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21.陽だまりの小庭での再遭遇

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 俺は、呪われた人間を探すためにイスヴェニア学園に入学した。
 ここに来たのは正解だったと思う。入学初日から、呪いにかかってるんじゃないかと思う生徒を何人かみつけた。だから、できれば話をきいて、どの呪いにかかったのかを特定して、解呪したいかどうかを訊きたかった。
 しかし俺は、神のごとき傲慢さをまき散らす身なのだ。気軽に人に話しかけて、悩み相談をしてもらえるなら苦労はない。だからずっと、どうすれば呪われた人と接触をもてるかを考えていた。
 そんななかで、エミリア嬢とオードリー嬢にかかわることができたのはアルバートのおかげだ。ルイーズ嬢にも協力してもらって、呪いの目星をつけることができたと思う。
 次に、どう動こう。
 そんなことを考えながら、昼休みにアルバートと一緒に食堂に向かった。今日は食堂の弁当を試そうっていう話になってたから、受け取りに行ったんだ。陽だまりの小庭の手前で、ちょうどルイーズ嬢にも会った。
 小空間に着いたら、人がいた。

「おや、先客か」

 アルバートのつぶやきに、ぼんやり立ってたエミリア嬢が青ざめて頭を下げた。

「おおおお使いになりゅ、なる、ご予定だったんですね、失礼いたしましたっ。わたしは、すぐ、去りましゅからっ」
「ここは、すべての生徒に開放されてる場所じゃないか、エミリアちゃん。昼食はあるんだろう? 一緒に食べようよ」
「ルイーズさま……」

 いつのまにか「ちゃん」づけになってた。そしてエミリア嬢は、その呼ばれかたに慣れてるようだ。おそるべし、ルイーズ嬢。
 結局四人でベンチに座ることになった。俺にとってもここで会えたのはちょうどよかった、エミリア嬢に訊いてみたいことがあったんだ。

「おい、箒スズメ」
「ひゃっ!?」
「黄巻バネヅタは、きさまを見ているだけで、いつも不愉快になっていたのか」
「えっ、オードリーさまが、わたしを見ると不愉快になる……?」
「つまりあの高慢ちきは、きさまを嫌いながらも職人として雇っていたということだな」

 きょとんとしたエミリア嬢が、すぐに顔色を悪くしてうつむいた。

「オードリーさまは、わたしのことを、嫌いっていったんですか……? そうですよね当然です……」
「泣くな嘆くなうつむくな!」
「きみは乱暴すぎるよ、ノアくん」

 ルイーズ嬢が、涙ぐむエミリア嬢にほほ笑みかけた。

「ここって、エミリアちゃんのお気に入りの場所なのかな」
「いえ、入学してから、たまに……オードリーさまとお話をするとき、呼び出される場所なんです。あっ、今日はそうじゃありません。なんとなく来ただけです」
「気持ちのいい場所だからな。寒くなるまえにと、外で食事をする者が増えているときく」

 ルイーズ嬢とアルバートが、あたりさわりのない話でエミリア嬢の気持ちをなだめようとしてる。俺のせいです、スミマセン。
 そうやって会話をする中で、チャップマン男爵家が所有する金の宿り木工房の話がでた。

「エミリア嬢は、見習いをしている工房では、自分でアクセサリーを作ってはいないといっていたな。では、普段はどんなことをしているのかな」
「工房が依頼を受けた物のデザインです。デザイン画は、ロバート兄さま……工房長に提出します。デザインが通ったら、場合によっては工房長が手直しして、依頼主にデザインを確認します。あとは、工房の人たちが制作するとき、部分的に手伝わせてもらったり……です」

 入学前までは、金の宿り木工房のデザイン画は、大半をエミリア嬢が描いてたらしい。
 チャップマン男爵には五人の子どもがいるそうだ。長男は商才があって後継者、長女は家と取引のある別の商会で修行中。次男が金の宿り木工房の工房長、三男は他国で家庭をもっている。末っ子のエミリア嬢は、金の宿り木工房で職人見習いをしてる。
 以前ルイーズ嬢からきいたけど、エミリア嬢の職人としての評価は両極端みたいだ。いい評判だと、宝飾品のデザインにせよ制作にせよ天才肌だっていわれてる。悪いほうの評判は、アイディアは出しても実際に作れるほどの実力はない。工房長のロバートがいなければなにもできない内気で弱気な少女でしかないというものだ。

