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第11章 新たな生活
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もともと気心の知れた晃輔との結婚生活は、思っていた以上に楽しく始まった。彬智と二人きりの穏やかな生活に明るい笑いをもたらした。
人懐こい彼はすぐに屋敷の使用人たちと仲良くなり、茉莉花や彬智と協力し合い家事を分担した。何事にも器用な男で、最初は不慣れだった掃除や洗濯もあっという間にテキパキとこなすようになった。三人で卒論にも取り組み、和気あいあいと時を過ごした。
だが友達同士の頃とは確実に関係は変わった。夜になれば、晃輔は毎日のように茉莉花を求めた。甘い言葉を囁いて手慣れた仕草で乳房を揉みし抱き、身体中に舌を這わせて快楽に導く。指で中を解して茉莉花の身体に火を点す。様々な体位を覚えさせ淫らな遊びを教え込み、蕩ければ繋いで何度も突き上げる。うぶな茉莉花は欲情を露わにする晃輔の思うままに身体をくねらせ、喘ぎ、愛撫にまみれた。
行為が終わり安らかな眠りに就く晃輔の胸に埋もれ、茉莉花は眠れぬ夜を過ごした。
分かっている、晃輔がセックスに慣れていることは。そのことはどうしても美織の存在に直結する。高校生の時から交際していた二人はすでに深い関係だった。大学生になり他の女とこっそり交際しつつも、美織とはつかず離れずだった。実家のためとはいえ晃輔があっさり彼女を切り捨てたことがいつまでも信じ難かった。
美織のことを考えない日は無い。茉莉花と晃輔がお互いの実家を救済するために美織と縁を切ったなどと納得することは無いだろう。簡単に恋人の心変わりを、親友の裏切りを許すとは思えない。
だが許されなくても、美織に謝りたいと茉莉花は願った。一度だけ美織の家に電話を掛けたが応対した彼女の母親に激しく拒絶され罵倒された。当然だ、娘の恋人を奪ったのだから……それから連絡を取ることはさすがに出来ず、共通の友人を通して彼女の近況を探ったが、誰も美織が今何をしているのか知らなかった。
そして、それとは別に茉莉花を悩ます問題が次第に大きくなっていった。
久しぶりに大学に顔を出し、教授に卒論の進捗状況を報告した後、茉莉花は会社に向かった。研修室に着きドアノブに手を掛けた途端、中から母の苛立った声が聞こえてきた。
「何度言ったら分かるのかしら?こんなこと子供だって分かるわよ!」
慌てて茉莉花が研修室に飛び込むと、藍咲の前で晃輔が項垂れ叱責を受けていた。
「どうしたの、お母さん?」
「晃輔が何度言っても仕事の内容を理解しないから注意していただけよ。」
「すみません……」
青くなり強張った顔つきで唇を噛む晃輔を庇い、茉莉花は母の前に立ち塞がった。
「晃輔はまだ慣れていないだけよ。だからそんなに急に成果を求めないで!」
「恭弥は直ぐに覚えたわ。」
ぷいと横を向くと、母は研修室を後にした。
「ごめん、マリ……」
「いいえ、お母さんがあんなことを言って、謝りたいのは私の方よ。」
晃輔の手を取って胸に押し付ける。強張った表情は緩むことは無かったが、それでも力なく彼は微笑んだ。
「マリが謝ることは無い。出来の悪い俺のせいなんだ……だけどキョウ先輩と比べられちゃたまらない。」
「キョウは特別だもの。気にしない、気にしない!」
「誰が特別だって?」
茉莉花と晃輔はドキリと飛び上がった。開いたドアから恭弥が顔をのぞかせていた。
「藍咲さまが凄い剣幕で出てきたから気になったけど、お前たちがそんなにイチャイチャしているなら心配要らなかったな。」
「イチャイチャしてないわ!お母さんが他人に厳しいのは分かっている……私のことならいくら叱られても構わないけど……いくらなんでももっと晃輔のことを分かって欲しい。だから、お母さんと話してくる!」
「おやおや、そんなに晃輔が大事?やっぱり結婚すると変わるものだな。」
「だって、晃輔は、私の旦那さま、だから……」
恭弥にクククと可笑しそうに笑われて、恥ずかしくなった茉莉花は研修室を飛び出して行った。
