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第10章 再会
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一ヶ月後、祐都は一人で彬従の寮を訪れた。だが彬従は現れず、代わりに辻が嬉しそうに出迎えた。
「元気だった?全然来ないからどうしてるかと思った。」
「いろいろと忙しくてさ。それよりアキは?」
「最近寮には帰ってこないんだ。比江嶋の家にいることが多いよ。」
「なんで?」
「あいつのいとこと付き合ってるみたいだぞ。写真見たけどすげぇ美人なの。」
祐都はにわかには信じ難かった。
「いいよなぁ、次々彼女が出来てさ!」
「華音のことは何て言ってた?」
「誕生日に逢いに行ったけど、揉めて別れたって言ってたよ。」
茉莉花に見つかり追い返された彬従を思い、祐都は暗い気持ちに捕らわれた。
「お前らどうしたの?あんなに仲良かったのに。俺でよければ相談に乗るぜ!」
「ありがとう、辻……」
メールで寮に来ていることを伝えると、彬従から生徒ラウンジで待つようにと返事があった。
彬従は10分ほどしてやってきた。
「どうしたの、連絡も無しに来るなんて。」
「いきなり来たらマズいのか?」
祐都は冷ややかに言い返した。
しばらく二人は無言で向かい合った。
「シュウのいとこと付き合っているってホントなのか?」
「あいつの家に遊びに行ってるうちに仲良くなったんだ。写真見る?」
携帯の待受画面に、彬従と美少女が並んで映っていた。
「茉莉花さまに冬休みも帰ってくるなって言われた。正月はシュウの家に厄介になるよ。」
「華音と逢わなくていいの?」
彬従はフッと笑った。
「茉莉花さまの言う通りにするだけだ。華音以外の女の子ならいくら付き合っても構わないんだからな。」
「アキが嘘ついてるって俺には分かるよ。」
「嘘じゃない。」
祐都は顔を強ばらせた。
「……もう帰る。二度とここには来ない。」
すくっと立ち上がり、振り返ることもせず祐都は出て行った。
親友の後ろ姿を見送り、彬従は唇を噛んだ。
「そうだよ嘘だよ。華音に逢えなくて平気なハズ無いだろ……」
祐都に話したいことがある。一晩掛けて話しても終わらないくらい、聞いて欲しいことが沢山ある。
彬従は呆然とひとり天日の屋敷に戻った。屋敷には彬従専用の部屋が設けられ、寮には持ち込めない学術書を揃え、密かに未来への準備をしていた。
「ヒロトに逢いに行ったんじゃないの?」
柊がやってきた。
「もう帰ったよ。」
「あいつと何を話した?」
「何も言わない。ヒロトは生真面目だ。茉莉花さまと俺の板挟みになって苦しめてしまうよ。」
「どちらにせよ、傷つけるだけだろ?」
彬従は無言で視線を落とした。
「沙良がお前を探していたよ。」
「分かった、すぐに行く。」
彬従は立ち上がると、フラフラと柊の後をついて歩いた。
彬従の姿を見ると、沙良はパッと明るい笑顔を見せた。運んできたケーキと紅茶を得意げに彬従の前に置いた。
「ケーキを焼いたの。この前の、アキが気に入ってくれたからアレンジしてまた作ったのよ!」
オレンジの甘酸っぱい匂いが鼻をくすぐった。
「ありがとう、凄く美味い。」
「……どうしたの?元気無いわね。」
「大事な友達を傷つけてしまった。」
彬従は顔を歪め、祐都とのやりとりを沙良に話した。
「ヒロトのためにしたことなら後悔する事無い。いつか分かってくれるわ。」
沙良は彬従を胸に抱き締めた。
「懐かしいな。ヘコんでいるといつも華音が俺を抱いて慰めてくれたから……」
「私なら華音の代わりにいくらでもアキを抱いてあげる。」
「代わりなんかじゃない。」
沙良の顔を引き寄せ、唇を重ねた。
「アキのキス大好き。温かい気持ちになる。」
「俺はビリビリ痺れて自分を抑えるのに苦労するよ。」
「我慢しなくていいのに。」
「それはダメ。」
「華音に義理立てしなくていいじゃない。」
沙良は彬従を貪るように求めた。甘い匂いに取り込まれる。このまま飲み込まれてしまえば楽なのか……
彬従は彼女に惹かれる自分の弱さを呪った。
リビングで柊を見つけた由良は、腕を掴んだ。
「沙良はまたアキと一緒なの?」
「沙良がご執心なんだ。」
「シュウは平気なの?」
「いつものことだろ。」
「アキがいない時、沙良をめちゃくちゃに抱くくせに!」
「沙良が望むからそうしているだけだ。いつまでも恋愛ごっこしてないで、さっさと孕んで欲しいよ。」
「沙良にアキの子供を身籠もって欲しいって、本気で思ってるの!?」
「そしたら俺はこんな馬鹿げた人生から解放される。」
柊は口の端を歪めて嗤った。
「シュウのことがわからない!」
由良は柊の胸にしがみついた。
「俺は前から何一つ変わってないよ。」
ポンポンと由良の頭を撫で、柊は遠くを見つめた。
華音の誕生日以来、彬従からは何の連絡もなかった。華音は考えないようにして、毎日を何とか過ごした。
