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1.プロローグ

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 ピンと張ってしわ一つない真っ白なテーブルクロスが敷かれた上に、さまざまな種類の菓子や軽食、飲み物が並べられていた。
 小さなグループに分かれた生徒たちが、あちこちで談笑している。
 昼の日差しにあふれるイスヴェニア王立学園の大講堂で、新入生の交流会「初花の集い」が催されていた。生徒たちは、濃い藍色のジャケットに、黒や明るいグレーのパンツもしくはスカートの制服に身をつつんでいる。最初は緊張をみせていた少年少女たちだったけれど、同級生たちと行き交ううちに、だんだんと肩の力がとれていく。
 笑顔が増え、会がにぎわいだしたころ、講堂内に高飛車な声が響いた。

「きさまのような虫ケラには、もったいない髪飾りだな。俺の目を惹いたことを光栄に思うがいい。どこで購入した?」

 長い黒髪の少年が、少女に居丈高に言い放つ。

「返事はどうした。まあ、俺に声をかけられて感激に打ち震えるのはわかるがな」

 金色の長い巻き毛を揺らして、少女がふり返った。
 少年の冷たい青の目は、たいして興味もなさそうに少女を見ている。腕組みをして立つその姿からは、この世に自分以上に貴い存在はいないとでもいいたげな高圧的な空気が放たれていた。

 ――っていうふうに、まわりには見えてるんだろうなあ!

 突然俺にからまれたオードリー嬢は、あごを上げて水色の目でこっちをにらんできた。よかった、泣いてない。それどころか、めちゃくちゃ怒ってる。怯えられるよりいいけど、人を不愉快にさせたのはつらいなあ。
 美少女の怒りは迫力がある。正直いって、コワイ。

「なぜ、わたしくしがノアさまに答えなければならないのでしょう」

 そうだよね、急にこんなこと言われたらムッとするよね。俺も「ゴメンナサイ」って頭を下げたい。だけど、できない理由があるんだ。

「俺が話しているからだ。本来なら、きさまのような愚民に質問するという手間など、かける価値もないところだ」

 こんな話し方をしたくない。でも俺の口も態度も、願うようには動かない。

「なんて無礼な」
「無礼なのは、この俺に時間をとらせているきさまだ」
「あなたに話すことなど、なにもありません」

 にらみあう俺とオードリー嬢に、声をかけた人がいた。

「オードリー嬢、ノアはあなたの髪飾りのすばらしさに惹かれたようだ」

 金髪に緑の目をした、存在してるだけで人目を引く魅力のある少年だ。おう、アルバートが助けに入ってくれた。
 アルバートが、にこやかに場をとりなそうとする。

「ノアは、妹御の誕生日の贈り物を探していてね。だから気になったのだろう」
「おまえ、いつから俺のことを勝手に話せるほど偉い人間になった?」

 アルバートの気づかいを、俺が見事にだいなしにする。
 いやだー、口が勝手にー! アルバートはこの国の王子だからね。そんな人間を相手に、伯爵家の息子にすぎない俺が、偉い人間になったもなにもない。なんなら生まる前から、アルバートは本当に偉いんだよ。我ながら、発言の意味がわからない。

「たしかによい細工のようだ。どこで手に入れたのかを訊ねるのは、礼を失するだろうか」

 アルバートが俺の暴言を受け流す。オードリー嬢のきつい視線が揺らいだ。俺が相手ならともかく、アルバートには怒る理由がないもんな。

「それは……」

 髪飾りは、たぶんエミリア嬢が作ったものだろう。早く来て、エミリア嬢。でもこんな場に割って入る度胸はない人な気がするよ、エミリア嬢。
 オードリー嬢は、きちんと答えるつもりだったかもしれない。でも俺は、せっかちにもさえぎってしまった。

「この俺に答えないとは、どこまで高慢なんだ!」
「高慢なのは、そちらでしょう」

 はい、そのとおりです。返すことばもございません。だけどこんな本音が相手に伝わるはずもなく、オードリー嬢はますます表情を硬くする。内心シュンとした俺だけど、目に見える態度としては嘲笑するみたいに片方の頬を上げてしまう。
 アルバートが、こらえた笑いにかすかに拳を揺らす。
 ジョンが両腕を広げて上を向き、「オゥ、僕の同級生たちがまたやりあっているよ!」と大げさに肩をすくめた。ヘレンはつま先で立ってて、バーナードが急に腕立て伏せを始める。サイモンが、顔を真っ赤にして両手で耳を押さえた。
 大講堂のそこかしこで、よくある奇態がくり広げられていた。
 ああ。
 いったいどうして、こうなった。
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