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1章:始原の森の龍覚者と陽だまりの少女 〜開拓と予兆の始まり〜
第18話 外伝:陽だまりの少女が見た軌跡 ~レンと私と、変わりゆく日々~
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私の名前はアリシア。エルム村で生まれ育った、ごく普通の女の子……だった、はず。お爺ちゃんに教わった薬草の知識と、少しだけ使える光の魔法が、私のささやかな特技。お兄ちゃんのカイルは、ちょっと粗雑だけど優しくて、私を守ってくれる自慢の兄だ。穏やかで、代わり映えのしない、でも大切な日常。それがずっと続くんだと、疑いもしなかった。――あの運命の日、森で“彼”に出会うまでは。
◇◇◇
その日、私はいつものように薬草を採りに、村の近くの森へ入っていた。少しだけ足を延ばして、珍しい【月光草】が見つかるかもしれない丘の近くまで来ていた時だった。
ガサッ!
突然、茂みから飛び出してきたのは、涎を垂らした黒い狼――フォレストウルフだった! しかも、一匹じゃない、五匹も!咄嗟に弓で2匹に向け先制攻撃を行い仕留めたが、弓を撃っているうちに他の3匹に飛びかかられ、尻餅をついてしまった。
「きゃあっ!」
咄嗟に背にした大木を盾にし、護身用の短剣を構える。でも、足が震えて動かない。お兄ちゃんから教わった弓術も、もう普段の練習通りにはいきそうにない。
(どうしよう……! 誰か……助けて!)
心の中で叫んだ、その時だった。
「――下がってろ!」
凛とした、でもどこか落ち着いた少年の声が響いた。え? と顔を上げると、私と狼たちの間に、いつの間にか一人の少年が割って入っていた。黒い髪、黒い瞳。見慣れない簡素な服を着ているけれど、その立ち姿には不思議な存在感があった。
彼は、信じられないことに、森で拾ったような粗末な石の槍を構え、たった一人で三匹の狼と対峙している!
「あなたは、誰……?」
私の戸惑いの声も届かないかのように、少年は驚くべき速さで動いた。狼の攻撃を最小限の動きでかわし、槍で一匹の喉元を正確に貫く。残りの二匹も、彼が右手から放った炎の魔法――見たこともないほど強力な火球――と、鋭い槍捌きで、あっという間に倒してしまった。
呆然とする私の前に、少年が歩み寄ってくる。
「大丈夫か? 怪我は?」
彼の黒い瞳が、心配そうに私を見つめる。その瞳の奥に、年齢からは想像もつかないような深さと、そして……どこか寂しげな色を感じたのは、気のせいだったのだろうか。
「あ……ありがとう……。あなたが、助けてくれたの……?」
「レン、という。旅の者だ。森で道に迷ってしまってね。君は?」
「私はアリシア……。この近くのエルム村に住んでるの」
レンと名乗った彼は、記憶がないのだと言った。名前以外、自分が誰で、どこから来たのかも分からない、と。なんてことだろう。こんなに強くて優しい人が、一人で森を彷徨っていたなんて。
「あの、良かったら、私の村に来ませんか? ここからなら半日もかからないし、お礼もできると思う。それに、あなたも森で迷ってるなら……」
私は、放っておけなくて、そう提案していた。彼は私の命の恩人だ。それに、なんだか……彼から目が離せない。そんな不思議な気持ちになっていた。
ちょうどそこへ、心配して探しに来てくれたお兄ちゃん――カイルが現れた。お兄ちゃんは、最初はレンのことをすごく警戒していたけれど、私が必死に説明して、レンも冷静に対応してくれたおかげで、なんとか一緒に村まで案内してくれることになった。
