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黒森シュヴァルツヴァルト山の中腹にある屋敷から、宵闇が落ちる暗い山裾の果てに大きな火の手が上がるのが見えた。ここ数日、以前より小競り合いの続いていた隣国が侵攻し、戦況が激化しているのだ。敵国の執拗な攻撃に自軍は防戦一方だと聞く。戦火は瞬く間に国境付近の市街地にも燃え広がった。

「お父さん、街が燃えているわ!」

窓ガラスに顔を押し付け、メリナは不安げに声を上げた。

「全く愚かなことだ。ちっぽけな領土を奪い合って、命を落とし合うとは……」

父ユバレドはフウとため息を吐く。先祖代々薬師くすしを営んでいるメリナの家族にとって、戦争など無意味な命の削り合いで理解し難い。メリナも魔術高等学院を卒業した後、父の手伝いをしながら薬師の勉強をしている最中である。

「私も戦地に赴くよ。大勢の兵士や市民が傷ついている、医療師団だけではとても人手が足りないだろう。」

「そんな、危険じゃない!」

「大丈夫だよ。今日にも王宮の精鋭部隊が鎮圧に向かったはずだ。これでやっと戦争も終わって、しばらくは我が国アウラスにも平穏が訪れるだろう。今のうちに薬を沢山作っておかねばならん。お前も手伝っておくれ。」

父はそう言うと薬草をすり鉢に足した。治癒魔導師でもある父は腕を買われて王宮お抱えの薬師も任されている。だが偏屈な性格ゆえ王城に留まることを拒み、こうして山奥でひっそりと暮らし召喚があった時だけ任地に赴く。

「分かった。山に行って薬草を摘んでくるね。」

「気を付けて。今夜は亡者が彷徨っているかもしれないから。」

メリナは軽くうなずいて、籠に急場をしのぐ水や食べ物も携帯して屋敷を出た。



星が瞬く夜空のもと、真っ暗な山道をランプの灯りを頼りに薬草を摘みながら進む。道は知っている、慣れているから。この山にはなかなか手に入らない上質な薬草が沢山自生しているのだ。

山のふもとの村では篝火を焚き陽気な楽曲も流れ聞こえる。今日は春を迎えるヴァルプルギス祭りがおこなわれていた。ほんの少し先の街では戦闘が続いているというのに……

深い森を抜け、草原に出た。歩いているうちに月が昇ってようやく足元が明るくなった。今夜は満月なんだ、とてもキレイと空を見上げた。

すると、大きな影が頭上からひゅるると落ちて来た。

「ひゃあああ!」

影は彼女の鼻先を掠めて地面に叩きつけられた。あと一歩前を歩いていたら衝突していただろう。大きな鳥でも落ちて来たのかと恐る恐る覗きこんだ。

鳥じゃない、人だ!

「大丈夫ですか?」

着ているローブについた紋章は王宮の魔導師団のものだ。しかも、この階級章は師団長クラス?

フードを外して顔を確認する。銀色の長い髪がサラリと零れ落ちた。苦痛に歪む顔の左部分に酷い火傷の痕があり、表面の皮膚は爛れ内部の肉にまで浸食している。

「しっかりして!すぐに応急処置をしますから!」

摘んだばかりの薬草で急いで傷薬を作り表面の火傷に塗り、更に傷口に手を当て魔力を注入する。必死に術を施したが、自分の治癒魔法ではとても治りきらないとメリナは思案を巡らせた。

「……ぐ、うううっ。」

染みたのか、青年は痛そうにうめき声を上げた。しかし意識は混濁したまま、身体を動かすことも出来ないようだ。空から降ってきて、地面に叩きつけられたのだ。骨が折れていてもおかしくはない。

青年の身体は燃えるように熱くなっていく。体温が異常な上昇を続けているのだ。心臓の鼓動が徐々に弱まり、息も絶え絶えだ。

どうしよう……このままではこの人は死んでしまう!