「キョウ先輩……俺、お義母さんにかなり嫌われているみたいです。」
シュンと子犬のようにうなだれる晃輔を、恭弥は気の毒に思った。
「あの方に気に入られるには相当な努力が必要だよ。焦るな、いつかきっと分かってくださるさ。」
「そうですかね……」
手の中に握り締めていた資料を、晃輔は丁寧に広げた。
「キョウ先輩は……俺のこと、許してくれますか?その……俺が、マリと結婚したこと。」
「許すもんか。マリを泣かせたらいつでも殺す。」
「ハハハ!ですよね。アキ先輩にもそう言われました、もっと穏やかな言い方で。」
不意にくしゃりと顔を歪め、晃輔は恭弥を見上げた。
「マリは真面目だから、俺に尽くしてくれるけど……でも俺は全然アイツの期待に応えられない。キョウ先輩やアキ先輩のようになれない……それに、分かるんです、俺に抱かれていてもマリが上の空だって……俺じゃない他の誰かを思って身体を開いているって……」
「晃輔……頼むから、マリとの夜の関係をあんまり露骨に話すな。」
「す、すみません……」
恭弥の不機嫌な顔を見て、晃輔はひたすら謝った。
「今の話は忘れてください!だけど、たまに愚痴を聞いてください……マリを泣かせたくないから。」
「分かった、いつでも誘えよ。あ、俺も嫁さんを泣かさない程度に付き合うよ。」
「意外でしたよ、キョウ先輩があんなに地味な女の子とあっさり結婚するなんて!」
「……俺だって、思うところはいっぱいある。だけど、彩乃は好い子だよ、妻としてはね。」
フンと鼻を鳴らし、恭弥は晃輔の肩を叩くと研修室を後にした。
その夜、仕事を終えた後、ふらりとバーに立ち寄り時間を潰した恭弥は、深夜になって帰宅した。
「お帰りなさい!」
新妻の彩乃がパタパタと走って出迎えた。
「遅くなるからって電話しただろ?先に休んでいれば良かったのに。」
「でも、恭弥さんが帰るまで、何だか落ち着かないんです。」
そう言っておかっぱ頭を傾げ、彩乃はいそいそと恭弥のスーツを片付ける。
「お食事は、済みました?」
「ごめん、外で食べてきた……あのさ、仕事で遅くなるから、俺の分の夕食は支度しなくていいんだよ?」
すると黒目がちな瞳を潤ませ、彩乃は夫を見上げる。
「……いや、そうだな、簡単なものなら食べるから、準備しておいてくれる?」
「分かりました!」
途端に機嫌を直し、鼻歌を歌いながらスーツにブラシを当てる妻を、恭弥は後ろから抱き締めた。
「可愛いよ、彩乃。」
白いうなじに歯を当てて吸い付き、乳房を握り潰すように揉んだ。ワンピースの裾をたくしあげ太ももを撫で回す。
「あ、ん、恭弥、さん、ここじゃ……」
「ここじゃダメ?じゃあベッドに行こうか。」
着ていた彩乃の服を剥ぎ取り下着姿にして抱き上げ寝室に運ぶ。恥ずかしそうに身体を縮め腕で薄い胸元を隠す妻を見下ろし、恭弥は凶暴な欲を感じた。
裸になって肌を合わせ、荒々しく愛撫すると、彩乃は怯えたように身を固くする。
「どうした、俺が怖い?」
「恭弥さん、いつもと違う……」
「彩乃が可愛いから、いつもより激しく抱きたい。」
柔らかな太ももを押し開き、身体を繋いで叩きつける。
「やぁ、痛、いっ……!」
「彩乃は俺が好き?」
すると彩乃はこくこくと頷き、か細い腕を恭弥の首に巻き付けた。耳元に唇を寄せ、押し当てながら何度も囁く。
「好き、好きです、恭弥さん……」
不意に晃輔の言葉を思い出した。
……それに、分かるんです、俺に抱かれていてもマリが上の空だって……俺じゃない他の誰かを思って身体を開いているって……
妻を抱きながら他の誰かを思っているのは、俺も同じだ……
それより晃輔は気付かないのか、目の前にいる彬智が、他ならぬ茉莉花の思い人だと言うことを……
「恭弥さん、好き、好き!」
身体を揺さぶるたびに喘ぐ彩乃の唇に己の唇を重ね、恭弥は彼女の愛の言葉を封じ込めた。
藍咲は事あるごとに晃輔を蔑むことを止めなかった。晃輔はますます自信を無くし失敗を繰り返した。茉莉花は何度もたしなめたが、母の叱責は増していくばかりだった。
その年の暮れ、茉莉花のお腹に新しい命が宿った。
「これで高塔家も安泰だわ。元気な後継ぎを産んでちょうだい。」
