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コード999

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「やめて、やめてください」

 マミは必死に抵抗する。
 しかし、抵抗虚しく、レイビッヒにどんどん強く羽交い締められ、次第に何もできなくなる。

「レイト、携帯端末とか抜き取っておいたほうがいいぞ、コード999を学校にでも発出されたら面倒だし。俺らの立場が危うくなる」
「わかっているよレイビッヒ。えっと、これかこれがマミの携帯だね。僕が預かっておこう」

 レイト兄はマミの通信手段を遮断するために携帯電話を押収する。

「なんでこんなことを‥‥‥」
 マミの目から涙が溢れる。

「なんでこんなことをって、自業自得じゃないか。平民が貴族の告白を断り、貴族の気持ちを踏みにじった。これは大罪である。ならば、この罪、奴隷となって僕のために尽くすことで許そうじゃないか」
「レイト、俺にも分けてくれよ」

 レイト兄とレイビッヒはお互いに不敵な笑みを浮かべる。

「そんな、強制的に女の子を従わせて、楽しいんですか? 今ならまだ許しますから、解放してください」

 マミは最後の力を振り絞り抵抗する。

「おいおい、よく喚く犬だな。バカな犬ほどよく吠えるらしいから、マミさん、お前は駄犬か? 何か勘違いしているようだが、君の生死や今後の境遇は僕の手の内にあるんだよ。そこんとこ理解しとけよ!」

 レイト兄が笑っている。
 マミは、何もできない悔しさと恐怖から涙を流すしかできない。

「さてと、じゃあ、ここで一発可愛がってあげますかな」

 そう言うと、レイト兄はマミを押し倒し、マミさんの上に馬乗りになる。

 ——もうだめ

 マミは、この状況に活路を見出そうとすることを諦めようとする。

 しかし、諦めようとした時、脳裏に一つの魔導具が浮かぶ。
 そう、チームリーダーアスカがくれた999魔導具である。

 ——あの魔導具ならば、操作をしなくても、魔導を流せば‥‥‥!

 マミは、ポケットに常に999魔導具を入れていた。
 いざという時のために。

 マミは集中する。

 ——助けて、アスカ君

 そして、今出せる魔導を全て、999魔導具に大量に瞬間的に流し込んだ。


 ———————
 ———ビービービー

「な、なんだ!?」

 学校に刀を取りに戻ったアスカのポケットから突然サイレンが鳴る。
 その音に僕は腰を抜かすかと思ったが、机に手をかけなんとか耐える。
 そして、ポケットから音を発している物を取り出す。

 それは、僕が作成した999魔導具であった。

 しかも、ディスプレイには文字が表記されていた。

『マミ・ユフゲル、コード999発出。緊急事態発生。救援向かわれたし』

 ‥‥‥コード999
 マミからの救援要請、どうしたんだ、何かに襲われたのか
 誤報か?
 いずれにせよ、すぐにマミのところに行かなければ。
 僕は、一瞬戸惑ったが、すぐに行動を起こし始める。
 まず、携帯を開き、あらかじめ登録しておいたマミの携帯の位置情報を確認する。

「マミは今、学校の校舎裏にいるのか。学校でコード999を発出? 何かの手違いか? だけど、とりあえず救援に向かわなければ」

 僕は走った。走って、走って、走った。
 マミに何が起こったのか確かめるため、そして救援に行くため。
 マミの位置情報が指し示す場所には約2分で到着した。

 僕が、校舎裏に到着すると、そこには異様な光景が広がていた。

 マミの手を押さえつけるレイビッヒ。
 マミに馬乗りになるレイト兄。


「レイト兄何をしているの?」

 僕は反射的にレイト兄に訊く。
 するとレイト兄は舌打ちをする。

「ち、よけいな奴が来ちまったよ。まあいい。どうだ、アスカ、お前も混ざらないか? この女は極上物だぞ」

 レイト兄は、いつもの気持ち悪い笑顔を向けている。

「レイト兄、悪ふざけはよしたほうがいい。早く、マミから離れて」

 目の前の光景が信じられなかった。
 レイト兄とレイビッヒがマミを襲っている。
 ぼ、僕はどう対処すればいいんだ。

「何もふざけてないさ。俺はな、気に入ったものは全部手に入れる主義なんだ。
 マミは平民出身なんだから、貴族の俺の愛人になれば、今後は安泰、幸せに暮らせるんだから。これが思いやりってもんだろ。なあ、アスカ」

