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第26章 罪の行方
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校庭の桜の木の芽はあの日と同じように固いままだった。華音と彬従は、詩音と季従の中学校の卒業式に揃って参列するため母校を訪れていた。
「全然変わってないなぁ!」
「来年度に改修工事があって校舎は建て直しになるんだって。だからもう見納めになるのよ。」
「残念だなぁ……」
彬従は感慨深げに校舎を見上げた。華音も彼に腕を絡め、思い出の場所を見つめた。
式典が行われる体育館に入ると、彬従はキョロキョロと見回した。
「ここに来るとバスケがしたくなる!」
「アキは部活命だったものね。」
「俺の中学時代はバスケしてバスケして勉強して、あとは華音とどうやってキスするかばっかり考えてたよ。」
「私はアキのファンの嫌がらせが怖くてアキから逃げ回っていたのに!」
ケラケラと笑い合い、保護者席の一番後ろで彬従はこっそり華音にキスをした。
「なんだよ、中学の時と全然変わってないな!」
同級生だった啓太が来た。彼はこの学校で教師をしているのだ。
「ケイタが先生なんて、ずいぶんな変わりようだよ。」
「うるせー!真面目にやってるわ!」
からかう彬従の首に腕を回し、ボコボコと叩いた。
「トキも詩音もいよいよ卒業だな。二人とも好い子だったよ。」
「そりゃそうだよ、俺達の弟と妹だから。」
「トキはアキには全然似てないぜ。真面目で責任感が強くて面倒見が良くて、なんだかヒロトに似ていたな。」
「俺がいい加減な奴みたいだろ!」
「だって、みんなアキに振り回されっぱなしだったじゃないか!」
卒業式の準備に戻ろうとし、啓太はふと振り返った。
「アキ達いつ結婚するの?式には呼んでくれよ!」
アハハと笑うと手を振って、彼は生徒達にキチンと整列するよう大声で告げた。チラリと華音が見上げると、彬従は真っ赤になって自分を見下ろしていた。
式は厳かに進んだ。入場する季従の姿を見ただけで、彬従は胸がいっぱいになった。
答辞の言葉を読み上げる卒業生総代が呼ばれた。
「吉良季従君!」
「はいっ!」
凛とした声が体育館に響き渡る。席を立ち、壇上に上がり、朗々と読み上げる姿は、12年前の彬従を思い起こさせた。
「トキ!ステキーっ!」
周りにいた女の子達の悲鳴にも似た歓声も、あの日と同じだと華音は懐かしく思った。
「トキの奴、立派になったよなっ!めちゃくちゃカッコいいなっ!」
「アキ、感激しすぎ!」
彬従は目を潤ませ、ハンカチを盛大に濡らしていた。華音は自分のハンカチを取り出し、彬従の涙を拭ってやった。
式が終わり、伝統の花束贈呈があり、卒業生達は泣き笑いした。
同級生や後輩に囲まれていた季従は、兄達を見つけると一目散に駆け寄った。
「アキちゃん!華音ちゃん!俺の答辞どうだった?」
「めちゃくちゃカッコ良かったよ!」
彬従はまた目を潤ませた。
「アキちゃんって、こんなに泣き虫だったっけ?」
照れ臭いのか、からかうように季従は笑った。
「俺は感激しているんだっ!」
「アキって意外と親バカだわ。」
普段とはかけ離れた彬従の姿に華音は微笑んだ。
「トキは結局洛應高校に進学することにしたのね。」
「うん。アキちゃんみたいにいっぱい勉強して、華音ちゃんを支えられるようになるから!」
「待ってる。楽しみにしてる!」
「良い機会だ。トキなら十分やっていける。外に出ていろんな経験を積むことは将来役に立つよ。」
彬従に誉められ、嬉しそうに季従は笑った。
集団から少し離れた場所に詩音はポツンと一人立っていた。
季従はゆっくりと歩み寄った。
「詩音、話がある。最後なんだ。ちゃんと聞いて。」
言葉をかけた彼を避け、詩音は逃げ出そうとした。しかし季従はその手を掴みグイと抱きしめた。
「キャーっ!」と周りの女の子達から悲鳴が上がった。
「離して!」
「三年経ったら帰ってくる。だから俺のこと待っていて。」
「いや、いや、いやっ!」
「詩音……」
「私を置いて行かないでよ……」
抵抗していた詩音は泣き崩れ、季従の胸に埋もれた。
「必ずここに帰ってくる。そしたら結婚しよう。俺が18才になった時でもいい。」
「ちゃんと待ってる。でもそんなに早く結婚出来ないよ!」
「ダメ!約束して!」
季従は唇を重ねた。
また女の子達から「ギャーっ!」と悲鳴が上がった。
「まずい。トキに先を越されるかな。」
彬従はムッと口を曲げた。
「そんなことより、二人が仲直りして良かったわ!あの子達、愛し合っていたのよ。もうずっと前から……」
華音は彬従にもたれかかり、目を潤ませた。
