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第2話 我が理念は潰えたり

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部屋の中は、殺風景である。グリーデ公国の平和と正義を表した国旗に、応接用のソファーとテーブル。そして、執務用のデスク。部屋にはこれくらいしか、主だった家具はない。鉄紺の壁にも、世界地図以外には、絵画すら飾っていない。
この殺風景な部屋の主は、執務用デスクで、書類にサインをした後、ゆっくり立ち上がり、先ほどの威圧的な声とは打って変わって、白い歯をこぼす。

「よく来てくれた、愛しのメユよ。立ち話もなんだから、こちらに座りなさい」

豪快な声が、室内に響き渡る。強大な軍事力を背景に、世界で圧倒的な存在感を示すグリーデ公国だが、小さないざこざは断絶せず各地で起きており、その紛争の一つで傷ついた顔がメユを上から見下ろす。

「いえ、結構です。中将閣下」
「いやいや、今は他に誰もおらんのだから、お父さんでいい、お父さんで」
「いえ、現在は職務中ですので……」
「我が娘ながら、やはり頑固だな。まあ、いい、そんなところも愛おしいからな」

目前の中将閣下。顔の創痕のせいで、イカつく誰も近寄り難い面持ちになってしまっているこの男が、父。

「それで、この度はどのようなご用命でしょうか」

父の目の深淵に潜む真意を探り当てるが如く、真っ直ぐと見つめる。
中将は、娘の眼光の鋭さに気圧され、少し目線を下げながら、先ほどサインしていた書類を執務デスクの上から取り上げ、そして、読み上げる。

「大変言いづらいが、コリト・メユ、其方に退職を命じる。直ちに、メユには依願退職してもらう」

まさに、寝耳に水とはこのことである。将来の元帥になり、この国の軍を内部から改革し、かつての誇り高き理念を抱く軍を復活させることを、幼心に大志を抱いていたにもかかわらず、その夢が瞬く間に崩れ去ろうとしている。しかも実の父によって。

「中将閣下、私は、これまで、自分の理念を叶えるべく軍属に身を置き、身を粉にして国に仕えてきました。しかし、未だ私の理念は達成されておりません。なぜ、辞めなければならないのですか。なぜ、私なのですか。なぜ——」

「メユ中尉、これ以上の話をここですることは許されていない。これは命令だ。依願退職せよ」

父は、中将閣下は、メユの言葉を遮り、強く威圧した。今度は、本気の威圧である。娘に向けるようなものではない。つまり、上官としての命であることを全身で感じさせられた。

その日、ユメは、中将閣下の目の前で、既に中将閣下のサインが記載された退職願に署名し、すぐさま認印が押され、即日退職となった。

「それと、腰につけた拳銃はここに置いてきなさい——」
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