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四
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川の水面に映る満月がゆらゆら揺れている。
巨人であれば数歩で対岸へ渡れる、しかし人間には大河にも等しい川の畔で、大小二つの人影が焚き火に当たっていた。
整った顔立ちと細い四肢からは性別を判断し難い小さな人影が、くしゅん、とくしゃみをした。体にぐるぐる巻き付けた布地の合わせから覗く、僅かに膨らむ胸元が、成長途中の少女である事を示していた。
「しっかり乾かさないとカゼを引くぞ、セラ」
全身にこびり付いた血を川で洗い流し、湿った髪を払おうとしたセラの手が空を切る。紫の双眸で肩口を見遣ると、白銀髪は以前よりも格段に短くなっていた。
「リト、本当に良かったのか?」
「何がだ?」
意味が分からない、と言わんばかりの彼に、セラは苦笑した。水を浴びて冷えた体を、リトの足へくっ付ける。じんわり伝わる体温の心地良さに、知らず吐息が漏れた。
「私は、リトを騙したのかも知れないんだぞ?」
考えて考えて、彼女が選んだ手段。
自分が死なず、巨人族が人間に復讐をする事もない方法。
連鎖を断ち切るには今しかないからと決行したけれど、果たして正しかったのかどうかはセラ自身にも分からない。
「“契約者”の役目が嫌になって、次代を生むのが嫌で、リトに一芝居打つよう唆した、とか」
「それでも良いさ。オマエを信じると、選んだのはオレの意志だからな」
リトの人差し指が、躊躇いなく切って短くなった白銀の髪を撫でる。惜しむ様に触れられて、『ちょっと申し訳ない事をしたかな』と微かな後悔が胸を過ぎる。
「これからどうする?」
「ん、リトは『自分だけの女』を捕まえに行くんだろう?」
からかい混じりに言うと、額を小突かれた。ぷぅ、と頬を膨らませたセラは、黒々と連なる山の稜線へ視線を投げる。
セラは山々の向こうからやって来た者を見た事がない。それが人間であれ巨人であれ。
だから、あの山々の向こうには、人の住む世界などないのかも知れない。
ここが世界の果てで、その先には何もなかったとしても。隣にリトがいるならそれで充分だ。
「このままなら、“契約者”は私で最後になるな」
人間が巨人を殺す力と方法を誰にも伝えず、残さず、一人で抱えて逝く。
そうやって巨人族と人間がもう一度、真っ新な関係から始めて、歩み寄って、いつか手を取り合える日が来れば良いと夢を見る。今の自分達みたいに。
セラの言葉に、リトが片眉を上げた。
「誰かがオマエに惚れたらどうする?」
「そんな物好きがリト以外にいるとは思えないが・・・・・・私が人間の男と結ばれたらどうする?次代の“契約者”が誕生したら」
首を傾げ、問いに問いを返す。
「その時は、次代が生まれる前にオレがオマエを喰ってやる」
即答されて、セラは目を見開いた。次いで、うっとり眼差しを蕩けさせる。声は恍惚さを帯びて艶めいた。
「素敵だな、そうすれば私はリトと一つになれる」
種族差がある以上、どんなに想い合っても、心を添わせても、体を重ねて一つに溶け合う事は叶わない。それを考えればこの上なく魅力的な誘惑だった。
「ふざけるな。オレはもう、オマエの血を見るのはゴメンだ」
仲間を信じさせる為、リトの唇に付着させた血は紛れもなくセラのものだった。セラ自ら髪を切り捨て、腕を切りつけて血を絞り出す姿を、リトは歯を食いしばって見詰めていた。
「ごめん。そんな事にはならないよ、私にはリトがいるからな」
そう言って手招きする。怪訝そうな表情を浮かべて近付いたリトの頭を抱き込み、その頬へ朱唇を触れさせた。ちゅっ、と音を立てて離れたセラの頬に、リトも口付けを返す。
