カスタムキメラ【三章完結】

のっぺ

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第66話『懐かしき声』

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 町の市壁前まで着くと、カイメラは俺たちから離れた。そして入場税の支払いや積み荷の確認で形成された待機列の先頭に行き、鎧姿の門番に話しかけ始めた。どんな会話をしているのか気になっていると、ものの数分で戻ってきた。

「クー君、この町では身を隠す必要ないわよ」
「身を隠す必要?」
「公には知られていないんだけど、キメラ化した人間の髪は白くなるのよ。あたしのこれみたいに一部分だけ変色する特徴もあるから、人によっては警戒されるの。髪色を変えられる魔道具か、顔を隠せる衣類は持っておくべきね」

 そう言い、カイメラはフードを深く被った。今後のために有益な情報で、町に入ったら購入しようと決めた。感謝を伝えるとカイメラは「じゃあね」と言った。

「ちょっと時間も押してるし、あたしはもう行くわ」
「本当にここでお別れか、色々と助けられたな」
「いいのいいの、クー君みたいな子を見つけられただけで大収穫よ。あたしって結構世話焼きなところあるから、ずっと楽しかったわ」

 カイメラはパチリとウインクし、愛嬌のある笑みを見せた。

「次に会う時は敵か味方か、今から楽しみね」
「…………どっちかじゃないとダメなのか?」
「ダメじゃないけど、そういう覚悟はしておくべきね。ちゃんと戦うべき場面で顔見知りだから戦えません、なんてのは嫌よ。幻滅しちゃうから」

 そんな忠告を述べ、カイメラは歩き出した。一定の距離まで行くと姿勢を変え、目にも止まらぬ速さで草原を疾走した。後姿はすぐに見えなくなった。
 俺は心の中で「ありがとう」と言い、視線を町の方に向けた。

 ハリンソと門番は顔見知りだったようで、スムーズに通過許可をもらっていた。俺とイルンも無事許可をもらい、石組みの門をくぐっていった。
 町に入ると大通りの賑やかな様相が目に付いた。商人たちは思い思いに出店を広げ、食べ物にアクセサリーに魔道具と様々な品を売っている。立ち並ぶ家々は二階建てが多く、全体的に赤レンガ造りとなっている。趣ある景観だった。

「ハリンソ、行商団はここからどこに向かうんだ?」
「我々が借りている借家兼倉庫へと向かいます。一度積み荷のチェックを行い、今日中に回れる限りの場所に行って商品を売りさばきます」
「……なら護衛契約は借家に着くまでか」
「そうなりますかね。到着にはもう少し掛かりますが、本当に助かりました。もしまた顔合わせの機会がありましたら頼らせていただきます」
「あぁ、俺からもよろしく頼む」

 行商団の荷馬車は町の細道へ入り、何件かの店前で止まった。カシュラの実はそこそこ人気の品だったようで、一回の取引で十数個は売れていた。
 大体一時間ほどで借家に着き、ハリンソは売り上げから護衛契約の代金を支払った。財布の中身は一人旅と思えないほど潤うが、代わりに繋がりの途切れを感じた。敷地の外へ足を踏み出すと、「あの」とイルンに呼び止められた。

「ボクはこれから依頼の報告をしに組合まで行くんですけど、クーさんもどうですか? 登録を済ませれば護衛契約とかの仕事が受けやすくなりますよ」
「付き合いたいところだが、ダメだ。寄り道したせいで目的の相手に会えなくなるかもしれない。ハリンソから道を教えてもらったし、まっすぐ酒場へと向かう」
「じゃあその、待ち合わせをしませんか?」
「……待ち合わせ?」

 聞き返す俺に対し、イルンは『星祈りの広場』なる場所があると口にした。町の規模に似合わぬ凝った造りの広場らしく、よく待ち合わせに利用されているそうだ。大切な約束事を結ぶ時にも使われると教えてくれた。

「村でも噂は伺っておりまして、一度見てみたかったんです。せっかくならクーさんと一緒に回れたら……と思った次第です」
「………………」
「もしよろしかったら、あの時のお返事もいただきたいです。いきなりのことでしたし、ダメな時はダメとすっぱり諦めます」

 イルンは「よろしくお願いします」と言い、反対方向へと駆けていった。一時ではあるが本当に独りとなり、何とも言えぬ寂しさが湧いた。
 俺は一度目を閉じ、気持ちを切り替えた。そして窓伝いに掛けられた洗濯物や道脇に積み重なる木箱を眺め、酒場へと向かって歩き出した。


 酒場までの道はだいぶ入り組んでおり、予定より時間が掛かってしまった。道行く人に行き先を尋ねて歩き、ようやく『金の旅船』という看板を見つけた。
 まだ夕暮れ時ですらなく、営業時間前だった。試しに表の扉を叩くと、中でドスドスとした足音が聞こえた。顔を見せたのは濃いひげ面の中年男性だった。

「あぁ? なんだ坊主、酒が飲みてぇなら日が暮れるまで待ちな」
「いや、酒じゃないんです。実はとある村で耳にした噂を確認したくて」
「…………噂?」
「リーフェって女の子を探している店員がいると聞きました。ここに――――」
「そんな奴はいねぇよ。帰りな!」
「へ?」

 話途中だが扉をバンと閉められた。びっくするほどの拒絶具合だった。何故と思って扉の取っ手を掴むが、ガッチリと施錠されていた。
 何度か呼びかけをするが無反応で、どうしたものかと悩んだ。開店まで時間を潰すのも手だったが、悠長に観光する気分じゃなかった。いっそここで待ち続けるのも悪くないかと思っていると、横から声を掛けられた。

「……あの、うちのお店に何かご用事ですか?」

 そこにいたのは町娘といった身なりの女性だった。簡素な作りの白い長袖を身に着け、足首まで伸びた赤いスカートを履いている。年頃は俺より少し上ぐらいで、落ち着いた顔立ちをしている。亜麻色の髪を三つ編みに結っていた。

 どうやら買い出しに出ていたらしく、手にはパンや果物が入ったバスケットがあった。発言的に金の旅船の店員なのは間違いなく、「リーフェを探している店員はいますか」と聞いてみた。すると女性はバスケットを落とした。

「その、すいません。あなたの名を伺っても構いませんか?」
「俺? 俺はクーですが」
「クー……、クーって、まさか。あの時のキメラですか?」
「………あの時のって、君は?」

 よくよく見ると顔に見覚えがあったが、まったく思い出せなかった。女性の名を伺ってみるが、一度も聞いたことがない名前だった。
 どこで会ったのか聞こうとした時、金の旅船の表扉が開いた。現れたのは店主ではなく、十八歳ぐらいの女性だ。髪色は鮮やかな藤色で、毛先だけが縦巻きロールとなっている。こちらは明らかに見覚えがあった。

「――――『わたくし』に用がある方は、どちら様ですか?」

 大人びた目つきに端麗な顔立ち、どこか気品を漂わせる物腰に、人目を惹きつけるスタイルの良い外見。堂に入った話口調に加え、頬の辺りに伸びた髪を優雅に払う仕草等々。一連の動作を見つめ、俺はその名を口にした。

「――――もしかして、第三王女の……マルティアか?」
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