聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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ユセフィナのご帰還編

第57話 解離少女

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「今なんて? ディサナス……じゃない?」

 ディサナス……いや、目の前の少女はコクリとうなずいた。

 からかっているのか、と思ったがその顔は真剣そのもので、とても冗談とは言えない雰囲気だった。あまりにも衝撃的で次の言葉を探しているうちに、やがて少女がその小さな口を開いた。

「わたしは……アーダ」

「アーダ?」

「うん。ディサナスは隠れちゃったから、今は私の番」

 どういうことだ? ディサナスは隠れた? 私の番って……。困惑する僕をじっと見つめる目が瞬いた。

「あっ」

 変化を感じたのはそのときだ。前に対峙したとき、ディサナスの瞳には色がなかった。それが今は、好奇心旺盛な子どものそれのように色付き輝いている。あくまでも直感的にだが、この少女は「ディサナス」ではなく確かに「アーダ」なんだと感じた。

 初対面の相手なら掛ける言葉の選択肢は限られている。

「初めまして、アーダ」

 いくつかの候補からその言葉を選ぶと、アーダも「初めまして」と言って、微笑みとも言えないほどだが、ほんの少し口元を緩めてくれた。

 その表情の微細な変化からも、ディサナスとアーダの違いを感じる。僕のディサナスへの印象は、氷のように無表情であったから。

 ディサナスならばわからないが、アーダは肯定的に受け入れてくれそうだ。

「アーダ。ディサナスが隠れてしまったってどういう意味?」

「…………」

 質問の意図がわからなかったのか、首を傾げて唇を尖らせるアーダ。その仕草から、ある仮説が浮かんだ。

 僕はそっと鉄格子をつかむと、しゃがみこんで目線をアーダに合わせる。手から伝わる冷たさが、上手い具合に頭を働かせてくれる感じがした。

「アーダ、君は何歳?」

 指を折って数えると、格子越しにパッと手の平を開いた。

「5歳」

「あー5歳か、それじゃ今の質問難しかったね」

 やはり仮説は当たっていた。今のディサナス……いや、アーダは5歳の女の子なんだ。難しい質問は理解できるはずがない。

「アーダ、もう一度聞くね。ディサナスはどこにいったの?」

 その問いにアーダは人差し指で胸を指し示した。おそらく、心の中という意味だ。それなら。

「どうしてディサナスはいなくなったの?」

「ディサナス、恥ずかしがり屋だから、ハルトが来て隠れちゃった」

 少し考えてからアーダはそう答えた。

「そっか、恥ずかしがり屋なんだ」

「うん。ディサナスが隠れちゃったらわたしが出てくるの。わたし、お話しするの好きだから」

 うんうん、と相槌を打ってアーダの話を聞きながら、一方で対処方法を頭に巡らせる。──目の前にいるのは、どう考えてもディサナス。5歳だと言うアーダという女の子だと主張しても、外見が5歳の女の子に変わったわけではない。姿形はディサナスのままで。外見上の違いと言えば、その表情がディサナスよりも豊かで目が輝いているというだけ。仕草や話し方は子どものようだが。

 正直言って戸惑っていた。それらのことから真っ先に浮かんだ言葉は、「解離性同一性障害」。いわゆる多重人格のイメージで知られている病名だ。何かの原因で一人の人間の中に複数の人格が生まれ、かつそれぞれが何らかのタイミングで交代し、記憶障害や感情障害を及ぼし、生活を送るのが困難になる病気。

「アーダは……ディサナスの、どんなことを知っているの?」

 そうだとした場合、ここで問題になるのはどれだけディサナスの情報、ひいては反乱軍の情報を聞き出せるかどうかだった。

「うーん。ディサナスのことはよく分からないの。ディサナスが出てきたら、わたしは隠れちゃうから。『グスタフ』は、すごく難しい話をしてるし」

 また別の人物の名前が出てきた。一体何人の人格があるのか。……これはまた、頭を悩ませる問題だ。

「ディサナスと代われる?」

 とにかく情報を引き出さなければならないが、カロリナは一言もこのことは言わなかった。今まで異変が現れなかったのか、それとも誰も気づかなかったのかわからないが、ひとまずこの物理的にも比喩的にも冷たい牢獄に閉じ込められていては、まともに話すことはできない。とは言え、すぐに牢獄から出す権限が僕にあるわけはなく、カロリナに相談しなければいけないが、上手くいくかどうか。

「……ううん、今は無理。緊張して隠れちゃったから」

 むしろ牢から出るための詐病《さびょう》と考えた方が自然ですらある。……頭が痛くなってきた。

「アーダ。ディサナスは出てこれなくても、そのグスタフとは代われるのかい?」

 「うん。グスタフもハルトとお話したがってる。今、代わるね」

 そう言うと、アーダの瞳がスッと色を失い、電灯のスイッチが切り替わるように別の光が宿った。野性味溢れるその目は挑発的に僕の目の奥を覗き込んだ。
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