「華音、今日は委員会があるから先に行って。」
「わかった、またあとでね!」
学校に祐都を残し、華音は会社に向かった。最寄りの駅まで歩いていると、突然、色白で背の高い少年の姿が目に飛び込んできた。
「シュウ君!?」
「よぉ、元気だった?」
柊はニコリと笑った。
「どうしたの?いつも突然だけど!」
「華音の顔が見たかったから来たよ。」
二人は並んで歩いた。
「君の携帯、連絡が取れないんだけど。」
「……お母さんが私の携帯を解約したの。」
「ヒドいことをするな。」
華音は暗くうつむいた。誘われるままに近くのファミレスに入った。
「いいもの見せてあげる。」
「わぁっ!」
携帯電話の待受画面にプクっと頬を膨らませる彬従の顔があった。
柊は写真を次々見せた。
「全部怒ってるよ!」
「アキが笑ってくれないんだ。」
柊は口を尖らせた。
「アキは元気?」
「元気だよ。いつも俺んちに遊びに来てる。でもすぐ怒るんだ。」
華音は思わずクスクス笑った。
「アキに見せびらかすから、華音の写真を撮らせて。」
柊は携帯を構えた。
「キスしたくなるような顔して。」
「えぇ!?」
華音はどぎまぎした。
「目を閉じるさだけでいいよ!」
華音は戸惑いながら、柊の言いなりにした。そっと立ち上がると柊は華音に顔を近づけた。
華音はパッと目を開いて、柊の口元を手で押さえた。
「からかわないで!」
「バレたか。」
柊はアハハと笑い声を上げた。
「この携帯あげる。遅れたけど、俺からの誕生日プレゼントね。ちなみに俺とアキのアドレスしか入ってないから。」
「通話料とかいろいろ掛かるよ。お金は私が払うから!」
「それは俺を飼ってる天日家が出すから気にしないで。」
柊はアドレス帳を開いて通話ボタンを押し、華音に渡した。数回のコール音の後、彬従の怒鳴り声が聞こえた。
「いたずら電話ばっかり掛けて来るな!」
「アキ!」
「華音!?なんで?」
「シュウ君が逢いにきたの。」
柊は華音から携帯電話を取り上げた。
「お前の代わりに来たよ。」
激しく罵る彬従の声がして、柊は苦笑いしながら携帯を華音に戻した。
「お母さんが私の携帯を解約して連絡を取れなくしてしまったの。でもシュウ君がこの携帯を私にくれるって。」
「ホント!?」
「これでまたアキの声が聞ける……」
「そうか……良かった!」
彬従は声を詰まらせた。
「お礼はアキにもらうから、そのつもりでいろよ。」
容赦なく通話を切ると、携帯をまた華音の手に戻した。
「お母さんに見つからないようにね。」
「シュウ君ありがとう。凄く嬉しい……」
華音は涙を流した。
「嬉しかったら笑ってよ。」
柊は華音の隣りに移った。
「一体何があったの?」
涙ぐんで華音はうつむいた。
「誕生日のことがあってから、お母さんがますます厳しくなったの。冬休みもアキに戻ってくるなって言ってた……このままじゃ二度とアキに逢えない。」
「俺で良ければ協力する。お母さんにバレないように逢えばいい。」
「でも……」
「我慢しなくていいんだよ。」
柊は華音を抱き寄せた。
「シュウ君……!」
胸に顔を押しつけ、華音は声を殺して泣きじゃくった。
「何してるんだ!」
突然、祐都が現れた。華音はハッと顔を上げ、咄嗟に携帯電話を隠した。
「華音の近況を聞きにきただけさ。」
柊は見せびらかすように華音を抱きしめた。
「華音を離して。」
「はいはい。」
柊はそっと涙で濡れた華音の顔をハンカチで拭った。
「手を出すなって、アキに言われてるよね。」
「俺がアキに従う必要ある?」
「行こう、華音!」
祐都は手を引き、華音を店から連れ出した。
しばらく二人は無言で歩いた。
「何故あの店にいるって分かったの?」
「それは……」
祐都は言い澱んだ。華音は祐都の手を振り払った。
「もしかして、私、監視されてるの?」
「この前の事があってから、茉莉花さまが心配して華音に気付かれないように監視をつけたんだ。内緒にしていてごめん。」
「ヒロトが謝ることない。」
―――携帯のこと、気付かれてない……
華音はホッとした。
「華音はアキ以外の胸でも泣くんだね。」
「えっ?」
見上げると、祐都は悲しげな表情で華音を見つめていた。
「何でもない。俺、委員会があるからもう一度学校に戻るよ。」
背を向け祐都は歩き去った。
―――ヒロトに隠し事をしてしまった……
華音は彬従にもらったネックレスを無意識に握りしめた。
大晦日になった。
大掃除を済ませ、お節料理を作り、新年を迎える準備を整えた。
年越しそばを食べ終えると、華音は厚手のコートを着込んだ。
母の茉莉花が珍しく家にいて、華音を見送った。
「二年詣りなんて、暗くて人出が多いんだから気をつけて。」
「行ってきます!大丈夫よ。ヒロトとメグが一緒だから。」
華音はニコリと手を振った。
街の中心から少し離れた場所にあるこの地方で有名な神社に向かった。
駅で落ち合い、バスに揺られて目的地に着いた。年が明ける前から神社は参拝客でごった返していた。
