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第17話『マルティア』
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豪勢な深紅ドレスを揺らし、縦巻きロールの髪をファサッと払う。尊大に腕組して存在感を示すが、その身長はリーフェより小さい。ちんちくりんな印象だ。
もしやこいつがイジメの主犯か、そう思っているとリーフェは身体を振り向かせた。そして縦巻き髪少女の「え?」という声を後ろにし、脱兎のごとき勢いで廊下を走って逃げた。
「ちょっ!? リーフェさん! お待ちなさい!」
瞬く間に両者の距離が離れ、曲がり角を折れたところで姿が見えなくなる。追いかける途中でつまずき転んだのか、ギャッとした悲鳴が遠く響いた。
「ギ、ギギギウ?」
「あの子は第三王女のマルティアだよ。いつもちょっかい出してくるの」
「ギウガウ」
「別に無視しても大丈夫。マルティアが王族なのは間違いないけど、向こうに私を罰する度胸なんてないよ。相手するだけ時間の無駄」
そう言って足を止め、リーフェは荒く息をついた。まだ体調は万全じゃないらしく、壁に肩を預けてひと休みした。……その時だった。
後方からヨタヨタした足音が聞こえ、汗だくのマルティアが現れた。
追いかけてくるのがよほど意外だったのか、リーフェは目を丸くして棒立ちした。
「な……、何故逃げるんですの……お待ち……なさ……げほごほ」
「し、しつこい。いつもなら諦めてるころなのに」
「…………今日は、そうも、行きません……の。あなたに用事があって、けほっ」
「用事? どうせまた何かする気でしょ」
再び去ろうとするリーフェだが、マルティアは素早く回り込む。自慢の縦巻きロールの髪がくしゃっているのも気にせず、ドレスの乱れもそのままに仕切り直した。
「ふふっ、ようやく諦めましたわね。さぁ話を聞いてもらいますわよ!」
「……早く部屋に戻って休みたいんだけど」
「長らくお出かけしていたみたいですが、一週間も授業を受けなくてついていけますの? この前の魔術試験だってリーフェさんは補習でしたよね? この場で頭を下げると言うのなら、特別に授業内容をまとめたノートを貸してあげますわ!」
高らかに笑うマルティアを見て、リーフェは苦い顔をした。
状況的には王族から一方的な要求を突きつけられた下々の民だが、内容はノートを貸すだけだ。表情に嫌味さはなく、薄っすら好意が感じられた。
(…………もしやマルティアって、リーフェと仲良くしたいのか?)
その予想は当たっている気がしたが、なら何故ここまで関係がこじれたのか。気になってリーフェの顔を見上げた時、廊下の先から複数の足音が聞こえた。
現れたのは派手なドレスを身に纏う厚化粧集団で、リーフェを見るなり嫌そうな顔をした。そしてマルティアを囲うように立ち、キンキン声でわめき出した。
「マルティア様、このような者に近づくのは危険です!」
「こんなにお召し物を汚してしまって……、なんとおいたわしい!」
「王族への侮辱、これは極刑です! 極刑!」
リーフェを指差し、取り巻きは一様に罰を求めた。だが当のマルティアにそんな気は無さそうで、取り巻きの矢継ぎ早な発言に目を白黒させている。
しかし「王族としての威厳に関わる」と言われた瞬間流れが変わった。マルティアは急に眼の色を変え、取り巻きの発言に頷き始めた。『第三王女』という肩書的に、王族の権威というものに強く固執しているのかもしれない。
「他の生徒の規範として、王族としての威厳を示すべきです!」
「え、えぇ、そうですわね!」
そもそもとして取り巻きは王族に意見できるほどの家柄なのか、そう思っているとリーフェが説明してくれた。
「…………周りの子たちただのは地方貴族、マルティアとは勝負にもならないよ。元孤児だった私のことが許せないみたいで、いつもちょっかい出してくるの」
「ギギウ?」
「マルティアも同じだよ。ああやって取り巻きの好きにさせて、結局私のことを邪魔する。あのノートにだってきっと何か仕込んでるに決まってる」
両者とも歩み寄れる余地はあるが、取り巻きがいる以上は険悪になるしかないといったところのようだ。何とも難儀な話しである。
(上手くきっかけを見つけられれば、環境が一気に改善しそうだな)
そんなことを考えた時、取り巻きが一斉にこちらを向いた。どうやらマルティアを侮辱した件の処遇が決まったらしく、一つの宣言がなされた。
「今から学校の中庭で使い魔による決闘です!」
「あれだけ調子に乗って、まさか逃げたりしませんよね?」
「あぁ、でも使い魔がいないんでしたっけ」
「でしたらご本人が戦うというのはどうでしょう?」