「トキに打ち明けたの?アキとトキはお父さんが違うこと……」
「昨年、トキに聞かれて教えたんだ。俺が話して良いのか迷ったけど……俺たちを棄てた親父やお袋のために、あいつが苦しむことは無い。遥か昔、親父達に何があったのかは分からない。だけど、その罪を俺達子供が負うことは無いんだ。」
彬従の冷めた表情が華音には悲しかった。眉間にしわを寄せる彬従の手を、華音はぎゅっと握った。
まだ雪の残る川沿いの道を手をつないで歩き、あの日のように思い出話を沢山した。
「俺、中学の時が一番楽しかった。高校も大学もそれなりに楽しかったけど。」
「アキ、さっきから同じことを何回も言ってるよ!」
華音はケラケラと笑った。
高塔の屋敷に着くと、彬従は自分の部屋に華音を誘った。
「初めてお前を抱いたのはこの部屋だったな……」
「凄く痛かったこと良く覚えてる。それから、アキが私のこと凄く心配していたことも……」
「だって、すげぇ辛そうなのに必死で耐えてるからさ。でもあの時は本当に幸せだった……今ならお前を何度でもイかせてやれる。」
「私、アキに抱かれている時がいつでも一番幸せ。」
彬従はベッドに腰掛け、華音を抱き寄せた。華音も自ら唇を重ね彬従を求めた。
ふと愛撫を止め、彬従は真剣な眼差しで華音を見つめた。
「華音、俺と結婚して。」
しかし悲しげな表情を華音は浮かべた。
「お母さんとの約束はどうするの?」
「華音以外の女は愛せない。茉莉花さまには俺が謝る。」
「アキ……嬉しい……でも……」
「華音以外と子供は作らない。」
「でも、吉良の血筋は守りたい。」
「詩音がいる。あの子はきっと親父の子だ。」
「だから私と結婚しようって言うの?」
「前から心に決めていた。このままズルズル同棲を続けるつもりはない。それに……」
彬従はグッと拳を握った。
「華音に俺の子供を産んで欲しい。」
華音は唖然とした。
「私は子供が出来ない身体なのよ!」
「だけど100%不可能な話じゃない!ちゃんと治療したら治るかもしれないんだ!」
「知ってるわ……アキのベッドの下に不妊治療の本が隠してあるの……医学部に行ったのもそのためだってことも……」
「だったら俺の気持ち、分かってよ!」
厳しい表情のまま、華音は彬従に目を向けた。
「ここにあった本を私は何度も読んだ。不妊治療にかかるリスクを私は負えない。可能性だって1%有るか無いか分からないのに、仕事をしながらなんて無理よ!」
「仕事なら俺が変わってやる!華音は社長を辞めて治療に専念すればいい!」
「アキのバカ!私のこと何にも分かっていないくせに!」
華音は泣きながら部屋を飛び出した。
次の日、社長補佐室のデスクで丸くなってうずくまる彬従の姿があった。
「何があったの。」
祐都が冷ややかに尋ねた。
「華音とケンカした。」
「何をやったの。」
「プロポーズした。」
「それでどうなったの。」
「キレられた。」
「プロポーズだけで華音がキレる訳ないじゃん。」
「社長を辞めて不妊治療して俺の子供を産んでくれって頼んだ。」
呆れたようにハアアと祐都は大きくため息を吐いた。
「何なのバカなの。なんで社長を辞めろとか言うの。お前絶対華音のこと分かっていない!」
「社長の仕事なら俺が変わってやれる!そのために補佐になったんだ!」
「華音は高校生の時からずっと高塔財閥のために努力してきたんだ!確かにお前の方が仕事は出来るかもしれないけど……」
祐都はまたハアアと息を吐いた。
「華音の気持ちを無駄にしないでよ……」
彬従はぐちゃぐちゃの顔をデスクからやっと持ち上げた。
「とにかく、職場にプライベートを持ち込むな!」
そう言い捨てて祐都はぷいと部屋を出て行った。
「アキ……元気出してください。」
瑛が気の毒そうに声を掛けた。
三日経っても華音の怒りは収まらなかった。
「華音が帰ってきてくれて嬉しい!美味しいケーキが食べられるんだもの。」
美桜がホクホクとケーキを頬張った。
「このまま家に戻って来てよ。トキは高校の寮に入ってしまったし、私も来月になったら家を出るから詩音が独りきりになるのよ。」
「そうね……」
華音は考え込んだ。
美桜は神崎財閥当主神崎大貴の息子と大恋愛の末、結婚するのだ。
長年姉妹の面倒をみてくれた涼花も孫の世話で今までのように家には来れなくなった。
「でも、アキちゃんと仲直りしなくていいの?」
詩音は心配そうに尋ねた。
「いいのよあんな自分勝手な奴!もうアキに振り回されたくない!」
「その割にアキの好きなケーキばかり焼いているじゃない?持って行って謝れば?」
ニヤリと美桜が笑った。
「私からは絶対謝らないっ!」
華音は頑固だった。
「華音ちゃんはアキちゃんと結婚して。吉良の血筋は私が引き継ぐから。」