祐都が前を歩き、華音と恵夢は彼の背中を見ながらついて行く。恵夢は祐都とほとんど会話せず、華音とばかりしゃべった。
「メグ、大丈夫?」
「えっ?私、変かな?」
「緊張してるよ。」
「任せて!」
恵夢は笑いながらしーっと指を立てた。
神社の入口からだらだらと人波が続き、2時間掛けてやっと賽銭箱に辿り着いた。
華音は手を合わせ、長い間祈り続けた。
おみくじを引き、お守りを買い、今度は帰りの人波に飲まれた。
華音と恵夢が手洗いに行く間、祐都は一人ぼんやりと待った。
―――去年はアキがいたんだ……
四人で合格祈願に来たことが嘘のようだ。
―――あの頃といろんなことが変わってしまった……
しばらくして恵夢が一人戻ってきた。
「華音は?」
「もうすぐ来ると思う。」
恵夢は素知らぬ顔で横に立った。
「どうして一緒に戻って来ないの?」
「それは……」
「華音はどこ!?」
祐都は恵夢に詰め寄った。
「お願い!明日の朝まで私達と一緒だったことにしてあげて!」
「何を言ってるんだ!」
人混みをかき分け、祐都は先を急いだ。
参拝出口の周辺は混雑が緩み、祐都は必死で華音の姿を探した。彼女の姿と共に目に飛び込んで来たのは、色白で背の高い男の姿だった。二人は肩を寄せ合いタクシーに乗り込んだ。
「どうしてシュウと?」
祐都はその場に立ち尽くした。
「ヒロト……」
追いついた恵夢が袖を引っ張った。
「黙っててごめん。華音はアキに逢いに行くの。こうでもしないと逢えないから!」
「何故、俺に相談無しなの?」
「ヒロトのこと、自分とお母さんの板挟みにしたくないって言ってた……」
恵夢はうなだれた。
「……家まで送る。」
祐都は恵夢の手を強引に引っ張った。無言のまま電車に揺られ、二人は恵夢の家に帰り着いた。
「ヒロト……また逢える?」
返事は無かった。祐都は背を向け歩き出した。
「ヒロト!」
恵夢の声に誘われるように振り向いた。
恵夢はギクリとした。
見たことも無いような冷たい視線……
「一晩中、華音と一緒にいたことにすればいいんだな?」
祐都は吐き捨てるように呟くと、無言のまま歩き去った。
一時間ほどタクシーに乗り、華音の住む街から離れた海辺のホテルに着いた。
エントランスの前で彬従がうずくまり待っていた。
「部屋にいろよ。風邪引くよ。」
「じっとしていられるか!」
車を降りると同時に華音は彬従と抱き合った。
「続きは部屋でやって。それから夜明けにはホテルを出るからな。」
「努力する!」
「シュウ君ありがとう!」
「どういたしまして。」
彬従達がホテルの中に消えていくのを、手を振って見送った。
「シュウさま、私達はアキさまの逢い引きのお手伝いに来たんでしょうか?」
影から茜が現れた。
「文学少女なのは分かるけど、現代用語も覚えようね。」
柊は笑った。
「私、沙良さまに言い訳が出来ません。」
「お願いだから沙良には黙っていて。」
「でも……」
「それより茜も部屋でお休み。明日は早くに帰らないと。」
「かしこまりました。では失礼させていただきます。」
柊は腕時計を見て歩き出した。
「どちらに行かれるんですか?」
「ちょっと散歩してくる。」
ひらひらと手を振り、浜辺に続く暗闇に消えていった。
ホテルの前の浜辺に、柊は一人立った。街灯と僅かな街明かりだけで、辺りは真っ暗だった。
「隠れてないで出てくれば?」
防波堤の陰から柚子葉が現れた。
「また逢えてうれしいよ。」
「シュウ、あのお店には二度と来ないで。今度来たら辞めるから。」
柚子葉は冷たく言い放った。
「今どこに住んでいるの?」
「教えない。」
「携帯は?」
「あなたには何も教えないわ。」
「柚子葉に逢いたくなったらどうすればいいの。」
「私はあなたと逢うつもりは無い。」
「だったら何故ここに来たの。」
「あなたにはっきり断るためよ。私のことをもう追いかけないで。」
柚子葉は頑なだった。柊はフフッと嘲り笑った。
「俺のこと憎んでいる?」
「あなたのことなんかとっくに忘れた。」
海風が強く髪をかき乱す。柚子葉はそっと手で押さえた。
「由良や沙良は元気?」
「ああ、由良は今でも君のことを心配してる。」
「悲しむわね、私のこんな姿を知ったら……」
柚子葉はふと目を閉じた。
「こっちへおいで。柚子葉は寒がりだったろ?」
階段に腰を下ろし、柊は彼女を引き寄せた。
「あなたは冷たい。」
「温めてあげるよ?」
「シュウほど冷酷な男はいない。あなたは人をその気にさせておいて、笑いながら首を絞めるのよ。」
「俺の癖、覚えているんだろ?またイかせてよ。」
柊の胸に柚子葉は埋もれた。
甘い香りがして懐かしい気持ちになる。あの頃はただ抱き合うだけでお互いの愛を確かめられたのに……
柚子葉のあごを掴み、柊は唇を重ねた。
「私のこと、本当に好き?」
「そうだよ。だからずっと探していたんだ。」
「それなら私と手を組んで。天日家に復讐したいから。」
