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12.友だちになろうよ

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 イスヴェニア学園には特別室がいくつかある。
 生徒たちが自由に使える部屋で、昼食をとったり少人数の親睦会をひらいたり、会議に使ったりするらしい。アルバートはそのうちの小さい一室、「みどりの間」を予約してた。
 部屋には、丸テーブルが一卓と布張りの肘掛椅子が四脚あった。アルバートと向かい合って腰をかける。給仕の人がお茶とお菓子を運んできて、カップにお茶を注ぐと退室した。

「さて、どう話そうかな」
「さっさと本題だけいえ」
「本題は変わらないよ。私は君と友だちになりたいというだけだ。ただ、それが率直に伝わらないようだから、どう話そうかと思ってね」

 そりゃ、「この俺」だからさあ。卑下するわけじゃないけど、口調も態度も最低最悪で、気に入る要素が皆無だろう。アルバートに被虐趣味でもない限り、信じられないって。

「あー……たしかに私は君を気に入っているけれど、蔑まれるのがうれしいわけではないよ。そこは誤解しないでくれ」

 だから、なんでコイツ、俺の考えてることがわかるんだ。俺、内心が表情に出やすいのかな。
 そういえば呪いに、「さわった相手の考えが伝わる。ただし自分のことを知らない人間限定」っていうのがあるな。でもアルバートは俺のことを知ってるし、さわってもいないからコレじゃないだろう。

「まあね、君が警戒するのも無理はないかもしれない。『友人』という立場をあたえられて、利用されたくはないだろうし」
「そもそも友になる気はないし、おまえ程度が利用できる俺ではない」

 アルバートが俺を利用するという状況が、想像できなかった。俺がアルバートを利用するっていうのはわかるよ。王子の友だちなんだぜ! なんて威張って、あちこちで無理を通そうとするとかさ。王子の地位にすりよりたがる人間は多いだろう。
 でも、俺にアルバートが利用するだけの価値なんてないだろう。教室では絶賛ひとりぼっち続行中で、影響力は皆無だ。家の爵位は伯爵だけど、両親が国政や貴族社会にものすごく力をもってるわけじゃない、と思う。派閥を作りたいにしても、こんな面倒な俺を相手にするより、他の貴族の同級生に当たったほうがよっぽどいいだろう。
 だから利用のしようがないだろうって頭をかしげてたら、気がぬけたみたいに苦笑いされた。

「ノア。君は、自分のことを知らなさすぎる」
「なんだと」
「君は塔の秘蔵っ子で、大魔法使いだ。詠唱なしで、数多くの属性の魔法が使える。それだけでも計り知れない価値がある」

 あっ。
 そっか、俺の魔法か!
 あーあーあー、なるほどー! 俺にとっては、他人と違う方法で魔法を使うのは、あたりまえすぎて意識もしてないことだった。塔では、まわりに研究バカしかいなかったから、あんまり気にすることがなかった。学園では、さすがに七年近く魔法を使ってきた俺とレベル一の訓練をしてる生徒では差があって当然だしって、やっぱり気にしてなかった。
 でも俺の魔法は、やりかた次第では、利用したくなる程度には力になるんだろう。
 だからアルバートは、俺と友だちになりたがったのかな。王家として、大魔法使いの力を取りこみたかったのか。
 なるほどなって納得しかけたら、アルバートが急いでことばをかぶせてきた。

「だが、ノア。私は、君が大魔法使いだから友にしたいといっているのではない」

 やっと理由がわかった気になったのに、すぐ否定されてしまった。
 俺が特殊な魔法使いだから興味をもったんだとしても、いやじゃないけどな。それは事実だから。興味をもったあと、俺が望まないかたちで力を悪用されるなら、それはお断りだけどね。でもアルバートは、利用するために友だちになりたいわけじゃないっていう。
 彼が俺と友だちになりたい理由が、またみえなくなった。

「君の容姿が理由でもない。どうか信じてくれ」
「信じるもなにも、おまえの事情などどうでもいいことだ」
「純粋に、君はおもしろいと思ったんだ」

 珍獣認定キタ! そうか、やっぱり物珍しさからか!
 そっちだったのかってうんうんうなずいてたら、アルバートが不服そうなもどかしそうな表情になった。彼は気持ちを静めるように茶をひとくち飲むと、すごく真剣に俺を見てきた。なんだどうしたちょっと落ち着けって、怖くなるくらいの気迫に満ちてた。
 アルバートが、テーブルの上で両手の指を組んだ。

「君は、『聖なる祝福』を知っているか?」
「俺をバカにしているのか? 聖なる祝福は、神や精霊が正の力でもって人間にあたえる、一定の条件下で発動するなんらかの効果だ」

