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第4章 あの子にも見えているの?
第26話 センパイの存在を知られたくない私がいる
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夜、私は家のソファにぐったりと背をあずけていた。
「あれ? 旭ちゃん。なんだか今日は疲れ切ってない?」
美幽センパイが不思議そうに首をかしげる。
美幽センパイはすっかりわが家になじんでいて、私のとなりに座っているのがもう当たり前になっている。なんだか家族が一人増えたみたいだ。
私はぐったりとした体勢のまま、目だけ美幽センパイのほうに動かした。
「そりゃそうですよ。今朝は六条さんににらまれ、職員室では若杉先生にプレッシャーをかけられ、昼休みには吉乃ちゃんに幽霊の話を持ち出されたんですから。疲れるなって言うほうが無理ってもんです」
なんて中身の濃い一日だったのだろう。
文芸部の入部届を提出したのだって一大イベントだったのに、いろんな出来事が重なって、すっかりかすんでしまっている。
一方、美幽センパイは私の疲労感に反して楽しそうだ。
「それに加えて、旭ちゃんは週に1、2回しか来校しないレアな美人のスクールカウンセラーを目撃したんだよね」
「そうでした」
「いいなあ。私も今度会いに行こ~っと♪ ねえ、芸能人に例えるなら誰に似てる?」
かわいい女の子が大好きな美幽センパイは興味津々といった様子で目を輝かせている。
たしかに若くてきれいな先生だったけどさ。そんな陽気な気分にはなれないよ。
「それよりセンパイ。吉乃ちゃんのこと、どう思います?」
カフェテリアで告げられた、吉乃ちゃんの意味深な言葉が耳から離れない。
吉乃ちゃんはなぜ私に幽霊の話を持ちかけてきたのだろう?
吉乃ちゃんは感情の起伏をあまり表情に出さないから、意図がまるで分からない。
けれども、あの冷たく澄んだ瞳は、私の秘密のすべてを見透かしているようで、私をひどく不安にさせるのだった。
「もしかして、吉乃ちゃんには見えているのでしょうか? センパイのこと」
だとしたら、美幽センパイが教室で妙な視線を感じたことにも説明がつく。
いったい、吉乃ちゃんは私と美幽センパイとのやり取りをどんな思いで眺めていたのだろう?
幽霊が教室にいるという非日常を淡々と受け入れておくびにも出さない吉乃ちゃんこそ、不気味で底知れない存在のように思えてくる。
美幽センパイは腕を組み、うーん、と思案をめぐらせる。
「吉乃ちゃん、私とぜんぜん目を合わせないから、見えているようには思えなかったなぁ」
「もしかしたら、あえて目を合わせないようにしているのかも」
この世に存在する幽霊のすべてが美幽センパイのように優しいわけじゃない。
だから、吉乃ちゃんが美幽センパイのことを警戒して、見えていないふりをしていたとしても、なんらおかしくはない。
しかし、美幽センパイのとらえ方は、私とは異なるようだ。
「もし吉乃ちゃんに私が見えているのなら、ひと声かけてくれてもいいのにぃー」
「そんな、あからさまにがっかりしなくても。そもそも、吉乃ちゃんがなにを考えて私に近づいて来たのかも分からないのに」
「あら、旭ちゃんこそ警戒しすぎじゃない? だいたい、旭ちゃんのほうから吉乃ちゃんに近づいたんじゃなかったっけ?」
「まあ、たしかにそうなんですけど」
美幽センパイの言う通りだ。
吉乃ちゃんと仲よくなったのは、私が小町センパイに誘われて文芸部に入ったのがきっかけなわけで。
私が入部しなければ、吉乃ちゃんとは知り合えず、昼休みを一緒に過ごすことだってなかったはずだ。
「それに、もし吉乃ちゃんに私が見えているのなら、むしろ歓迎すべきじゃないかしら。気がねなく三人で過ごせるしね」
「大丈夫かなぁ。いやな予感しかしないんですけど」
「旭ちゃんって心配性よね。大丈夫、吉乃ちゃんに邪念は少しも感じないわ。旭ちゃんにとって、吉乃ちゃんはクラスではじめてできた友だちなんだもの。大切にしましょう」
美幽センパイはいつもの優しい笑みを浮かべ、私を安心させるように言い聞かせる。
カフェテリアで一緒にお昼を食べた時の吉乃ちゃんの顔を思い出す。
熱々の油揚げをはふはふ言いながら食べている吉乃ちゃんはかわいくて、悪い子じゃないってすぐに分かった。
けれども、私の心はいまだにモヤモヤしている。
――なぜだろう?
――もしかして、美幽センパイの存在を私以外の誰かに知られるのがいやなのかな?