嫌味全開で罵倒されるが、俺とリーフェは顔を見合わせた。
試しに腕から抜け出て廊下を跳ねると、取り巻き共が固まった。追い打ちとばかりに口を開けて「ギウッ」と鳴くと、一様に悲鳴を上げて逃げ出した。
「そっ、それが魔物!?」
「気持ち悪い! 早くどこかにやってちょうだい!」
「あ、えっ、近づいてきました。お助け!?」
「ヒィィィ!!?」
怯える様子が面白く、コロコロ回ってゲゲゲと鳴いてやった。
最終的に取り巻きはマルティアの背に隠れ、魔物を解き放ったリーフェを非難した。意外にもマルティアは動じず、廊下を転がる俺をジッと見つめた。
それからあれよあれよという間に事が進み、俺たちは中庭へと移動した。敷地の外周には魔術学園の生徒たちが集まり、野次馬根性で決闘の行く末を見守っている。
「決闘は使い魔同士での勝負でつけます。よろしいですか、リーフェさん」
「どっちでもいいよ。どうせ勝つのはクーちゃんだし」
二人の間で火花が散り、ギャラリーはより湧き上がった。
声援はマルティアに対するものばかりで、取り巻き以外にもリーフェを虐げる者がいる。王族相手なので仕方ない部分はあるが、正直なところ苛立った。
いっそのこと暴風で蹴散らしてやろうかと思っていると、リーフェが「大丈夫」と言った。結果は決闘で示すつもりのようで、俺も腕から降りた。
「ギウギウギウ、ガーガギウ」
「うん、絶対に勝とうね」
俺が芝生を跳ねて移動すると、周囲から嘲り笑いが聞こえた。だが実力を見せつける機会と考えれば俄然やる気が湧いてくる。ウォーミングアップのジャンプとローリングにも力が入った。
マルティアは取り巻きから杖を受け取り、慣れた手つきで回転させた。そして柄の末端を地面につけると同時、両脇に金色と銀色の魔法陣が出現した。
「…………残念ですが、リーフェさん。この戦いに勝利するのはわたくしです。イルブレス王国の王族の使い魔は特別、それを思い知るといいでわ!」
魔法陣の輝きが最高潮に達した時、中から何かが飛び出した。それは素早く空を切って宙を舞い、主であるマルティアの腕へ降り立つ。現れたのは銀翼の鷹だ。
俺に向けてくる威圧はそれなりのもので、弱くはないと判断した。続けて金色の輝きが強まり、二体目の使い魔が地面を蹴って飛び出してきた。
「――――これがわたくしの使い魔、王族にだけ授けられる盾と槍、銀翼の鷹アルジェと黄金の獅子ポルメナですわ!!」
黄金の獅子ポルメナ、その姿を見て俺とリーフェは絶句した。
モフモフな体毛にキュートな丸い瞳、小さな手足にコロッとした外見、そこにいたのはどう見ても金色のポメラニアンだったのだ。
もしやこいつがイジメの主犯か、そう思っているとリーフェは身体を振り向かせた。そして縦巻き髪少女の「え?」という声を後ろにし、脱兎のごとき勢いで廊下を走って逃げた。
「ちょっ!? リーフェさん! お待ちなさい!」
瞬く間に両者の距離が離れ、曲がり角を折れたところで姿が見えなくなる。追いかける途中でつまずき転んだのか、ギャッとした悲鳴が遠く響いた。
「ギ、ギギギウ?」
「あの子は第三王女のマルティアだよ。いつもちょっかい出してくるの」
「ギウガウ」
「別に無視しても大丈夫。マルティアが王族なのは間違いないけど、向こうに私を罰する度胸なんてないよ。相手するだけ時間の無駄」
そう言って足を止め、リーフェは荒く息をついた。まだ体調は万全じゃないらしく、壁に肩を預けてひと休みした。……その時だった。
後方からヨタヨタした足音が聞こえ、汗だくのマルティアが現れた。
追いかけてくるのがよほど意外だったのか、リーフェは目を丸くして棒立ちした。
「な……、何故逃げるんですの……お待ち……なさ……げほごほ」
「し、しつこい。いつもなら諦めてるころなのに」
「…………今日は、そうも、行きません……の。あなたに用事があって、けほっ」
「用事? どうせまた何かする気でしょ」
再び去ろうとするリーフェだが、マルティアは素早く回り込む。自慢の縦巻きロールの髪がくしゃっているのも気にせず、ドレスの乱れもそのままに仕切り直した。
「ふふっ、ようやく諦めましたわね。さぁ話を聞いてもらいますわよ!」
「……早く部屋に戻って休みたいんだけど」
「長らくお出かけしていたみたいですが、一週間も授業を受けなくてついていけますの? この前の魔術試験だってリーフェさんは補習でしたよね? この場で頭を下げると言うのなら、特別に授業内容をまとめたノートを貸してあげますわ!」
高らかに笑うマルティアを見て、リーフェは苦い顔をした。
状況的には王族から一方的な要求を突きつけられた下々の民だが、内容はノートを貸すだけだ。表情に嫌味さはなく、薄っすら好意が感じられた。
(…………もしやマルティアって、リーフェと仲良くしたいのか?)