詩音がきっぱりと諭した。
「本当に詩音は彬智おじ様の子供なの?そうしたら、私達姉妹は父親と母親がまるで違うことになる。」
美桜が暗い顔になった。
「私ね、怖かった。小学生の頃、久しぶりに逢ったアキちゃんと自分があんまりにも似ていたから、私とアキは血が繋がっていて、そうしたら、トキとも血が繋がっているんじゃないかと思って……でも、トキに聞いたの。トキとアキはお父さんが違うって……だから知りたい、真実を。」
詩音は姉達を見つめた。
「お母さんは今日出張でいないの。彬智おじ様とは連絡が取れないし……」
「恭弥おじ様なら知っているかも!」
姉妹はうなずき、恭弥に電話を掛けた。
恭弥は快く高塔の屋敷を訪れた。
「懐かしいなあ。変わりがなくて良かった。三人とも美人になったね!」
「恭弥おじ様……教えてください。私達のことを。」
華音が切り出した。
「そうか……良かったら一杯もらおうかな。素面じゃ話せないかもしれない。」
ウィスキーと氷を用意し、姉妹は恭弥を囲んだ。
「何から聞きたいのかな?」
「私の父親は彬智おじ様で間違いないですか?」
詩音がまっすぐ恭弥を見つめた。
「間違いない。その美しい顔立ちが何より証拠だ。」
「……お母さんは不倫したんですか?」
「そうだね。あの時はまだ離婚はしていなかったな。だけど、マリの夫はもう別の女性と暮らしていたんだ。」
恭弥は一度グラスを空け、カラカラと氷を中で回した。華音がおかわりを作ろうとすると、断り自らウィスキーを注いだ。
「俺達が若かった頃、当時の高塔の当主藍咲さまの権力は絶大だった。君達のおばあさまだね。」
グラスを見つめながら恭弥は続けた。
「俺達の結婚相手は全て藍咲さまが決めた。最も良い縁組だけを考えて……」
華音は息を飲んだ。
「華音と美桜の父親、晃輔には結婚前から付き合っている女性がいた。美桜の母親だ。」
膝の上できゅっと美桜は拳を握りしめた。
「だが、マリの結婚相手には晃輔が選ばれた。拒否することは出来なかった。」
一度グイッとグラスを傾け、恭弥は喉を潤した。
「晃輔は結婚後もその女性と関係を続け、美桜が生まれた。あいつは離婚を希望したが許されなかった。代わりに美桜を引き取りこの家で育てることを藍咲さまに命じられた。」
「お父さん……」
美桜は涙ぐんだ。
「やがて華音は子供が産めない可能性があると分かった。」
華音は唇を噛んだ。
「晃輔はその頃もう家を出て戻らなかった。このままでは高塔の血筋が途絶えてしまう……そう考えた茉莉花は彬智と関係を持ち、生まれたのが詩音だ。」
「なぜ……彬智おじ様だったの?」
詩音は涙を流した。
「マリは幼い時からずっと彬智を愛していた。だが、彬智が愛していたのは死んだ姉の英梨花だった。」
恭弥は空いたグラスの氷をまたカラカラと回した。
「英梨花が亡くなった後、彬智の結婚相手に選ばれたのは梢子だった。彬従と季従の母親だ。凄い美人だったよ。季従は母親そっくりだ。」
「トキのお父さんは……誰なんですか?」
尋ねる詩音の顔は青ざめていた。
「季従の父親は……」
再び注いだグラスの酒を恭弥は一気に飲み干した。
「きっと、俺だよ。」
姉妹は愕然とした。
「当時、梢子は彬智を激しく愛していながら受け入れられずに苦しんでいた。」
隣りの家の激しい言い争いを、華音は思い出した。
「追い討ちを掛けるように夫の不倫が分かり、狂乱状態だった梢子は、俺と関係を持ったんだ。」
恭弥はグラスを握りしめた。
「一度きりの関係で終わったことだから、季従が彬智の子供じゃないとマリに言われるまで、自分の子供だなんて思いもしなかった。」
「恭弥おじ様が……なぜ……」
胸が詰まり、華音は上手く話せなかった。
「嫉妬……かな。茉莉花と彬智への。」
うっすらと恭弥は笑みを浮かべた。
「俺はね、マリを愛していたんだ。幼い頃からずっと……だが藍咲さまは俺をマリの相手には選ばなかった。追い出すように東京の大学に行かされ、帰郷してからは高塔財閥の中核として働くよう命じられた。」
華音は胸元を掴んだ。
「マリにも裏切られた気持ちだった。あいつを支えているのは俺だと思っていた。なのに高塔家を守るために選んだのは彬智だった。なぜなんだ……とね。」
はらはらと涙を流していた美桜は手で顔を覆った。
「季従が生まれた、そのことで、彬智と梢子の関係は断絶し、マリもまた晃輔と離婚した。」
ことりとグラスを置くと、恭弥はふっと息を吐いた。
「全ては俺の業が生み出した不幸なんだ……済まない、君達を辛い目にあわせて……」
「おじ様が悪いんじゃありません!」
しゃくりあげながら、詩音がきっぱりと言った。
