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第6章 消えたセンパイ

第46話 センパイ、私のことをずっと前から見ていたんですか

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「美幽はずっと前から旭を見守り続けていたわ。旭が気づく、ずぅ~っと前からね」

 頭をガツンッ! と殴られるほどの衝撃が私を襲う。

「ど……どういうことですか?」
「美幽は昔から旭を見ていたのよ。旭が小学生のころ、いえ、もしかしたらそれより以前からかもしれない。旭に美幽が見えるようになったのはつい最近かもしれないけどね」
「うそ……」
「うそじゃないわ。だって、美幽は旭を追ってこの学校に越してきたのよ」

 花子センパイの言葉にハッとする。
 そういえば、美幽センパイ、以前私にこんなことを話してくれたっけ。


――私、花子ちゃんにルームシェアしない? って誘われたから、今年の春にこの学校に移り住んだの。


「美幽は旭が中学生になるのを楽しみにしていたわ。だから私は、じゃあうちに来る? って誘ったの。旭の進学先が、ちょうどその時私が住んでいた女子校だったからね。ここのトイレ、この辺じゃきれいで有名なのよ」

 花子センパイは驚愕の事実をさらりと告げた。
 私は、美幽センパイと初めて出会ったトイレで交わした会話を思い出していた。


――えっと、浅野旭ちゃんだったかしら。

――どうして私の名前を知っているんですか?

――ふふっ、かわいい子はチェックしているの。


 あの時、美幽センパイが私の名前を初めから知っていた理由をもっと考えるべきだったんだ。
 まさか私がこの中学校に入学してくる前から私を見続けていたなんて。
 どうりで私の名前を知っていたわけだ。

 花子センパイはあきれたように話を続ける。

「それにしても、人間ってほんと勝手よね。まるで自分たちが私たちを見つけたかのように言うんだもの。でも、ほんとうは逆。見つけたのは私たちのほうが先。私たちは、たとえ見つけてもらえなくても、あなたたちにたくさんの愛情を注いでいるの。私が塾で彼を見守り続けていたようにね。人間は、自分たちが大いなる愛に包まれて生きていることをもっと自覚するべきだわ」

 花子センパイは少し怒ったように眉をつり上げる。
 思いもよらない真実を告げられ、私は胸が張り裂けそうで、息が苦しくなった。

「美幽センパイはずっと前から私を見守っていた……。それなのに、私はまったく気づけなかった。センパイにずっとさみしい思いをさせていた……」

 以前、センパイが私に教えてくれた言葉が、急に新たな重力を帯びて耳の奥によみがえる。


――孤独はね、人を強くするのよ。だから、この先いいことがいっぱいあるわ。


 美幽センパイは、どれほどの実感をこめてこの言葉を私に告げたのだろう?

 一人孤独に私を見守り続け、ずっとさみしい思いをしてきた美幽センパイ。
 今になってようやく私と会話ができるようになって、「死ぬほど嬉しい」と満面の笑みを輝かせて……。
 あまりのいじらしさに、思わず涙があふれ出す。

「幽霊ってさみしいものよ。どれだけ愛情を注いでも、気づいてもらえないまま終わるんだから。でも、それって人間も同じなのかもね」
「人間も同じ?」
「だって、そうでしょう? どれだけ親に愛情を注がれても、気づかないまま大人になる人もいる。周りからたくさんの愛情を与えてもらいながら、まるで一人で生きてきたように錯覚している人もいる。人間ってなんてさみしい生き物なんだろう、ってあきれるもの」

 花子センパイの話は耳に痛かった。
 もちろん、そういう人ばかりじゃないって分かってる。けれども、花子センパイが言うような人がいるのも事実だ。

「その点、旭はえらいわ。美幽の愛情に気づいて、ちゃんと感謝を伝えられるんだもの。『旭ちゃんは心の優しい天使のような子なの!』って、美幽はなんども嬉しそうに教えてくれたわ。旭と話せるようになって、美幽はほんとうに幸せそうだった」

 だけどね、と花子センパイは私にくぎを刺す。

「それも、美幽がずっと旭を見守り続けていたからの話よ。見守ってくれる存在がいなければ、見えてくるものもない」

 そして、最後にもう一押しするように語気を強めた。

「美幽は旭を見守り続けた。だから、旭にも美幽が見えるようになった。無邪気な幼子が大人へと成長して、ようやく自分に注がれてきた愛情に気づくみたいにね。アンタもそれだけは忘れないこと。そうじゃないと、美幽があまりにかわいそうだわ」

 ああ、私はなんて大きな勘ちがいをしていたんだろう。

 私が美幽センパイを見つけたんじゃない。
 私のほうが美幽センパイに先に見つけてもらっていた。
 そして、私が気づくはるか昔から、ずっと見守られていたんだ。
 美幽センパイの大きな愛情に。

 でも、どうして私なんだろう?
 ふいに浮かんだ素朴な疑問を、花子センパイにぶつけてみた。

「どうして美幽センパイはずっと前から私を見守り続けていたんですか?」
「さあね、そこまでは。なにか前世からの因縁があるんじゃない?」
「前世からの因縁?」
「そう、美幽が幽霊になる前からの因縁よ。旭、なにか覚えていないの?」

 私は思い出のなかに美幽センパイの姿を見つけようとして、過去の記憶をさかのぼる。
 けれども、残念ながら美幽センパイの手がかりになるようなことはなにも思い出せなかった。
 なにせ、今年の4月に初めて出会ったものとばかり思いこんでいたくらいだから。

 花子センパイはベッドを降り、立ち上がると、うーんと伸びをした。

「さて、そろそろ行こうかしら。ここに旭がいたんじゃ眠れないし。いっぱいお話したらすっきりしたわ」
「どちらへ行かれるんですか?」
「決まっているじゃない。新しいイケメン探しよ!」

 私は思い切りズッコケそうになった。

「たはは……。花子センパイ、立ち直りが早いですね」
「だって、いつまでも悲しい記憶を引きずっていても仕方ないもの。私は記憶を上書きする女。これからは新しい愛に生きるわ」

 じゃあね、と花子センパイはにこやかに手をふって保健室を去っていく。
 保健室に入ってきた時は、あんなに大泣きしていたのに。

 花子センパイのたくましさがうらやましい。
 もっとも、このくらいの図太さがないと長年幽霊なんてやっていられないのかもしれない。

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