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封印の館の主の章
封印の館の主の条件
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「こちらとしても、それなりに調査をしてきたのですよ。どうやらこの館。封印の館と呼ばれているらしいじゃありませんか」
有名な雑誌社の名刺を持参した男は、封印の館の主だと言われる男を凝視していた。丹精に整った顔だと言えるだろうが、不思議なくらいに個性がない。体型もスリムであり姿勢も良いし、人当たりも良いので一見すると優秀なホテルマンに見えなくもない。
けれどもなにか違う。主を名乗る男には個性と言うものがないように見える。館の主と言えば自然に思い浮かべるような気品や傲岸さ、それらを程よくミックスして、人当たりの良さで覆ったようなそんなプロトタイプに見えてしまうのだ。
だがまぁいい。館の主に個性があろうと、なかろうと、どうやらこの館が犯罪の温床になっているのではないか? というタレコミの方が重要なのだから。
もしも、そんなことは考えられないが、もしも本当に人間の記憶を消すなんてことができたとしたら、やはり犯罪の温床になるのは間違いないだろう。
人殺しを見られたとしても記憶を消せばよいし、大金持ちから有り金を奪ったうえで記憶を消して放りだせばいい。そいつは自分が金持ちだったことすら覚えていないんだからな。
そのような話をつらつらと語って聞かせると、封印の館の主はおおいに感銘を受けたようだ。まるでそんなことは考え付かなかったとでもいうように。記憶というものが、その人の魂を作り上げる骨格となっているなんて思いもつかなかったとでもいうかのように。
「あなたは随分と頭がよいのですね。こうしてどこにあるとも知れないような館を訪ねてくるぐらいに好奇心も旺盛のようだ」
封印の館の主は、記者である男を大いに気に入ったようだ。もしかしたらこの館の主は単なる訪問者を迎えたことがないのかも知れないと男は感じていた。男は好奇心の赴くままに質問を重ねていく。
「ところで、いったいあなたはどなたなんですか? いえねぇ。気になるじゃありませんか。こんな人里離れた場所で、いつ訪れるとも知れない人を待ち続ける封印の館の主。その正体に迫る! なんてね。これは全くジャーナリストの習性のようなものなんだが興味があるんですよ」
「封印の館ではなく、この私に興味があるとおっしゃるのですか? そんなことを言われたのは初めてですね」
封印の館の主は、面白そうにまじまじとインタビュアーを見つめて、少し頭を傾げた。何かを確認でもするかのような仕草であった。そして封印の館の主は結論を出したらしい。思いがけない提案をしたのだった。
「どうやらあなたには資格があるらしい。 それでは封印の館の秘密の場所をご案内しましょうか?」
「秘密の場所ですって!」
インタビュアーの男は思わず腰を浮かした。
「ええ。そうです。いつもお客様にご案内するのは封印の間です。そこでお客様は棺の中に、自分が忘れたい記憶を象徴するものをしまいます。まぁ、そうですね。タイムカプセルと言うものがあるでしょう。ああいった感じです。ただし二度と開けられることはありませんが」
「ではあなたは、封印の館は単なるパフォーマンスだと言うのですか。忘れたいものを棺に入れることで封印した気分になると?」
封印の館の主は、まるで出来の悪い弟子を見るような目でインタビュアーの男を見下ろした。
「いったい、ここにどんなロマンを求めてやってこられたのですか? この館に奇跡でも期待しているとおっしゃるのでしょうか?」
そう言わてしまえば、インタビュアーの男も返事に困ってしまいます。まさかジャーナリストともあろうものが、ほんとうに記憶を消してしまえるのじゃないか? なんて質問できるだろうか? それは随分馬鹿げて見えてしまうだろう。
けれども、ここには何かある。そんな子供だましのパフォーマンスの館であるものか! それはほとんど確信に近い思いであった。男のジャーナリストとしての直感がそう告げているのだ。
「しかし今、主どのは秘密の場所があるとおっしゃいましたね。やはり封印の館には秘密があるわけだ」
インタビュアーの男としては、これで1ポイントリードしたつもりであったが、封印の館の主が自分を見つめる瞳に気づいて、そんな気分は吹っ飛んでしまった。
主は狂おしいほどの渇望を込めて男を見ていた。まるで長い間求めていたものに出会ったかのように。
「ええ、だれにでも秘密はあるものです。私にもあなたにもね」
封印の館の主は、いかにも訳知り顔をして見せる。
「あぁ、確かにそうだろうなぁ。そしてこの俺に館の秘密を見せてくれるっていうのは本当なのか?」
「ええ、勿論本当ですとも。喜んでお見せしますとも。私はずっとあなたのような人がこの館に来るのを待ち望んでいたのですからね」
そういう封印の館の主の顔には、とうとう歓喜のようなものが現れている。まずい! これはいけない。ここから先に進んだら、きっと大変なことになる。
インタビュアーの男の第六感がびりびりと危険を訴えている。駄目だ! 戻れ! 最後のチャンスだぞ!