この出会いが、私の、そしてエルム村の運命を大きく変えることになるなんて、この時の私はまだ知る由もなかった。
◇◇◇
エルム村でのレンの生活が始まった。最初は、村の人たちも、記憶喪失の彼を少し遠巻きに見ていた。特にボルグなんて、あからさまに敵意を剥き出しにしていた。
でも、レンはそんなことにはあまり頓着せず、黙々と村の仕事を手伝い始めた。畑仕事、薪割り、狩りの手伝い……。不慣れな様子もあったけれど、すごく真面目で、一生懸命だった。それに、彼は驚くほど物知りだった。
「アリシア、このスープ、すごく美味しいけど、この岩塩草の葉を少しだけ加えると、もっと味が引き締まると思うぞ」
「え? 本当? ……わ、本当だ! すごい、レン! どうしてそんなこと知ってるの?」
「ん? ああ、なんとなく……かな」
彼はいつもそう言って笑って誤魔化すけれど、料理のこと、道具の修理のこと、時には星の動きのことまで、私が知らないような知識をたくさん持っていた。本当に記憶がないだけなのかな……? 時々、彼の瞳の奥に、遠いどこかを見ているような、寂しげな色が浮かぶのが気になった。
お兄ちゃんも、最初はレンを少し警戒していたれど、訓練場で手合わせをしたり、狩りに一緒に行ったりするうちに、彼の強さや真面目さを認めるようになったみたい。なんだかんだでレンのことを気にかけ、一緒にいる時間が増えている。二人が並んで歩いているのを見ると、なんだか私も嬉しくなる。
そんなある日、レンから「魔法の基礎を教えてほしい」と頼まれた。私が使えるのは【光魔法】の、簡単な回復や灯りの魔法くらい。彼が使う強力な火魔法に比べたら、本当に初歩的なものだ。
「私なんかで、レンの役に立てるかな……?」
「もちろんだ。俺はスキルでしか魔法を使ったことがないから、基礎が全然なってないんだ。アリシア先生、よろしくお願いします」
レンが真剣な顔で頭を下げるものだから、私は照れながらも、おばあちゃん(エマ婆さん)から教わった魔法の基礎――マナのこと、属性のこと、術式と詠唱のこと――を、一生懸命説明した。
そして、レンが初めて、魔法を発動させた時、私は心の底から驚いた。私が三日もかかった魔力操作を、彼はわずか数十分で習得し、初めての魔法をいとも簡単に成功させてしまったのだ。
「できた! レン、すごい! やっぱり才能あるんだね!」
思わず手を取り合って喜んだ。彼の持つ膨大な魔力量と、異常なまでの学習速度。やっぱり、レンは普通じゃない。でも、すごい! その事実に、私は彼への尊敬の念を強くした。そして、彼と一緒に魔法の練習をする時間は、私にとって特別な、ドキドキする時間になっていった。
◇◇◇
穏やかな日々は、長くは続かなかった。森の様子がおかしくなり、ゴブリンの活動が活発化しているという不穏な噂が広まり始めたのだ。そして、カイルとお兄ちゃんが森で遭遇した、あの禍々しい紫の紋様を持つ強化ゴブリン……。村には、日に日に不安の色が濃くなっていった。
そんな中、レンが立ち上がった。彼は会議の席で、前世の知識だという「堀」と「土塁」を組み合わせた防壁強化プランを提案したのだ。最初は半信半疑だった村の人たちも、彼の冷静で合理的な説明と、魔法によるサポートの約束に、次第に希望を見出し始めた。
そして、防壁建設が始まると、レンは再び私たちを驚かせた。彼はなんと、練習中だったはずの土魔法を完全に習得し、まるで熟練の魔法使いのように大地を操り、建設作業を驚異的なスピードで進めていったのだ!
