聖戦協奏曲〜記憶喪失の僕は王女の執事をしながら音楽魔法で覚醒する〜

フクロウ

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ユセフィナのご帰還編

第61話 牢からの解放

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 王女は言葉を続けた。その視線は誰にも定まっておらず、自身の思考の世界をさまよっているように空《くう》を見ていた。

「理論的には知っていますが、実物を見たことはありません。それを調べれば魔法理論の秘密に迫れるかもしれない。なぜ、不協和音の魔法が実現可能なのか、なぜ、不協和音を奏でることになったのか。その人物は複数の人格をお持ちだと言いましたね。もしかするとその特異性が特異な魔法を可能にするのかもしれない。いえ、特異な魔法を扱えるからこそ、人格にも影響が出たのでしょうか。そうですね、どちらにしても──」

 ようやく王女は僕に目を合わせた。微笑みも戻る。

「ぜひ、会わせていただきたいです。今すぐにでも!」





「それでここへ連れてきたということか」

 グスタフは椅子に腰掛け腕組みをしたままこちらを睨み付けた。

「ディサナスの心は知ってるからハルトは信頼しているが、他の連中は信用できない。おおかた好奇心だけでここへ来たんじゃないのか?」

 さすがに人を見る目が厳しい。カロリナはともかく、ある意味王女は好奇心のみで現れたようなものだった。

「……あなた、本当にディサナスなの?」

 カロリナは困惑したように目と口を開いたまま。それを見たグスタフはふん、と鼻をならした。

「なるほど。別の人格が表に出ているのですね」

 王女は一歩前に歩みを進めて被っていた白いフードを外した。黄金色のふわりとした髪があらわになり、この場に似つかわしくないラベンダーのような香りが漂う。

「ほう、よくわかったな」

「カロリナの反応を見れば誰でも気づきますわ。それより、私はクラーラ。あなたの名前をお教えいただけますでしょうか?」

「……俺はグスタフ。ディサナスの保護者だ」

 やや間があったあとグスタフは男性と同じくらい低い声で名乗った。というよりも男性の声だ。

「ディサナスさんの保護者。では、グスタフさん。一つ提案があります」

 王女の口元が例の微笑みの形に引かれた。美しさとともに凛としたその表情に僕だけでなく、カロリナも注視する。

「確かに私はあなた方に興味があります。ディサナスさんの魔法がどのように発動するのか、それがあなた方にどう関係するのか、それらのことを知りたいし調べたいと思っています。あなた方がもし協力してくださるならば、ここから出して暖かく快適な一室をご用意することを保証しましょう。いかがでしょうか」

「それは理想的な話だが、信ずる証拠はあるのか? オレだけじゃない……オレたち全員が納得できなければここから出ることはできない」

 王女は振り向くや否や僕の腕を引っ張って自分の横に立たせた。

「では、ハルト殿を保証人に。ここから出したとしてもあなた方は軟禁状態にしなければいけませんので、部屋の鍵をハルト殿のみに預けます。基本的にはあなた方とハルト殿が直接話をすることにします。報告は私も聞きますが。これならばどうでしょう?」

「ちょ、ちょっと待って私の許可なしに──」

「カロリナは黙っててください」

 こんなにも凄みのある笑顔は初めて見る。逆らえない人がまた一人増えてしまったような気がする。

「わかった。少し待て」

 グスタフは目を閉ざすと、腕と脚の力が急になくなったようにだらりと前傾姿勢を取った。

 人格達の会話が始まったのだろう。口は高速で動き、眼球も左右へ激しく動き始めた。誰かの唾を飲み込む音が聞こえる。静まり返った牢屋で誰もが金縛りにあったように動けないでいると、やがてその瞼がパッと開き、色のない双眸が僕を見上げた。──おそらく、ディサナスだ。

「……ハルト……」

 素早く動いたディサナスの視線に気づき、王女はいまだにつかんでいた僕の腕を放した。

「……あなたと話がしたい……」

 それは同意を示す言葉だった。すぐさまディサナスを閉じ込めていた錠は開け放たれ、カロリナが慌てて走っていく。僕の腕には王女にかわってディサナスの凍えるような冷たい手が触れていた。

 しかし、ディサナスの心を開け放つのはこれからだ──そんな言葉が重石《おもし》のように頭に浮かび、しばらく僕はその目を直視することができないでいた。
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