しかし、と男は思い直した。なんの危険があるというのだ。目の前の館の主はひょろりとしておよそ荒事に向きそうもない。しかしオレは空手の有段者なんだぞ!
ジャーナリストとしてアンダーグラウンドにも単身取材にはいる男は、それなりに腕に自信があった。もっとヤバイ場面だって経験してきたのだ。
男は無意識に自分のごつごつとした豆だらけの手と、いかにも荒事と無縁のような館の主のほっそらとした手を見比べた。大丈夫だ。秘密とやらを見せてもらおうじゃないか。ジャーナリストとしての自信と肥大した自我が、本能が囁く危機意識を隅に追いやってしまったのだった。
封印の館の主とジャーナリストは、肩を並べるようにして、館の奥へと続く廊下を進んでいった。こつん、こつんと2人のたてる足音だけがあたりにこだましていく。
しばらくして、ひとりの男が、館の主ににこやかに辞去の挨拶をしていた。
「いやぁ。突然押しかけてすみませんでした。それなりにいい記事になると思いますよ。現代の心のオアシス。自分のコンプレックスを封印しませんか? こんなコンセプトで記事をあげてみます。記事が掲載されたら雑誌を送りますよ」
如才ない言葉を連ねながら、ジャーナリストの男はほっそらとしたすべらかな手で、封印の館の主の手を握った。どうせ記事にはなりそうもなかったが、まぁこれもお愛想って奴だ。取材が無駄になることなど、日常茶飯事なのだから。
ジャーナリストの男は握手した時の封印の館の主の手が、まるで武闘家のようにごつごつと豆だらけなのを感じて少し驚いた。まぁこんな鄙びたところに年寄の執事と2人で住んでいるんなら、空手でも習っているのかもしれないなぁ。
しっかし一体何故オレは、こんな田舎までインタビューに来る気になったんだろう? 実際見るべきものはなにもなかった。骨折り損のくたびれ儲けだったなと、インタビュアーの男が封印の館を立ち去ってしまった。こうして封印の館に訪れた小さなさざ波は、静かに幕をおろすことになったのです。
その男が立ち去るのを、哀しいほどの憧憬を込めて封印の館の主は見送っていた。その後ろから執事の老人が声をかけた。
「いつか、あなた様にも開放の時はまいりますよ。ちなみに先代さまは3百年ほどこちらにお住まいでした。まぁ、年を取ることも、眠ることも、食べることも必要ございません。あなた様は、ただお待ちになるだけでよろしゅうございますからね」
老執事は、新たな封印の館の主が気の毒になったらしく、付け加えた。
「封印の館の主に興味を持って、この館にやってくること。それが封印の館に主と認められる条件でございます。そのような好奇心旺盛な人物は、いつの時代になろうとも現れるものでございますよ」
確かに! と封印の館の主は思った。オレはいったいなぜあの時に引き返さなかったのだろう。本能があれほど警報を発してくれていたというのに。今となっては封印の館の主にできるのは、ただ待ち続けることだけであった。
有名な雑誌社の名刺を持参した男は、封印の館の主だと言われる男を凝視していた。丹精に整った顔だと言えるだろうが、不思議なくらいに個性がない。体型もスリムであり姿勢も良いし、人当たりも良いので一見すると優秀なホテルマンに見えなくもない。
けれどもなにか違う。主を名乗る男には個性と言うものがないように見える。館の主と言えば自然に思い浮かべるような気品や傲岸さ、それらを程よくミックスして、人当たりの良さで覆ったようなそんなプロトタイプに見えてしまうのだ。
だがまぁいい。館の主に個性があろうと、なかろうと、どうやらこの館が犯罪の温床になっているのではないか? というタレコミの方が重要なのだから。
もしも、そんなことは考えられないが、もしも本当に人間の記憶を消すなんてことができたとしたら、やはり犯罪の温床になるのは間違いないだろう。
人殺しを見られたとしても記憶を消せばよいし、大金持ちから有り金を奪ったうえで記憶を消して放りだせばいい。そいつは自分が金持ちだったことすら覚えていないんだからな。
