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『英雄伝説の終わり、そして始まるプロローグ』
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魔王ガイウスとの戦いが終わってから二週間ほど経った。あれほど降っていた雪は完全に落ち着き、関東圏の気候もあってほとんどが解けて消えた。
世間では単なる異常気象では説明できないと騒いでいたが、理由が判明することは永遠にない。勇者たちと魔王の戦いがあったと説明したところで、信じるものなどいないだろう。
一時の非日常は終わりを告げ、また普段通りの日々が戻ってきた。それはかつて勇者という肩書を持っていた俺も同じで、ようやく勝ち取った平穏を満喫していた。
朝のニュースを見ながらコーヒーをすすっていると、自室の方からパタパタと足音が聞こえた。振り返って見るとそこには俺たちの愛娘であるルインがいて、服装は白と紺色が特徴的な園児服となっていた。
「むぅ……んー、どうかな?」
ルインはリビングに新しく置かれた姿見の前に立ち、自分の服装を何度もチェックしていた。一見しておかしなところはないが、着て行くのは初めてなので緊張してるようだ。
「ルイン、よく似合ってるぞ」
「本当? ありがとう、パパ。この服ルインも好きだよ」
記憶が戻ったルインをどこに通わせるのか、戦いが終わった後に家族全員と女神を交えて話し合った。
背丈を気にしないなら小学校ぐらいが妥当かと思っていたが、ルインは保育園に通ってみたいと言った。すでに鈴花と真人という友達もいるし、ルイン自身が失った幼い時間をやり直したいという大切な理由があった。
色々と生じるエリシャとルインの戸籍問題だが、これは女神が異世界へと帰る前に片付けてくれた。今二人はどこかの外国の地で生まれたことになっており、色々な過程を経て俺と一緒に暮らしていることになっている。
現時点では全員苗字がバラバラだが、いずれエリシャと結婚した折に皆同じ苗字にしたいと思っていた。
今は俺の新しい仕事が控えているので難しいが、時間が取れたら改めてエリシャとルインを連れて式場など見に行くつもりだ。
(……そういや、結婚となるとさすがに家族に連絡する必要あるよな。母親はそれなりの反応だろうけど、妹はやかましく騒ぎそうだ)
まだ心の準備ができていないので、この件に関しては後回しだ。ルインを保育園まで見送ろうと立ち上がると、キッチンの方からエプロン姿のエリシャが顔を出した。
「ルイン、お弁当ですよ。まだ不慣れなところもあるので、味に関しては多めに見てくださいね」
「ううん、ママの作ったお弁当だし、絶対に美味しいに決まってる」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいですね」
エリシャはルインの頭をポンポンと撫で、鞄に弁当を入れつつ中身をチェックしていた。
俺も親らしく危ない人や車の飛び出しに気をつけろと注意するが、ルインはそれを聞いて首を傾げた。
「パパ。車はともかく、この国の人にならルイン負けないよ?」
「それでもだ。もしかしたら魔王みたいな奴が現れないとも限らないからな」
「はぁい。でもいざとなったら、今度はルインがパパを守ってあげるね」
そう言ってルインは小悪魔的にチロリと舌を出し、指から魔力で編んだ糸を出現させて微笑んだ。
俺は調子に乗っているルインの頭目掛け、叱りの軽いチョップを入れてやった。ルインはそれに一瞬驚くが、嬉しそうに頭をおさえて笑ってくれた。
「――――パパ、叱ってもらえるって、なんだか嬉しいね」
「そうだな。たまにはこういうのも悪くない」
そんなやり取りを二人でしていると、家のインターホンが鳴った。ルインは誰よりも早く動き出し、扉を背伸びして開けた。その先にいたのは友達の代々木鈴花と、母親の代々木楓だった。
「ルインちゃん、おはよう! きょうからいっしょだね!」
「鈴花、ルインもくるの待ってたよ!」
