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第4章 あの子にも見えているの?

第24話 センパイ、気をつかわないでください

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 職員室で入部届の用紙をもらった私は、はやる気持ちをおさえつつ、1年C組の教室へと足早に進んだ。
 そして、着くなり廊下側の最前列にある自分の席に座りこみ、黒いペンをにぎった。

「私が入部したら、小町センパイや吉乃ちゃんは喜んでくれますかね?」
「もちろんよ。旭ちゃんみたいなかわいい子なら、きっとみんなも大歓迎だわ」

 美幽センパイは、私が入部届に自分の名前を書きこむ様子を目を細めて眺めている。
 入部届はすぐに完成した。あとは、これを文芸部の顧問の先生に提出するだけだ。

 私は席を立ち、ふたたび職員室に向かおうとした。
 すると、ちょうど登校してきた吉乃ちゃんと教室の入り口付近でばったり出会った。

「旭さん。おはようございます」
「おはよう、吉乃ちゃん」

 吉乃ちゃんがうやうやしく頭を下げる。
 なんて礼儀正しいんだろう。まるで大和撫子を絵に描いたようなおしとやかさだ。
 吉乃ちゃんがあまりにていねいにおじぎをするものだから、私もつられて深々とお辞儀じぎをしてしまった。

「吉乃ちゃん。私たち、同じクラスなんだし、もっと砕けた感じでいいからね」
「はい。私も旭さんともっと打ち解けたいと考えています。これからもどうぞよろしくお願いいたします」

 吉乃ちゃんはただの一音のほつれもなくきっちりと発音し、唇の両端をひかえめに上げた。
 美幽センパイが困惑ぎみに苦笑をこぼす。

「吉乃ちゃんと砕けた関係になるまでには、まだまだ時間がかかりそうね」
「たはは……そうですね」

 私は眉をハの字にしてうなずいた。
 ふと、吉乃ちゃんは私が手にしていたプリントに目を止めた。

「旭さん、それは?」
「ああ、これ?」

 私はプリントを吉乃ちゃんの顔の高さに掲げた。

「じゃーん。文芸部の入部届」
「おおー」

 吉乃ちゃんは瞳をキラキラと輝かせ、丸く開いた口から驚きの声をもらした。
 よかった、ようやく年相応の反応を見せてくれた。

「いよいよ正式に入部なさるんですね」
「うん。読む本のジャンルは偏っているし、小説を書いたこともないんだけどね。昨日、文芸部の見学に行って、楽しかったから」
「嬉しいです。センパイ方もきっと喜びます」

 吉乃ちゃんの頬が、朱を散らしたようにほのかに色づく。

 私の入部を喜んでくれる人がいる。
 その事実に、私の心は春の陽だまりのように温かくなった。

「旭さん」
「なに? 吉乃ちゃん」
「よろしければ、今日のお昼、ご一緒しませんか?」
「いいけど、私、今日もカフェテリアだよ?」
「はい。ですので、わたくしもカフェテリアに参ります。今日はお弁当を持っておりませんので」
「じゃあ、4時間目が終わったら一緒に行こっか」
「はい」

 吉乃ちゃんはふたたび一礼し、自分の席がある教室後方へと去っていく。
 美幽センパイがホッと安堵の笑みを浮かべた。

「よかったね、旭ちゃん。友だちができて」
「はい。今から昼休みが楽しみです」
「その昼休みなんだけど、私、今日は席を外すね」
「えっ、なんでですか? 一緒にいてくださいよ」
「ううん、今日はやめとく。後は若い二人にお任せするわ」
「センパイだって若いじゃないですか」
「いやいや、ワシはもう年じゃよ。旭ちゃんは吉乃ちゃんと一緒に楽しんでくるがええ」
「なんで急に昔話みたいな口調になっちゃうんですか」

 美幽センパイが茶目っ気たっぷりにお婆さんの演技をはじめる。私は思わずぷっと吹き出した。


――美幽センパイ、きっと私に気をつかってくれているんだろうな。


 それが分かるから、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
 私はその後も「昼休み、一緒に過ごしましょうよ」と何度も誘ったけれど、美幽センパイは頑として首を縦にふらなかった。

 それから、私は美幽センパイと一緒に職員室を訪れた。
 扉をノックし、職員室に足を踏み入れる。そして、緊張した声を響かせた。

「失礼します。1年C組、浅野旭です。入部届を提出しに来ました」

 8時を過ぎ、職員室では多くの先生が忙しそうに一日のはじまりの準備をしていた。
 そのうちの一人、担任の若杉先生は、私に気づくと手を止めて立ち上がった。そして、私の元にやって来てくれた。

「浅野さん。おはようございます」
「おはようございます」

 若杉先生は私の手からプリントを取り、目を落とすと、ふたたび顔を上げておだやかな声で言った。

「浅野さんは文芸部に入ることにしたのですね。教室でよく本を読んでいるから、きっと肌に合うでしょうね」

 私はびっくりした。
 若杉先生、私の休み時間の様子をちゃんと見てくれていたんだ。

「浅野さん。これからたくさん友だちを増やしてくださいね」
「はい、がんばります。……できるだけ」

 先生に声をかけてもらえて嬉しいような、プレッシャーをかけられて気まずいような、そんな複雑な気持ちが混じった微苦笑が思わずこぼれる。

 私のとなりでは、美幽センパイがうーん……と首をかしげてうなっていた。

「どうも引っかかるのよねー、若杉先生」
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