鐡~KUROGANE

斑鳩陽菜

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第一回 泣き虫龍馬と黒い鯨

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                         一

 江戸城外濠えどじょうそとぼり・呉服橋――、土佐藩・江戸中屋敷を出た龍馬は、橋のたもとでくわぁっと大欠伸おおあくびをした。
 寝起きはいい方だと思うのだが、意識は半分まだ夢の中だ。はっきりいって目的地に無事に向かっているのか疑問で、堀に落ちないことを祈るだけである。
 この日はしつこく降り続いていた長雨ながあめが一休みをし、数日ぶりの蒼天そうてんである。地はまだ乾いていなかったが、龍馬は汚れるということを気にする男ではない。足袋を穿いていなかったし、草履も安物だ。
 築地つきじにある土佐藩・江戸中屋敷から外濠界隈そとぼりかいわいまで、龍馬にとっては通い慣れた道である。
 学んでいる北辰一刀流の道場が、この近くにあるのだ。
 外濠をもう少し先へ行けば鍛冶橋かじばしに出るが、そこには土佐藩の江戸上屋敷がある。
 参勤交代の藩主滞在場所であり、当然格上の藩士が藩主不在時でもゴロゴロいる。龍馬のような下級武士にとっては、閻魔丁えんまちょうのような怖い場所だ。幸いというべきか鍛冶橋まで行かずとも道場へは行けるので、龍馬は町家の角を曲がった。
 この日は瓦版売りも町へ出ていて、人集りができていた。
「さぁさぁ、驚くじゃじゃねぇか。浦賀の海に怪物が出たってぇそうだ。それがメリケン(※アメリカ)から来た異国船だっていうからてぇへんだ。さぁさぁ、買った買った!」
 威勢のいい売り声に、瓦版は飛ぶように売れていく。
「異国船……のう」
 龍馬といえばまた大欠伸だ。
 故郷・土佐を離れて三月、剣術修行という目的で江戸に来ていた龍馬は、この時はまだことの重大さをわかってはいない。 黒二重の紋服に羽州平うしゅうだいらの袴、腰に父・坂本八平から譲られた刀・備前長船びぜんおさふねを差し、かつて寝小便よばあたれの泣き虫と言われていた人物と同一人物だとは、彼の過去を知る者は驚くだろう。
 だが見目はなんとかなっても、眠気には勝てない。欠伸でできた目尻の涙を擦っていると、にっと笑ってくる男と目が合った。どうやら龍馬の大欠伸は見られていたらしい。
「龍馬さん、これから道場へ稽古かい?」
 場所は呉服商・伊勢屋の前――男は柄杓ひしゃくを手にした姿で、そう言って話しかけてくる。男は伊勢屋の奉公人で末吉という。 ちょうど水撒きをしていたらしい。
「まぁ、そんなとこじゃ」
 伊勢屋の前はよく通る道なので、龍馬は末吉とはすっかり顔馴染みだ。
「その様子じゃあ、昨夜はしこたま呑んだね?」
「銚子を四五本開けただけじゃ」
 それだけ呑めば充分だと思うが、龍馬の寝不足は酒のせいではない。昨夜見た、おかしな夢のせいである。
 夢の中で、なぜか龍馬は大鯨おおくじらを捕まえに行こうとしていた。
 しかも捕鯨に向かうにしては小さい小舟で、なんの装備もせずにだ。夢とはもともとへんこなものだったりするが、龍馬の性格は夢の中でも反映されていたようだ。要するに負けるとわかっていても向かって行くことだ。
 鯨はとてつもなく大きく、鯨の一泳ぎで龍馬が乗っている小舟は揺れた。槍ももりもなく、どうやって鯨と戦うのか。結局は船は転覆し、海に落ちたところで龍馬は目が覚めた――という次第だ。
 いくら土佐(※現在の高知県)が捕鯨の国だとしてもだ。ここは江戸であって、故郷・土佐ではないのだ。
 土佐湾には黒潮に乗ってかつおもやって来るが、鯨もやって来る。 
  鯨はまるごと使える生き物である。肉と軟骨は食用に、ヒゲと歯はこうがいや櫛などの手工芸品に、毛は綱に、皮はにかわに、血は薬に、脂肪は灯火用燃料の鯨油げいゆに、採油後の骨は砕いて肥料にと多彩だ。
 土佐東部の室戸では古式捕鯨が盛んで、二十隻の船が一組となって鯨を網で追い込んだ後、銛を使って仕留めるという。一隻ずつに役割があり、網を張って鯨を絡ませる網舟あみぶね、鯨を網に追い込み銛を投げて仕留める勢子舟せこぶね、捕らえた鯨を運搬する持双舟もっそうぶねなどの種類があるそうだ。
  なぜそんな夢を見たのか、龍馬は腕を組んで「うーん」と唸って空を見上げた。