「トキはいつだって私達を守ってくれました。真面目で責任感が強くて面倒見が良くて、一番年下なのにまるで私達の父親のように……だから、トキをこの世に送り出してくれてありがとうございます……」
詩音の涙は止まらなかった。
「おかしいな。こんな話をしに来た訳じゃ無いのに……悪いがもう帰るよ。酔っぱらったから誰か家まで送ってくれないか?」
フラフラと立ち上がった恭弥を華音は支えた。
「おじ様、辛い話をさせてごめんなさい。」
「いや、むしろすっきりしたよ。だけど今の話、祐都には内緒にしておいてくれないか?俺、あいつにだけはカッコいい父親でいたいんだ。」
「ヒロトには言いません、絶対に。」
華音の誓いを聞いた恭弥はニコリと微笑み、美桜の運転する車で帰って行った。
華音は泣きじゃくる詩音を休ませ、自分の部屋へ戻った。
携帯電話がチカチカと着信を報せていた。見ると彬従からの履歴がずらりと並んでいた。
「もしもし?」
「……華音まだ怒ってる?」
彬従がご機嫌をうかがうように低い声で尋ねた。
「アキ、今どこにいるの?」
「高塔の家の駐車場……恭弥おじさんが帰っていったけど、何かあった?」
「待ってて、そっちに行くね!」
部屋から飛び出し玄関を出ると、彬従が車の外で待っていた。
華音はゆっくり歩み寄った。
「ごめん。もう結婚しろなんて言わないから許して。」
彬従は頭を下げた。
「許さない。」
「華音……」
しょげ返る彬従の両頬を掴み、華音は唇を押し付けた。
「私のこと、一晩中イかせてくれなきゃ許さない。」
「いくらでもイかせてやるよ!」
彬従は我慢しきれず華音を撫で回した。
「アキ、お父さんとお母さんがしたことは罪なんかじゃないよ……」
「何の話?」
彬従はキョトンとした。
「みんな愛して、愛されたくて、傷つけあった結果なのよ……」
車のドアを開け華音を中に押し込み、彬従は夢中で愛撫を続けた。
たった三日逢わなかっただけなのに、震えが止まらないほど彬従を欲しがる自分に華音は驚いた。
「愛してる、愛してる、華音だけを!」
「アキ……愛して……私だけを……」
夢中で身体を開き、彬従を繋いで、華音は彼の与える快楽に仰け反り溺れた。
翌日、華音は母に逢いに会長室を訪れた。茉莉花はいつもと変わりなく凛とした表情で娘を出迎えた。
「出張お疲れ様でした。」
「いいえ、留守を任せてしまったわね。」
「お母さん……昨日、恭弥おじ様に話を聞いたのよ。お父さんやお母さんや彬智おじ様のことを……詩音は彬智おじ様の子供だと、恭弥おじ様に教えてもらいました。そして、トキが恭弥おじ様の子供だと……」
「そう……それでキョウは元気が無かったのね。」
茉莉花は椅子に座ったまま目を閉じた。
「恭弥は……優し過ぎる。いつだって自分の事より私を大事にしてくれる。平気で私のために汚れ役を引き受けてくれる。」
のろのろと窓辺に歩き、茉莉花は外を見つめた。
「全ては高塔家の血統を絶やさないためにしたこと。」
しかしふっと目を見開き立ち上がった。
「でも、それは嘘よ。」
華音は静かに母を見つめた。
「私は彬智を愛していた。高塔家の継承を口実に私を抱かせた。当てつけるように梢子が誰の子供とも分からない季従を生んだ。そのために彬智の家庭は完全に崩壊し、梢子は子供を棄てて家を出て行ってしまった。なのに彬智は黙って季従を引き取った……彼は季従の父親が誰か知っていたのかもしれない。」
華音は茉莉花のそばに歩み寄った。常に凛と気の張った母がなぜか小さく見えた。
「もしかしたらと恭弥を疑うこともあった。若い頃はそれなりに女遊びも激しかったけれど、あの頃の恭弥は彩乃さんをとても大切にしていた。それに、梢子は夜な夜な遊びまわっていたし、その中に彼女を崇拝する男もいて、きっとその中の誰かなのだろうと思っていた……梢子は恭弥に幾度も彬智のことを相談すると言って呼び出していたけれど、自分の夫の親友と関係するなんて思ってもみなかった……」
「恭弥おじ様は自分が悪いように言っていたわ。一夜きりの過ちだったと……」
娘の表情を確かめるように茉莉花は見つめた。
「梢子を狂わせたのも全部私の業のせい……いえ、私がみんなの人生を狂わせた。全ては私の罪なのよ。なのに自分の過ちを知られたくなくて、私は吉良の血の継承を彬従に押し付けた。だけど、さすがに隠してはおけないわね。あれだけ詩音と彬従が似ていたのでは……」
「アキも私も苦しんだ。でもお母さんを恨みはしない……」
「恨んでいいわ。私が傷つけたのだもの。彬智も……恭弥も……」
茉莉花はふっと微笑んだ。
「お母さん。私、アキと結婚する。子供は出来ないけど、一生涯をアキと共に生きる。」
「華音……あなたと彬従は結ばれる運命なのね。」
茉莉花は娘を抱きしめた。