「レン……あなた、いつの間に土魔法まで……!?」
「はは、まあ、必要に迫られて、な。アリシア先生のご指導のおかげだよ」
彼はまた笑って誤魔化すけれど、その力は本物だった。彼のリーダーシップと魔法の力、そして村人たちの結束によって、エルム村の周りには、見違えるように堅牢な防壁が完成した。
「レンがいれば、この村は守れるかもしれない……!」
村中の誰もが、そう確信していた。彼への信頼は、絶対的なものへと変わっていた。
しかし、脅威は私たちの予想を遥かに超えていた。ゴブリンの大軍勢が、夜の闇に乗じて村を襲撃してきたのだ。その数、千を超えるとも言われた。強化個体も多数混じり、その統率された動きは、背後に知的な存在がいることを示唆していた。
レンが開発を主導した魔力爆弾やバリスタ、投石機が火を噴き、緒戦はなんとか持ちこたえた。私も弓を手に、必死で戦った。回復薬を配り、光魔法で負傷者を癒す。けれど、敵の数はあまりにも多く、次から次へと防壁に取り付いてくる。
そして、悪夢が現実となった。村の正門が破られ、ゴブリンたちが雪崩を打って村の中へ……!
「お兄ちゃん!!」
駆けつけたカイルが、強化ゴブリンの凶刃に倒れる。血反吐を吐き、崩れ落ちる兄の姿。私の頭は真っ白になった。
(嫌……! 死なないで、お兄ちゃん!)
駆け寄ろうとしても、殺到するゴブリンに阻まれる。もうダメだ、村も、お兄ちゃんも……!
絶望に打ちひしがれた、その時だった。
「――うおおおおおおおおおおっ!!」
レンの、人間離れした咆哮が響き渡った。彼の体から、これまで見たこともないような、眩いばかりの赤い光――いや、灼熱のエネルギーの奔流が放たれる!
(レ……ン……!?)
呆然とする私。彼の右手の手の甲に、赤く輝く龍の紋様が見えた気がした。そして、不思議なことに、私の左手の手の甲にも、同じような紋様が一瞬、淡く浮かび上がったのだ。一体、何が……?
畏怖。彼の持つ力の底知れなさに、私は震えた。でも、それと同時に、胸の奥から強い想いが込み上げてきた。
(レンを守らなきゃ……! 彼を、一人にしちゃいけない!)
理由は分からない。でも、そう強く思ったのだ。
◇◇◇
レンの覚醒した力は凄まじかった、そんな私たちの前に、全ての絶望の根源とも言うべき存在――ゴブリン・ジェネラルが現れたのだ。
(勝てない……!)
誰もがそう思ったはずだ。けれど、奇跡が起きた。私の手の甲の紋様が再び輝き、傷ついたお兄ちゃんの体が急速に回復し始めたのだ! そして、彼もまた、紋様の力で以前とは比較にならないほどの力を得て立ち上がった!
「レン! アリシア! 行くぞ!」
お兄ちゃんの雄叫びが、私たちに勇気を与えてくれる。
ジェネラルとの戦いは、まさに死闘だった。私の回復魔法も、紋様の力で格段に強化されているのを感じた。私は必死でレンとお兄ちゃんを支援し、弓でジェネラルの隙を狙う。三人の心が、まるで一つになったかのように感じられた。言葉を交わさなくても、次に何をすべきか、どう動くべきかが分かる。
そして、最後の瞬間。お兄ちゃんが渾身の力でジェネラルの動きを封じ、私が光の矢で防御を打ち破り、そしてレンが、全ての想いを乗せたような眩い一撃で、ついにジェネラルを打ち倒したのだ!
戦いが終わり、朝日が昇る。疲労困憊で倒れ伏すレンの元へ駆け寄る。彼の顔は蒼白で、呼吸も浅い。でも、生きている。その事実に、私は安堵の涙を流した。
(よかった……本当によかった……!)
彼のそばに膝をつき、その寝顔を見つめる。命の恩人。頼れるリーダー。そして……。
この時、私ははっきりと自覚した。レンへの気持ちが、もうただの感謝や尊敬だけではない、もっと温かくて、切なくて、胸がドキドキするような、特別なものであることを。
(私、レンのことが……好きなんだ……)
初めて自覚した恋心。でも、その気持ちをどうすればいいのか、私にはまだ分からなかった。
◇◇◇
そして、戦いが終わったと思ったら、レンがまた倒れた。ボルグさんの弟、ティム君を回復魔法で救うために、自分の限界を超えて力を使い果たしてしまったのだ。意識が戻らないレンの姿を見て、私は自分の無力さを痛感した。
(私がもっとしっかりしていれば……! レンに無理させなければ……!)