 故郷の味が恋しくなったのか、それとも単に酒の飲み過ぎか。
  頭をかけばせっかく整えた頭髪が暴れ始める。龍馬の髪は生まれついての癖っ毛で、当初は銀杏髷いちょうまげにと思ったが今は一つに括っただけにしてある。月代さかやきを剃っていたいため月代の手入れは必要なかったが、これ以上頭をかくととんでみない状態になるため、龍馬は手を離した。
 そんな龍馬の剣術修行先は、呉服橋界隈から更に東の桶町にある。
 土佐を出るとき、それまで学んでいた剣術の先生が紹介状を書いてくれた場所が、桶町の千葉道場だったのである。
 千葉道場は神田お玉ヶ池・北辰一刀流剣術道場・玄武館の流れをみ、道場を開いたのはその玄武館を開いた北辰一刀流の開祖でもある、千葉周作の実弟・千葉定吉である。
 龍馬が入門したときは既に代は息子の重太郎になっていたが、偶に道場で顔を合わせれば話に付き合わされるのだった。それが結構長い。実は龍馬の酒の相手はこの千葉定吉親子だった。
「――二日酔いで来ないと思っていたよ。龍さん」
 稽古場に行けば、千葉重太郎がそう言って破顔した。
「大先生の長話に付き合わされるのに比べちょったら、あれくらいじゃあ大したことはないっちゃよ」
「ははは……、確かに親父どのの話は長いな。特に昨夜は黒船騒動の後だ」
「黒船……?」
「なんだ、何処も黒船のことで持ちきりだというのに」
 龍馬が平然としていたからなのか、重太郎の方が驚いている。
「そういえば大先生は昨夜、そんな話をしちょったのう……」
 何しろ説教をされているような雰囲気で酒を呑んでいただけに、龍馬は早く解放されないかなと考えていて、話の内容をほとんど覚えていない。
 時は嘉永六年六月三日――相模国さがみのくに(※現在の神奈川県)・浦賀沖に米国アメリカの船が四隻出現した。世に言う黒船来航である。
 重太郎がすっと出してきた瓦版に、龍馬はようやくなぜ鯨の夢をみたのか合点がいった。
「ああ、鯨」
「いや、鯨じゃなくメリケンの異国船らしい」
 そこには黒一色の船の絵が描かれて、化け物の首もついていた。確かに鯨ではなかったが、大きさは夢に出て来た鯨と同じくらいだろう。
 しかしこの国は肥前・長崎しか港を開いておらず、鎖国下にある。
 その長崎でさえ交易相手として港に入ることを許しているのは、オランダ・清国・朝鮮・琉球のみである。
 キリスト教禁止に始まる一連の流れは、キリスト教国であり宣教師を派遣していたポルトガル・スペイン船追放から、ついにはこの国の人間が異国へ行くのも異国在住の日本人が帰ってくるのも禁止する鎖国へと変わった。
 凡そ二百年に亘りこの国の人々は、西洋にオランダ以外に何という国があり、どんな文化があって発展しているか知ることはなかった。
「上はさぞ慌てておられよう」
 重太郎は、そう言って眉を寄せる。
 上とは幕閣の人間のことで、千葉定吉が鳥取藩剣術指南役となってからは幕閣の話が伝わってくるらしい。
 鳥取藩は因幡いなば伯耆ほうきを所領とする、池田家三十二万石の藩である。
 江戸屋敷は丸の内大名小路にあり、千葉定吉はちょうどこの年に剣術指南役として仕官していたのだった。
 これからこの国はどうなるのか――、昨夜の酒の席で千葉定吉は嘆いた。
 それに対し龍馬は言った。
「決まっちょろう、大先生。異人の首を叩きっちゃるだけじゃ」
 定吉は威勢がいいと呵々と笑っていたが、このときの龍馬は本当にそう思っていた。どおりで昨夜、龍馬は大鯨に向かって行く夢を見る筈である。 ただ――鯨の夢を見たのは、異国船が来たからではない。
 龍馬は土佐で、米国の異国船に乗ったという男と知り合った。
 そのうち、米国メリケンはこの国にやってきゆうがよ――と、その男はいう。
「万次郎さんの言っちゅうたとおりになったのう」
「誰だ?」
「鯨に乗って竜宮に行った浦島太郎じゃ」
 龍馬の話に、重太郎は首を捻った。
 その男の名を万次郎という。またの名をジョン万次郎。
 アジ漁の最中に海で漂流し、米国の船に助けられたという土佐の漁師。ただ異国船に乗れば、鎖国下にあるこの国に帰っては来られない。万次郎は帰国するまで十一年を米国で要したらしい。
  浦島太郎の話とは異なるが、なんせ土佐の海は鯨がやって来る。異国船を鯨と勘違いしたために、おかしな浦島太郎の話ができてしまった。その万次郎が、米国はいつか日本にくるという。  
 しかしこの黒船がのちの己の運命を変えていくとは、龍馬はこのとき知るよしはなかった。