「それは出来ない。俺は天日の人間だ。」
「天日家を憎んでいるのに?」
「俺はこの世に俺を成したもの全てを壊してやりたいだけ。」
キスを重ねる柊を、柚子葉はぎゅっと抱き締めた。
「今でもあなたを愛してる。」
「柚子葉……」
「女の子は初めての男を忘れられないものよ。例えどんなに酷い裏切りをされたとしても。」
「ここは寒すぎる。ホテルに行こう。」
柊は立ち上がり、柚子葉の手を引いた。
「私ともう逢わない方がいい。」
柊の手を振り払い、柚子葉は歩き去った。
華音は胸元を見て驚いた。
「アキのエッチ!キスマークだらけよ!」
「華音は俺のものだから。」
彬従はニコリと笑い、またチュウと吸い付いた。
「トキがお風呂の時に心配するのよ。」
「トキは元気?」
「うん、優しい子よ。詩音が大好きなの。」
「詩音とトキが大きくなったら、二人で高塔の家を継いでくれるんじゃないのか?」
「そうかもしれない……」
華音は言葉に詰まった。
「何もかも華音が一人で背負い込むこと無いじゃないか。」
彬従は裸の胸に華音を押し込んだ。
「だけどこのままでは吉良の家は途絶えてしまう。」
「……トキが親父の子じゃないって知ってた?」
「昔、お母さんに聞いた。アキのお母さんが彬智おじ様を裏切ってトキを産んだのだって……トキのお父さんは誰かは分からないって……」
華音は拳を握りしめた。
「だからアキ……今日で終わりにする。」
彬従の頬を両手で挟み、額を合わせた。
「お母さんの言う通り、アキには逢わない。電話もメールもしない。でも、アキを愛してる。一生変わらずに。」
「分かった。茉莉花さまを裏切るようなことはもうさせない。俺も高塔の家を守るために生まれてきたんだから。」
華音の額にキスした。
「忘れないで、俺は一生華音のものだから。」
「アキ……抱いて……一生忘れられないくらい……」
彬従は唇を合わせ、身体を重ねた。手のひらを肌に滑らせ確かめるように撫でた。頬に、唇に、首筋に、乳房に、腹に、股間に舌を這わせて舐め上げた。
華音の甘い喘ぎ声が、彬従の芯を熱く猛らせる。
身体を繋ぎ合わせ、激しく揺さぶって、華音の中で果てた。
「……時間だ。」
ぎゅっと抱き締めた華音の身体を、彬従はそっと離した。
エントランスで柊は待っていた。
「アキは?」
「部屋で別れた。これは返すね。」
華音は携帯電話を差し出した。
「どうして?」
「アキにはもう逢わない。」
「また泣くだろ?」
「もう泣かない。私は高塔の娘だから。」
「俺とは逢ってよ。携帯は俺のために持ってて。」
華音は戸惑った。
「アキには連絡出来ないようにする。」
携帯を操作し華音に押し付けた。
「送っていくよ。」
「大丈夫。一人で帰る。」
ホテル前に呼んだタクシーに乗り込んだ。
「シュウ君ありがとう……アキを守ってあげて。」
「元気でね。泣きたくなったら電話して。アキの話をしてあげる。」
柊は華音の頬に口づけた。華音は顔を強ばらせながら微笑んだ。
走り去るタクシーの姿が見えなくなるまで、柊はホテルの前に佇んだ。
「何一つ、思い通りには行かないな。」
頭を掻きながらホテルに戻った。
「アキを慰めに行こうかな。またどっぷり落ち込んでいるんだろうな。カッコつけてないでかっさらっちまえばいいのに!」
柊はぶつぶつと呪うように呟きながら、エレベーターのボタンを押した。
長い間車に揺られ、やっとのことで我が家についた。
辺りはすっかり明るくなっていた。
車から降り、家の前の人影を見て、華音はハッとした。
「ヒロト!どうしてここにいるの?」
「俺は朝まで華音といたんでしょ?」
祐都はガタガタと震えていた。
「バカね!風邪引いちゃうわよ!」
両手で挟むと、祐都の頬は氷のように冷たかった。
「アキに逢ってたの?」
「うん……ごめん、騙すような真似をして。メグにも謝らなきゃ。」
「良かった、アキはまだ華音と付き合ってるんだ。」
「でももう逢わないって言ってきた。」
祐都は華音を見つめた。
「何故?」
「私達が付き合うことで傷つく人がいる。」
華音は祐都の手を取った。
「家に入ろう。温かいお茶をいれるね。」
その手を祐都は固く握り締めた。
「俺がアキの代わりになるよ。」
「アキの代わりは要らないわ。ヒロトはヒロトでいて。ヒロトの代わりはいないんだから。」
華音はそっと握り返した。
「華音……俺は……」
祐都は言いかけた言葉を飲み込んだ。華音はふっと頭を祐都に押し付けた。
「泣いてもいいよ。」
「泣かない。アキを取り戻すまでは。」
鍵を開け、祐都を家に招き入れた。
リビングのソファーに座らせると、祐都はホッとした表情を浮かべた。
「ここで休んでいて。」
台所からお茶を運んで戻ると、祐都はソファーに沈み込んで眠っていた。
「ヒロト、私は自分が恐ろしい。アキのためなら周りのみんなを平気で裏切ってしまう……」
―――アキ、私はあなたを守りたい。だけど、私がやろうとしていることは本当に正しいの?