後悔と悲しみで胸がいっぱいになった。そして、強く、強く思ったのだ。
「私が、レンを支えなきゃ! 彼が安心して頼れるように、私がもっと強く、もっとしっかりしなきゃ!」
そう心に誓った瞬間、左手の手の甲が、再び熱を持った! 見ると、そこにはあの龍の紋様が、以前よりもずっと鮮やかに、そして確かな存在感を伴って浮かび上がっている!
レンとの間に生まれた特別な繋がりが、確かな力となって私の中に流れ込んでくるのを感じた。光魔法も、回復魔法も、以前とは比較にならないほど強力になっている!
(レン……! これで、私もあなたの力になれる……!)
目を覚ましたレンに、私は涙ながらに訴えた。
「もう! 無茶しないでって言ったでしょ! 私が、レンの隣で、レンを支えるから。一人で抱え込まないで!」
レンは、私の言葉に驚いたような顔をしたが、やがて優しく微笑んで、「……ありがとう、アリシア。これからは、頼らせてもらう」と言ってくれた。その言葉が、どれほど嬉しかったか。
◇◇◇
レンが回復し、村の発展はさらに加速した。建築、農業、食料保存、砂糖作り……彼の知識と魔法は、村の生活を驚くほど豊かにしていった。私も、薬草知識や回復魔法で彼を支え、共に村のために働くことに大きな喜びを感じていた。
そんな中、エルフの難民たちが村にやってきた。リーダーのティアーナさんは、私と同じくらいの年頃(外見は)なのに、とても聡明で……そして、深い悲しみを抱えていた。
「ティアーナさん、何か困ったことがあったら、いつでも私に言ってくださいね」
「……ありがとうございます、アリシアさん」
最初は少し壁があったけれど、一緒に薬草の話をしたり、村の子供たちの世話をしたりするうちに、私たちは少しずつ打ち解けていった。
レンとティアーナさんが、魔道具や魔法のことで熱心に話し込んでいる姿を時々見かける。二人は技術的なことで意気投合しているようで、とても楽しそうだ。その光景は微笑ましいはずなのに、なぜか私の胸の奥が、ほんの少しだけチクンと痛んだ。
(……やきもち、なのかな? ううん、そんなはずない! ティアーナさんは大切な仲間だもん!)
自分の気持ちに戸惑いながらも、私はティアーナさんとも良い友人関係を築いていった。
クリスタル・ビートル討伐にも同行した。危険な任務だったけれど、レンやお兄ちゃん、そしてティアーナさんと協力して強敵を倒せたことは、大きな自信になった。異種族が手を取り合って戦う姿は、本当に感動的だった。
そして、温室建設。これもレンの発案だった。人間とエルフが協力し、ティアーナさんの魔道具技術とレンの魔法、そして村人たちの力が合わさって、冬でも野菜が育てられる奇跡のような施設が完成した。
温室の中で、緑色の小さな芽が一斉に顔を出した時、私は涙が止まらなかった。それは、ただの野菜の芽ではない。絶望を乗り越え、異なる種族が手を取り合って未来を築こうとしている、エルム村そのものの希望の光に見えたのだ。
(レンがいれば、どんな困難も乗り越えて、きっともっと素敵な村にできる!)
