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因縁の相手

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 僕は無意識のうちに走り出していた。
 これまでなら恐怖で尻餅ついていたかもしれないが、最後に対峙してから3年。
 僕もあの頃よりは強くなり、精神的にもタフになっている。
 だから、怖じ気つかず、あの男に向かって走り出し、拳を握る。

 勢いよく男に近づき、拳を男に突き出す。
 その瞬間、男も僕に気づき、少し驚いた顔をしたものの、余裕そうに僕の拳を片手で止めた。

「おいおいおい、威勢のいいガキがいるじゃないかと思えば、どうしてお前がここにいるんだ? ああそうか、お前は魔専に入学したのか、それで研修留学に来ていたのか」

 僕の拳を軽々く止めて余裕そうに、状況を分析する男。

「ニール様をお守りしろ!」

 すると、付き人の女性が叫び、周りにいたボディーガードが一斉に拳銃を抜く。
「無礼な。あなたは何者ですか!?」
「おい、少し待て、こいつは俺の知り合いだ」

 男が、撃とうとするボディーガードを制止する。

「ですが、この学生風情は、あまりにも無礼です。ニール様」

 男の名はニールというらしい、これまで知らなかったが、ついに男の名前を知ることができた。

「お前、ニールと言うのか、お前だけは絶対に許さない」
「おー威勢だけは昔からいいな。少しは魔導も上達しているみたいだが、まだ中級止まりか。言っただろ。俺を倒したければ皇級を連れてこいとな。あの男、そうそう剣豪ロージェくらいの強さがないと俺とは張り合えないぞ。それにお前は、ここをわかっているのか? ここは米帝だぞ。お前は他国で問題を起こすつもりか? そうなれば俺を倒す前にお前が米帝に殺されるぞ」

 ニールはニヤニヤしながら、僕が現状無力であることを思い知らしめる。
 しかし、引くに引けない。
 仇《かたき》が目の前にいるのだから。

「早くニール様から離れなさい」
 付き人の女がもう一度叫ぶ。

 すると後ろの方から声が聞こえてきた。

「あーすみません。ニール様」

 後ろから、エレンが駆け寄ってきて、僕の肩に手をかける。

「おーエレン君じゃないか。君の連れだったのかい彼は」
「そうなんです。僕がアスカ君たちのお世話係でして」
「そうか。君がこのガキのお世話係だったのか。エレン君に免じて、今日のことは不問にしましょう。では、米帝大統領のお父さんによろしく」
「はい、ありがとうございます」

 エレンが、この場を丸く収めたおかげで、一大事にはならなかった。
 ニールが立ち去ると、エレンは苦笑いをしながら、僕に話しかける。

「アスカ君、一体どうしたんだい。急に駆け出したかと思えば、ニール様をいきなり殴ろうとするんだもん。正気を疑ってしまったよ」
「すみません、その、堪えきれずに、してしまいました」
「アスカ君は、ニール様と知り合いなの?」

 知り合いも何も因縁の相手なのだが、ここで今までのことを言っても信じてもらえるかわからないし、状況を混沌へと導くだけだろうから、僕はあえて情報を小出しにすることにする。

「はい、少し知り合いです」
「そうだったんだ。意外だね。じゃあ、話しても大丈夫かな。ニール様はね、天界人でさ、天界と米帝との連絡役を担ってくれてる人なんだ。米帝では特別待遇の高官で、その権力は大統領に次ぐんだよ。だから、不用意に手を出すとすぐに死刑にされちゃうから気をつけてね」
「え? 天界との連絡役? だけど、天地大戦以降、天界との接触は禁止されているはずじゃ」

 僕は驚き、聞き返す。

「まあ、表向きはね。天界との付き合い方の基本方針は接触禁止だけど。実際国によってまちまちさ。日本王国は結構厳密にしてるけど、米帝は内緒で交流してるんだよ。その方が有益だし。天界ともお互いの利益がマッチすれば戦争にもならないんだよ。あれ、もしかして知らなかった」

