカロリナにしか見えない。常に柔らかな笑顔が浮かんでいるのが違いと言えば違いだが。
「これは手紙ですか?」
「ええ。それをなるべく急いでカロリナに渡してほしいの。ちょっと重要な問題があってね。……あなたにも関わりがあると思うけど」
「わかりました。必ず渡します」
「お願いします」
その黒色の瞳はひどく真剣味を帯びていた。
「……そうだ。マリーは元気? あなたがマリーの声を取り戻そうとしていることも聞いてるわ」
その名を聞いて少し肩が震える。動揺したのを隠して僕は答えた。
「マリーは眠り続けています。魔力が、おそらくきっと──」
「暴走したの?」
「はい。……僕が不用意なことを言ったせいもあると思います。マリーの声はまだ戻っていない。でも、僕は──」
不思議と言葉が継いで出てしまう。やはり、カロリナに似ているからなのか、それともエルサ・カールステッドの雰囲気によるものなのか。
「僕は、わからないんです。マリーが声を取り戻すためには、過去と対峙しなければならない。それはマリーを傷つけてしまう。僕は──」
「マリーは、きっとまだ自分を責めているのね。あの子から、そしてあなたの周りから何を聞いているかはわからないけど、これだけは言える」
エルサは僕に近づくと、慈愛を帯びた瞳で僕の目を見つめた。
「マリーは強い。きっかけが一つさえあれば、絶対に過去を乗り越えてもっと自由に生きられるはず。ハルト、あなたにはそのマリーの力を信じていてほしい」
僕はうなずいた。うなずくことしかできなかった。
「本当にご苦労じゃったな」
「いえ、とんでもないです」
執事室へ戻るとすぐにルイスは部屋をあとにし、僕と執事長だけが部屋に残った。執事長の座るテーブルの奥に面した窓からはすでに夕陽が漏れ出ていた。
「実は一つ報告していないことがあります。これを」
内ポケットから、エルサから預かった手紙を渡す。
「これは……カロリナ様宛じゃな……この字はどこか見覚えがある」
「ええ。エルサ様にお会いしました」
執事長は勢いよく立ち上がった。
「エルサ様じゃと? ……た、確かにこの字はエルサ様の字じゃ。しかし──」
「詳しいことは聞いていません。エルサ様の現状も、考えも。事情は聞かない方がいいと判断しました。僕はその手紙をカロリナ様に急いで渡すことだけを命じられたので」
「いや、わかった。このまま渡そう。ただ、何年も行方がつかめなかったエルサ様が自ら接触してくるとは、ただごとではないことは確か。場合によっては……いや、滅多なことは口にしない方がいいが、ハルト、気を引き締めておきなさい」
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