彼への尊敬と信頼、そして恋心は、もはや私の心の中で、疑いようのない確かなものとなっていた。
◇◇◇
完成した温室の中で、レン、お兄ちゃん、ティアーナさんと一緒に、すくすくと育つ緑の命を見つめる。外はもう冬の風が吹き始めているけれど、ここだけは春のように暖かくて、希望に満ちている。
「これで、冬の食卓も少しは彩り豊かになりそうだな」
レンが、満足そうに微笑む。その笑顔を見ているだけで、私の胸も温かくなる。
(レン……。あなたの隣にいられるだけで、私は本当に幸せだよ)
この気持ちは、まだ胸の中にしまっておこう。彼には、防衛隊長として、そしてあの力を秘めた者として、たくさんの責任と謎がのしかかっている。私がこの想いを伝えるのは、まだ早い気がするから。
(でも、いつかきっと……。ちゃんと、あなたに伝えられる日が来るといいな……)
今はただ、彼の補佐役として、そして一番近くにいる大切な友人として、彼を支え、共に歩んでいきたい。
(それまで、私はあなたの力になるからね。ずっと、ずっと隣で)
私は心の中でそっと誓い、隣に立つレンの横顔を、温かい気持ちで見つめた。私たちの、そしてエルム村の未来は、きっと明るい。そう信じて。
◇◇◇
その日、私はいつものように薬草を採りに、村の近くの森へ入っていた。少しだけ足を延ばして、珍しい【月光草】が見つかるかもしれない丘の近くまで来ていた時だった。
ガサッ!
突然、茂みから飛び出してきたのは、涎を垂らした黒い狼――フォレストウルフだった! しかも、一匹じゃない、五匹も!咄嗟に弓で2匹に向け先制攻撃を行い仕留めたが、弓を撃っているうちに他の3匹に飛びかかられ、尻餅をついてしまった。
「きゃあっ!」
咄嗟に背にした大木を盾にし、護身用の短剣を構える。でも、足が震えて動かない。お兄ちゃんから教わった弓術も、もう普段の練習通りにはいきそうにない。
(どうしよう……! 誰か……助けて!)
心の中で叫んだ、その時だった。
「――下がってろ!」
凛とした、でもどこか落ち着いた少年の声が響いた。え? と顔を上げると、私と狼たちの間に、いつの間にか一人の少年が割って入っていた。黒い髪、黒い瞳。見慣れない簡素な服を着ているけれど、その立ち姿には不思議な存在感があった。
彼は、信じられないことに、森で拾ったような粗末な石の槍を構え、たった一人で三匹の狼と対峙している!
「あなたは、誰……?」
私の戸惑いの声も届かないかのように、少年は驚くべき速さで動いた。狼の攻撃を最小限の動きでかわし、槍で一匹の喉元を正確に貫く。残りの二匹も、彼が右手から放った炎の魔法――見たこともないほど強力な火球――と、鋭い槍捌きで、あっという間に倒してしまった。
呆然とする私の前に、少年が歩み寄ってくる。
「大丈夫か? 怪我は?」
彼の黒い瞳が、心配そうに私を見つめる。その瞳の奥に、年齢からは想像もつかないような深さと、そして……どこか寂しげな色を感じたのは、気のせいだったのだろうか。
「あ……ありがとう……。あなたが、助けてくれたの……?」
「レン、という。旅の者だ。森で道に迷ってしまってね。君は?」
「私はアリシア……。この近くのエルム村に住んでるの」
レンと名乗った彼は、記憶がないのだと言った。名前以外、自分が誰で、どこから来たのかも分からない、と。なんてことだろう。こんなに強くて優しい人が、一人で森を彷徨っていたなんて。
「あの、良かったら、私の村に来ませんか? ここからなら半日もかからないし、お礼もできると思う。それに、あなたも森で迷ってるなら……」
私は、放っておけなくて、そう提案していた。彼は私の命の恩人だ。それに、なんだか……彼から目が離せない。そんな不思議な気持ちになっていた。