眠る祐都に顔を当て、華音は涙を流し続けた。
「元気だった?全然来ないからどうしてるかと思った。」
「いろいろと忙しくてさ。それよりアキは?」
「最近寮には帰ってこないんだ。比江嶋の家にいることが多いよ。」
「なんで?」
「あいつのいとこと付き合ってるみたいだぞ。写真見たけどすげぇ美人なの。」
祐都はにわかには信じ難かった。
「いいよなぁ、次々彼女が出来てさ!」
「華音のことは何て言ってた?」
「誕生日に逢いに行ったけど、揉めて別れたって言ってたよ。」
茉莉花に見つかり追い返された彬従を思い、祐都は暗い気持ちに捕らわれた。
「お前らどうしたの?あんなに仲良かったのに。俺でよければ相談に乗るぜ!」
「ありがとう、辻……」
メールで寮に来ていることを伝えると、彬従から生徒ラウンジで待つようにと返事があった。
彬従は10分ほどしてやってきた。
「どうしたの、連絡も無しに来るなんて。」
「いきなり来たらマズいのか?」
祐都は冷ややかに言い返した。
しばらく二人は無言で向かい合った。
「シュウのいとこと付き合っているってホントなのか?」
「あいつの家に遊びに行ってるうちに仲良くなったんだ。写真見る?」
携帯の待受画面に、彬従と美少女が並んで映っていた。
「茉莉花さまに冬休みも帰ってくるなって言われた。正月はシュウの家に厄介になるよ。」
「華音と逢わなくていいの?」
彬従はフッと笑った。
「茉莉花さまの言う通りにするだけだ。華音以外の女の子ならいくら付き合っても構わないんだからな。」
「アキが嘘ついてるって俺には分かるよ。」
「嘘じゃない。」
祐都は顔を強ばらせた。
「……もう帰る。二度とここには来ない。」
すくっと立ち上がり、振り返ることもせず祐都は出て行った。
親友の後ろ姿を見送り、彬従は唇を噛んだ。
「そうだよ嘘だよ。華音に逢えなくて平気なハズ無いだろ……」
祐都に話したいことがある。一晩掛けて話しても終わらないくらい、聞いて欲しいことが沢山ある。
彬従は呆然とひとり天日の屋敷に戻った。屋敷には彬従専用の部屋が設けられ、寮には持ち込めない学術書を揃え、密かに未来への準備をしていた。
「ヒロトに逢いに行ったんじゃないの?」
柊がやってきた。
「もう帰ったよ。」
「あいつと何を話した?」
「何も言わない。ヒロトは生真面目だ。茉莉花さまと俺の板挟みになって苦しめてしまうよ。」
「どちらにせよ、傷つけるだけだろ?」
彬従は無言で視線を落とした。
「沙良がお前を探していたよ。」
「分かった、すぐに行く。」
彬従は立ち上がると、フラフラと柊の後をついて歩いた。
彬従の姿を見ると、沙良はパッと明るい笑顔を見せた。運んできたケーキと紅茶を得意げに彬従の前に置いた。
「ケーキを焼いたの。この前の、アキが気に入ってくれたからアレンジしてまた作ったのよ!」
オレンジの甘酸っぱい匂いが鼻をくすぐった。
「ありがとう、凄く美味い。」
「……どうしたの?元気無いわね。」
「大事な友達を傷つけてしまった。」
彬従は顔を歪め、祐都とのやりとりを沙良に話した。
「ヒロトのためにしたことなら後悔する事無い。いつか分かってくれるわ。」
沙良は彬従を胸に抱き締めた。
「懐かしいな。ヘコんでいるといつも華音が俺を抱いて慰めてくれたから……」
「私なら華音の代わりにいくらでもアキを抱いてあげる。」
「代わりなんかじゃない。」
沙良の顔を引き寄せ、唇を重ねた。
「アキのキス大好き。温かい気持ちになる。」
「俺はビリビリ痺れて自分を抑えるのに苦労するよ。」
「我慢しなくていいのに。」
「それはダメ。」
「華音に義理立てしなくていいじゃない。」
沙良は彬従を貪るように求めた。甘い匂いに取り込まれる。このまま飲み込まれてしまえば楽なのか……
彬従は彼女に惹かれる自分の弱さを呪った。
リビングで柊を見つけた由良は、腕を掴んだ。
「沙良はまたアキと一緒なの?」
「沙良がご執心なんだ。」
「シュウは平気なの?」
「いつものことだろ。」
「アキがいない時、沙良をめちゃくちゃに抱くくせに!」
「沙良が望むからそうしているだけだ。いつまでも恋愛ごっこしてないで、さっさと孕んで欲しいよ。」
「沙良にアキの子供を身籠もって欲しいって、本気で思ってるの!?」
「そしたら俺はこんな馬鹿げた人生から解放される。」
柊は口の端を歪めて嗤った。
「シュウのことがわからない!」
由良は柊の胸にしがみついた。
「俺は前から何一つ変わってないよ。」
ポンポンと由良の頭を撫で、柊は遠くを見つめた。
華音の誕生日以来、彬従からは何の連絡もなかった。華音は考えないようにして、毎日を何とか過ごした。
「華音、今日は委員会があるから先に行って。」
「わかった、またあとでね!」
学校に祐都を残し、華音は会社に向かった。最寄りの駅まで歩いていると、突然、色白で背の高い少年の姿が目に飛び込んできた。
「シュウ君!?」
「よぉ、元気だった?」