ルインと鈴花はきゃきゃと女の子らしく笑い合っていた。その光景を微笑ましく思っていると、後ろからエリシャが現れて楓へと挨拶をしていた。
「かえちゃん、おはよう。今日は二人をよろしくお願いしますね」
「いいんですよー、エリちゃん。親友の子ですものー、きちんと面倒見てみせますとも!」
相変わらずのおっとりな喋り方の楓だが、以前とはある部分が大きく変わっていた。それは彼女の黒い髪色で、大部分がピンク色で毛先の方が金髪という派手なものになっていた。
なんでもエリシャに合わせたそうで、ちゃんと本人的にも気にいっているようだ。
(……楓さんみたいな人がいれば、エリシャが回りから浮くこともなさそうだな。旦那さんには悪いが、俺個人としては本当に感謝だ)
大人しい性格という楓の旦那の苦労する姿を思い浮かべ、俺は心の中で手を合わせた。そして俺は楽しそうな顔で楓と話すエリシャを見つめた。
異世界に戻らず一緒にいる選択をしてくれたことを、俺は一生感謝しなければいけない。そして三人で力を合わせ、幸せな家庭を築いていこうと改めて決意した。
「それじゃあ、これ以上は遅くなるし。行ってくるよ、エリシャ」
「はい、行ってらっしゃい。ルインも気を付けて」
「はーい! 行ってきます、ママ!」
見送り見送られ、俺たちは新たな日常へと歩み出した。
それからルインを保育園に預け、俺は次の用事のため楓と別れた。タクシーに乗って向かったのは、魔王の騒動で二度ほど訪れた自然公園だ。
平日の朝ということもあり人通りは少なく、静かで気持ちの良い空気が流れていた。噴水近くのベンチには見知った制服姿の女子高生が座っていて、俺が声を掛けるとその人物はハッと顔を向けた。
「あっ、おはようございます。レンタさん」
「おはよう、ミクルちゃん」
ミクルが荷物をどけてくれたので俺はそこに座ることにした。早速魔王との戦いが終わった後どうなったか聞いてみると、ミクルは明るい表情で話しをしてくれた。
「……今でも信じられないですが、両親が離婚を辞めてくれたんです。私が失踪した影響で、父と母で色々と話し合ったみたいです。ぎこちないところもありますが前みたいに会話も戻って、家にいても苦しくなくなりました」
「それは良かったじゃないか。魔王も少しぐらい誰かの役に立ったな。一応言っておくけど、間違ってもあいつに感謝する必要はないぞ」
「えぇ、分かってます。そもそも今回の家出は、私一人でも起こせたんです。何かを得るためには行動を起こさなきゃいけないって、本当に身に染みて理解しました」
ミクルはそう言って空を見上げ、飛んで行く鳥を目で追っていた。ふと俺は聞きたかったことを思い出し、ミクルに一つ質問をしてみた。
「そういえばずっと気になってたんだけど、ミクルちゃんはどうして『正義』なんて行為をしてたんだ?」
ただの疑問だったのだが、その言葉にミクルは顔をカァッと赤くした。そして表情を隠すように手のひらを顔に当て、恥ずかしさに耐えるように話しをしてくれた。
「あれは……その、何と言いますか。異世界に行く前に、手に入れた力で危険な人たちを懲らしめたいっていう…………中二病的な……ごめんなさい…………」
「あぁ、なるほど。まぁ大した怪我した人はいなかったから良かったんじゃないか?」
「……それは私としても、気を付けていた部分だったので」
もしミクルが本気で危険を排除しようとしていたら、拓郎はエリシャが助ける間もなく酷いことになっていたはずだ。スーパーですれ違った時や今の雰囲気を考えると、やさぐれて力を手に入れる前は今みたいに心優しい子だったのだろう。
それから世間話をいくつかし、会話のネタも尽き始めた。互いの言葉が止まりわずかな静寂が流れた後、ミクルは遠くに見える町を眺めながら呟いた。
「…………もし私がここで異世界に行きたいと言ったら、レンタさんは本当に連れて行ってくれましたか? ……なんて聞くのは、酷いことですかね」
儚げに笑い「忘れて下さい」と言うミクルに、俺は迷わず言った。