「幸せになってちょうだい。私の分も……彬智や恭弥や、英梨花の分も……」
震える母の細い身体を、華音はぎゅっと抱きしめた。
「全然変わってないなぁ!」
「来年度に改修工事があって校舎は建て直しになるんだって。だからもう見納めになるのよ。」
「残念だなぁ……」
彬従は感慨深げに校舎を見上げた。華音も彼に腕を絡め、思い出の場所を見つめた。
式典が行われる体育館に入ると、彬従はキョロキョロと見回した。
「ここに来るとバスケがしたくなる!」
「アキは部活命だったものね。」
「俺の中学時代はバスケしてバスケして勉強して、あとは華音とどうやってキスするかばっかり考えてたよ。」
「私はアキのファンの嫌がらせが怖くてアキから逃げ回っていたのに!」
ケラケラと笑い合い、保護者席の一番後ろで彬従はこっそり華音にキスをした。
「なんだよ、中学の時と全然変わってないな!」
同級生だった啓太が来た。彼はこの学校で教師をしているのだ。
「ケイタが先生なんて、ずいぶんな変わりようだよ。」
「うるせー!真面目にやってるわ!」
からかう彬従の首に腕を回し、ボコボコと叩いた。
「トキも詩音もいよいよ卒業だな。二人とも好い子だったよ。」
「そりゃそうだよ、俺達の弟と妹だから。」
「トキはアキには全然似てないぜ。真面目で責任感が強くて面倒見が良くて、なんだかヒロトに似ていたな。」
「俺がいい加減な奴みたいだろ!」
「だって、みんなアキに振り回されっぱなしだったじゃないか!」
卒業式の準備に戻ろうとし、啓太はふと振り返った。
「アキ達いつ結婚するの?式には呼んでくれよ!」
アハハと笑うと手を振って、彼は生徒達にキチンと整列するよう大声で告げた。チラリと華音が見上げると、彬従は真っ赤になって自分を見下ろしていた。
式は厳かに進んだ。入場する季従の姿を見ただけで、彬従は胸がいっぱいになった。
答辞の言葉を読み上げる卒業生総代が呼ばれた。
「吉良季従君!」
「はいっ!」
凛とした声が体育館に響き渡る。席を立ち、壇上に上がり、朗々と読み上げる姿は、12年前の彬従を思い起こさせた。
「トキ!ステキーっ!」
周りにいた女の子達の悲鳴にも似た歓声も、あの日と同じだと華音は懐かしく思った。
「トキの奴、立派になったよなっ!めちゃくちゃカッコいいなっ!」
「アキ、感激しすぎ!」
彬従は目を潤ませ、ハンカチを盛大に濡らしていた。華音は自分のハンカチを取り出し、彬従の涙を拭ってやった。
式が終わり、伝統の花束贈呈があり、卒業生達は泣き笑いした。
同級生や後輩に囲まれていた季従は、兄達を見つけると一目散に駆け寄った。
「アキちゃん!華音ちゃん!俺の答辞どうだった?」
「めちゃくちゃカッコ良かったよ!」
彬従はまた目を潤ませた。
「アキちゃんって、こんなに泣き虫だったっけ?」
照れ臭いのか、からかうように季従は笑った。
「俺は感激しているんだっ!」
「アキって意外と親バカだわ。」
普段とはかけ離れた彬従の姿に華音は微笑んだ。
「トキは結局洛應高校に進学することにしたのね。」
「うん。アキちゃんみたいにいっぱい勉強して、華音ちゃんを支えられるようになるから!」
「待ってる。楽しみにしてる!」
「良い機会だ。トキなら十分やっていける。外に出ていろんな経験を積むことは将来役に立つよ。」
彬従に誉められ、嬉しそうに季従は笑った。
集団から少し離れた場所に詩音はポツンと一人立っていた。
季従はゆっくりと歩み寄った。
「詩音、話がある。最後なんだ。ちゃんと聞いて。」
言葉をかけた彼を避け、詩音は逃げ出そうとした。しかし季従はその手を掴みグイと抱きしめた。
「キャーっ!」と周りの女の子達から悲鳴が上がった。
「離して!」
「三年経ったら帰ってくる。だから俺のこと待っていて。」
「いや、いや、いやっ!」
「詩音……」
「私を置いて行かないでよ……」
抵抗していた詩音は泣き崩れ、季従の胸に埋もれた。
「必ずここに帰ってくる。そしたら結婚しよう。俺が18才になった時でもいい。」
「ちゃんと待ってる。でもそんなに早く結婚出来ないよ!」
「ダメ!約束して!」
季従は唇を重ねた。
また女の子達から「ギャーっ!」と悲鳴が上がった。
「まずい。トキに先を越されるかな。」
彬従はムッと口を曲げた。
「そんなことより、二人が仲直りして良かったわ!あの子達、愛し合っていたのよ。もうずっと前から……」
華音は彬従にもたれかかり、目を潤ませた。
「トキに打ち明けたの?アキとトキはお父さんが違うこと……」
「昨年、トキに聞かれて教えたんだ。俺が話して良いのか迷ったけど……俺たちを棄てた親父やお袋のために、あいつが苦しむことは無い。遥か昔、親父達に何があったのかは分からない。だけど、その罪を俺達子供が負うことは無いんだ。」