柊はニコリと笑った。
「どうしたの?いつも突然だけど!」
「華音の顔が見たかったから来たよ。」
二人は並んで歩いた。
「君の携帯、連絡が取れないんだけど。」
「……お母さんが私の携帯を解約したの。」
「ヒドいことをするな。」
華音は暗くうつむいた。誘われるままに近くのファミレスに入った。
「いいもの見せてあげる。」
「わぁっ!」
携帯電話の待受画面にプクっと頬を膨らませる彬従の顔があった。
柊は写真を次々見せた。
「全部怒ってるよ!」
「アキが笑ってくれないんだ。」
柊は口を尖らせた。
「アキは元気?」
「元気だよ。いつも俺んちに遊びに来てる。でもすぐ怒るんだ。」
華音は思わずクスクス笑った。
「アキに見せびらかすから、華音の写真を撮らせて。」
柊は携帯を構えた。
「キスしたくなるような顔して。」
「えぇ!?」
華音はどぎまぎした。
「目を閉じるさだけでいいよ!」
華音は戸惑いながら、柊の言いなりにした。そっと立ち上がると柊は華音に顔を近づけた。
華音はパッと目を開いて、柊の口元を手で押さえた。
「からかわないで!」
「バレたか。」
柊はアハハと笑い声を上げた。
「この携帯あげる。遅れたけど、俺からの誕生日プレゼントね。ちなみに俺とアキのアドレスしか入ってないから。」
「通話料とかいろいろ掛かるよ。お金は私が払うから!」
「それは俺を飼ってる天日家が出すから気にしないで。」
柊はアドレス帳を開いて通話ボタンを押し、華音に渡した。数回のコール音の後、彬従の怒鳴り声が聞こえた。
「いたずら電話ばっかり掛けて来るな!」
「アキ!」
「華音!?なんで?」
「シュウ君が逢いにきたの。」
柊は華音から携帯電話を取り上げた。
「お前の代わりに来たよ。」
激しく罵る彬従の声がして、柊は苦笑いしながら携帯を華音に戻した。
「お母さんが私の携帯を解約して連絡を取れなくしてしまったの。でもシュウ君がこの携帯を私にくれるって。」
「ホント!?」
「これでまたアキの声が聞ける……」
「そうか……良かった!」
彬従は声を詰まらせた。
「お礼はアキにもらうから、そのつもりでいろよ。」
容赦なく通話を切ると、携帯をまた華音の手に戻した。
「お母さんに見つからないようにね。」
「シュウ君ありがとう。凄く嬉しい……」
華音は涙を流した。
「嬉しかったら笑ってよ。」
柊は華音の隣りに移った。
「一体何があったの?」
涙ぐんで華音はうつむいた。
「誕生日のことがあってから、お母さんがますます厳しくなったの。冬休みもアキに戻ってくるなって言ってた……このままじゃ二度とアキに逢えない。」
「俺で良ければ協力する。お母さんにバレないように逢えばいい。」
「でも……」
「我慢しなくていいんだよ。」
柊は華音を抱き寄せた。
「シュウ君……!」
胸に顔を押しつけ、華音は声を殺して泣きじゃくった。
「何してるんだ!」
突然、祐都が現れた。華音はハッと顔を上げ、咄嗟に携帯電話を隠した。
「華音の近況を聞きにきただけさ。」
柊は見せびらかすように華音を抱きしめた。
「華音を離して。」
「はいはい。」
柊はそっと涙で濡れた華音の顔をハンカチで拭った。
「手を出すなって、アキに言われてるよね。」
「俺がアキに従う必要ある?」
「行こう、華音!」
祐都は手を引き、華音を店から連れ出した。
しばらく二人は無言で歩いた。
「何故あの店にいるって分かったの?」
「それは……」
祐都は言い澱んだ。華音は祐都の手を振り払った。
「もしかして、私、監視されてるの?」
「この前の事があってから、茉莉花さまが心配して華音に気付かれないように監視をつけたんだ。内緒にしていてごめん。」
「ヒロトが謝ることない。」
―――携帯のこと、気付かれてない……
華音はホッとした。
「華音はアキ以外の胸でも泣くんだね。」
「えっ?」
見上げると、祐都は悲しげな表情で華音を見つめていた。
「何でもない。俺、委員会があるからもう一度学校に戻るよ。」
背を向け祐都は歩き去った。
―――ヒロトに隠し事をしてしまった……
華音は彬従にもらったネックレスを無意識に握りしめた。
大晦日になった。
大掃除を済ませ、お節料理を作り、新年を迎える準備を整えた。
年越しそばを食べ終えると、華音は厚手のコートを着込んだ。
母の茉莉花が珍しく家にいて、華音を見送った。
「二年詣りなんて、暗くて人出が多いんだから気をつけて。」
「行ってきます!大丈夫よ。ヒロトとメグが一緒だから。」
華音はニコリと手を振った。
街の中心から少し離れた場所にあるこの地方で有名な神社に向かった。
駅で落ち合い、バスに揺られて目的地に着いた。年が明ける前から神社は参拝客でごった返していた。
祐都が前を歩き、華音と恵夢は彼の背中を見ながらついて行く。恵夢は祐都とほとんど会話せず、華音とばかりしゃべった。
「メグ、大丈夫?」
「えっ?私、変かな?」
「緊張してるよ。」