美幽センパイのことを他人に知られたら、取られてしまいそうで、独占できなくなるのがたまらなくさみしいのかもしれない。
美幽センパイに依存してばかりもいられないのに。
美幽センパイの存在が私の心のなかでどんどん大きくなっていることを、改めて強く思い知る。
ところで、と美幽センパイが話題の矛先を変えた。
「図書室の本がなくなるなんて不思議ね。しかも、家庭科室に放置されていたなんて」
「あの、言いずらいんですけど……美幽センパイのせいじゃないですよね?」
「まさか。たしかに私も図書室の本をお借りすることはあるし、家庭科室にもよく行くけど。でも私、借りた本はちゃんと戻すわよ」
「ですよね。となると、いったい誰が……」
「きっと、だらしない子がいるのね。見つけたらつかまえて、私が犯人じゃないってことを証明してやるわ」
美幽センパイはぎゅっと拳をにぎり、決意を固くする。
私のセンパイは正義感がとても強いのだ。
「あれ? 旭ちゃん。なんだか今日は疲れ切ってない?」
美幽センパイが不思議そうに首をかしげる。
美幽センパイはすっかりわが家になじんでいて、私のとなりに座っているのがもう当たり前になっている。なんだか家族が一人増えたみたいだ。
私はぐったりとした体勢のまま、目だけ美幽センパイのほうに動かした。
「そりゃそうですよ。今朝は六条さんににらまれ、職員室では若杉先生にプレッシャーをかけられ、昼休みには吉乃ちゃんに幽霊の話を持ち出されたんですから。疲れるなって言うほうが無理ってもんです」
なんて中身の濃い一日だったのだろう。
文芸部の入部届を提出したのだって一大イベントだったのに、いろんな出来事が重なって、すっかりかすんでしまっている。
一方、美幽センパイは私の疲労感に反して楽しそうだ。
「それに加えて、旭ちゃんは週に1、2回しか来校しないレアな美人のスクールカウンセラーを目撃したんだよね」
「そうでした」
「いいなあ。私も今度会いに行こ~っと♪ ねえ、芸能人に例えるなら誰に似てる?」
かわいい女の子が大好きな美幽センパイは興味津々といった様子で目を輝かせている。
たしかに若くてきれいな先生だったけどさ。そんな陽気な気分にはなれないよ。
「それよりセンパイ。吉乃ちゃんのこと、どう思います?」
カフェテリアで告げられた、吉乃ちゃんの意味深な言葉が耳から離れない。
吉乃ちゃんはなぜ私に幽霊の話を持ちかけてきたのだろう?
吉乃ちゃんは感情の起伏をあまり表情に出さないから、意図がまるで分からない。
けれども、あの冷たく澄んだ瞳は、私の秘密のすべてを見透かしているようで、私をひどく不安にさせるのだった。
「もしかして、吉乃ちゃんには見えているのでしょうか? センパイのこと」
だとしたら、美幽センパイが教室で妙な視線を感じたことにも説明がつく。
いったい、吉乃ちゃんは私と美幽センパイとのやり取りをどんな思いで眺めていたのだろう?
幽霊が教室にいるという非日常を淡々と受け入れておくびにも出さない吉乃ちゃんこそ、不気味で底知れない存在のように思えてくる。
美幽センパイは腕を組み、うーん、と思案をめぐらせる。
「吉乃ちゃん、私とぜんぜん目を合わせないから、見えているようには思えなかったなぁ」
「もしかしたら、あえて目を合わせないようにしているのかも」
この世に存在する幽霊のすべてが美幽センパイのように優しいわけじゃない。
だから、吉乃ちゃんが美幽センパイのことを警戒して、見えていないふりをしていたとしても、なんらおかしくはない。
しかし、美幽センパイのとらえ方は、私とは異なるようだ。
「もし吉乃ちゃんに私が見えているのなら、ひと声かけてくれてもいいのにぃー」
「そんな、あからさまにがっかりしなくても。そもそも、吉乃ちゃんがなにを考えて私に近づいて来たのかも分からないのに」
「あら、旭ちゃんこそ警戒しすぎじゃない? だいたい、旭ちゃんのほうから吉乃ちゃんに近づいたんじゃなかったっけ?」
「まあ、たしかにそうなんですけど」
美幽センパイの言う通りだ。
吉乃ちゃんと仲よくなったのは、私が小町センパイに誘われて文芸部に入ったのがきっかけなわけで。
私が入部しなければ、吉乃ちゃんとは知り合えず、昼休みを一緒に過ごすことだってなかったはずだ。
「それに、もし吉乃ちゃんに私が見えているのなら、むしろ歓迎すべきじゃないかしら。気がねなく三人で過ごせるしね」
「大丈夫かなぁ。いやな予感しかしないんですけど」
「旭ちゃんって心配性よね。大丈夫、吉乃ちゃんに邪念は少しも感じないわ。旭ちゃんにとって、吉乃ちゃんはクラスではじめてできた友だちなんだもの。大切にしましょう」
美幽センパイはいつもの優しい笑みを浮かべ、私を安心させるように言い聞かせる。
カフェテリアで一緒にお昼を食べた時の吉乃ちゃんの顔を思い出す。
熱々の油揚げをはふはふ言いながら食べている吉乃ちゃんはかわいくて、悪い子じゃないってすぐに分かった。
けれども、私の心はいまだにモヤモヤしている。
――なぜだろう?
――もしかして、美幽センパイの存在を私以外の誰かに知られるのがいやなのかな?
美幽センパイのことを他人に知られたら、取られてしまいそうで、独占できなくなるのがたまらなくさみしいのかもしれない。
美幽センパイに依存してばかりもいられないのに。
美幽センパイの存在が私の心のなかでどんどん大きくなっていることを、改めて強く思い知る。
ところで、と美幽センパイが話題の矛先を変えた。
「図書室の本がなくなるなんて不思議ね。しかも、家庭科室に放置されていたなんて」
「あの、言いずらいんですけど……美幽センパイのせいじゃないですよね?」
「まさか。たしかに私も図書室の本をお借りすることはあるし、家庭科室にもよく行くけど。でも私、借りた本はちゃんと戻すわよ」
「ですよね。となると、いったい誰が……」
「きっと、だらしない子がいるのね。見つけたらつかまえて、私が犯人じゃないってことを証明してやるわ」
美幽センパイはぎゅっと拳をにぎり、決意を固くする。
私のセンパイは正義感がとても強いのだ。
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