彬従の冷めた表情が華音には悲しかった。眉間にしわを寄せる彬従の手を、華音はぎゅっと握った。
まだ雪の残る川沿いの道を手をつないで歩き、あの日のように思い出話を沢山した。
「俺、中学の時が一番楽しかった。高校も大学もそれなりに楽しかったけど。」
「アキ、さっきから同じことを何回も言ってるよ!」
華音はケラケラと笑った。
高塔の屋敷に着くと、彬従は自分の部屋に華音を誘った。
「初めてお前を抱いたのはこの部屋だったな……」
「凄く痛かったこと良く覚えてる。それから、アキが私のこと凄く心配していたことも……」
「だって、すげぇ辛そうなのに必死で耐えてるからさ。でもあの時は本当に幸せだった……今ならお前を何度でもイかせてやれる。」
「私、アキに抱かれている時がいつでも一番幸せ。」
彬従はベッドに腰掛け、華音を抱き寄せた。華音も自ら唇を重ね彬従を求めた。
ふと愛撫を止め、彬従は真剣な眼差しで華音を見つめた。
「華音、俺と結婚して。」
しかし悲しげな表情を華音は浮かべた。
「お母さんとの約束はどうするの?」
「華音以外の女は愛せない。茉莉花さまには俺が謝る。」
「アキ……嬉しい……でも……」
「華音以外と子供は作らない。」
「でも、吉良の血筋は守りたい。」
「詩音がいる。あの子はきっと親父の子だ。」
「だから私と結婚しようって言うの?」
「前から心に決めていた。このままズルズル同棲を続けるつもりはない。それに……」
彬従はグッと拳を握った。
「華音に俺の子供を産んで欲しい。」
華音は唖然とした。
「私は子供が出来ない身体なのよ!」
「だけど100%不可能な話じゃない!ちゃんと治療したら治るかもしれないんだ!」
「知ってるわ……アキのベッドの下に不妊治療の本が隠してあるの……医学部に行ったのもそのためだってことも……」
「だったら俺の気持ち、分かってよ!」
厳しい表情のまま、華音は彬従に目を向けた。
「ここにあった本を私は何度も読んだ。不妊治療にかかるリスクを私は負えない。可能性だって1%有るか無いか分からないのに、仕事をしながらなんて無理よ!」
「仕事なら俺が変わってやる!華音は社長を辞めて治療に専念すればいい!」
「アキのバカ!私のこと何にも分かっていないくせに!」
華音は泣きながら部屋を飛び出した。
次の日、社長補佐室のデスクで丸くなってうずくまる彬従の姿があった。
「何があったの。」
祐都が冷ややかに尋ねた。
「華音とケンカした。」
「何をやったの。」
「プロポーズした。」
「それでどうなったの。」
「キレられた。」
「プロポーズだけで華音がキレる訳ないじゃん。」
「社長を辞めて不妊治療して俺の子供を産んでくれって頼んだ。」
呆れたようにハアアと祐都は大きくため息を吐いた。
「何なのバカなの。なんで社長を辞めろとか言うの。お前絶対華音のこと分かっていない!」
「社長の仕事なら俺が変わってやれる!そのために補佐になったんだ!」
「華音は高校生の時からずっと高塔財閥のために努力してきたんだ!確かにお前の方が仕事は出来るかもしれないけど……」
祐都はまたハアアと息を吐いた。
「華音の気持ちを無駄にしないでよ……」
彬従はぐちゃぐちゃの顔をデスクからやっと持ち上げた。
「とにかく、職場にプライベートを持ち込むな!」
そう言い捨てて祐都はぷいと部屋を出て行った。
「アキ……元気出してください。」
瑛が気の毒そうに声を掛けた。
三日経っても華音の怒りは収まらなかった。
「華音が帰ってきてくれて嬉しい!美味しいケーキが食べられるんだもの。」
美桜がホクホクとケーキを頬張った。
「このまま家に戻って来てよ。トキは高校の寮に入ってしまったし、私も来月になったら家を出るから詩音が独りきりになるのよ。」
「そうね……」
華音は考え込んだ。
美桜は神崎財閥当主神崎大貴の息子と大恋愛の末、結婚するのだ。
長年姉妹の面倒をみてくれた涼花も孫の世話で今までのように家には来れなくなった。
「でも、アキちゃんと仲直りしなくていいの?」
詩音は心配そうに尋ねた。
「いいのよあんな自分勝手な奴!もうアキに振り回されたくない!」
「その割にアキの好きなケーキばかり焼いているじゃない?持って行って謝れば?」
ニヤリと美桜が笑った。
「私からは絶対謝らないっ!」
華音は頑固だった。
「華音ちゃんはアキちゃんと結婚して。吉良の血筋は私が引き継ぐから。」
詩音がきっぱりと諭した。
「本当に詩音は彬智おじ様の子供なの?そうしたら、私達姉妹は父親と母親がまるで違うことになる。」
美桜が暗い顔になった。