「任せて!」
恵夢は笑いながらしーっと指を立てた。
神社の入口からだらだらと人波が続き、2時間掛けてやっと賽銭箱に辿り着いた。
華音は手を合わせ、長い間祈り続けた。
おみくじを引き、お守りを買い、今度は帰りの人波に飲まれた。
華音と恵夢が手洗いに行く間、祐都は一人ぼんやりと待った。
―――去年はアキがいたんだ……
四人で合格祈願に来たことが嘘のようだ。
―――あの頃といろんなことが変わってしまった……
しばらくして恵夢が一人戻ってきた。
「華音は?」
「もうすぐ来ると思う。」
恵夢は素知らぬ顔で横に立った。
「どうして一緒に戻って来ないの?」
「それは……」
「華音はどこ!?」
祐都は恵夢に詰め寄った。
「お願い!明日の朝まで私達と一緒だったことにしてあげて!」
「何を言ってるんだ!」
人混みをかき分け、祐都は先を急いだ。
参拝出口の周辺は混雑が緩み、祐都は必死で華音の姿を探した。彼女の姿と共に目に飛び込んで来たのは、色白で背の高い男の姿だった。二人は肩を寄せ合いタクシーに乗り込んだ。
「どうしてシュウと?」
祐都はその場に立ち尽くした。
「ヒロト……」
追いついた恵夢が袖を引っ張った。
「黙っててごめん。華音はアキに逢いに行くの。こうでもしないと逢えないから!」
「何故、俺に相談無しなの?」
「ヒロトのこと、自分とお母さんの板挟みにしたくないって言ってた……」
恵夢はうなだれた。
「……家まで送る。」
祐都は恵夢の手を強引に引っ張った。無言のまま電車に揺られ、二人は恵夢の家に帰り着いた。
「ヒロト……また逢える?」
返事は無かった。祐都は背を向け歩き出した。
「ヒロト!」
恵夢の声に誘われるように振り向いた。
恵夢はギクリとした。
見たことも無いような冷たい視線……
「一晩中、華音と一緒にいたことにすればいいんだな?」
祐都は吐き捨てるように呟くと、無言のまま歩き去った。
一時間ほどタクシーに乗り、華音の住む街から離れた海辺のホテルに着いた。
エントランスの前で彬従がうずくまり待っていた。
「部屋にいろよ。風邪引くよ。」
「じっとしていられるか!」
車を降りると同時に華音は彬従と抱き合った。
「続きは部屋でやって。それから夜明けにはホテルを出るからな。」
「努力する!」
「シュウ君ありがとう!」
「どういたしまして。」
彬従達がホテルの中に消えていくのを、手を振って見送った。
「シュウさま、私達はアキさまの逢い引きのお手伝いに来たんでしょうか?」
影から茜が現れた。
「文学少女なのは分かるけど、現代用語も覚えようね。」
柊は笑った。
「私、沙良さまに言い訳が出来ません。」
「お願いだから沙良には黙っていて。」
「でも……」
「それより茜も部屋でお休み。明日は早くに帰らないと。」
「かしこまりました。では失礼させていただきます。」
柊は腕時計を見て歩き出した。
「どちらに行かれるんですか?」
「ちょっと散歩してくる。」
ひらひらと手を振り、浜辺に続く暗闇に消えていった。
ホテルの前の浜辺に、柊は一人立った。街灯と僅かな街明かりだけで、辺りは真っ暗だった。
「隠れてないで出てくれば?」
防波堤の陰から柚子葉が現れた。
「また逢えてうれしいよ。」
「シュウ、あのお店には二度と来ないで。今度来たら辞めるから。」
柚子葉は冷たく言い放った。
「今どこに住んでいるの?」
「教えない。」
「携帯は?」
「あなたには何も教えないわ。」
「柚子葉に逢いたくなったらどうすればいいの。」
「私はあなたと逢うつもりは無い。」
「だったら何故ここに来たの。」
「あなたにはっきり断るためよ。私のことをもう追いかけないで。」
柚子葉は頑なだった。柊はフフッと嘲り笑った。
「俺のこと憎んでいる?」
「あなたのことなんかとっくに忘れた。」
海風が強く髪をかき乱す。柚子葉はそっと手で押さえた。
「由良や沙良は元気?」
「ああ、由良は今でも君のことを心配してる。」
「悲しむわね、私のこんな姿を知ったら……」
柚子葉はふと目を閉じた。
「こっちへおいで。柚子葉は寒がりだったろ?」
階段に腰を下ろし、柊は彼女を引き寄せた。
「あなたは冷たい。」
「温めてあげるよ?」
「シュウほど冷酷な男はいない。あなたは人をその気にさせておいて、笑いながら首を絞めるのよ。」
「俺の癖、覚えているんだろ?またイかせてよ。」
柊の胸に柚子葉は埋もれた。
甘い香りがして懐かしい気持ちになる。あの頃はただ抱き合うだけでお互いの愛を確かめられたのに……
柚子葉のあごを掴み、柊は唇を重ねた。
「私のこと、本当に好き?」
「そうだよ。だからずっと探していたんだ。」
「それなら私と手を組んで。天日家に復讐したいから。」
「それは出来ない。俺は天日の人間だ。」
「天日家を憎んでいるのに?」
「俺はこの世に俺を成したもの全てを壊してやりたいだけ。」
キスを重ねる柊を、柚子葉はぎゅっと抱き締めた。
