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超会議①~カロリナとマリーとルイスによる~
記憶喪失の大問題
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円卓の机の真ん中に座るカロリーナ・カールステッド──通称カロリナと親しい者からは呼ばれている──は咳払いをした。
「今日、みなさんに集まっていただいたのは他でもないハルトのことについてです」
みなさん、と言ってもこの場に集まっているのはカロリナの左斜めにマリー・カールステッド、そして右斜めにはルイス・バルバロッサの2人しかいない。
わざわざ大臣級が使うような大会議室を占拠して行われるような会議なのか、と傍目から見れば思われるところだが、3人にとっては重要なことでありかつ秘匿に行われる必要のある会議だった。特に、議論のテーマであるハルトと呼ばれる記憶喪失の彼──あるときはカロリナ専任執事であり、またあるときはスコラノラ魔術学院の一生徒であり、またあるときは未だかつて使用者のいないある意味で伝説となっているヴェルヴと呼ばれる魔法の剣を扱う「ヴェルヴ使い」であり、かつ他の世界から来た転生者であるという、なんだか役割の多すぎる彼には絶対に知られてはいけなかった。
そのため、第一王女という絶対的な権力を持ったカロリナが円卓を貸し切り、今日このとき議論を行うこととしたのである。
「……って言っても、カロリナ姉さん。具体的にどんな話をするの?」
小鳥のさえずりのような少しボリュームは小さいが高いソプラノの声で話すのは、カロリナの左斜めに座っているマリーだった。ちなみに、カロリナ姉さんと言っているが、マリーとカロリナはいとこの関係にあたり、直接的に姉と妹の関係ではない。ただ、彼女はある事情からカロリナに面倒を見てもらっていたことから親しげにカロリナ姉さんと呼ぶようになっている。
「そうですわ。そ、それになぜ私がここにいなければいけないのか、申し訳ないですがまだ理解できていません。カロリーナ様に招いていただいたのは、とても光栄なことではあるのですが」
残るルイスがやや焦ったように声を荒げた。彼女は彼女で、ひどく感情的に見える節があるが本人は気づいておらず、むしろ憧れのカロリナが目の前にいるということでいつも以上に丁寧に話しているつもりだった。
カロリナは目を閉じてうなずくと、人差し指をすっと上げた。
「一つ、彼には重要な秘密が隠されています。みなさんも知っての通り、ハルトは他の世界からやってきた転生者。しかし、彼には大きな問題がある。それは自分の名前以外、記憶を失っているということです」
より正確に言えば、ハルトが失っているのは転生前の自分自身の情報に関してであり、一般的な知識、常識などは失われていない。過去の記憶はほとんどないが、人並みに生きていける生活力は残っていたという状況だ。
「確かに、ハルトは記憶を失っています。ですが、もう学院の生徒としても立派にやっていますし、先の戦いでは重要な戦果も上げています」
ルイスは真剣な眼差しでカロリナを見つめた。
「ルイス。ハルトがよくやってくれていることは私も一番近くで見ていてよくわかっているわ。だから、安心してハルトの処遇をどうするかとか、そういうことではないの。今日は、みんなに聞きたいことがあって呼んだのよ。ルイス。あなたにも来てもらったのは、私やマリーとも違う交流の仕方で、ハルトとの接点を持っているからなの」
カロリナとハルトは王女と執事。マリーとハルトは同級生でありつつもとある任務で接していた面もある。しかし、ルイスとハルトは純粋にクラスメートという間柄である。なんなら一度本気でケンカじみた戦いをして、ある意味での遠慮のない関係性とも言える。
「ん? それならエドガーくんも呼んだらよかったんじゃないかな?」
マリーが純粋な気持ちで突っ込むとカロリナは動揺したように首を振った。
「ち、違うわ。マリー、今回の会議はあくまでもハルトを慕う──じゃなくて女性同士で話し合うことが大事な会議なの。ほら、ハルトが前に言っていた『女子会』ってやつよ」
マリーがよくわからないという風に首を傾げて見せたが、気づかない振りをしてカロリナは議題に入った。
「今日の議題はずばり、ハルトって本当は何歳なの? ってことよ」
議題が呈示されると同時に困惑した空気が広がる。ある者は頭を抱え、ある者は首を傾げたまま。
考えてみれば、自分の名前以外の情報を忘れてしまっている彼が果たして何歳なのか? 本人ですらわからない情報を他の者が知り得るのは不可能と言える。だが、年齢というものは非常に大事なものである。特にこと恋愛においては。