「ずっと一緒にいよう、リト」
「あぁ、ずっと一緒だ、セラ」
巨人であれば数歩で対岸へ渡れる、しかし人間には大河にも等しい川の畔で、大小二つの人影が焚き火に当たっていた。
整った顔立ちと細い四肢からは性別を判断し難い小さな人影が、くしゅん、とくしゃみをした。体にぐるぐる巻き付けた布地の合わせから覗く、僅かに膨らむ胸元が、成長途中の少女である事を示していた。
「しっかり乾かさないとカゼを引くぞ、セラ」
全身にこびり付いた血を川で洗い流し、湿った髪を払おうとしたセラの手が空を切る。紫の双眸で肩口を見遣ると、白銀髪は以前よりも格段に短くなっていた。
「リト、本当に良かったのか?」
「何がだ?」
意味が分からない、と言わんばかりの彼に、セラは苦笑した。水を浴びて冷えた体を、リトの足へくっ付ける。じんわり伝わる体温の心地良さに、知らず吐息が漏れた。
「私は、リトを騙したのかも知れないんだぞ?」
考えて考えて、彼女が選んだ手段。
自分が死なず、巨人族が人間に復讐をする事もない方法。
連鎖を断ち切るには今しかないからと決行したけれど、果たして正しかったのかどうかはセラ自身にも分からない。
「“契約者”の役目が嫌になって、次代を生むのが嫌で、リトに一芝居打つよう唆した、とか」
「それでも良いさ。オマエを信じると、選んだのはオレの意志だからな」
リトの人差し指が、躊躇いなく切って短くなった白銀の髪を撫でる。惜しむ様に触れられて、『ちょっと申し訳ない事をしたかな』と微かな後悔が胸を過ぎる。
「これからどうする?」
「ん、リトは『自分だけの女』を捕まえに行くんだろう?」
からかい混じりに言うと、額を小突かれた。ぷぅ、と頬を膨らませたセラは、黒々と連なる山の稜線へ視線を投げる。
セラは山々の向こうからやって来た者を見た事がない。それが人間であれ巨人であれ。
だから、あの山々の向こうには、人の住む世界などないのかも知れない。
ここが世界の果てで、その先には何もなかったとしても。隣にリトがいるならそれで充分だ。
「このままなら、“契約者”は私で最後になるな」
人間が巨人を殺す力と方法を誰にも伝えず、残さず、一人で抱えて逝く。
そうやって巨人族と人間がもう一度、真っ新な関係から始めて、歩み寄って、いつか手を取り合える日が来れば良いと夢を見る。今の自分達みたいに。
セラの言葉に、リトが片眉を上げた。
「誰かがオマエに惚れたらどうする?」
「そんな物好きがリト以外にいるとは思えないが・・・・・・私が人間の男と結ばれたらどうする?次代の“契約者”が誕生したら」
首を傾げ、問いに問いを返す。
「その時は、次代が生まれる前にオレがオマエを喰ってやる」
即答されて、セラは目を見開いた。次いで、うっとり眼差しを蕩けさせる。声は恍惚さを帯びて艶めいた。
「素敵だな、そうすれば私はリトと一つになれる」
種族差がある以上、どんなに想い合っても、心を添わせても、体を重ねて一つに溶け合う事は叶わない。それを考えればこの上なく魅力的な誘惑だった。
「ふざけるな。オレはもう、オマエの血を見るのはゴメンだ」
仲間を信じさせる為、リトの唇に付着させた血は紛れもなくセラのものだった。セラ自ら髪を切り捨て、腕を切りつけて血を絞り出す姿を、リトは歯を食いしばって見詰めていた。
「ごめん。そんな事にはならないよ、私にはリトがいるからな」
そう言って手招きする。怪訝そうな表情を浮かべて近付いたリトの頭を抱き込み、その頬へ朱唇を触れさせた。ちゅっ、と音を立てて離れたセラの頬に、リトも口付けを返す。
「ずっと一緒にいよう、リト」
「あぁ、ずっと一緒だ、セラ」
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