「ねえエミリアちゃん、君のデザイン画を、お兄さんはどんなふうに手直しするんだい?」
「そうですね……。細かすぎたり制作しにくそうな部分をそぎおとすことが多いです。わたしのデザインは複雑すぎるって、よく怒られるんです」
「そうなんだ?」
「作れると……思うんです。ただ、工房で実際に制作するのは、わたしじゃないですし」

 つまり、エミリア嬢本人なら作れるデザインってことだ。それを他の職人でも手がけられる程度の簡単なものにしてるのか。

「出来上がった宝飾品は、金の宿り木工房のものとして売られるのかな」
「エミリアちゃんの作品として?」
「作品にはすべて工房名が刻まれます。職人名がでるときは……工房長のロバート兄さまのものとしてですね」

 俺たちは顔を見合わせた。
 それって、エミリア嬢のデザインをお兄さんがかすめ取ってるってことにならないか? あと細部の単純化って、他の職人もだけどなにより自分じゃ作れないからじゃないのか。

「作品は工房の名で売られるものだし、その代表として工房長の名が出るのは、普通のやり方ではあるね。ただ、工房長が基本的に原案を描くか、才能のある職人を使うならその名前で仕事をとるほうが、より一般的だとは思うけど」
「ロバート兄さまは、忙しいですし。わたしのデザインを使ってもらえるだけ、ありがたいって思わなきゃいけないんです。わたしはダメ職人見習いで……いつも怒られて……責任のある仕事を任せることなんて到底できないっていわれますし、本当にそうなんです」

 俺は工房の常識を知らないけどさ。エミリア嬢、もしかしてお兄さんの都合のいいようにされてないか? オードリー嬢からはこき使われて、お兄さんからは絞りとられて、大丈夫なんだろうかこの人。

「黄巻バネヅタに加えて、兄まで狡猾とはな。ハッ、しょせん己の程度に合った人間しかよってこないということだ」
「黄巻バネヅタ……? あっ、オードリーさま!」

 俺の比喩はわりと的確なようだ。みんな連想して納得してくれる。ちょっとうれしい。

「昨日も、碧の間で品なくわめきたてていたな」
「その、オードリーさまは……お元気でしたか?」
「はあ? きさまは黄巻バネヅタのお抱え職人だろうが。このあいだここで会っていたくせに、なぜ俺に訊く」
「わたしがお会いできたのは、あれが最後でしたから。たしかにこれまでは、よくお目にかかっていました。けど、わっわたしが物を作れなくなってからは……会えなくなっていって……」

 うつむいたエミリア嬢が、テーブルにおいた両手をぎゅっと握りしめた。

「か……顔もみたくない、と言われました。怒ってるみたいです。そうですよね、私は手先が器用っていうことしか取り柄がないんですから。さいわい、いま、請け負っている仕事はありませんが……だからよけい、お会いすることがなくなって……」

 学園に入学する前後は時間がとれないだろうし、ウーンデキム祭への出品もあるからと、もともと夏以降の注文は入れていなかったそうだ。だからオードリー嬢のお茶会の参加者たちに、いまのところ迷惑はかかっていない。工房の仕事もおなじ状態らしい。
 オードリー嬢とエミリア嬢は、雇用主と職人っていう契約だけの関係じゃないと思ってた。小さいころから知ってたらしいし、友だちっていえる間柄だったんじゃないのかな。それとも、オードリー嬢にとってはそうじゃなかったんだろうか。ひょっとしたら、これまではともかく、これからはエミリア嬢はオードリー嬢の影響を受けない場所にいたほうが楽しく過ごせるんだろうか。

「高慢ちきな相手と、手間をかけずに別れられたわけだ。大喜びといったところだな。よし、笑え!」

 高らかに宣言する俺、笑うどころか苦しそうにくちびるを噛むエミリア嬢。そんな彼女をみかねたように、ルイーズ嬢がやさしい声をかけた。

「エミリアちゃんは、オードリー嬢とどうしたいんだい? 友だちにもどりたいのか、いっそ距離をおきたいのか、それとも」
「……迷惑をかけたくない……です」
「そうなんだ。じゃあ、なにがオードリー嬢の迷惑になるんだろう」