先に口を開いたのはマリーだった。
「私は、私たちと同い年か少し年上かなと思います。なんとなく雰囲気的に年上な気がするけど」
「マリーと同い年だとしたら、17歳か18歳ということね。それか20歳くらい?」
マリーは小さくうなずいた。
「私は同い年説を推しますわ。なんとなくですが、彼とは同じ感じがするというか近い感じがしますもの」
ルイスの主張に「なるほど、なるほど」とカロリナは首を縦に振った。
「私はね、以外にもう少し年上なんじゃないかと思うのよ。だって、私といるときもすぐ皮肉めいたことを言うし、私の気持ちにもすぐ気がついてくれるし、そうけっこう察しが良い」
「カロリーナ様。お言葉ですが、ハルトは大変鈍いところも持っていると思います。この間なんて、カロリーナ様やマリー様とイチャイチャしてるように見えるのを全然気づいていない様子でしたし」
「えっ!? イチャイチャ? 私とハルトが!? 生徒たちにはそんなふうに見えているの!?」
「はい」
「そ、そそそそ、それは! 違います! この場で断言しておきますが、そういう気持ちはお互いに断じてないわ! 本当よ!」
と言いつつ、どこか嬉しそうに頬を紅に染めるカロリナだが、何の発言もしていないマリーは顔を真っ赤にしていた。
カロリナはまた咳払いをして、変な方向に話が進みそうだった雰囲気を元に戻す。
「とにかく、ハルトの年齢は大事よ。なんか変に達観しているところもあるから、下手したら相当年上の可能性もあるけど、ちなみにルイスだったら何歳上まで、そのそういう対象になるのかしら」
ルイスは顎の下に指先を当てると数秒考えて答えた。
「私は、まあ同い年が一番いいですね。一番きっと気を遣わないでいいと言うか。カロリナ様は?」
「わ、私? 私はそうね……5歳くらいなら年上年下でも大丈夫かしら。マリーは?」
マリーは即答した。
「私は、好きな人だったなら何歳でも。年齢は、気にならないと思う」
あまりにも純粋無垢な答えに一瞬場が止まったのは言うまでもない。
「よし、とにかく! ハルトの年齢については引き続き調査が必要ということで! 次回、また重要な案件があればみなさんを招集することになると思います! よろしくお願いします!」
次回があるのかないのかもわからない傍目にはどうでもいいが、カロリナとマリーとルイスの3人にとっては必要かつ秘匿にしておくべき会議は、3人のそれぞれが新たな思いを胸に秘めたところで、こうして幕を閉じた。
「今日、みなさんに集まっていただいたのは他でもないハルトのことについてです」
みなさん、と言ってもこの場に集まっているのはカロリナの左斜めにマリー・カールステッド、そして右斜めにはルイス・バルバロッサの2人しかいない。
わざわざ大臣級が使うような大会議室を占拠して行われるような会議なのか、と傍目から見れば思われるところだが、3人にとっては重要なことでありかつ秘匿に行われる必要のある会議だった。特に、議論のテーマであるハルトと呼ばれる記憶喪失の彼──あるときはカロリナ専任執事であり、またあるときはスコラノラ魔術学院の一生徒であり、またあるときは未だかつて使用者のいないある意味で伝説となっているヴェルヴと呼ばれる魔法の剣を扱う「ヴェルヴ使い」であり、かつ他の世界から来た転生者であるという、なんだか役割の多すぎる彼には絶対に知られてはいけなかった。
そのため、第一王女という絶対的な権力を持ったカロリナが円卓を貸し切り、今日このとき議論を行うこととしたのである。
「……って言っても、カロリナ姉さん。具体的にどんな話をするの?」
小鳥のさえずりのような少しボリュームは小さいが高いソプラノの声で話すのは、カロリナの左斜めに座っているマリーだった。ちなみに、カロリナ姉さんと言っているが、マリーとカロリナはいとこの関係にあたり、直接的に姉と妹の関係ではない。ただ、彼女はある事情からカロリナに面倒を見てもらっていたことから親しげにカロリナ姉さんと呼ぶようになっている。
「そうですわ。そ、それになぜ私がここにいなければいけないのか、申し訳ないですがまだ理解できていません。カロリーナ様に招いていただいたのは、とても光栄なことではあるのですが」
残るルイスがやや焦ったように声を荒げた。彼女は彼女で、ひどく感情的に見える節があるが本人は気づいておらず、むしろ憧れのカロリナが目の前にいるということでいつも以上に丁寧に話しているつもりだった。
カロリナは目を閉じてうなずくと、人差し指をすっと上げた。
「一つ、彼には重要な秘密が隠されています。みなさんも知っての通り、ハルトは他の世界からやってきた転生者。しかし、彼には大きな問題がある。それは自分の名前以外、記憶を失っているということです」