 そんな情報全く知らなかった。もう情報過多で頭の整理が追いつかない。。

「まあ、アスカ君、ここは米帝で日本王国じゃないから、危ない行動は慎んだ方がいい。それじゃあ、学校に戻ろうか」


 帰り道、ヒビトがこっそり僕にさっきの出来事の経緯を聞いてきた。

「アスカ、さっきはなんであの人に殴りかかったの?」

 僕は、ヒビトに真実を言おうかどうか迷う。
 だが、ヒビトはチームメイトである。ならば、今後ニールと対峙してしまうこともあるかもしれない。
 ならば、正直に話しておこう。

「実は、さっきの男が、あすなろ荘の子どもたちを襲った張本人なんだ」
「え!?  嘘でしょ。だって、エレンさんの話によるとあの人は米帝の高官で、天界との連絡役の天界人だって。なんであすなろ荘を襲う必要があるの?」
「僕だってわからないよ。だけど、あいつなんだ本当に」
「そうなんだね。米帝もやはり裏では色々してそうなんだね」
「そうだと思う」

 僕と、ヒビトは米帝への疑念を積もらせる。

 そうこうしているうちに、学校に到着しもうすぐレセプションが始まる時間になっていた。
 僕らはすぐにスーツやドレスに着替え準備する。
 マミは水色、ナオミは紺色のスレンダー型のドレスを着ていてとても綺麗である。
 マミはそれに加え、胸元も強調されている服なため、男子の視線をクギ付けにする。

「あの、アスカ君、私のドレスどうかな」

 目のやり場に困るドレスだなと考えていると、マミが近づいてきて、ドレスが似合っているか聞いてくる。
 僕は目線に細心の注意を払いながら答える。

「マミ、とても綺麗だと思うよ」
「本当!?」

 マミは嬉しそうに頬を少し赤ら目、ナオミの方に駆けていき「アスカ君が褒めてくれた」と報告している。
 なんとも微笑ましい。

 レセプションも大体一時間くらいで終わり、数人の米帝魔導学校の生徒とも仲良くなることができた。
 こちらでは、魔導学校を出ると、みんなが魔導士部隊に配属されるのではなく、高給取りな職業に就けるらしく、良い給料がもらえる企業に就職するために通っている子も多いことを知った。

 レセプション終了後、皆は各々の部屋に戻り始める。
 僕は少しもよおしたため、トイレに向かう。
 すると、偶然、ロージェ先生とトイレ前で会った。
 僕は、ここぞとばかりに今日起こった出来事を伝える。

「ロージェ先生、内密な話ですが、今日あすなろ荘を襲ったあの男に出会いました」
「なんだって、アスカ。それは本当か」
「はい、男は天界人で米帝と天界の連絡役みたいです。そして、米帝の高官らしいです」
「それはまずいな。よりによって米帝に組していたとは」
「条約違反なんですから、なんとかあいつを責めることはできなんですか?」
「条約違反なのだが、後ろ盾に米帝がいるとなると、米帝がその男を保護し、白を切るだろう。日本王国だけでは力が足りず、其奴を裁くことは難しい」
「そんな」
「すまんな、どうにかしたいとワシも思うが、世界はそんなに都合のいいものではないのだ。時が来るのを待つしかない。ただ、有益な情報を教えてくれてありがとう。ワシの方でも色々と探りを入れてみる。今日は部屋に戻って寝なさい」
「分かりました。おやすみなさい」

 ニールを裁きたい。
 しかし、簡単には裁くことができない。
 それは頭では容易に理解できるが、感情はそれを理解しようとはしてくれない。
 あんなに憎い相手が目の前にいたのに、僕はまた何もできなかった。
 そんな悔しさが身を包む。
 そして、悔恨を残しながら僕は眠りについた。


 ———次の日は、早朝から学校別の模擬戦闘が行われた。
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