                          ◇◆◇

 龍馬が生まれたのは天保六年――土佐国(※現在の高知県)高知城下、郷士・坂本家の末っ子としてである。
 土佐は山内家二十四万石の外様藩で、関ヶ原の戦い以前は長宗我部氏の支配地であった。天下分け目の戦とはよく言ったもので、この勝ち負けが土佐武士のその後の運命も分けた。
 春――、城下を流れる鏡川の土手は、菜の花が満開である。土佐の大地を横断する四万十川と同じく鏡川も水が澄み、鮎やうぐいが遡上してくる。空は申し分ない青空だったが、かの少年の心の中にだけ雨が降っていた。
「おまんのような奴が侍になっちゅうようじゃ世も末じゃ。大人しゅう畑でくわでも持っちょき!」
 歳は未だ十代半ば、上質な着物袴に身を包んだ少年が、己の身体についた土を落としながら罵倒する。
 罵倒された相手は尻餅をついたまま、唇を噛む。言い返してやりたい気持ちはあるものの視界は涙にぼやけ、ようやく出た言葉は「うぅ……」と嗚咽だ。それが十一歳になったばかりの龍馬である。
 この日は手習いに通っている塾の帰りで、彼らとばったり出くわしたのだった。
 この土佐では相手が上級武士の場合先に道を譲り、土下座するのが郷士の基本動作なのだが、龍馬が出くわした少年たちは龍馬が道を譲るよりも先に、馬鹿だの洟垂れだの罵ってきた。
 一度だけならまだしも、毎々からかわれては我慢にも限度がある。
「また坂本さまんちの寝小便よばあたれのはなたれが泣かされっちゅうぞ」
  鏡川の土手を歩いていれば、畑仕事をしていた農夫の声が飛んでくる。あまりにも不名誉すぎる呼ばれ方だが、言っていることは間違ってはいないだけに龍馬は己が情けなかった
 龍馬としては好きで寝小便をしているわけではないし、洟も垂らしているのではない。
 悔しいのは同じ侍の子でありながら、郷士というだけで苛められるかだ。
 郷士は土佐一国に限らず他方にもいるが、土佐は少し事情が違う。
 関ヶ原の戦いで西軍についた長宗我部氏は敗退し、土佐にいた郎党・地侍は下士かしという扱いになった。逆に山内家の掛川城主時代までの家臣や取り立てた大坂浪人、長宗我部旧臣の一部が上士じょうしとなった。
 上士は藩内で重職にもつけるが、下士は足袋も穿けず半武半農である。
 龍馬は剣術の稽古は欠かしていないが、ちっとも上達しない。「わしには剣の才はないんじゃ」とやさぐれたこともあったが、それを許さぬ人物が龍馬の最も身近にいた。
 龍馬には兄・権平と、長姉・千鶴、次姉・栄といたがもう一人姉がいた。名を乙女といい龍馬の三つ上なのだが、この乙女がとにかく龍馬に厳しい。
 家に帰ればその姉・乙女が箒を片手に構えていて、ため息をつかれた。弟である龍馬の目から見ても乙女は名前の通りの器量よしだが、土佐弁で言うところの《 はちきん》で、喧嘩も剣術も乙女が強い。木にだってするすると登るし、川では裾を捲って魚取りもする。さすがにそれはやめてくれと、父と兄・権平に懇願されたらしい。さらに身体も大きかったため、ついた渾名あだなが「坂本家のお仁王さま」、末の子供二人がこんなだからなのか、父・八平はよく天を仰ぐ。
「――今日の相手は誰じゃ?」
 眉を寄せ上から見てくる乙女に龍馬はたじろいだが、この姉を前に逃げ切る自信は龍馬にはない。