 聖なる祝福は、対象にされた人間が産まれる直前か直後に贈られるのが一般的だ。人間が人間を魔法で祝福できないわけじゃないけど、そっちはただの「祝福」っていわれて、神や精霊によるものとは区別される。
 聖なる祝福があたえらえるのはめずらしいことだ。神から祝福を受けた人だと、百年くらい前の聖女マーガレットさまが有名だ。マーガレットさまが手をかざすと、花が咲いて果実や穀物がよく育ったっていわれてる。
 困った祝福の例としてよく引き合いにだされるのは、「醜怪の王」の話だ。美の祝福を受けたけど、あまりに美しすぎて周囲の人間の気がおかしくなってしまうから、頭から足先まで常に醜い覆いをまとっていたっていう王さまだ。

「君の言い方だと、祝福と呪いには違いがないようにきこえるな」

 アルバートが皮肉っぽく頬をゆがめる。こらこら、それは聞き捨てならないぞ。

「無知の輩は黙っていろ。祝福と呪いは、まったく異なるだろうが!」
「そうなのか?」
「きさまは、治療のために手術することと、暗殺のために切りつけることを、血が出るからおなじ行為だと称するのか」

 祝福は、その人の命を喜ぶから授けられるものだ。よくあれかしという願いがこめられた、正の力で構築された言祝ぎだ。だから人間の本能は、それを素直に受け入れる。
 呪いは、相手を貶めるために組まれるものだ。害をなすことを目的とした負の力のかたまりで、人間は本能的にこの力にたいして防衛しようとする。呪いのほうがこの防衛より強いとき、人は呪われた状態になる。
 人間以外からの祝福や呪いとはこういうものだ。人間から人間に送るときは、祝福とか呪いとかいわれても基本的には魔法だから少し性質が違う。
 神や精霊からの祝福がその人にとって悪い方向に作用したり、呪いが幸せにつながることはある。だからすべての祝福が、人間にとってありがたいものだとはいえない。でもそれは結果であって、祝福の元になる力と呪いの元になる力は正反対のものだ。
 魔法使いとして、この二つがおなじだなんていわれちゃたまらない。
 だから俺は、聖なる祝福と人外の呪いの違いをアルバートに力説した。

「な、なるほど。勉強になったよ」

 まだ語り足りないのに、アルバートがこくこくうなずいて「もうわかった」みたいな素振りをみせる。それから彼は、俺に口をはさむ隙をあたえずに言った。

「私は、祝福を受けている」

 えーと。
 イスヴェニア王家は精霊と契約してて、王族の一部は誕生と同時に祝福を受けるっていわれてる。だからアルバートが祝福の持ち主なのは意外じゃないけど、どうしていまそんなことをもちだしたんだ。

「その祝福は、ある条件の下で」
「待て、なにをいっている」
「相手の本心が感じとれるというものだ。その条件とは」
「バカか! 話すな、黙れっ」

 祝福されてるのを知るのと、その内容や条件を知るのとでは意味合いがまったく違う。内容によっては、知られることが祝福された人間の死活問題につながることだってあるんだ。
 アルバートの祝福は、相手の本心を感じとれるものらしい。これは、祝福の内容を秘密にしなくても一応は大丈夫なやつだ。世間に広まったらアルバートの前で話すのを怖がる人間がでるだろうけど、王子としては使える力だ。「いま、アルバート王子に心を読まれているかもしれない」と思われるのは、駆け引きが必要な場面でかなり役立つだろう。
 でも、この祝福には条件があるという。ということは、祝福が働く条件次第では、相手をけん制できなくなる。だから、どういうときにアルバートが相手の腹を読めるのかは、絶対秘密にしなきゃならない。
 それなのに、どうして俺に条件を教えようとするんだよ!

「私が」
「聞かせるなと」
「好意をもった他人ほど、その本心を強く感じとれるというものだ。好意は、ほんの小さな好感から深い愛情まで、正の方向の感情ならなんでも範ちゅうに入る。好意と嫌悪が同居してもかまわない。他人といったのは、私と血のつながりが濃いほど、精霊の祝福の力が干渉しあってうまく働かないからだ。それから、精霊から王家への祝福の内容は一人ひとり違う。だから、私の血族がみなおなじ内容の祝福を受けているわけではない」
「知りたくなかったぞ、このバカ者があああぁ!!」

 早口で一気に言いきられた。
 やめて。王子さまの秘密とか、王家の祝福の仕組みとか、俺が知るには責任が大きすぎる。両手で耳をふさいで、「あー! あー!」って叫び続ければよかった。いや、そうだ遮音の魔法を使えばよかったんだよ! あせりすぎて思いつかなかった。俺のバカ!

「私には、ノアの本心がよくわかる。心が読めるというほどではないが、どう思っているのかを、かなり正確に把握できているはずだ」
「それ以上、俺になにもきかせるな。きさまの祝福なぞ知りたくない!」

 怒っても、アルバートはぜんぜん気にしてない。言ってることが本当なら、俺が本気で困ってるって伝わってるだろ。やめてくれよー!

「だから私は、君と友だちになりたいと思ったんだ」
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