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中級魔導士認定試験②

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 1人の受験者の「あれって姫様じゃないか?」の声に反応して、みんなが王宮の通用門の方を見る。

 そこには、確かに、従者を引き連れこちらにやってくる姫様がいた。
 姫様は背が随分伸びていたが、利発そうは顔立ち、銀髪の可憐な髪、優雅な立ち振る舞いと昔と変わらず、美しい。

 姫様は、エマ・ユリウスの方に近づく。

「エマ、今日は私も試験を見たいのだけれど、よろしいですか?」
「姫様、珍しいですね。そんな面白いようなことは起きませんよ。ですが、どうぞ姫様の仰せのままに」
「ありがとう、では付き添い席で観させていただきます」

 ユリウス隊の1人が姫様を先導し案内する。
 その時、姫様は僕の前を通り過ぎる。
 あの事件以来、姫様と僕は暗黙のうちに交流が禁じられている。
 この約束を破れば、また一大事になりかねない。
 せっかく僕をかばってくれたユーリ・シルベニスタや、ソイニー師匠、ユミ姉、ロージェ先生に迷惑をかけるかもしれない。


 だけど、目の前にあの姫様がいるんだ。
 心を止められないや。


「姫様‥‥‥」

 姫様が僕の目の前をちょうど通り過ぎた時に、声をかけてしまった。
 後々どうなるかなんてどうでもいいと思った。
 僕の存在に気づいて欲しかった。

 しかし、姫様は、一瞥もせず淡々と付き添い席の方に歩いて行ってしまった。
 呼ばれたことに気づかなかったのか。
 いや、それはない。そうなると無視されたのか。
 それとも、僕だって分からなかった?

 この現状に納得がいかず混乱して、心がかき乱される。
 どうしよう。
 僕は、俯き、落胆する。

 そんな時、姫様の従者のうち、最後尾を歩いていた従者が、一瞬こちらを見てボソっと呟いた。
「お元気そうで何よりです。アスカ様」

 顔を上げる。
 そこには、ニャジがいた。
 アロガンス家から受けた仕打ちを姫様に伝えてくれて、僕を助けてくれたあのニャジが‥‥‥。
 そうか、僕が捕まった後の消息を知らなかったけど、姫様の従者をしていたのか。それは良かった。
 それはそうと、ニャジがいて、ニャジは僕のことを覚えている。
 となると、姫様も僕のことがわかるはずだ‥‥‥。

 やっぱり、無視されたんだな。
 姫様の意図は分からないが、中々会いに来ないから嫌われてしまったのかもしれない。
 とりあえず、チャンスがあるならば人目を盗んで話したいな。
 僕はそんな淡い期待を心の奥に描く。

「さて、仕切り直して再度、試験を始めよう。姫様も見ているから無様な真似を晒すなよ!」

 エマ・ユリウスが再び受験生に喝を入れる。
 受験生は各々緊張した面持ちで試験をこなしていく。

 最初の的当ては、水球、火球、風級、雷球を交互に放出し、繰り返し現れるマトに当てるだけという単純な試験だった。
 ど緊張している少し小太りの少年を除いて、皆満点を叩き出していた。

 続いて、対人戦闘試験だ。

 僕は、くじ引きで、的当て試験で唯一、二回、的を外したど緊張している少年と組みすることになった。

「あの、よろしくね。僕はアスカ、君の名前は?」
「ぼぼ、僕は、ネロ、です。あの、次の試験、負けてくれませんか? 
 僕は絶対魔専に入らないといけないのです。それには中級魔導士にならないと」

 おいおい、この少年はいきなりとんでもないことを言うではないか。

「それは、無理難題だね。僕も魔専に入りたいんだ。
 だから、ごめん。その頼みは聞けない」
「そ、そうですよね。ごめんなさい」

 少年はひどく落ち込む。
 何か事情でもあるのだろう。
 家が代々魔専に入っているとかそんな感じなのかな?
 親の重圧がすごいとかかな?
 そうだったならば、可哀想だとは思うけど、僕だって人のことをかまってられないんだ。
 魔専に入って強くならないといけないのだから‥‥‥。