「私ね、怖かった。小学生の頃、久しぶりに逢ったアキちゃんと自分があんまりにも似ていたから、私とアキは血が繋がっていて、そうしたら、トキとも血が繋がっているんじゃないかと思って……でも、トキに聞いたの。トキとアキはお父さんが違うって……だから知りたい、真実を。」
詩音は姉達を見つめた。
「お母さんは今日出張でいないの。彬智おじ様とは連絡が取れないし……」
「恭弥おじ様なら知っているかも!」
姉妹はうなずき、恭弥に電話を掛けた。
恭弥は快く高塔の屋敷を訪れた。
「懐かしいなあ。変わりがなくて良かった。三人とも美人になったね!」
「恭弥おじ様……教えてください。私達のことを。」
華音が切り出した。
「そうか……良かったら一杯もらおうかな。素面じゃ話せないかもしれない。」
ウィスキーと氷を用意し、姉妹は恭弥を囲んだ。
「何から聞きたいのかな?」
「私の父親は彬智おじ様で間違いないですか?」
詩音がまっすぐ恭弥を見つめた。
「間違いない。その美しい顔立ちが何より証拠だ。」
「……お母さんは不倫したんですか?」
「そうだね。あの時はまだ離婚はしていなかったな。だけど、マリの夫はもう別の女性と暮らしていたんだ。」
恭弥は一度グラスを空け、カラカラと氷を中で回した。華音がおかわりを作ろうとすると、断り自らウィスキーを注いだ。
「俺達が若かった頃、当時の高塔の当主藍咲さまの権力は絶大だった。君達のおばあさまだね。」
グラスを見つめながら恭弥は続けた。
「俺達の結婚相手は全て藍咲さまが決めた。最も良い縁組だけを考えて……」
華音は息を飲んだ。
「華音と美桜の父親、晃輔には結婚前から付き合っている女性がいた。美桜の母親だ。」
膝の上できゅっと美桜は拳を握りしめた。
「だが、マリの結婚相手には晃輔が選ばれた。拒否することは出来なかった。」
一度グイッとグラスを傾け、恭弥は喉を潤した。
「晃輔は結婚後もその女性と関係を続け、美桜が生まれた。あいつは離婚を希望したが許されなかった。代わりに美桜を引き取りこの家で育てることを藍咲さまに命じられた。」
「お父さん……」
美桜は涙ぐんだ。
「やがて華音は子供が産めない可能性があると分かった。」
華音は唇を噛んだ。
「晃輔はその頃もう家を出て戻らなかった。このままでは高塔の血筋が途絶えてしまう……そう考えた茉莉花は彬智と関係を持ち、生まれたのが詩音だ。」
「なぜ……彬智おじ様だったの?」
詩音は涙を流した。
「マリは幼い時からずっと彬智を愛していた。だが、彬智が愛していたのは死んだ姉の英梨花だった。」
恭弥は空いたグラスの氷をまたカラカラと回した。
「英梨花が亡くなった後、彬智の結婚相手に選ばれたのは梢子だった。彬従と季従の母親だ。凄い美人だったよ。季従は母親そっくりだ。」
「トキのお父さんは……誰なんですか?」
尋ねる詩音の顔は青ざめていた。
「季従の父親は……」
再び注いだグラスの酒を恭弥は一気に飲み干した。
「きっと、俺だよ。」
姉妹は愕然とした。
「当時、梢子は彬智を激しく愛していながら受け入れられずに苦しんでいた。」
隣りの家の激しい言い争いを、華音は思い出した。
「追い討ちを掛けるように夫の不倫が分かり、狂乱状態だった梢子は、俺と関係を持ったんだ。」
恭弥はグラスを握りしめた。
「一度きりの関係で終わったことだから、季従が彬智の子供じゃないとマリに言われるまで、自分の子供だなんて思いもしなかった。」
「恭弥おじ様が……なぜ……」
胸が詰まり、華音は上手く話せなかった。
「嫉妬……かな。茉莉花と彬智への。」
うっすらと恭弥は笑みを浮かべた。
「俺はね、マリを愛していたんだ。幼い頃からずっと……だが藍咲さまは俺をマリの相手には選ばなかった。追い出すように東京の大学に行かされ、帰郷してからは高塔財閥の中核として働くよう命じられた。」
華音は胸元を掴んだ。
「マリにも裏切られた気持ちだった。あいつを支えているのは俺だと思っていた。なのに高塔家を守るために選んだのは彬智だった。なぜなんだ……とね。」
はらはらと涙を流していた美桜は手で顔を覆った。
「季従が生まれた、そのことで、彬智と梢子の関係は断絶し、マリもまた晃輔と離婚した。」
ことりとグラスを置くと、恭弥はふっと息を吐いた。
「全ては俺の業が生み出した不幸なんだ……済まない、君達を辛い目にあわせて……」
「おじ様が悪いんじゃありません!」
しゃくりあげながら、詩音がきっぱりと言った。
「トキはいつだって私達を守ってくれました。真面目で責任感が強くて面倒見が良くて、一番年下なのにまるで私達の父親のように……だから、トキをこの世に送り出してくれてありがとうございます……」
詩音の涙は止まらなかった。