より正確に言えば、ハルトが失っているのは転生前の自分自身の情報に関してであり、一般的な知識、常識などは失われていない。過去の記憶はほとんどないが、人並みに生きていける生活力は残っていたという状況だ。
「確かに、ハルトは記憶を失っています。ですが、もう学院の生徒としても立派にやっていますし、先の戦いでは重要な戦果も上げています」
ルイスは真剣な眼差しでカロリナを見つめた。
「ルイス。ハルトがよくやってくれていることは私も一番近くで見ていてよくわかっているわ。だから、安心してハルトの処遇をどうするかとか、そういうことではないの。今日は、みんなに聞きたいことがあって呼んだのよ。ルイス。あなたにも来てもらったのは、私やマリーとも違う交流の仕方で、ハルトとの接点を持っているからなの」
カロリナとハルトは王女と執事。マリーとハルトは同級生でありつつもとある任務で接していた面もある。しかし、ルイスとハルトは純粋にクラスメートという間柄である。なんなら一度本気でケンカじみた戦いをして、ある意味での遠慮のない関係性とも言える。
「ん? それならエドガーくんも呼んだらよかったんじゃないかな?」
マリーが純粋な気持ちで突っ込むとカロリナは動揺したように首を振った。
「ち、違うわ。マリー、今回の会議はあくまでもハルトを慕う──じゃなくて女性同士で話し合うことが大事な会議なの。ほら、ハルトが前に言っていた『女子会』ってやつよ」
マリーがよくわからないという風に首を傾げて見せたが、気づかない振りをしてカロリナは議題に入った。
「今日の議題はずばり、ハルトって本当は何歳なの? ってことよ」
議題が呈示されると同時に困惑した空気が広がる。ある者は頭を抱え、ある者は首を傾げたまま。
考えてみれば、自分の名前以外の情報を忘れてしまっている彼が果たして何歳なのか? 本人ですらわからない情報を他の者が知り得るのは不可能と言える。だが、年齢というものは非常に大事なものである。特にこと恋愛においては。
先に口を開いたのはマリーだった。
「私は、私たちと同い年か少し年上かなと思います。なんとなく雰囲気的に年上な気がするけど」
「マリーと同い年だとしたら、17歳か18歳ということね。それか20歳くらい?」
マリーは小さくうなずいた。
「私は同い年説を推しますわ。なんとなくですが、彼とは同じ感じがするというか近い感じがしますもの」
ルイスの主張に「なるほど、なるほど」とカロリナは首を縦に振った。
「私はね、以外にもう少し年上なんじゃないかと思うのよ。だって、私といるときもすぐ皮肉めいたことを言うし、私の気持ちにもすぐ気がついてくれるし、そうけっこう察しが良い」
「カロリーナ様。お言葉ですが、ハルトは大変鈍いところも持っていると思います。この間なんて、カロリーナ様やマリー様とイチャイチャしてるように見えるのを全然気づいていない様子でしたし」
「えっ!? イチャイチャ? 私とハルトが!? 生徒たちにはそんなふうに見えているの!?」
「はい」
「そ、そそそそ、それは! 違います! この場で断言しておきますが、そういう気持ちはお互いに断じてないわ! 本当よ!」
と言いつつ、どこか嬉しそうに頬を紅に染めるカロリナだが、何の発言もしていないマリーは顔を真っ赤にしていた。
カロリナはまた咳払いをして、変な方向に話が進みそうだった雰囲気を元に戻す。
「とにかく、ハルトの年齢は大事よ。なんか変に達観しているところもあるから、下手したら相当年上の可能性もあるけど、ちなみにルイスだったら何歳上まで、そのそういう対象になるのかしら」
ルイスは顎の下に指先を当てると数秒考えて答えた。
「私は、まあ同い年が一番いいですね。一番きっと気を遣わないでいいと言うか。カロリナ様は?」
「わ、私? 私はそうね……5歳くらいなら年上年下でも大丈夫かしら。マリーは?」
マリーは即答した。
「私は、好きな人だったなら何歳でも。年齢は、気にならないと思う」
あまりにも純粋無垢な答えに一瞬場が止まったのは言うまでもない。
「よし、とにかく! ハルトの年齢については引き続き調査が必要ということで! 次回、また重要な案件があればみなさんを招集することになると思います! よろしくお願いします!」
次回があるのかないのかもわからない傍目にはどうでもいいが、カロリナとマリーとルイスの3人にとっては必要かつ秘匿にしておくべき会議は、3人のそれぞれが新たな思いを胸に秘めたところで、こうして幕を閉じた。
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