その予想は当たっている気がしたが、なら何故ここまで関係がこじれたのか。気になってリーフェの顔を見上げた時、廊下の先から複数の足音が聞こえた。
現れたのは派手なドレスを身に纏う厚化粧集団で、リーフェを見るなり嫌そうな顔をした。そしてマルティアを囲うように立ち、キンキン声でわめき出した。
「マルティア様、このような者に近づくのは危険です!」
「こんなにお召し物を汚してしまって……、なんとおいたわしい!」
「王族への侮辱、これは極刑です! 極刑!」
リーフェを指差し、取り巻きは一様に罰を求めた。だが当のマルティアにそんな気は無さそうで、取り巻きの矢継ぎ早な発言に目を白黒させている。
しかし「王族としての威厳に関わる」と言われた瞬間流れが変わった。マルティアは急に眼の色を変え、取り巻きの発言に頷き始めた。『第三王女』という肩書的に、王族の権威というものに強く固執しているのかもしれない。
「他の生徒の規範として、王族としての威厳を示すべきです!」
「え、えぇ、そうですわね!」
そもそもとして取り巻きは王族に意見できるほどの家柄なのか、そう思っているとリーフェが説明してくれた。
「…………周りの子たちただのは地方貴族、マルティアとは勝負にもならないよ。元孤児だった私のことが許せないみたいで、いつもちょっかい出してくるの」
「ギギウ?」
「マルティアも同じだよ。ああやって取り巻きの好きにさせて、結局私のことを邪魔する。あのノートにだってきっと何か仕込んでるに決まってる」
両者とも歩み寄れる余地はあるが、取り巻きがいる以上は険悪になるしかないといったところのようだ。何とも難儀な話しである。
(上手くきっかけを見つけられれば、環境が一気に改善しそうだな)
そんなことを考えた時、取り巻きが一斉にこちらを向いた。どうやらマルティアを侮辱した件の処遇が決まったらしく、一つの宣言がなされた。
「今から学校の中庭で使い魔による決闘です!」
「あれだけ調子に乗って、まさか逃げたりしませんよね?」
「あぁ、でも使い魔がいないんでしたっけ」
「でしたらご本人が戦うというのはどうでしょう?」
嫌味全開で罵倒されるが、俺とリーフェは顔を見合わせた。
試しに腕から抜け出て廊下を跳ねると、取り巻き共が固まった。追い打ちとばかりに口を開けて「ギウッ」と鳴くと、一様に悲鳴を上げて逃げ出した。
「そっ、それが魔物!?」
「気持ち悪い! 早くどこかにやってちょうだい!」
「あ、えっ、近づいてきました。お助け!?」
「ヒィィィ!!?」
怯える様子が面白く、コロコロ回ってゲゲゲと鳴いてやった。
最終的に取り巻きはマルティアの背に隠れ、魔物を解き放ったリーフェを非難した。意外にもマルティアは動じず、廊下を転がる俺をジッと見つめた。
それからあれよあれよという間に事が進み、俺たちは中庭へと移動した。敷地の外周には魔術学園の生徒たちが集まり、野次馬根性で決闘の行く末を見守っている。
「決闘は使い魔同士での勝負でつけます。よろしいですか、リーフェさん」
「どっちでもいいよ。どうせ勝つのはクーちゃんだし」
二人の間で火花が散り、ギャラリーはより湧き上がった。
声援はマルティアに対するものばかりで、取り巻き以外にもリーフェを虐げる者がいる。王族相手なので仕方ない部分はあるが、正直なところ苛立った。
いっそのこと暴風で蹴散らしてやろうかと思っていると、リーフェが「大丈夫」と言った。結果は決闘で示すつもりのようで、俺も腕から降りた。
「ギウギウギウ、ガーガギウ」
「うん、絶対に勝とうね」
俺が芝生を跳ねて移動すると、周囲から嘲り笑いが聞こえた。だが実力を見せつける機会と考えれば俄然やる気が湧いてくる。ウォーミングアップのジャンプとローリングにも力が入った。
マルティアは取り巻きから杖を受け取り、慣れた手つきで回転させた。そして柄の末端を地面につけると同時、両脇に金色と銀色の魔法陣が出現した。
「…………残念ですが、リーフェさん。この戦いに勝利するのはわたくしです。イルブレス王国の王族の使い魔は特別、それを思い知るといいでわ!」
魔法陣の輝きが最高潮に達した時、中から何かが飛び出した。それは素早く空を切って宙を舞い、主であるマルティアの腕へ降り立つ。現れたのは銀翼の鷹だ。
俺に向けてくる威圧はそれなりのもので、弱くはないと判断した。続けて金色の輝きが強まり、二体目の使い魔が地面を蹴って飛び出してきた。
「――――これがわたくしの使い魔、王族にだけ授けられる盾と槍、銀翼の鷹アルジェと黄金の獅子ポルメナですわ!!」
黄金の獅子ポルメナ、その姿を見て俺とリーフェは絶句した。
モフモフな体毛にキュートな丸い瞳、小さな手足にコロッとした外見、そこにいたのはどう見ても金色のポメラニアンだったのだ。
応援ありがとうございます!
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