聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

文字の大きさ
40 / 116
スルノア王宮防衛戦

第38話 戦神、稀人

しおりを挟む
『ハルト。お前のいるそっちの社会ってのは、きな臭い社会だ。何が起きてもおかしくない。一応、これだけは覚えておけ』

 ギルド長ソフィアの言葉が茫然とする頭に急に浮かび上がった。

 誰もが驚愕して言葉を発せないなか、カロリナは咳払いをすると口を開いた。

「……ちょっと待って意味がわからないわ」

 低いその声は怒りが潜んでいるように聞こえた。

「唐突な提案ですから。しかし、ハルト殿は誰もが驚くヴェルヴを用いた戦闘を披露してくれました。複数の属性を重ねた超上級魔法の攻撃など高度な戦術ができる者はそういないでしょう。まさに高威力・広範囲の魔法を扱える持ち主。さらに実戦化が頓挫したヴェルヴと戦った経験はほとんどの者がありません。敵の意表をつけるものと」

「た、確かにそうだが……しかし、仮にも生徒である者を前衛に出すなど……」

 フェルセン中将は判断できないといった目でちらりとカロリナを見た。

「絶対にあり得ないわ。大臣もご存知のようにハルトはまだここに来て、いえ、この世界に来てまだほんのわずかの時間しか経っていないのよ。私達が当たり前に身につけた常識や知識の多くを、彼はまだ知らない」

「なるほど。それはたとえば『稀人』の伝説についてもですか?」

 稀人の伝説? なんだそれは。

 思わず横にいるカロリナの顔を見やるが、戸惑ったような表情のまま固まってしまっている。

「なんと、それすらも伝えていなかったのですか? ご自身の執事として雇っているのに……。これは、いささか驚きですな」

 ざわめきが部屋中に拡散していく。みんな、その伝説とやらを知っているというのか?

「違うわ! 私はハルトに稀人の伝説を重ね見て側においているわけではない。この世界のこともカールステッド家のことも何も知らない彼だからこそ、執事に任命したのよ!」

 その言葉が嘘でないことは即座にわかった。敬語を忘れた必死な訴えは、王女としてではなくカロリナとしての生の言葉だったし、なによりカロリナは僕に嘘をつけるような人間じゃない。

「だとしてもですよ、今まで彼に伝えなかったのはいくらカロリーナ様といえども問題だと思いますが。みなさん、ハルト殿はもう私達の世界に馴染んでいるかもしれませんが、思い出していただきたい。彼が現れたときの衝撃を、彼を執事とするとしたときの動揺を。彼は、戦乱を引き起こすと言われた戦神、稀人なのですぞ!」

 戦乱を引き起こす……戦神……。

「意味を図りかねているようですな」

 バルバロッサ卿は僕を見てにっこりと笑った。その笑顔の奥に何か言い知れない冷たいものを感じて背筋に寒気が走る。

「不意に、別の世界からこの世界に現れる人がいる──それは古くから文献にも記載されている言い伝えです。私達はその存在を迷い人とも稀人とも呼んでいますが、文献に彼らが登場するのは必ず大きな戦乱があったときなのです。だから、稀人が戦乱を引き起こす戦神とも」

「だけど、それはあくまでも伝説よ! ハルトはそんなことしないわ!」

「もちろん、ハルト殿がそうだとは申しておりません。ただ、周りがどう思うかは別です。私達が彼の存在に衝撃を受けたように敵はハルト殿が稀人と知れば大小あれども動揺するはず。彼を後ろに下げるのは戦術上非常にマイナスだと思うのですが、いかがでしょう?」

 バルバロッサ卿は周りを見回した。提案に同意し頷く者、納得しがたいという様に仏頂面を貫く者、判断しかねると首を傾げる者。様々な反応が窺えるが、バルバロッサ卿の意見を覆そうとする者は誰もいなかった。ただ一人カロリナを除いては。

 カロリナが組んでいた腕を下ろした。息を吸い込む音が聞こえる。

「わかりました。引き受けましょう」

 そのタイミングで僕は静かに、しかし確実に全員に聞こえるような声を出した。カロリナの立場を弱めることは、執事として許されない。

「ハルト!?」

「カロリーナ様。内心はともかく、バルバロッサ様の意見にみなさん納得しているようです。それに、私もそれが最善の手かと思います。バルバロッサ様の、そして皆様のご期待に添える実力があるかは甚だ疑問ですが、全力は尽くします。王宮を皆様をカロリーナ様を守るために」

 そしてマリーを守るために。ここにいないということは、マリーはまだ眠りについているのだろう。敵に攻め込まれたら丸腰のマリーは抵抗することすらできない。なんとしても宮殿内に敵を侵入させるわけにはいかない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

男爵家の厄介者は賢者と呼ばれる

暇野無学
ファンタジー
魔法もスキルも授からなかったが、他人の魔法は俺のもの。な~んちゃって。 授けの儀で授かったのは魔法やスキルじゃなかった。神父様には読めなかったが、俺には馴染みの文字だが魔法とは違う。転移した世界は優しくない世界、殺される前に授かったものを利用して逃げ出す算段をする。魔法でないものを利用して魔法を使い熟し、やがては無敵の魔法使いになる。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...