「もちろん、嘘じゃないさ。女神に無理を言ってあと一度だけ異界の門を使えるようにしてあるんだ。場所も遊園地から変えたから、いつでも行けるぞ」
「本当ですか?」
「約束は約束だからな。本心から行きたいって言うなら、ちゃんと連れて行ってやるけどどうする?」
俺の問いかけに、ミクルは一瞬だけ迷った。けれどすぐに首を横に振り、胸に抱いた思いを断ち切るようにベンチから腰を上げた。
「私には異世界で冒険するなんて夢は大き過ぎたんです。これからはたくさん迷惑を掛けた分、より多くの人を幸せにしていこうと思います」
「そっか、なら良かった」
その回答に満足していると、ミクルは急に辺りをキョロキョロ見回して話を続けた。
「……実はここまで諦めがついたのは、エリシャさんのおかげでもあるんですよ。あそこまで強くないと異世界で生きていけないって、心から思うことができたんです」
「俺はいなかったから知らないけど、エリシャは何をしたんだ?」
「…………丁寧に自尊心を折られ、本物の強さを叩きつけられました。全部を言うのはちょっと怖いので、これ以上は絶対に秘密です」
魔王と一体化していたミクルも相当な強さだったと思うが、エリシャはどんな戦いをしていたのだろうか。聞いてみたいと思ったが、ミクルは辞めた方がいいと言っていた。
それから当たり障りのない話をし、ミクルは学校に向かうと言って別れた。三週間ぶりの登校だそうだが、話をした様子的に大丈夫だろうと俺は確信した。
後ろ姿が見えなくなるまで見送り、俺もベンチから立ち上がって帰路についた。
「……さて、これからどうすっかな」
新しい仕事は上手くいくだろうか。当面は生活を安定させて、エリシャと結婚して皆で家族になる。いずれはあのアパートからも出て、ローンを組んで一軒家に住みたいところだ。
やるべきことはとても多く、立ち止まっている時間は無さそうだ。
「よりよい明日のためにも、しっかりと前に進まなきゃだ」
ここから続いていく物語は、きっと異世界での戦いよりも厳しいものとなる。だけど立ちはだかる困難がどれほど大きくても、守るべき家族いれば戦える。
「――――あぁ、だから」
俺はこれからも生きていく。最愛の家族と、この日本(リアル)で。
ーーー第一部完ーーー
世間では単なる異常気象では説明できないと騒いでいたが、理由が判明することは永遠にない。勇者たちと魔王の戦いがあったと説明したところで、信じるものなどいないだろう。
一時の非日常は終わりを告げ、また普段通りの日々が戻ってきた。それはかつて勇者という肩書を持っていた俺も同じで、ようやく勝ち取った平穏を満喫していた。
朝のニュースを見ながらコーヒーをすすっていると、自室の方からパタパタと足音が聞こえた。振り返って見るとそこには俺たちの愛娘であるルインがいて、服装は白と紺色が特徴的な園児服となっていた。
「むぅ……んー、どうかな?」
ルインはリビングに新しく置かれた姿見の前に立ち、自分の服装を何度もチェックしていた。一見しておかしなところはないが、着て行くのは初めてなので緊張してるようだ。
「ルイン、よく似合ってるぞ」
「本当? ありがとう、パパ。この服ルインも好きだよ」
記憶が戻ったルインをどこに通わせるのか、戦いが終わった後に家族全員と女神を交えて話し合った。
背丈を気にしないなら小学校ぐらいが妥当かと思っていたが、ルインは保育園に通ってみたいと言った。すでに鈴花と真人という友達もいるし、ルイン自身が失った幼い時間をやり直したいという大切な理由があった。
色々と生じるエリシャとルインの戸籍問題だが、これは女神が異世界へと帰る前に片付けてくれた。今二人はどこかの外国の地で生まれたことになっており、色々な過程を経て俺と一緒に暮らしていることになっている。
現時点では全員苗字がバラバラだが、いずれエリシャと結婚した折に皆同じ苗字にしたいと思っていた。
今は俺の新しい仕事が控えているので難しいが、時間が取れたら改めてエリシャとルインを連れて式場など見に行くつもりだ。