 レイト兄が狡猾な笑みを浮かべたまま、得意げに語る。
 違う。それは絶対違うよレイト兄。
 僕は、心の中でつぶやく。
 本当は、面と向かってレイト兄に言いたい。
 だけど、トラウマが‥‥‥、アロンガス家で受けたトラウマが僕を呪縛する。

「早くこっちに来いよ。お前も共犯になれ。アスカ」

 レイト兄が催促する。
 ダメだ、なんて僕は弱いんだ。目の前に残酷な光景があるのに、レイト兄に歯向かえない。
 僕が、自分自身と戦っているときに、掠れた弱々しい声が聞こえた。

「アスカ君、助けて‥‥‥」

 それはマミの声だった。
 そうだ、僕は守らなきゃいけないんだ。
 大切な人を、仲間を、誰も傷つかないように守らなければ。
 だから、僕はここまで頑張ってきたのではないか。
 マミの声が僕を奮い立たせる。
 トラウマは辛い、辛いけどもどうしても乗り越えなければならない時がある。
 僕にとっては今がそれだ。

「レイト兄、いいからマミから離れるんだ」

 僕はレイト兄を見据えながら、刀に手をかける。

「おいおい、クズでのろまな妾の子が、このアロンガス家の嫡男の俺に歯向かうのか? 本当にいいのか?」
「もう、そんなの関係ない」
「おう、関係ないか‥‥‥強く出たな。じゃあ俺ももう関係ないや、お前と姫様のことをぶちまけてやろうじゃないか。なんで、姫様はお前なんかを気に入ったんだろうな。見る目がないブスやろうだったてことか? 偽りの正義感ごっこで僕の両親を愚弄し、アロンガス家を没落させようとしたクズ姫だからかね。わははは」

 レイト兄はあろうことかエリナ姫をも愚弄する。
 レイト兄の姫様への愚弄を聞いた時、プツンと僕の中で何かが弾け飛んだ。

「訂正しろ」

 僕は静かにレイト兄に告げる。

「は? アスカ何言ってんだ? 聞こえねーよ」
「訂正しろ」
「は?」
「訂正しろって言ってんだ! レイト兄」

 僕が叫び声を上げた瞬間、僕は、名刀『一徹』を初めて魔専で抜いた。
 仲間を傷つけられた怒り。
 姫様を愚弄された怒り。
 自分のトラウマからすぐに脱却できなかった怒り。
 レイト兄にこれまでされてきた仕打ちに対する怒り。
 色々な怒りが僕の奥底から、フツフツと沸騰しているかのように湧き上がる。

 ——ボワワワ

 僕の周囲から尋常ならざる魔導が溢れ出てくる。
 溢れ出る魔導量が多すぎて僕の周囲は魔導で赤く染まる。

「お、おい、アスカ、なんだよその魔導は」

 僕の尋常じゃない魔導を見て、レイト兄がたじろぐ。
 レイト兄のたじろぐ姿を僕は初めて見た。
 しかし、怒りにより、同情なんてできない。

「アスカ、冗談だって、全部冗談だよ。冷静になれよ。俺とお前の仲だろう。訂正だってするからさ」

 レイト兄は、引きつった笑顔で僕に話しかける。

「レイト兄、もう無理だよ。もう許せない。僕の大切な仲間を傷つけ、そして大切な姫様までも愚弄した。身内の恥は、身内で解決する。大丈夫。レイト兄が逝ったら、僕も後を追うから」