「よし、対人戦闘試験を始める。
 この試験は、相手をノックアウトまたは戦闘不能にする、または枠外に押し出した方が勝ちとする。今回は、第一試験の成績が皆良かったため、勝った者はそのまま中級魔導士として認定する。
 一方、負けた者は否応なしに不合格にする。いいか?」

 なんてことだ、あまりにも無茶苦茶な試験じゃないか?
 例年なら、技の技能や戦闘センスなどが採点され、点数で合否が決まるというのに、今年は勝ち負けだけで合否が決まるって!?

 再び、受験生の間に動揺が広がる。
 僕と組みするネロは、先ほどよりさらに困惑し、手で口を押さえ、今にも吐きそうであった。

 とにかく勝たなければ。
 僕は、ネロを可哀想だとも思いつつ、心に決意する。

 初戦、第二試合、第三試合と進む。
 そして、第四試合。
 ついに僕の番がやってきた。

 僕とネロは競技場に上がる。

「それでは戦闘開始」

 戦闘開始の合図がなされる。
 さて、どう攻めようか。
 ノックアウトするのは可哀想だし、場外へ追い出す方向で行くか。

「摂理は我が手中に収まりけり『球体四種《テトララウンド》』」

 火球、水球、風球、雷球、四つの球体を同時に限界させ、勢いよくネロに向かって投げつける。

「ほう、あいつ中々やるではないか」
 僕の技を見て、エマ・ユリウスが感心する。
「しかし、相手の方が一枚上手だったな。どこの魔導具士に作らせたのかわからんが、あんな高価な魔導具は早々手に入らないし、あれだけ良い魔導具ならば、実力以上の魔導が放てよう。さすが、王家近衛師団を取りまとめるイベリス家の嫡男だ。金なら沢山あるようだな」
 エマ・ユリウスは、ニヤリと笑う。

 この時、僕は、まだ勢いよく4種の球体をネロに向かわせているところだった。
 球体はまっすぐネロを捉える。
 そして、猛烈な爆風を起こしながら、ネロに着弾する。

「やべ、やりすぎた?」
 僕は一瞬焦る。しかし、その焦りは全くの無駄だった。

 ネロは健在していた。しかもユミ姉がよく使う上級防御魔導「堅牢防壁《ソリッジシールド》」を現界させていた。

「マジかよ」
 増幅用魔導具なしでは、あの盾を撃ち抜けそうにない。
 しかし、ここで増殖用魔導具を使ってしまえば、撃ち抜けるとは思うが、それでは意味がない。
 今日は、自分の素の魔導のみで中級魔導士になるのが目的だ。
 実力的には中級魔導以上の実力をこの2年間の修行でつけることができた。
 それを証明するため、これまで応援してくれた人達にその勇姿を見せたいがため、今回は増幅用魔導具を使うわけにはいかない。

 僕は、絶え間なく様々な球体をネロにぶつける。
 しかし、ネロは全てを防ぎきる。

「あいつの魔導具は刀か、珍しいな。刀の魔導具を作る魔導具士なんて聞いたことないが、誰に作らせたのだろうな。それはそうと、なぜ奴は自分の魔導具を使わんのだ」
 エマ・ユリウスは膠着状態《こうちゃくじょうたい》の戦闘試験に苛立ち始めている。

 その苛立ちは僕にも伝わるほどだった。
 僕だって焦っている。全然勝利へのビジョンが見えない。

 すると、ネロが話し始めた。
「僕は勝たなきゃいけないんだ。
 勝たなきゃ、イベリス家の名に泥を塗ってしまう。お父様やお母様、お兄様に叱られる。
 だからごめん、負けてよ」

