上 下
47 / 59
第6章 消えたセンパイ

第43話 センパイ、学校にいないんですか

しおりを挟む
 翌朝。
 私は重たい身体を引きずって学校にやって来た。

 5月の空は爽やかに晴れ上がり、白い雲が気持ちよさそうに浮かんでいる。
 教室では、クラスメイトたちがゴールデンウィークに一緒に遊ぶ計画を立てて盛り上がっていた。

 けれども、私は少しも明るい気分にはなれなくて。
 美幽センパイに別れを告げられた事実を、いまだに受け入れられずにいた。

 ほんとうは家に引きこもってずっと眠っていたかった。
 学校に来る気力なんて、わいてくるはずもなかった。
 それでも学校に来たのは、美幽センパイがここにいるかもしれないと思ったからだ。

 教室にスクールバッグを置き、美幽センパイと出会ったトイレへとやって来る。

「おやようございます、美幽センパイ」

 呼びかけても返事がない。
 私は洗面所の鏡の前に立ち、ふたたび声をかけてみた。

「やだなぁ、センパイ。朝ですよー。もう起きてください」

 乾いた声が白い壁に空しく響く。
 鏡には、今にも泣き出しそうな情けない顔が映っていた。

「センパイ、いるんでしょう? 出てきてくださいよー」

 もしかしたら、美幽センパイは今も私のそばにいるのかもしれない。
 それなのに、私が突然能力を失って、美幽センパイの姿が見えなくなってしまったのかもしれない。
 ……そんなふうに考えて、私はますます暗い気分にふさがった。

「おはようございます、旭さん」

 呼びかけられて、ふり返る。
 見なれたおかっぱ頭の吉乃ちゃんが立っていた。

「おや、顔色がすぐれませんね。足取りもふらついているようですし。大丈夫ですか?」
「ありがとう。……あまり大丈夫じゃないかも」
「風邪でしょうか?」

 吉乃ちゃんは心配そうに私をいたわり、左右を見回した。

「ところで、美幽さんはご一緒ではないのですか? 姿が見当たらないようですが」

 吉乃ちゃんの口から美幽センパイの名前が飛び出したのを聞いて、しぜんと瞳に涙がにじんだ。
 吉乃ちゃんはそんなみじめな私を見てなにかを察したらしかった。

「なにやら事情がおありのようですね。よければお話をうかがいましょうか?」
「……うん」

 私と吉乃ちゃんはカフェテリアに移動した。
 まだ営業していない朝のカフェテリアに明かりはついていない。大きな窓から差しこむ陽光が室内を淡く照らしている。

 私と吉乃ちゃんは入り口付近のテーブルに向き合って座った。
 吉乃ちゃんが静かな声でたずねてくる。

「旭さん。いったいなにがあったのです?」
「実は、美幽センパイから突然さようならって言われて……」
「まあ……」

 私は昨日の出来事のありのままを吉乃ちゃんに説明した。
 吉乃ちゃんは神妙な顔で私の言葉に耳を傾けてくれた。
 そして、ひとしきり説明を聞き終えた後、小さく息を吐いた。

「旭さんは、美幽さんがなぜ成仏できないでいるのか、理由をご存じですか?」
「人助けがしたいから、って私は聞いているけど」
「人助け、ですか」

 吉乃ちゃんはあごの先に手をそえ、ふむ、と考えこむ。

「もしかしたら、美幽さんがほんとうに助けたかったのは、旭さんだったのではないでしょうか?」
「私?」
「はい。美幽さんと出会った時、旭さんはなにかに困ったり悩んだりしてはいませんでしたか?」

 思い当たる節ならありすぎた。
 美幽センパイと初めて出会った時、私は中学校での新しい生活になじめず、友だちができなくて悩んでいた。

「美幽センパイは優しいから、私と友だちになってくれる人を一緒に探してくれたんだ」

 そして図書委員の仕事を通して小町センパイと仲よくなり、文芸部に入って吉乃ちゃんと出会い、さらには瞳子ちゃんと名前で呼び合う親しい関係になれたのだった。

 美幽センパイのやり方はちょっと強引なところもあって、ふり回されたりもした。
 けれども、不思議と腹は立たなかった。
 だって、いつだって美幽センパイが私のことを真剣に考えてくれているって伝わってきたから。

 美幽センパイは私にたくさんのきっかけを与えてくれた。
 私がこうしてたくさんの友だちに囲まれていられるのは、みんな美幽センパイのおかげなんだ。

 吉乃ちゃんが小さくうなずく。

「なるほど。旭さんは友だちができずに困っていた。美幽さんはそんな旭さんに友だちを与え、役目を終えたと考えた。だから、旭さんの元を去ることを決意した。きっとそういうことなのでしょうね」
「そんなっ!?」

 吉乃ちゃんの話は論理的には筋が通っている。
 けれども、感情的にはすぐには受け入れられなかった。
 私の瞳から涙があふれ出す。胸の奥をぐちゃぐちゃにかき回されたような、不安定な気持ちに息が苦しくなる。

「……じゃあ、私に友だちができなければよかったの? そうすれば、センパイはずっと私のそばにいてくれたの?」
「旭さん。そんな暗い考えにとらわれては美幽さんがかわいそうです。美幽さんの思いを無駄にするおつもりですか?」

 ハッとして目を見開く。
 美幽センパイが私を思ってしてくれたことに、感謝こそすれ、無駄になんて絶対にしたくない。
 吉乃ちゃんは悟ったように淡々と私に言い聞かせる。

「旭さん。形あるものはいつか壊れ、命あるものはやがて土に還ります。それが自然の摂理なのです。もう、美幽さんを解放してあげてもよいのではないでしょうか」

 私は涙を流したまま、ただうつむくことしかできなかった。

しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

遠距離恋愛を切り出したらフラれた話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

孤独な姉弟

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

COLLAR(s) ~SIDE STORYs~

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:1

〜輝く絆〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:2

処理中です...