珍しく早い時間に屋敷に帰ってきた藍咲は誇らしげに笑った。
「晃輔と力を合わせてこの家と会社を守るわ。」
「いいのよ、晃輔に高塔の会社経営を手伝わせるつもりは無いの。隣りの屋敷で子守でもさせておきなさい。」
「お母さん、バカなことを言わないで!私は子守をさせたりしないわ!」
横にいた晃輔を見た茉莉花は、その顔色に憤怒が現れているのを見て取った。だが晃輔は言い返すことをせず、じっと耐えている。茉莉花は代わりに怒りを募らせ母に言い返すつもりで立ち上がろうとしたが晃輔にそっと押し留められた。
そんな娘たちの様子を気にもとめず、藍咲は部屋を見回した。
「彬智はどこ?話があるの。」
「隣りの屋敷にいるはずです、呼んできます。」
最近の彬智は、晃輔に遠慮して茉莉花と過ごす時間を減らしていた。晃輔が呼びに行くと何事かと慌てて部屋にやってきた。
「お帰りなさい、藍咲さま。」
「ただいま、結婚式の準備は進んでいる?」
「はい、梢子さんとご家族が全て進めていますから。」
コクリと頷き、藍咲はちらりと彬智を眺めた。
「それでね、彬智、あなたの将来のことだけれど、高塔財閥に入社せず、御園生さんが経営する大学院に進んでちょうだい。」
「何故ですか!」
真っ青になった彬智が、藍咲に喰ってかかろうとした。
「梢子さんのお相手が、御園生よりも格下の高塔の人間では恥ずかしいと、あちらのお兄さまがおっしゃるの……本当に、失礼な話だわ。」
「だから、それに従えと?」
「ええ、今のところは……でもいずれ、あなたを我が社に迎えるわ。御園生財閥よりももっと大きな会社にして、あの人たちに土下座させてみせる。」
凛と胸を張り言い切る母を見て、茉莉花はふと力を失った。
今は駄目だ、何を言っても……私が力をつけ、この人よりも上に立たなければ、誰も救えないんだ……
「マリ。」
ハッとして見上げると、彬智が労わるように茉莉花を見つめ、そっと肩に手を置いた。茉莉花は彼の手に自分の手を重ね、キュッと握り締めた。
「アキ、待っていて。御園生に負けない大きな会社にして、絶対あなたを迎え入れるから。」
コクリと頷いて、彬智は何事も無かったように穏やかな笑顔を見せた。
その様子を、晃輔は愕然として見つめていた。
その夜、晃輔は何も言わずに屋敷を出て、そのまま帰ってこなかった。
人懐こい彼はすぐに屋敷の使用人たちと仲良くなり、茉莉花や彬智と協力し合い家事を分担した。何事にも器用な男で、最初は不慣れだった掃除や洗濯もあっという間にテキパキとこなすようになった。三人で卒論にも取り組み、和気あいあいと時を過ごした。
だが友達同士の頃とは確実に関係は変わった。夜になれば、晃輔は毎日のように茉莉花を求めた。甘い言葉を囁いて手慣れた仕草で乳房を揉みし抱き、身体中に舌を這わせて快楽に導く。指で中を解して茉莉花の身体に火を点す。様々な体位を覚えさせ淫らな遊びを教え込み、蕩ければ繋いで何度も突き上げる。うぶな茉莉花は欲情を露わにする晃輔の思うままに身体をくねらせ、喘ぎ、愛撫にまみれた。
行為が終わり安らかな眠りに就く晃輔の胸に埋もれ、茉莉花は眠れぬ夜を過ごした。
分かっている、晃輔がセックスに慣れていることは。そのことはどうしても美織の存在に直結する。高校生の時から交際していた二人はすでに深い関係だった。大学生になり他の女とこっそり交際しつつも、美織とはつかず離れずだった。実家のためとはいえ晃輔があっさり彼女を切り捨てたことがいつまでも信じ難かった。
美織のことを考えない日は無い。茉莉花と晃輔がお互いの実家を救済するために美織と縁を切ったなどと納得することは無いだろう。簡単に恋人の心変わりを、親友の裏切りを許すとは思えない。
だが許されなくても、美織に謝りたいと茉莉花は願った。一度だけ美織の家に電話を掛けたが応対した彼女の母親に激しく拒絶され罵倒された。当然だ、娘の恋人を奪ったのだから……それから連絡を取ることはさすがに出来ず、共通の友人を通して彼女の近況を探ったが、誰も美織が今何をしているのか知らなかった。
そして、それとは別に茉莉花を悩ます問題が次第に大きくなっていった。