(……そういや、結婚となるとさすがに家族に連絡する必要あるよな。母親はそれなりの反応だろうけど、妹はやかましく騒ぎそうだ)
まだ心の準備ができていないので、この件に関しては後回しだ。ルインを保育園まで見送ろうと立ち上がると、キッチンの方からエプロン姿のエリシャが顔を出した。
「ルイン、お弁当ですよ。まだ不慣れなところもあるので、味に関しては多めに見てくださいね」
「ううん、ママの作ったお弁当だし、絶対に美味しいに決まってる」
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいですね」
エリシャはルインの頭をポンポンと撫で、鞄に弁当を入れつつ中身をチェックしていた。
俺も親らしく危ない人や車の飛び出しに気をつけろと注意するが、ルインはそれを聞いて首を傾げた。
「パパ。車はともかく、この国の人にならルイン負けないよ?」
「それでもだ。もしかしたら魔王みたいな奴が現れないとも限らないからな」
「はぁい。でもいざとなったら、今度はルインがパパを守ってあげるね」
そう言ってルインは小悪魔的にチロリと舌を出し、指から魔力で編んだ糸を出現させて微笑んだ。
俺は調子に乗っているルインの頭目掛け、叱りの軽いチョップを入れてやった。ルインはそれに一瞬驚くが、嬉しそうに頭をおさえて笑ってくれた。
「――――パパ、叱ってもらえるって、なんだか嬉しいね」
「そうだな。たまにはこういうのも悪くない」
そんなやり取りを二人でしていると、家のインターホンが鳴った。ルインは誰よりも早く動き出し、扉を背伸びして開けた。その先にいたのは友達の代々木鈴花と、母親の代々木楓だった。
「ルインちゃん、おはよう! きょうからいっしょだね!」
「鈴花、ルインもくるの待ってたよ!」
ルインと鈴花はきゃきゃと女の子らしく笑い合っていた。その光景を微笑ましく思っていると、後ろからエリシャが現れて楓へと挨拶をしていた。
「かえちゃん、おはよう。今日は二人をよろしくお願いしますね」
「いいんですよー、エリちゃん。親友の子ですものー、きちんと面倒見てみせますとも!」
相変わらずのおっとりな喋り方の楓だが、以前とはある部分が大きく変わっていた。それは彼女の黒い髪色で、大部分がピンク色で毛先の方が金髪という派手なものになっていた。
なんでもエリシャに合わせたそうで、ちゃんと本人的にも気にいっているようだ。
(……楓さんみたいな人がいれば、エリシャが回りから浮くこともなさそうだな。旦那さんには悪いが、俺個人としては本当に感謝だ)
大人しい性格という楓の旦那の苦労する姿を思い浮かべ、俺は心の中で手を合わせた。そして俺は楽しそうな顔で楓と話すエリシャを見つめた。
異世界に戻らず一緒にいる選択をしてくれたことを、俺は一生感謝しなければいけない。そして三人で力を合わせ、幸せな家庭を築いていこうと改めて決意した。
「それじゃあ、これ以上は遅くなるし。行ってくるよ、エリシャ」
「はい、行ってらっしゃい。ルインも気を付けて」
「はーい! 行ってきます、ママ!」
見送り見送られ、俺たちは新たな日常へと歩み出した。
それからルインを保育園に預け、俺は次の用事のため楓と別れた。タクシーに乗って向かったのは、魔王の騒動で二度ほど訪れた自然公園だ。
平日の朝ということもあり人通りは少なく、静かで気持ちの良い空気が流れていた。噴水近くのベンチには見知った制服姿の女子高生が座っていて、俺が声を掛けるとその人物はハッと顔を向けた。
「あっ、おはようございます。レンタさん」
「おはよう、ミクルちゃん」
ミクルが荷物をどけてくれたので俺はそこに座ることにした。早速魔王との戦いが終わった後どうなったか聞いてみると、ミクルは明るい表情で話しをしてくれた。
「……今でも信じられないですが、両親が離婚を辞めてくれたんです。私が失踪した影響で、父と母で色々と話し合ったみたいです。ぎこちないところもありますが前みたいに会話も戻って、家にいても苦しくなくなりました」