「おかしいな。こんな話をしに来た訳じゃ無いのに……悪いがもう帰るよ。酔っぱらったから誰か家まで送ってくれないか?」
フラフラと立ち上がった恭弥を華音は支えた。
「おじ様、辛い話をさせてごめんなさい。」
「いや、むしろすっきりしたよ。だけど今の話、祐都には内緒にしておいてくれないか?俺、あいつにだけはカッコいい父親でいたいんだ。」
「ヒロトには言いません、絶対に。」
華音の誓いを聞いた恭弥はニコリと微笑み、美桜の運転する車で帰って行った。
華音は泣きじゃくる詩音を休ませ、自分の部屋へ戻った。
携帯電話がチカチカと着信を報せていた。見ると彬従からの履歴がずらりと並んでいた。
「もしもし?」
「……華音まだ怒ってる?」
彬従がご機嫌をうかがうように低い声で尋ねた。
「アキ、今どこにいるの?」
「高塔の家の駐車場……恭弥おじさんが帰っていったけど、何かあった?」
「待ってて、そっちに行くね!」
部屋から飛び出し玄関を出ると、彬従が車の外で待っていた。
華音はゆっくり歩み寄った。
「ごめん。もう結婚しろなんて言わないから許して。」
彬従は頭を下げた。
「許さない。」
「華音……」
しょげ返る彬従の両頬を掴み、華音は唇を押し付けた。
「私のこと、一晩中イかせてくれなきゃ許さない。」
「いくらでもイかせてやるよ!」
彬従は我慢しきれず華音を撫で回した。
「アキ、お父さんとお母さんがしたことは罪なんかじゃないよ……」
「何の話?」
彬従はキョトンとした。
「みんな愛して、愛されたくて、傷つけあった結果なのよ……」
車のドアを開け華音を中に押し込み、彬従は夢中で愛撫を続けた。
たった三日逢わなかっただけなのに、震えが止まらないほど彬従を欲しがる自分に華音は驚いた。
「愛してる、愛してる、華音だけを!」
「アキ……愛して……私だけを……」
夢中で身体を開き、彬従を繋いで、華音は彼の与える快楽に仰け反り溺れた。
翌日、華音は母に逢いに会長室を訪れた。茉莉花はいつもと変わりなく凛とした表情で娘を出迎えた。
「出張お疲れ様でした。」
「いいえ、留守を任せてしまったわね。」
「お母さん……昨日、恭弥おじ様に話を聞いたのよ。お父さんやお母さんや彬智おじ様のことを……詩音は彬智おじ様の子供だと、恭弥おじ様に教えてもらいました。そして、トキが恭弥おじ様の子供だと……」
「そう……それでキョウは元気が無かったのね。」
茉莉花は椅子に座ったまま目を閉じた。
「恭弥は……優し過ぎる。いつだって自分の事より私を大事にしてくれる。平気で私のために汚れ役を引き受けてくれる。」
のろのろと窓辺に歩き、茉莉花は外を見つめた。
「全ては高塔家の血統を絶やさないためにしたこと。」
しかしふっと目を見開き立ち上がった。
「でも、それは嘘よ。」
華音は静かに母を見つめた。
「私は彬智を愛していた。高塔家の継承を口実に私を抱かせた。当てつけるように梢子が誰の子供とも分からない季従を生んだ。そのために彬智の家庭は完全に崩壊し、梢子は子供を棄てて家を出て行ってしまった。なのに彬智は黙って季従を引き取った……彼は季従の父親が誰か知っていたのかもしれない。」
華音は茉莉花のそばに歩み寄った。常に凛と気の張った母がなぜか小さく見えた。
「もしかしたらと恭弥を疑うこともあった。若い頃はそれなりに女遊びも激しかったけれど、あの頃の恭弥は彩乃さんをとても大切にしていた。それに、梢子は夜な夜な遊びまわっていたし、その中に彼女を崇拝する男もいて、きっとその中の誰かなのだろうと思っていた……梢子は恭弥に幾度も彬智のことを相談すると言って呼び出していたけれど、自分の夫の親友と関係するなんて思ってもみなかった……」
「恭弥おじ様は自分が悪いように言っていたわ。一夜きりの過ちだったと……」
娘の表情を確かめるように茉莉花は見つめた。
「梢子を狂わせたのも全部私の業のせい……いえ、私がみんなの人生を狂わせた。全ては私の罪なのよ。なのに自分の過ちを知られたくなくて、私は吉良の血の継承を彬従に押し付けた。だけど、さすがに隠してはおけないわね。あれだけ詩音と彬従が似ていたのでは……」
「アキも私も苦しんだ。でもお母さんを恨みはしない……」
「恨んでいいわ。私が傷つけたのだもの。彬智も……恭弥も……」
茉莉花はふっと微笑んだ。
「お母さん。私、アキと結婚する。子供は出来ないけど、一生涯をアキと共に生きる。」
「華音……あなたと彬従は結ばれる運命なのね。」
茉莉花は娘を抱きしめた。
「幸せになってちょうだい。私の分も……彬智や恭弥や、英梨花の分も……」
震える母の細い身体を、華音はぎゅっと抱きしめた。
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