聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

文字の大きさ
37 / 116
ギルド訪問編

第35話 エルサ・カールステッド

しおりを挟む
「はぁ……参ったわ。またシグリッド・・・・・に怒られてしまう。『だから関わるなと言っただろう』とかなんとかかんとか……」

 ぶつぶつと落ち込んだ様子で独り言を呟くエルサ様はその長い黒髪を細長い指ですくと、さらに深いため息をついた。その仕草は本当にカロリナそっくりだ。

「エルサ様。えっと、何から話をしたらいいのかわかりませんが、改めてカロリーナ様選任執事のハルトと言います」

「あっ、うん。知ってるわ。転生者をカールステッド家が保護してカロリナが執事にしたって噂は私のところにも流れてきたから。顔を見るのは初めてだけど、思った通りの人ね。カロリナと上手くやれているから、良い人だとは思っていたけど、この子達にもすぐに怒鳴ったりしなかったし」

 今は上手くいっていないかもしれないですが。いや、そんなことよりも。

「では、エルサ様、まず、この状況を教えていただけないですか?」

「エルサでいいです。カロリナも敬称つけずに呼んでいるでしょ? それに、私はもう王女じゃないし。……ここは、まっすぐ行くとスラム街に通じる一本道。この子達はそこで暮らしていて、上等な服装をしていたあなたを国の役人だと勘違いして持ち物をとってしまった。それであなたが持ち物を取り返そうとここまで追っかけてきて身ぐるみをはがされそうになって、見かねた私が助けに──」

「いやいや、そこはわかります。なぜ、子どもたちがここにいて、あなたがここにいるんですか?」

 エルサは口元に手を当てた。

「えっと、あなたに用事があったから?」

「えっ……ちょっと待ってください。用事があったから?」

「うん」

 やばい。話が全然わからない。

「だから、エル姉はお前に用事があって今日ここに来たんだよ。そしたら、ちょうどお前がオレらにぼこぼこにされそうなところに出くわしたから止めに入ったってことだよ」

 少年は短刀を懐にしまうと、頭をポリポリとかきながらめんどくさそうに説明した。それを見た他の子どもたちも自分の武器を収める。とりあえず、誤解は解けたみたいだ。

「なるほど。まだよくわからない部分はあるが、ひとまず盗ったものを返してもらえるか?」

「嫌だね、これは俺たちが取り返したものなんだ。お前たちが奪ったものを取り返しただけだから──」

「こら、ハルトは関係ないでしょ!」

 エルサが少年の目をまっすぐ見て怒ると、少年は舌打ちをしてとったものを放り投げた。

「ごめんなさい。この子達は前の戦争で親も住まいも全部失ったの。だから貴族や王族を目の敵にしていて」

 エルサは少年の両肩に優しく手を置いた。

「あなたはもちろん知らないだろうけど、戦争の爪痕はまだ至るところに残っているの。私は少しでも力になりたいと思ってそれを一つずつ回って歩いている」

「その生活を何年も?」

「ええ」

 なぜ宮殿での生活を捨てたのか、収入源はどうしているのか、疑問は尽きなかったが聞こうとは思えなかった。カロリナの執事という立場上、宮殿に仕える身としてこれ以上の追及は控えなればならない。

 それに。

 冷たい風が吹き抜けていく。雨風をしのげる十分な建物はここにはない。厳しいと聞くこの地の冬をこの子達はどうやって乗り越えてきたのだろうか。誰もが安心して眠れる居場所はこの世界では確保されていないのだ。

「エルサ、様。いや、エルサ。それで僕への用件とは?」

 エルサはローブの中から何かを取り出すと、僕に近づきそれを渡した。間近で見ればますますカロリナにしか見えない。常に柔らかな笑顔が浮かんでいるのが違いと言えば違いだが。

「これは手紙ですか?」

「ええ。それをなるべく急いでカロリナに渡してほしいの。ちょっと重要な問題があってね。……あなたにも関わりがあると思うけど」

「わかりました。必ず渡します」

「お願いします」

 その黒色の瞳はひどく真剣味を帯びていた。

「……そうだ。マリーは元気? あなたがマリーの声を取り戻そうとしていることも聞いてるわ」

 その名を聞いて少し肩が震える。動揺したのを隠して僕は答えた。

「マリーは眠り続けています。魔力が、おそらくきっと──」

「暴走したの?」

「はい。……僕が不用意なことを言ったせいもあると思います。マリーの声はまだ戻っていない。でも、僕は──」

 不思議と言葉が継いで出てしまう。やはり、カロリナに似ているからなのか、それともエルサ・カールステッドの雰囲気によるものなのか。

「僕は、わからないんです。マリーが声を取り戻すためには、過去と対峙しなければならない。それはマリーを傷つけてしまう。僕は──」

「マリーは、きっとまだ自分を責めているのね。あの子から、そしてあなたの周りから何を聞いているかはわからないけど、これだけは言える」

 エルサは僕に近づくと、慈愛を帯びた瞳で僕の目を見つめた。

「マリーは強い。きっかけが一つさえあれば、絶対に過去を乗り越えてもっと自由に生きられるはず。ハルト、あなたにはそのマリーの力を信じていてほしい」

 僕はうなずいた。うなずくことしかできなかった。


「本当にご苦労じゃったな」

「いえ、とんでもないです」

 執事室へ戻るとすぐにルイスは部屋をあとにし、僕と執事長だけが部屋に残った。執事長の座るテーブルの奥に面した窓からはすでに夕陽が漏れ出ていた。

「実は一つ報告していないことがあります。これを」

 内ポケットから、エルサから預かった手紙を渡す。

「これは……カロリナ様宛じゃな……この字はどこか見覚えがある」

「ええ。エルサ様にお会いしました」

 執事長は勢いよく立ち上がった。

「エルサ様じゃと? ……た、確かにこの字はエルサ様の字じゃ。しかし──」

「詳しいことは聞いていません。エルサ様の現状も、考えも。事情は聞かない方がいいと判断しました。僕はその手紙をカロリナ様に急いで渡すことだけを命じられたので」

「いや、わかった。このまま渡そう。ただ、何年も行方がつかめなかったエルサ様が自ら接触してくるとは、ただごとではないことは確か。場合によっては……いや、滅多なことは口にしない方がいいが、ハルト、気を引き締めておきなさい」

 執事長がここまで慌てる様子を見るのは初めてだった。いったい何が起ころうとしているのか。不安を抱えたまま、僕は執事室をあとにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...