「それは良かったじゃないか。魔王も少しぐらい誰かの役に立ったな。一応言っておくけど、間違ってもあいつに感謝する必要はないぞ」
「えぇ、分かってます。そもそも今回の家出は、私一人でも起こせたんです。何かを得るためには行動を起こさなきゃいけないって、本当に身に染みて理解しました」
ミクルはそう言って空を見上げ、飛んで行く鳥を目で追っていた。ふと俺は聞きたかったことを思い出し、ミクルに一つ質問をしてみた。
「そういえばずっと気になってたんだけど、ミクルちゃんはどうして『正義』なんて行為をしてたんだ?」
ただの疑問だったのだが、その言葉にミクルは顔をカァッと赤くした。そして表情を隠すように手のひらを顔に当て、恥ずかしさに耐えるように話しをしてくれた。
「あれは……その、何と言いますか。異世界に行く前に、手に入れた力で危険な人たちを懲らしめたいっていう…………中二病的な……ごめんなさい…………」
「あぁ、なるほど。まぁ大した怪我した人はいなかったから良かったんじゃないか?」
「……それは私としても、気を付けていた部分だったので」
もしミクルが本気で危険を排除しようとしていたら、拓郎はエリシャが助ける間もなく酷いことになっていたはずだ。スーパーですれ違った時や今の雰囲気を考えると、やさぐれて力を手に入れる前は今みたいに心優しい子だったのだろう。
それから世間話をいくつかし、会話のネタも尽き始めた。互いの言葉が止まりわずかな静寂が流れた後、ミクルは遠くに見える町を眺めながら呟いた。
「…………もし私がここで異世界に行きたいと言ったら、レンタさんは本当に連れて行ってくれましたか? ……なんて聞くのは、酷いことですかね」
儚げに笑い「忘れて下さい」と言うミクルに、俺は迷わず言った。
「もちろん、嘘じゃないさ。女神に無理を言ってあと一度だけ異界の門を使えるようにしてあるんだ。場所も遊園地から変えたから、いつでも行けるぞ」
「本当ですか?」
「約束は約束だからな。本心から行きたいって言うなら、ちゃんと連れて行ってやるけどどうする?」
俺の問いかけに、ミクルは一瞬だけ迷った。けれどすぐに首を横に振り、胸に抱いた思いを断ち切るようにベンチから腰を上げた。
「私には異世界で冒険するなんて夢は大き過ぎたんです。これからはたくさん迷惑を掛けた分、より多くの人を幸せにしていこうと思います」
「そっか、なら良かった」
その回答に満足していると、ミクルは急に辺りをキョロキョロ見回して話を続けた。
「……実はここまで諦めがついたのは、エリシャさんのおかげでもあるんですよ。あそこまで強くないと異世界で生きていけないって、心から思うことができたんです」
「俺はいなかったから知らないけど、エリシャは何をしたんだ?」
「…………丁寧に自尊心を折られ、本物の強さを叩きつけられました。全部を言うのはちょっと怖いので、これ以上は絶対に秘密です」
魔王と一体化していたミクルも相当な強さだったと思うが、エリシャはどんな戦いをしていたのだろうか。聞いてみたいと思ったが、ミクルは辞めた方がいいと言っていた。
それから当たり障りのない話をし、ミクルは学校に向かうと言って別れた。三週間ぶりの登校だそうだが、話をした様子的に大丈夫だろうと俺は確信した。
後ろ姿が見えなくなるまで見送り、俺もベンチから立ち上がって帰路についた。
「……さて、これからどうすっかな」
新しい仕事は上手くいくだろうか。当面は生活を安定させて、エリシャと結婚して皆で家族になる。いずれはあのアパートからも出て、ローンを組んで一軒家に住みたいところだ。
やるべきことはとても多く、立ち止まっている時間は無さそうだ。
「よりよい明日のためにも、しっかりと前に進まなきゃだ」
ここから続いていく物語は、きっと異世界での戦いよりも厳しいものとなる。だけど立ちはだかる困難がどれほど大きくても、守るべき家族いれば戦える。
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