ちょうどそこへ、心配して探しに来てくれたお兄ちゃん――カイルが現れた。お兄ちゃんは、最初はレンのことをすごく警戒していたけれど、私が必死に説明して、レンも冷静に対応してくれたおかげで、なんとか一緒に村まで案内してくれることになった。
この出会いが、私の、そしてエルム村の運命を大きく変えることになるなんて、この時の私はまだ知る由もなかった。
◇◇◇
エルム村でのレンの生活が始まった。最初は、村の人たちも、記憶喪失の彼を少し遠巻きに見ていた。特にボルグなんて、あからさまに敵意を剥き出しにしていた。
でも、レンはそんなことにはあまり頓着せず、黙々と村の仕事を手伝い始めた。畑仕事、薪割り、狩りの手伝い……。不慣れな様子もあったけれど、すごく真面目で、一生懸命だった。それに、彼は驚くほど物知りだった。
「アリシア、このスープ、すごく美味しいけど、この岩塩草の葉を少しだけ加えると、もっと味が引き締まると思うぞ」
「え? 本当? ……わ、本当だ! すごい、レン! どうしてそんなこと知ってるの?」
「ん? ああ、なんとなく……かな」
彼はいつもそう言って笑って誤魔化すけれど、料理のこと、道具の修理のこと、時には星の動きのことまで、私が知らないような知識をたくさん持っていた。本当に記憶がないだけなのかな……? 時々、彼の瞳の奥に、遠いどこかを見ているような、寂しげな色が浮かぶのが気になった。
お兄ちゃんも、最初はレンを少し警戒していたれど、訓練場で手合わせをしたり、狩りに一緒に行ったりするうちに、彼の強さや真面目さを認めるようになったみたい。なんだかんだでレンのことを気にかけ、一緒にいる時間が増えている。二人が並んで歩いているのを見ると、なんだか私も嬉しくなる。
そんなある日、レンから「魔法の基礎を教えてほしい」と頼まれた。私が使えるのは【光魔法】の、簡単な回復や灯りの魔法くらい。彼が使う強力な火魔法に比べたら、本当に初歩的なものだ。
「私なんかで、レンの役に立てるかな……?」
「もちろんだ。俺はスキルでしか魔法を使ったことがないから、基礎が全然なってないんだ。アリシア先生、よろしくお願いします」
レンが真剣な顔で頭を下げるものだから、私は照れながらも、おばあちゃん(エマ婆さん)から教わった魔法の基礎――マナのこと、属性のこと、術式と詠唱のこと――を、一生懸命説明した。
そして、レンが初めて、魔法を発動させた時、私は心の底から驚いた。私が三日もかかった魔力操作を、彼はわずか数十分で習得し、初めての魔法をいとも簡単に成功させてしまったのだ。
「できた! レン、すごい! やっぱり才能あるんだね!」
思わず手を取り合って喜んだ。彼の持つ膨大な魔力量と、異常なまでの学習速度。やっぱり、レンは普通じゃない。でも、すごい! その事実に、私は彼への尊敬の念を強くした。そして、彼と一緒に魔法の練習をする時間は、私にとって特別な、ドキドキする時間になっていった。
◇◇◇
穏やかな日々は、長くは続かなかった。森の様子がおかしくなり、ゴブリンの活動が活発化しているという不穏な噂が広まり始めたのだ。そして、カイルとお兄ちゃんが森で遭遇した、あの禍々しい紫の紋様を持つ強化ゴブリン……。村には、日に日に不安の色が濃くなっていった。
そんな中、レンが立ち上がった。彼は会議の席で、前世の知識だという「堀」と「土塁」を組み合わせた防壁強化プランを提案したのだ。最初は半信半疑だった村の人たちも、彼の冷静で合理的な説明と、魔法によるサポートの約束に、次第に希望を見出し始めた。
そして、防壁建設が始まると、レンは再び私たちを驚かせた。彼はなんと、練習中だったはずの土魔法を完全に習得し、まるで熟練の魔法使いのように大地を操り、建設作業を驚異的なスピードで進めていったのだ!