 僕は全てのものを凍らせそうなほど、冷たい目線をレイト兄に向ける。

「おい、あれはやばいって、お前の弟逝っちゃってるって。レイト逃げた方がいいって」

 流石の事態に、同じくマミを襲っていたレイビッヒはマミから離れ後ずさりし始める。
 レイト兄はレイビッヒの言葉に従いマミから立ち上がろうとする。

 そうはさせない。
 僕は、レイト兄を逃さないように、一瞬でレイト兄に詰め寄る。
 そして詠唱する。名刀一徹に魔導を流し込み、増幅させる。
 そして放つ。一徹を使う時だけ放てる上級魔導を。

「我が切先は、摂理を切る『火炎切り』」
「ひっっ!」

 レイト兄の引き立った叫び声を無視して、勢いよく、レイト兄の首めがけて刀を振るう。
 ごめんレイト兄……。

 

——カキン

 人の首を斬った時のような生物《ナマモノ》を切る音ではなく、金属がぶつかり合う音が、校舎裏に響く。
 そう、僕の刃はレイト兄の首には届いていなかった。
 それは、僕の刃とレイト兄の首の間に、剣が割り込んでいたからだ。

 そして、その剣の持ち主は、僕と同じくマミの救援に駆けつけたヒビトだった。

「アスカ! ダメだ! 冷静になるんだ。ここでレイト君を殺めては君が大罪人になってしまう。同士殺しは重罪の極み。君が捕まってしまう」

 ヒビトのこんな真剣な表情は見たことがない。
 それぐらいにヒビトは僕を全力で止めていた。

「どいてヒビト。 レイト兄は仲間を傷つけただけでなく、姫様まで愚弄したんだ。もう、もう許せない。これまで何度もレイト兄の暴挙は見逃してしまっていたけれども、今回ばかりは許せない。
 身内の恥は身内で処理するから。だから、剣をどけてヒビト」
「それは絶対にできない。僕は、アスカ、君を罪人にはしたくない!」

 ヒビトと僕は剣を交わしたまませめぎ合いをする。
 気迫だった雰囲気が場を満たしている時、遅れてナオミが到着する。

「はあ、はあ、あなたたち、何してるの。999魔導具が鳴って、マミがピンチだからって駆けつけたのに、何でヒビトとアスカが争っているの?」

 ナオミは息を切らしながら、現状に困惑する。

「ナオミ良いところに。お願い、盾でアスカを抑えて欲しい。早く」
「え、その、抑えるのはそっちのレイト君達じゃなくて、アスカなの」
「そうだ、アスカだ。アスカは今我を忘れている。このままじゃアスカが罪人になってしまう。お願いだナオミ」
「わ、わかったわ。我が命に従いてこの身を守りたもう、堅牢防壁《ソリッジシールド》」

 ナオミは杖を取り出し、高らかに詠唱する。
 堅牢防壁、中級防御魔導の基本。
 この魔導が、僕の真上に限界し、僕を頭上から地面に押さえつける。

「何のこれしきぃ」

 僕はこれまで鍛えてきた筋肉をフル稼働させ、盾の圧を耐える。
「アスカ、君は一体本当に中級魔導士なの? 何で私とヒビト君の2人で制止しないと止まらないの? もっと強く盾を現界させなければ」

 ナオミは、さらに集中し魔導を盾に集中させる。

「うぐ」
 ついに、僕は盾の重圧に負け地面に押さえつけられる。

「頼むよアスカ、冷静になって」

 ヒビトが地面に押さえつけられた僕の手に自分の手をかけながら、声をかける。

 ——カサ

 一方、僕が地面に押さえつけられた時、ここぞとばかりに、レイト兄が立ち上がり、逃げようとする。
 しかし、すかさずヒビトが剣でレイト兄の行く手を阻む。

「レイト君、君を逃すことはできない。ここにいるんだ」

 レイト兄は、引きつった顔で後ずさり、その場にしゃがみ込む。
 状況が一瞬落ち着きかけたその時、校舎の方から怒号が聞こえてきた。

「何をしているんだ。お主ら!」
 ロージェ先生の御登場である。
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