久しぶりに大学に顔を出し、教授に卒論の進捗状況を報告した後、茉莉花は会社に向かった。研修室に着きドアノブに手を掛けた途端、中から母の苛立った声が聞こえてきた。
「何度言ったら分かるのかしら?こんなこと子供だって分かるわよ!」
慌てて茉莉花が研修室に飛び込むと、藍咲の前で晃輔が項垂れ叱責を受けていた。
「どうしたの、お母さん?」
「晃輔が何度言っても仕事の内容を理解しないから注意していただけよ。」
「すみません……」
青くなり強張った顔つきで唇を噛む晃輔を庇い、茉莉花は母の前に立ち塞がった。
「晃輔はまだ慣れていないだけよ。だからそんなに急に成果を求めないで!」
「恭弥は直ぐに覚えたわ。」
ぷいと横を向くと、母は研修室を後にした。
「ごめん、マリ……」
「いいえ、お母さんがあんなことを言って、謝りたいのは私の方よ。」
晃輔の手を取って胸に押し付ける。強張った表情は緩むことは無かったが、それでも力なく彼は微笑んだ。
「マリが謝ることは無い。出来の悪い俺のせいなんだ……だけどキョウ先輩と比べられちゃたまらない。」
「キョウは特別だもの。気にしない、気にしない!」
「誰が特別だって?」
茉莉花と晃輔はドキリと飛び上がった。開いたドアから恭弥が顔をのぞかせていた。
「藍咲さまが凄い剣幕で出てきたから気になったけど、お前たちがそんなにイチャイチャしているなら心配要らなかったな。」
「イチャイチャしてないわ!お母さんが他人に厳しいのは分かっている……私のことならいくら叱られても構わないけど……いくらなんでももっと晃輔のことを分かって欲しい。だから、お母さんと話してくる!」
「おやおや、そんなに晃輔が大事?やっぱり結婚すると変わるものだな。」
「だって、晃輔は、私の旦那さま、だから……」
恭弥にクククと可笑しそうに笑われて、恥ずかしくなった茉莉花は研修室を飛び出して行った。
「キョウ先輩……俺、お義母さんにかなり嫌われているみたいです。」
シュンと子犬のようにうなだれる晃輔を、恭弥は気の毒に思った。
「あの方に気に入られるには相当な努力が必要だよ。焦るな、いつかきっと分かってくださるさ。」
「そうですかね……」
手の中に握り締めていた資料を、晃輔は丁寧に広げた。
「キョウ先輩は……俺のこと、許してくれますか?その……俺が、マリと結婚したこと。」
「許すもんか。マリを泣かせたらいつでも殺す。」
「ハハハ!ですよね。アキ先輩にもそう言われました、もっと穏やかな言い方で。」
不意にくしゃりと顔を歪め、晃輔は恭弥を見上げた。
「マリは真面目だから、俺に尽くしてくれるけど……でも俺は全然アイツの期待に応えられない。キョウ先輩やアキ先輩のようになれない……それに、分かるんです、俺に抱かれていてもマリが上の空だって……俺じゃない他の誰かを思って身体を開いているって……」
「晃輔……頼むから、マリとの夜の関係をあんまり露骨に話すな。」
「す、すみません……」
恭弥の不機嫌な顔を見て、晃輔はひたすら謝った。
「今の話は忘れてください!だけど、たまに愚痴を聞いてください……マリを泣かせたくないから。」
「分かった、いつでも誘えよ。あ、俺も嫁さんを泣かさない程度に付き合うよ。」
「意外でしたよ、キョウ先輩があんなに地味な女の子とあっさり結婚するなんて!」
「……俺だって、思うところはいっぱいある。だけど、彩乃は好い子だよ、妻としてはね。」
フンと鼻を鳴らし、恭弥は晃輔の肩を叩くと研修室を後にした。
その夜、仕事を終えた後、ふらりとバーに立ち寄り時間を潰した恭弥は、深夜になって帰宅した。
「お帰りなさい!」
新妻の彩乃がパタパタと走って出迎えた。
「遅くなるからって電話しただろ?先に休んでいれば良かったのに。」
「でも、恭弥さんが帰るまで、何だか落ち着かないんです。」
そう言っておかっぱ頭を傾げ、彩乃はいそいそと恭弥のスーツを片付ける。
「お食事は、済みました?」
「ごめん、外で食べてきた……あのさ、仕事で遅くなるから、俺の分の夕食は支度しなくていいんだよ?」
すると黒目がちな瞳を潤ませ、彩乃は夫を見上げる。
「……いや、そうだな、簡単なものなら食べるから、準備しておいてくれる?」
「分かりました!」