意を決してメリナは青年に唇を合わせた。そして舌を絡め、自らの魔力を直接注ぎ込む。青年の身体にメリナの魔力が浸透し、損傷を修復していった。だが衰弱は止まらない。これほど深い傷を治しきるにはこの程度の治癒魔法では全く足りないのか。

それでは……

メリナは必死で呪文を思い出して唱えた。魔術高等学院を卒業する間際に成績優秀な魔女だけに学院長より口伝えで伝授された『闇魔術』。頭で覚えただけで実施するのは初めてだ。上手く行けば自分とこの人の魔力と融合して助けることが出来るはず。

暗闇に青白い光を放つ魔法陣が浮かび上がった。中心に横たわる青年の履いていたズボンに手を掛け前ボタンを外し、下着の中から萎んだものを手にとる。このままではダメなのだ、確か口に含んで硬くして……メリナはパクリと咥えたが何の変化も起きない。ふと思い立って舌を絡めて刺激した。「うっ!」と青年が小さく呻く。舌を上下させ刺激を与えるとそれは瞬く間に大きく硬くなった。

呪文を唱えながらスカートの裾を捲り上げ、青年の上に跨った。この先は初めての経験ならば相当な忍耐が必要だと学院長は言っていた。でも覚悟しなければこの人は助からない……

自らの下着を脱ぎ捨て、メリナは晒された秘部に青年のものを埋め込んだ。

「きゃ、あああっ!」

激痛が身体の芯を貫いた。忍耐なんてとても無理!泣きそうになり身体を離そうとした時、青年がうっすら目を開けた。水晶のような水色の瞳、なんて綺麗なの……メリナは引き込まれた。

「……うぅっ!」

虚ろな表情で彼はメリナに手を差し伸べた。その手を握ると彼もまた僅かに指に力を入れた。大丈夫、意識を取り戻した。このまま深く繋がって自分の魔力を注入し、この人の魔力を呼び起こして自己再生に持ち込めれば……メリナは身体の奥深くへと彼を押し込んだ。

「はぅ、ああっん!あぅぅぅっ!」

痛みは激しく押し寄せる。やめてはダメだ、がんばろう。握り合った手からも魔力が注ぎ込まれる。しかし腰を振るたびに苦しくて息が止まりそうだ……

「……君は、何を……」

「お願い、私の魔力を受け取って。あなたの傷を治すためなの……これは治癒魔導師の魔女だけが使える『闇』の力、あなたと一つになることで魔力を融合出来るの。」

メリナは呪文を唱え続けた。やがて焼け爛れ崩れ落ち掛けていた青年の顔の左半分に変化が現れた。内部の肉が蘇生され、皮膚も元通りになっていく。呼吸も整い心臓も正常に脈打ち始めた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

力尽きて、メリナはぐたりと青年に凭れかかった。

「君、しっかり!」

生気を取り戻した青年は、苦しげな息を吐く少女を抱き締めた。まだ幼いこの身体からあれほどの魔力を発するとは……

少女の長い髪を撫でて頬ずりした。繋がったままの猛る身体から、まだ彼女の魔力が流れて込んでくる。力強い精力が己の身に溢れてくる。

青年はメリナの腰を掴んで更なる奥を目指し突き上げた。びくりと身体を震わせ、少女は身体を仰け反らせた。

「ひゃあ、あああっん!」

「もっと、もっと君の魔力をおくれ。」

「はぁ、はぅ、あああっ!」

「ああ、なんて素晴らしい……」

優しく背中を撫でながら、青年はメリナと唇を重ねた。舌を絡め合い、繋がれた身体を揺さぶった。痛みは和らぎ、経験したことのない快感に頭の中が真っ白になる。

青年から発せられたものがメリナの体内を満たした。荒い息を吐きながら指を絡め唇を求め合う。繋がりを解いた途端、中からトロリと何かが流れ落ちた。慌ててタオルで拭ってギョッとした。それは血に塗れている。

「きみは、初めてだったのか?」

なんのことかとキョトンと見つめると、青年はギュッと抱きしめ、メリナにキスを落とした。

「痛かっただろう、今、治してやる。」

「え、ひゃ、そ、そんな!」

慌てるメリナをよそに、青年は彼女を押し倒し、スカートを捲りあげると股間に顔を埋め、秘裂に舌を這わせた。

「や、やぁん、汚いですよ!」

「こうすれば少しは痛みが治まるだろう。俺を救ってくれた、そのお礼だ。」

子猫の傷を舐めて癒す親猫のように青年は舌を這わせた。すると痛みが消えて、代わりにまたあの快感が身体を貫いた。

「はぁ、んん、あああっ!」

「素晴らしい、なんて甘い蜜の味だ……」

青年はうっとりとメリナを貪り続けた。メリナは彼の長い銀髪に指を絡め身を震わせ艶めかしい声を上げ絶頂に達した。行為を終えた青年は再びメリナを抱き寄せたまた唇を合わせた。優しい愛撫に涙が零れる。