「……いつもの……」
 そこまで言って乙女にはわかったようだ。
 いつもの――、龍馬をからかい苛めて来るのは上士の子たちであった。父親が藩の要職にある子たちばかりで、学問所にも通っていた。
「そんでおまんは、黙って帰ってきちょったがか?」
「かかっていったがよ……、でも……っ」
 言い訳すればするほど泣けてきて、乙女がまた溜め息をついた。乙女としてはたとえ喧嘩に負けたとしても、くよくよするなと言いたいらしい。
 父・坂本八平は、上士の子に何を言われても耐えよという。しかし乙女は「やり返しちゃれ」という。
 たとえ上士と下士の差があっても、食いついて行く勇気があるほうがいいというのである。
 下士と言っても上は郷士から下は足軽まであり、坂本家は郷士という位置にあった。元々は播磨屋などに匹敵する豪商・才谷屋の出で、龍馬の曽祖父の代に才谷屋から分家し、苗字帯刀の郷士株を買ったのが坂本家の始まりである。元が豪商の出だけに食っていけるだけの財はあったが、士分となったからにはそれなりの職に就かねばならない。
 ただ上士など藩の要職を約束された身と違い郷士も下士、就ける職は限られている。龍馬の父、坂本家三代目当主・坂本八平は山内家歴代藩主の墓守、御陵番士ごりょうばんしに就いたが基本は半武半農である。
「龍馬、おまんはいつか龍になる男じゃき、いつまでも泣いちょったらいかんがぞ」
 いつか龍になる――、それは姉・乙女の龍馬に対する口癖だった。そして必ず連れていかれるのが、桂浜であった。桂浜はよさこい節でも唄われる、土佐一の景勝地である。
 桂浜は白砂青松はくしゃせいしょうの地でもあり、海へ向かってクロマツの枝が伸びている。姉・乙女はこれは天に昇ろうとしている龍だと言う。思えば土佐沿岸は、龍の名を冠したものが多い。
 浜の北東端は上竜頭岬うわりゅうずみさき、南西端は下竜頭岬しもりゅうずみさき、その下竜頭岬には竜王宮と呼ばれる海神見神社わだつみじんじゃの鳥居が立っている。これだけ龍の名前が多いと、もしかしたら龍神が棲んでいるかも知れない。
 いつだったか龍馬があまり寝小便するからなのか、龍馬は乙女に竜王宮に誘われたことがにあった。龍馬としては本当に龍神がいたら怖いし、喰われるのも嫌だったため、断固拒否をした。
  龍馬が生まれる前夜、乙女は天の川を横断していく龍を見たという。
 父・八平や他の兄弟たちは法螺だといって、乙女の話を信じてはくれなかったらしい。
「おまんも笑うがか?」
 乙女に聞かれ、龍馬は首を振った。
 厳しい姉・乙女だが、最大の理解者でもあった。父や兄が「ろくな男にならん」というのを、乙女は「いつかつよい男になるがよ」と龍馬を馬鹿にはしなかった。ゆえに龍馬も、この姉のいうことは否定しなかった。
「今のおまんは、この松と同じじゃ。今に龍となって空を翔びゆうきに、言いたい奴には言わせとき」
 乙女の言葉に龍馬は「うん」と頷き、一緒に海を眺めた。豊かな土佐の海は、夏になればまた鯨がやって来るだろう。
 東の室戸岬と西の足摺岬の間、弓のように反った土佐湾。鯨は冷たい北の海から温かい南の海に至るため、二つの岬を越えて行くのだという。
 はたして龍と鯨、戦ったらどちらが強いのだろう。龍馬は、そんなことを思っていた。