 エミリア嬢は、自分が宝飾品を作れなくなったことが、オードリー嬢にとって迷惑だと言った。ルイーズ嬢は、それがどうして迷惑なのかって訊ねる。
 なにが相手にとっての迷惑なのか。どうして迷惑をかけたくないのか。役に立たなければ迷惑なのか。ルイーズ嬢が、エミリア嬢の心を丁寧にきいていく。
 話すうちに、エミリア嬢がことばにつまった。エミリア嬢はオードリー嬢とどんな関係を築きたいのかって訊かれたときだ。

「オードリーさまとの関係に……わたしが望むことなんて」

 なにかを望めるとは考えられないって、首を横に振る。

「もう……いいんです。オードリーさまが、わたしを嫌いっていうなら、それで」
「ウダウダするな鬱陶しい! それならさっさと黄巻バネヅタを捕まえて、縁切り宣言をしてこい!」
「無理です!」
「即答かっ」

 エミリア嬢は、「できる」ことには自信がないのに、「できない」ことは自信をもって答えるんだな!

「ノアの言い方は乱暴だが、たしかに本人同士で話し合うというのも一つの手ではある」
「だけど、オードリー嬢はエミリアちゃんに会おうとしないんだよね?」

 俺たちは、どうしたものかと頭をひねった。
 いや、今日はたまたまエミリア嬢と会っただけなんだけどさ。それなのに、なんだかみんなでエミリア嬢のこれからを考える会みたいになってしまった。まあ、乗りかかった舟だし。このままサヨナラしても気になるから、俺はいいんだけど。
 アルバートもルイーズ嬢もつき合いがいい。そういう人間だから俺に力を貸してくれてるんだろうなあ。

「エミリアちゃんは、オードリー嬢とおなじ授業をとってないのかい」
「ないです。オードリーさまは、経済学を中心に授業をとっているんです」

 俺もエミリア嬢も、オードリー嬢と被ってる授業はなかった。俺は経済関連の授業を受けたいとは思わないから、興味の傾向が別なんだろう。
 有益な助言は、俺たちより一年長く学園にいるルイーズ嬢から降ってきた。

「それなら、『初花の集い』はどうだい?」

 「初花の集い」は、高等部一年生が集まる親睦会で、十の月の中旬に開かれるらしい。学園での一年間の予定をきいたときに説明されたんだろうけど、ぜんぜんおぼえてなかった。

「大講堂に一年生全員が集まって、普段は顔を合わせない相手と交流をするのが『初花の集い』の趣旨なんだ。だから、誰が誰に話しかけてもかまわない。去年のかんじだと、それで交友関係を広げた人もけっこういたよ」

 さすがルイーズ先輩、頼りになる。

「わかったか箒スズメ、きさまの任務はその集いで、黄巻バネヅタと絶縁してくることだ」
「わたしは、オードリーさまと絶縁をしたいわけでは……ない、かも……」
「絶縁だろうが復縁だろうが、なんでもいい! とにかく態度を決めろ!」
「話しかけても、相手にしていただけるかどうか……」
「相手にさせるのがきさまの仕事だッ!」
「ふぁい!」

 エミリア嬢が頭のてっぺんから声をだした。それは仕事なのかという疑問は、みんな胸の内にしまってくれたようだ。
 そのとき、ぐーっていう音が小庭に響いた。
 腹の虫が鳴った。たぶんエミリア嬢のだ。
 エミリア嬢は真っ赤になってうつむいて、俺たちは「なんにも聞こえてませんよ。どのご令嬢の腹からも音なんて出てませんよね」っていう態度をとった。

「そういえば、話に夢中になって食事を忘れていたな。では、いまから――」

 食べようっていいかけたアルバートの声を、鳴り響く鐘が非情にさえぎった。教室に帰る時間がきたっていう合図の音だ。
 俺たちは、とぼとぼと教室に帰った。少しも減らなかった弁当の重みが、やけにやるせなかった。
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