婚約破棄を言い渡されたので、大人しく実家へ帰ろうと思います 他

星山遼

文字の大きさ
12 / 15
婚約破棄された伯爵令嬢は、元婚約者の恋を見守りたい

後編

しおりを挟む
「セレネアお嬢様、本当に宜しかったのですか?」
 柔らかな日差しが射し込む執務室で、乳母うばが心配そうな声を上げる。
 父の代理で報告書に目を通しサインをしていたセレネアは、言葉の意味をはかりかねて小首を傾げた。乳母は、ずいっ!と身を乗り出して訴える。
「ギュリス様との婚約解消の事です!」
「あぁ、その事ね」
「何を暢気のんきな事を仰っているのですかお嬢様!」
 素っ気ない返答に、普段は温厚な乳母が眉を吊り上げた。
 そうは言われても、セレネアの中では既に『終わった事』として処理済みの話なので、乳母が何故そこまで憤慨ふんがいするのかが不思議でならない。
 セレネアはペン立てにペンを戻し、細い指を軽く組んで乳母へ語り掛ける。
「私としては、結婚前に破談になったお陰で傷が浅く済んで、むしろ有り難いと考えているのだけれど」
「ですが、お嬢様のお立場が」
 乳母はなおも食い下がる。
 どうやら『自分の大切なお嬢様』がコケにされた事が我慢ならないらしい。セレネアは困った様に微笑んで乳母をさとした。
「それに、こうして仕事をしている方が私は好きなの。『女が領地の運営に口を出すなんてけしからん』と煙たがられるかもしれないけれど」
「とんでもございません!お嬢様の手腕は誰もが認めるところ。お嬢様に治めて頂けるこの領地の民は幸せ者です!」
 拳を握って力説する乳母に、セレネアはにっこり笑って「ありがとう」と告げた。お茶のお代わりを頼んで乳母を下がらせる。
 静かになった執務室で、セレネアは窓の外を振り仰いだ。長い白銀色の髪が動きに合わせて揺れ、日差しを含んで淡く輝く。
 伯爵令嬢として生を受け、民からの税によって生かされる身である以上、己に課せられた義務は果たす覚悟で生きてきた。
 ギュリス王子との婚約もその一つだ。
 王家へ嫁ぎ、世継ぎをす。それは王家から、伯爵家から、国民から期待された、セレネアにしか成し得ない責務。そう、思っていた。
 しかしギュリスはそうではなかった。ただ、それだけの事。
『王子から婚約解消された哀れな令嬢』と好奇の目にさらされるのは避けられない。社交界では口さがのない噂も広がるだろう。
 幸いにもセレネアの頭脳や手腕を高く評価してくれている男性達もいる。彼らの中から結婚相手を選び、共に領地を治めるのも悪くないとセレネアは考えていた。
「リサーナ様を王妃に迎える決定に、家臣からは不満の声が上がっている。異母兄妹の結婚に、民に困惑が広がるのも時間の問題。それでもギュリス様は突き進むのでしょうね」
 窓辺へ歩み寄ったセレネアは青い目を細める。
 胸元に掌を押し当てると、普段より強く早く脈打つ鼓動が感じられた。ギュリスとリサーナに待ち受ける未来を想像するだけで期待に胸が高鳴る。

「国を、民を巻き込んだ、その許されぬ愛の結末。見届けさせて頂きますわーー最後まで」

 己の体をいだいたセレネアは夢見る様に囁いて、紅い唇にうっそりとした微笑を浮かべた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染みの婚約者が「学生時代は愛する恋人と過ごさせてくれ」と言ってきたので、秒で婚約解消を宣言した令嬢の前世が、社畜のおっさんだった件。

灯乃
ファンタジー
子爵家の総領娘である令嬢の前に、巨乳美少女と腕を組んだ婚約者がやってきた。 曰く、「学生時代くらいは、心から愛する恋人と自由に過ごしたい。それくらい、黙って許容しろ」と。 婚約者を甘やかし過ぎていたことに気付いた彼女は、その場で婚約解消を宣言する。 前半はたぶん普通の令嬢もの、後半はおっさんコメディーです。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

婚約破棄された堅物令嬢ですが、鬼の騎士団長の娘として宮廷の陰謀を暴くのに忙しいので、美貌のカストラート(実は王子)に溺愛される暇はありません

綾森れん
恋愛
「お前のような真面目くさった女はいらない。婚約は破棄させてもらう!」 婚約者だった公爵令息に冷酷に言い放たれたリラ・プリマヴェーラ。 だが、彼女の心にあったのは悲しみではなく―― 十年前の王族暗殺事件を調査したいという情熱だった。 伯爵令嬢であるリラは、鉄の掟を守る『鬼の騎士団長』の娘。 彼女には恋よりも何よりも優先すべき使命があった。それは、十年前に幼い王子が暗殺された事件の真相を暴き、父を、そして王国を陰謀から救うこと。 婚約破棄直後、彼女の前に現れたのは、天使の歌声を持つ美貌のカストラート(去勢歌手)、アルカンジェロだった。 彼が十年前の事件について密かに調べていることを、リラは知ってしまう。 真相を探るため、リラは彼を自分の音楽教師として迎え入れ、距離を縮めていく。 事件解決の協力者として彼と接するうち、リラは謎めいたアルカンジェロに危機を救われることになる。 しかし、リラは知らない。 アルカンジェロの正体が、十年前に暗殺されたはずの第三王子であることを。 そして彼にとってリラこそが、初恋の女性であることを。 彼は十年間、密かにリラを想い続けていたのだ。 王位を狙う者たちから身を隠すため、声楽の技術を駆使して、教会歌手として大聖堂で生き延びてきたアルカンジェロだったが、王家を巡る不穏な陰謀が静かに動き始めていた。 捜査に猪突猛進な堅物令嬢と、彼女を影から支え執着を見せる、カストラート歌手のふりをした王子。 宮廷の闇を切り裂く二人の恋と事件の行方は――? ※本作は、過去に投稿していた『真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています』の設定・キャラクター・構成を大幅に改稿し、新作として再構成したものです。 物語の結末やキャラクターの掘り下げを強化しておりますので、初めての方も、以前お読みいただいた方もお楽しみいただけます。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

婚約破棄された侯爵令嬢ですが、帝国の次席秘書官になりました ――王の隣ではなく、判断を誤らせない場所へ

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として王宮に仕える侯爵令嬢ゼクレテァ。 彼女は華やかな場に立つことはなく、ただ静かに、しかし確実に政務と外交を支えていた。 ――その役割が、突然奪われるまでは。 公の場で告げられた一方的な婚約破棄。 理由はただひとつ、「愛している相手がいるから」。 ゼクレテァは感情を見せることなく、その決定を受け入れる。 だが彼女が王宮を去った後、王国には小さな歪みが生じ始めた。 些細な行き違い、遅れる判断、噛み合わない政策。 それらはやがて、国家全体を揺るがす事態へと発展していく。 一方、行き場を失ったゼクレテァの前に、思いもよらぬ「選択肢」が差し出される。 求められたのは、身分でも立場でもない。 彼女自身の能力だった。 婚約破棄から始まる、 静かで冷静な逆転劇。 王の隣に立つことを拒んだ令嬢は、 やがて「世界を動かす場所」へと歩み出す――。 -

処理中です...