                            ◆◇◆

 世は弘化から嘉永に改元、この頃の龍馬といえば高知城下・築屋敷町つきやしきにある小栗流の剣術道場に通い始めていた。
 しかし坂本龍馬という男、この頃から興味があるものを見つけると道草をする癖があった。道場から真っ直ぐ家がある本町筋に向かえばいいものを、鏡川に向かったのだった。この頃はちょうど鮎やウグイが釣れる時期なのだ。
「おーおー、やっちょる。やっちょる」
 川には鮎目当ての男たちがおり、その中に見覚えのある男が一人混じっていた。
「弥太郎さんじゃないかえ? なにしちゅうが?」
 弥太郎は顔を上げ、嫌そうに眉を寄せた。好かれていないということは表情でわかっていたが、龍馬はかまわず腰を屈めた。
「邪魔じゃ。向こうへ行っちょれ」
「あい(鮎)はええのう。やっぱり塩焼きかのう?」
「やかましい! おまんがそばえゆうき、逃げられるがじゃ! おまんはわしになんぞ恨みでもあるかが!?」
「大袈裟じゃのう……」
 龍馬としては邪魔などするつもりもなく、弥太郎に恨みもない。単に見知った顔がいたから声をかけただけである。
 弥太郎こと岩崎弥太郎は、安芸郡井ノ口村あきぐんいのくちむら(※現在の高知県安芸市井ノ口)の生まれで、龍馬の一つ年上である。岩崎家も郷士だったが、天明の大飢饉で一揆が起きて以降、弥太郎の曾祖父の代に郷士の資格を売り、地下浪人となったという。
 地下浪人とは四十年以上郷士身分であった者が、郷士身分を他者に譲って浪人となって、地域に居付いた者をいう。ただ、ここでも下士の現状が見えてくる。
 龍馬の坂本家と違い、郷士でも生活に困窮する者が多いことだ。上士には見下され出世は望めず、畑仕事だけでは食って行けなくなる。
 岩崎家がまさにその状態である。地下浪人となっても苗字帯刀は許されているが、生活のために物を売りに行かねばならないのだ。着ている着物袴も龍馬に比べれば地味で、顔は泥だけだ。どうやら鮎を捕まえて、売りに行こうとしてらしい。
 因みにこの岩崎弥太郎――、明治期に三菱財閥を興すことになる。
 龍馬は以前、弥太郎から言われたことがある。
「わしはこんままんでは終わらん。いつか必ず連中の頭を下げされてやるがやき、おまんのように泣いちょる暇はないんじゃ」
 弥太郎はそう言って、川の中を上流へ向かって行ってしまう。
  (わしだって、いつか強くなっちゃるぜよ。弥太郎さん)
 名前に負けぬ男になる――、少年・坂本龍馬は、土佐の空にそう誓ったのだった。
 桂浜に立てば土佐の海は凪いでいて、漁船が数隻見えた。アジ漁か、それとも鰹漁か、はたまた捕鯨船か。
 黒潮がそそぐ豊かな海で、鯨は今日も潮を吹いているのだろうか。

 だが――、鯨を追っていたのはこの国の人間だけではなかった。
 この国が鎖国下にある間に西洋では産業革命が起き、西洋列強諸国は国外の市場や植民地の獲得を目指して、次々とアジアやアフリカへ進出を開始し、米国も遅れてはならぬとアジアへ針路をとる。文明が発展したことにより米国もまた、鯨油をとる最適な漁場と燃料などの補給地を確保したかったのである。
  さらに交易相手を一つでも多くもつことは、自国も潤う。
 交易にも捕鯨にも利便性がいいアジアの国――、米国はその国に向けて船の針路をさだめた。
 それが、鎖国下にあった日本であった。
 米国は天保八年にモリソン号が、弘化三年に米国東インド艦隊と二回日本に来ているが、思惑は達成出来ていない。
 その二回とも幕府に拒絶され、日本は今も鎖国下にあるからだ。
 そして嘉永六年――。

「いい天気じゃ」
 坂本家の庭に出た龍馬は、両腕を天に突き出して背伸びをした。
 坂本家の家紋・組あい角に桔梗の紋服が少々大きすぎたが、姉・乙女が来て行けという。
 そのうちに身体も成長し、黒二重のこの紋服が合うと云うのである。
  この日、龍馬は江戸に剣術修行に出る。
「あの洟垂れがのう……」
 龍馬の父・八平と兄・権平は、龍馬の成長に驚いている。
 剣術修行の話は、龍馬が学んでいた小栗流の先生・日野根弁治の勧めによるものだ。
「ご子息ならば将来よい武芸者になりゆうき、江戸で修行させてみてはどうかの?」
 日野根どのがいうのならよほどの腕なのだろうと、父・八平は龍馬を江戸に行かせることにした。
「龍馬、むくれ(頑張れ)!」
 姉・乙女に背を押され、龍馬は土佐の地を初めて離れた。
 それはペリー率いる米国東インド艦隊が浦賀に現れる、三ヶ月前のことであった。
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