途端に機嫌を直し、鼻歌を歌いながらスーツにブラシを当てる妻を、恭弥は後ろから抱き締めた。
「可愛いよ、彩乃。」
白いうなじに歯を当てて吸い付き、乳房を握り潰すように揉んだ。ワンピースの裾をたくしあげ太ももを撫で回す。
「あ、ん、恭弥、さん、ここじゃ……」
「ここじゃダメ?じゃあベッドに行こうか。」
着ていた彩乃の服を剥ぎ取り下着姿にして抱き上げ寝室に運ぶ。恥ずかしそうに身体を縮め腕で薄い胸元を隠す妻を見下ろし、恭弥は凶暴な欲を感じた。
裸になって肌を合わせ、荒々しく愛撫すると、彩乃は怯えたように身を固くする。
「どうした、俺が怖い?」
「恭弥さん、いつもと違う……」
「彩乃が可愛いから、いつもより激しく抱きたい。」
柔らかな太ももを押し開き、身体を繋いで叩きつける。
「やぁ、痛、いっ……!」
「彩乃は俺が好き?」
すると彩乃はこくこくと頷き、か細い腕を恭弥の首に巻き付けた。耳元に唇を寄せ、押し当てながら何度も囁く。
「好き、好きです、恭弥さん……」
不意に晃輔の言葉を思い出した。
……それに、分かるんです、俺に抱かれていてもマリが上の空だって……俺じゃない他の誰かを思って身体を開いているって……
妻を抱きながら他の誰かを思っているのは、俺も同じだ……
それより晃輔は気付かないのか、目の前にいる彬智が、他ならぬ茉莉花の思い人だと言うことを……
「恭弥さん、好き、好き!」
身体を揺さぶるたびに喘ぐ彩乃の唇に己の唇を重ね、恭弥は彼女の愛の言葉を封じ込めた。
藍咲は事あるごとに晃輔を蔑むことを止めなかった。晃輔はますます自信を無くし失敗を繰り返した。茉莉花は何度もたしなめたが、母の叱責は増していくばかりだった。
その年の暮れ、茉莉花のお腹に新しい命が宿った。
「これで高塔家も安泰だわ。元気な後継ぎを産んでちょうだい。」
珍しく早い時間に屋敷に帰ってきた藍咲は誇らしげに笑った。
「晃輔と力を合わせてこの家と会社を守るわ。」
「いいのよ、晃輔に高塔の会社経営を手伝わせるつもりは無いの。隣りの屋敷で子守でもさせておきなさい。」
「お母さん、バカなことを言わないで!私は子守をさせたりしないわ!」
横にいた晃輔を見た茉莉花は、その顔色に憤怒が現れているのを見て取った。だが晃輔は言い返すことをせず、じっと耐えている。茉莉花は代わりに怒りを募らせ母に言い返すつもりで立ち上がろうとしたが晃輔にそっと押し留められた。
そんな娘たちの様子を気にもとめず、藍咲は部屋を見回した。
「彬智はどこ?話があるの。」
「隣りの屋敷にいるはずです、呼んできます。」
最近の彬智は、晃輔に遠慮して茉莉花と過ごす時間を減らしていた。晃輔が呼びに行くと何事かと慌てて部屋にやってきた。
「お帰りなさい、藍咲さま。」
「ただいま、結婚式の準備は進んでいる?」
「はい、梢子さんとご家族が全て進めていますから。」
コクリと頷き、藍咲はちらりと彬智を眺めた。
「それでね、彬智、あなたの将来のことだけれど、高塔財閥に入社せず、御園生さんが経営する大学院に進んでちょうだい。」
「何故ですか!」
真っ青になった彬智が、藍咲に喰ってかかろうとした。
「梢子さんのお相手が、御園生よりも格下の高塔の人間では恥ずかしいと、あちらのお兄さまがおっしゃるの……本当に、失礼な話だわ。」
「だから、それに従えと?」
「ええ、今のところは……でもいずれ、あなたを我が社に迎えるわ。御園生財閥よりももっと大きな会社にして、あの人たちに土下座させてみせる。」
凛と胸を張り言い切る母を見て、茉莉花はふと力を失った。
今は駄目だ、何を言っても……私が力をつけ、この人よりも上に立たなければ、誰も救えないんだ……
「マリ。」
ハッとして見上げると、彬智が労わるように茉莉花を見つめ、そっと肩に手を置いた。茉莉花は彼の手に自分の手を重ね、キュッと握り締めた。
「アキ、待っていて。御園生に負けない大きな会社にして、絶対あなたを迎え入れるから。」
コクリと頷いて、彬智は何事も無かったように穏やかな笑顔を見せた。
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