「今でもあなたを愛してる。」
「柚子葉……」
「女の子は初めての男を忘れられないものよ。例えどんなに酷い裏切りをされたとしても。」
「ここは寒すぎる。ホテルに行こう。」
柊は立ち上がり、柚子葉の手を引いた。
「私ともう逢わない方がいい。」
柊の手を振り払い、柚子葉は歩き去った。
華音は胸元を見て驚いた。
「アキのエッチ!キスマークだらけよ!」
「華音は俺のものだから。」
彬従はニコリと笑い、またチュウと吸い付いた。
「トキがお風呂の時に心配するのよ。」
「トキは元気?」
「うん、優しい子よ。詩音が大好きなの。」
「詩音とトキが大きくなったら、二人で高塔の家を継いでくれるんじゃないのか?」
「そうかもしれない……」
華音は言葉に詰まった。
「何もかも華音が一人で背負い込むこと無いじゃないか。」
彬従は裸の胸に華音を押し込んだ。
「だけどこのままでは吉良の家は途絶えてしまう。」
「……トキが親父の子じゃないって知ってた?」
「昔、お母さんに聞いた。アキのお母さんが彬智おじ様を裏切ってトキを産んだのだって……トキのお父さんは誰かは分からないって……」
華音は拳を握りしめた。
「だからアキ……今日で終わりにする。」
彬従の頬を両手で挟み、額を合わせた。
「お母さんの言う通り、アキには逢わない。電話もメールもしない。でも、アキを愛してる。一生変わらずに。」
「分かった。茉莉花さまを裏切るようなことはもうさせない。俺も高塔の家を守るために生まれてきたんだから。」
華音の額にキスした。
「忘れないで、俺は一生華音のものだから。」
「アキ……抱いて……一生忘れられないくらい……」
彬従は唇を合わせ、身体を重ねた。手のひらを肌に滑らせ確かめるように撫でた。頬に、唇に、首筋に、乳房に、腹に、股間に舌を這わせて舐め上げた。
華音の甘い喘ぎ声が、彬従の芯を熱く猛らせる。
身体を繋ぎ合わせ、激しく揺さぶって、華音の中で果てた。
「……時間だ。」
ぎゅっと抱き締めた華音の身体を、彬従はそっと離した。
エントランスで柊は待っていた。
「アキは?」
「部屋で別れた。これは返すね。」
華音は携帯電話を差し出した。
「どうして?」
「アキにはもう逢わない。」
「また泣くだろ?」
「もう泣かない。私は高塔の娘だから。」
「俺とは逢ってよ。携帯は俺のために持ってて。」
華音は戸惑った。
「アキには連絡出来ないようにする。」
携帯を操作し華音に押し付けた。
「送っていくよ。」
「大丈夫。一人で帰る。」
ホテル前に呼んだタクシーに乗り込んだ。
「シュウ君ありがとう……アキを守ってあげて。」
「元気でね。泣きたくなったら電話して。アキの話をしてあげる。」
柊は華音の頬に口づけた。華音は顔を強ばらせながら微笑んだ。
走り去るタクシーの姿が見えなくなるまで、柊はホテルの前に佇んだ。
「何一つ、思い通りには行かないな。」
頭を掻きながらホテルに戻った。
「アキを慰めに行こうかな。またどっぷり落ち込んでいるんだろうな。カッコつけてないでかっさらっちまえばいいのに!」
柊はぶつぶつと呪うように呟きながら、エレベーターのボタンを押した。
長い間車に揺られ、やっとのことで我が家についた。
辺りはすっかり明るくなっていた。
車から降り、家の前の人影を見て、華音はハッとした。
「ヒロト!どうしてここにいるの?」
「俺は朝まで華音といたんでしょ?」
祐都はガタガタと震えていた。
「バカね!風邪引いちゃうわよ!」
両手で挟むと、祐都の頬は氷のように冷たかった。
「アキに逢ってたの?」
「うん……ごめん、騙すような真似をして。メグにも謝らなきゃ。」
「良かった、アキはまだ華音と付き合ってるんだ。」
「でももう逢わないって言ってきた。」
祐都は華音を見つめた。
「何故?」
「私達が付き合うことで傷つく人がいる。」
華音は祐都の手を取った。
「家に入ろう。温かいお茶をいれるね。」
その手を祐都は固く握り締めた。
「俺がアキの代わりになるよ。」
「アキの代わりは要らないわ。ヒロトはヒロトでいて。ヒロトの代わりはいないんだから。」
華音はそっと握り返した。
「華音……俺は……」
祐都は言いかけた言葉を飲み込んだ。華音はふっと頭を祐都に押し付けた。
「泣いてもいいよ。」
「泣かない。アキを取り戻すまでは。」
鍵を開け、祐都を家に招き入れた。
リビングのソファーに座らせると、祐都はホッとした表情を浮かべた。
「ここで休んでいて。」
台所からお茶を運んで戻ると、祐都はソファーに沈み込んで眠っていた。
「ヒロト、私は自分が恐ろしい。アキのためなら周りのみんなを平気で裏切ってしまう……」
―――アキ、私はあなたを守りたい。だけど、私がやろうとしていることは本当に正しいの?
眠る祐都に顔を当て、華音は涙を流し続けた。
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