「ありがとう、君のおかげで命拾いしたよ。ところで、ここはどこだ?」

黒森シュヴァルツヴァルト山の山頂近くです。」

「そうか、なんとか我が国アウラスに帰って来れたのだな。」

青年はホッとして立ち上がろうと身体を捻った途端、「くぅっ!」と苦しげな声を上げた。

「良かったらすぐそばに私の家がありますからお休みになっていってください。父が王宮の薬師をやっているんです。きちんとした治療もしてもらえますわ。」

「王宮の?もしかして、シュヴァルツヴァルトのユバレド殿か?」

「父をご存じですか?」

「王にお仕えする身で、あの方を知らない者はいないよ。」

銀髪の青年はニコリと微笑んだ。

「お父上にもご挨拶をしたいところだが、すぐに王宮に戻って戦果を陛下にお伝えしなくてはならない。すまないが今はお別れだ。」

彼は首飾りチョーカーを外してメリナの手に押し込んだ。そこには大鷲と翼のある獅子の紋章が刻み込んであった。

「君、名前は?」

「メリナです。」

「俺はサリュウ、これを持って王宮へおいで。君が俺のものという証しだ。」

「私が、王宮へ?」

「可愛い人、素晴らしい魔力をありがとう。俺は王宮で待っている。だから必ずおいで、俺を訪ねて。」

もう一度愛しげにキスを交わすと、サリュウはスッと立ち上がった。なんて背が高く美しい人だろう……メリナは呆然と彼に見惚れた。サリュウは一歩踏み出し、ローブを翻しあっという間に夜空に舞い上がり、アウラスの王城へと飛び去って行った。

「サリュウ……サリュウ……」

彼の名を何度も口ずさみ、高鳴る胸のときめきを押さえきれずにメリナは夜空の果てを眺めた。



籠いっぱいに薬草を摘み終え、フラフラと屋敷に戻った。帰りが遅くなった娘を案じて父が門のところで待ちわびていた。

「どうしたんだ、泥だらけじゃないか!」

「ちょっと足を滑らせて……」

「そうか、こんな夜にお前を一人で行かせて悪かった。早く着替えておいで。野菜スープも作っておいたよ。」

父は心配そうにメリナの背中の泥を払ってくれた。風呂に入って汚れた身体を清め、新しい服に着替えた。さっきの出来事を父に話そうか。王宮に出入りしている父なら彼が何者か分かるだろうか。

サリュウにもらったチョーカーを手に台所に戻ると父が夕食の準備を整えていた。二人でテーブルに着き野菜スープとパンとチーズで遅い夕食を取る。

「明日の朝一番に国境の街に向かうことになった。王宮から馬車も来る。お前もついてきてくれ。」

「明日……?」

「どうした、何か不都合でも?」

もじもじと戸惑う娘の様子を訝り、父は彼女が手に握りしめていたものにふと目を止めた。

「それは、何だね?」

「な、なんでもない……」

「見せてみなさい。」

父に睨まれ、メリナは諦めチョーカーを差し出した。

「この紋章は、王宮の魔導師団長、サリュウ・メイリードのものだ。なぜ、お前がこれを?」

「あの……空から……降って来たの。」

「チョーカーが?おかしなこともあるものだな。サリュウは今度の戦いでも目覚ましい活躍をしていることだろう。また王宮で華々しく持て囃されるな。」

「お父さん、その……サリュウさんってどんな人?」

「彼は魔導士としては超一流だ。あの若さで師団長を務めるくらいだからな。だが、男としては信用ならない。女を弄んで平気で棄てるのだから。」

そんな人には見えなかったのに……メリナはキュッと唇を噛んだ。

父はそれ以上追及はせず、明日からの医療師団との帯同で為すべきことをメリナに説明した。



食事を終え、後片付けを済ませ、父はまた薬作りに没頭した。メリナは父の背中を見つめながら、何度も言葉を飲み込んだ。

どうしよう、お父さんに話せない。サリュウさんに逢いに王宮へ行きたいだなんて……

逢いに行く?私が?彼を訪ねて王宮へ?急にお腹の中から熱が湧きあがってきた。甘い熱に蕩けそうになる……



もう一度、彼に逢いたい……蕩けるような口づけを、もう一度この唇に受け止めたい……



その夜のうちに荷物を詰め、メリナは夜明けとともに屋敷を旅立った。身体に灯った炎がメリナを突き動かす。

蕩けるような契りをもう一度この身に受けるために。


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