「レン……あなた、いつの間に土魔法まで……!?」
「はは、まあ、必要に迫られて、な。アリシア先生のご指導のおかげだよ」
彼はまた笑って誤魔化すけれど、その力は本物だった。彼のリーダーシップと魔法の力、そして村人たちの結束によって、エルム村の周りには、見違えるように堅牢な防壁が完成した。
「レンがいれば、この村は守れるかもしれない……!」
村中の誰もが、そう確信していた。彼への信頼は、絶対的なものへと変わっていた。
しかし、脅威は私たちの予想を遥かに超えていた。ゴブリンの大軍勢が、夜の闇に乗じて村を襲撃してきたのだ。その数、千を超えるとも言われた。強化個体も多数混じり、その統率された動きは、背後に知的な存在がいることを示唆していた。
レンが開発を主導した魔力爆弾やバリスタ、投石機が火を噴き、緒戦はなんとか持ちこたえた。私も弓を手に、必死で戦った。回復薬を配り、光魔法で負傷者を癒す。けれど、敵の数はあまりにも多く、次から次へと防壁に取り付いてくる。
そして、悪夢が現実となった。村の正門が破られ、ゴブリンたちが雪崩を打って村の中へ……!
「お兄ちゃん!!」
駆けつけたカイルが、強化ゴブリンの凶刃に倒れる。血反吐を吐き、崩れ落ちる兄の姿。私の頭は真っ白になった。
(嫌……! 死なないで、お兄ちゃん!)
駆け寄ろうとしても、殺到するゴブリンに阻まれる。もうダメだ、村も、お兄ちゃんも……!
絶望に打ちひしがれた、その時だった。
「――うおおおおおおおおおおっ!!」
レンの、人間離れした咆哮が響き渡った。彼の体から、これまで見たこともないような、眩いばかりの赤い光――いや、灼熱のエネルギーの奔流が放たれる!
(レ……ン……!?)
呆然とする私。彼の右手の手の甲に、赤く輝く龍の紋様が見えた気がした。そして、不思議なことに、私の左手の手の甲にも、同じような紋様が一瞬、淡く浮かび上がったのだ。一体、何が……?
畏怖。彼の持つ力の底知れなさに、私は震えた。でも、それと同時に、胸の奥から強い想いが込み上げてきた。
(レンを守らなきゃ……! 彼を、一人にしちゃいけない!)
理由は分からない。でも、そう強く思ったのだ。
◇◇◇
レンの覚醒した力は凄まじかった、そんな私たちの前に、全ての絶望の根源とも言うべき存在――ゴブリン・ジェネラルが現れたのだ。
(勝てない……!)
誰もがそう思ったはずだ。けれど、奇跡が起きた。私の手の甲の紋様が再び輝き、傷ついたお兄ちゃんの体が急速に回復し始めたのだ! そして、彼もまた、紋様の力で以前とは比較にならないほどの力を得て立ち上がった!
「レン! アリシア! 行くぞ!」
お兄ちゃんの雄叫びが、私たちに勇気を与えてくれる。
ジェネラルとの戦いは、まさに死闘だった。私の回復魔法も、紋様の力で格段に強化されているのを感じた。私は必死でレンとお兄ちゃんを支援し、弓でジェネラルの隙を狙う。三人の心が、まるで一つになったかのように感じられた。言葉を交わさなくても、次に何をすべきか、どう動くべきかが分かる。
そして、最後の瞬間。お兄ちゃんが渾身の力でジェネラルの動きを封じ、私が光の矢で防御を打ち破り、そしてレンが、全ての想いを乗せたような眩い一撃で、ついにジェネラルを打ち倒したのだ!
戦いが終わり、朝日が昇る。疲労困憊で倒れ伏すレンの元へ駆け寄る。彼の顔は蒼白で、呼吸も浅い。でも、生きている。その事実に、私は安堵の涙を流した。
(よかった……本当によかった……!)
彼のそばに膝をつき、その寝顔を見つめる。命の恩人。頼れるリーダー。そして……。
この時、私ははっきりと自覚した。レンへの気持ちが、もうただの感謝や尊敬だけではない、もっと温かくて、切なくて、胸がドキドキするような、特別なものであることを。
(私、レンのことが……好きなんだ……)
初めて自覚した恋心。でも、その気持ちをどうすればいいのか、私にはまだ分からなかった。
◇◇◇
そして、戦いが終わったと思ったら、レンがまた倒れた。ボルグさんの弟、ティム君を回復魔法で救うために、自分の限界を超えて力を使い果たしてしまったのだ。意識が戻らないレンの姿を見て、私は自分の無力さを痛感した。
(私がもっとしっかりしていれば……! レンに無理させなければ……!)