 ネロが顔を上げる。いかにも具合が悪そうで追い詰められた表情をしていた。
 そして、詠唱をし始めた。

「汝の求める力は我にあり、我の魔導は汝の糧となる。忌まわしきこの世界に鉄槌を下すべく。我は力を行使する‥‥‥」

 随分に長い呪文だ。
 いや、待てよ。この詠唱って帝級魔導用の詠唱じゃないっけ。
 確か、ソイニー師匠が得意とした。あれだ。水を高温高圧超高速で振動させて、どんな物体をも真っ二つに切り裂く『超水斬撃《アルティメットスライス》』じゃないか?
 だけど、そんな物騒な攻撃、試験自体中止になってしまうし、そもそもそんな大技ネロに出せるのか?

 ネロの異変に感づき周りにも不穏な空気が流れる。
 エマ・ユリウスも立ち上がり、試験を中断させるか迷っているが、すでに時遅しであった。

「『超水斬撃《アルティメットスライス》』」

 ネロは、帝級魔導を叫んだ。
 しかし、魔導は発動されない。
 一方、ネロの体が金色に光り始める。

「うわあああああああああああぁぁぁ」

 ネロの断末魔が演習場に響き渡る。
 ネロの体からは黄金の水のようなものが噴き出している。

「魔導暴走よ。誰か帝級治癒魔導士を呼んできて。それまで各員は魔導で、あの子を牽制し続けなさい」

 ソイニー師匠の指示が聞こえる。
 ことは重大であったのだ。

 その指示に従い、エマ・ユリウスやその仲間たちは、防御魔導をネロの周りに引き、ネロの暴走した魔導を一箇所に止めようとする。

 しかし、魔導士達の努力虚しく、『超水斬撃《アルティメットスライス》』がネロから放たれてしまった。
 しかも運悪く、その斬撃は姫様に一直線に向かっていった。
 相当な威力である。
 この魔導を防ぐには、ユミ姉の絶対防壁クラスが必要であろう。

 しかし、いま、そんな魔導を使えるものはこの場にいない。
 しかもソイニー師匠は、ネロを牽制するために魔導を使ってしまっている。
 姫様をすぐに守る態勢を整えられそうにない。

 「姫様お逃げください」と従者たちが姫様を逃がそうとする。
 だが、到底間に合いそうにない。

 姫様が危ない。
 そう考えた時、僕の体は無意識のうちに動いていた。
 そして、増幅用魔導具である刀『一徹』に手をかけ、魔導を増幅させ身体能力を上げ、『超水斬撃《アルティメットスライス》』と姫様の間に割り込む。
 もう仕方ない、やるしかない。素の力で試験を乗り越えたいなんて言っている場合じゃない。

 僕ががむしゃらになって姫様の前に立ちはだかった時、ボソッと声が聞こえた。

「アスカ‥‥‥」

 一瞬「え!?」と思ったが、そんなことを気にしている場合でもなかった。
 僕は、刀を抜き、魔導をありったけ詰め込む。
 そして短く詠唱する。

「我が切先は、摂理を切る『火炎切り』」

 刀を高温の炎で纏《まと》い、向かってくる『超水斬撃《アルティメットスライス》』を斬った。
 運よく、水を全て蒸発させた。

 ネロが魔導暴走を起こし、力が分散したおかげで、帝級ほどの威力ではなかったため、僕でも斬り伏せることができた。
 そのため、斬撃は姫様には届かず、姫様は無事だ。
 姫様は、その後すぐに従者に守られながら王宮に戻っていく。

 そして、ネロの暴走は、王宮内に常駐していたくっきりとした鼻筋とおっとりした目の美人の帝級治癒魔導士のエーテ・ヨハネスが駆けつけ、昏睡魔導により鎮圧される。

 事態が一旦落ち着きを見せた時、エマ・ユリウスが、「一時試験中断」を宣言した。
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