後悔と悲しみで胸がいっぱいになった。そして、強く、強く思ったのだ。
「私が、レンを支えなきゃ! 彼が安心して頼れるように、私がもっと強く、もっとしっかりしなきゃ!」
そう心に誓った瞬間、左手の手の甲が、再び熱を持った! 見ると、そこにはあの龍の紋様が、以前よりもずっと鮮やかに、そして確かな存在感を伴って浮かび上がっている!
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◇◇◇
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そんな中、エルフの難民たちが村にやってきた。リーダーのティアーナさんは、私と同じくらいの年頃(外見は)なのに、とても聡明で……そして、深い悲しみを抱えていた。
「ティアーナさん、何か困ったことがあったら、いつでも私に言ってくださいね」
「……ありがとうございます、アリシアさん」
最初は少し壁があったけれど、一緒に薬草の話をしたり、村の子供たちの世話をしたりするうちに、私たちは少しずつ打ち解けていった。
レンとティアーナさんが、魔道具や魔法のことで熱心に話し込んでいる姿を時々見かける。二人は技術的なことで意気投合しているようで、とても楽しそうだ。その光景は微笑ましいはずなのに、なぜか私の胸の奥が、ほんの少しだけチクンと痛んだ。
(……やきもち、なのかな? ううん、そんなはずない! ティアーナさんは大切な仲間だもん!)
自分の気持ちに戸惑いながらも、私はティアーナさんとも良い友人関係を築いていった。
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そして、温室建設。これもレンの発案だった。人間とエルフが協力し、ティアーナさんの魔道具技術とレンの魔法、そして村人たちの力が合わさって、冬でも野菜が育てられる奇跡のような施設が完成した。
温室の中で、緑色の小さな芽が一斉に顔を出した時、私は涙が止まらなかった。それは、ただの野菜の芽ではない。絶望を乗り越え、異なる種族が手を取り合って未来を築こうとしている、エルム村そのものの希望の光に見えたのだ。
(レンがいれば、どんな困難も乗り越えて、きっともっと素敵な村にできる!)
彼への尊敬と信頼、そして恋心は、もはや私の心の中で、疑いようのない確かなものとなっていた。
◇◇◇
完成した温室の中で、レン、お兄ちゃん、ティアーナさんと一緒に、すくすくと育つ緑の命を見つめる。外はもう冬の風が吹き始めているけれど、ここだけは春のように暖かくて、希望に満ちている。
「これで、冬の食卓も少しは彩り豊かになりそうだな」
レンが、満足そうに微笑む。その笑顔を見ているだけで、私の胸も温かくなる。
(レン……。あなたの隣にいられるだけで、私は本当に幸せだよ)
この気持ちは、まだ胸の中にしまっておこう。彼には、防衛隊長として、そしてあの力を秘めた者として、たくさんの責任と謎がのしかかっている。私がこの想いを伝えるのは、まだ早い気がするから。
(でも、いつかきっと……。ちゃんと、あなたに伝えられる日が来るといいな……)
今はただ、彼の補佐役として、そして一番近くにいる大切な友人として、彼を支え、共に歩んでいきたい。
(それまで、私はあなたの力になるからね。ずっと、ずっと隣で)
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七つの大陸、それぞれを支配する“七大魔女”──
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だが、その支配に終止符を打つべく、一人の男が立ち上がる。
名はルーク・アルヴェイン。伝説の勇者の血を引く名家の出身でありながら、前世はただの社畜。
高い魔力と最強の肉体、そして“魔女の核を斬ることのできる唯一の剣”を手に、彼は世界を平和にするという使命にすべてを捧げていた。
──しかし、最初に討伐した《闇の魔女・ミレイア》はこう言った。
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倒された魔女は魔力を失い、ただの美少女に。
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図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。
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カクヨムで先行投稿中!
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