そのような話をつらつらと語って聞かせると、封印の館の主はおおいに感銘を受けたようだ。まるでそんなことは考え付かなかったとでもいうように。記憶というものが、その人の魂を作り上げる骨格となっているなんて思いもつかなかったとでもいうかのように。
「あなたは随分と頭がよいのですね。こうしてどこにあるとも知れないような館を訪ねてくるぐらいに好奇心も旺盛のようだ」
封印の館の主は、記者である男を大いに気に入ったようだ。もしかしたらこの館の主は単なる訪問者を迎えたことがないのかも知れないと男は感じていた。男は好奇心の赴くままに質問を重ねていく。
「ところで、いったいあなたはどなたなんですか? いえねぇ。気になるじゃありませんか。こんな人里離れた場所で、いつ訪れるとも知れない人を待ち続ける封印の館の主。その正体に迫る! なんてね。これは全くジャーナリストの習性のようなものなんだが興味があるんですよ」
「封印の館ではなく、この私に興味があるとおっしゃるのですか? そんなことを言われたのは初めてですね」
封印の館の主は、面白そうにまじまじとインタビュアーを見つめて、少し頭を傾げた。何かを確認でもするかのような仕草であった。そして封印の館の主は結論を出したらしい。思いがけない提案をしたのだった。
「どうやらあなたには資格があるらしい。 それでは封印の館の秘密の場所をご案内しましょうか?」
「秘密の場所ですって!」
インタビュアーの男は思わず腰を浮かした。
「ええ。そうです。いつもお客様にご案内するのは封印の間です。そこでお客様は棺の中に、自分が忘れたい記憶を象徴するものをしまいます。まぁ、そうですね。タイムカプセルと言うものがあるでしょう。ああいった感じです。ただし二度と開けられることはありませんが」
「ではあなたは、封印の館は単なるパフォーマンスだと言うのですか。忘れたいものを棺に入れることで封印した気分になると?」
封印の館の主は、まるで出来の悪い弟子を見るような目でインタビュアーの男を見下ろした。
「いったい、ここにどんなロマンを求めてやってこられたのですか? この館に奇跡でも期待しているとおっしゃるのでしょうか?」
そう言わてしまえば、インタビュアーの男も返事に困ってしまいます。まさかジャーナリストともあろうものが、ほんとうに記憶を消してしまえるのじゃないか? なんて質問できるだろうか? それは随分馬鹿げて見えてしまうだろう。
けれども、ここには何かある。そんな子供だましのパフォーマンスの館であるものか! それはほとんど確信に近い思いであった。男のジャーナリストとしての直感がそう告げているのだ。
「しかし今、主どのは秘密の場所があるとおっしゃいましたね。やはり封印の館には秘密があるわけだ」
インタビュアーの男としては、これで1ポイントリードしたつもりであったが、封印の館の主が自分を見つめる瞳に気づいて、そんな気分は吹っ飛んでしまった。
主は狂おしいほどの渇望を込めて男を見ていた。まるで長い間求めていたものに出会ったかのように。
「ええ、だれにでも秘密はあるものです。私にもあなたにもね」
封印の館の主は、いかにも訳知り顔をして見せる。
「あぁ、確かにそうだろうなぁ。そしてこの俺に館の秘密を見せてくれるっていうのは本当なのか?」
「ええ、勿論本当ですとも。喜んでお見せしますとも。私はずっとあなたのような人がこの館に来るのを待ち望んでいたのですからね」
そういう封印の館の主の顔には、とうとう歓喜のようなものが現れている。まずい! これはいけない。ここから先に進んだら、きっと大変なことになる。
インタビュアーの男の第六感がびりびりと危険を訴えている。駄目だ! 戻れ! 最後のチャンスだぞ!
しかし、と男は思い直した。なんの危険があるというのだ。目の前の館の主はひょろりとしておよそ荒事に向きそうもない。しかしオレは空手の有段者なんだぞ!
ジャーナリストとしてアンダーグラウンドにも単身取材にはいる男は、それなりに腕に自信があった。もっとヤバイ場面だって経験してきたのだ。
男は無意識に自分のごつごつとした豆だらけの手と、いかにも荒事と無縁のような館の主のほっそらとした手を見比べた。大丈夫だ。秘密とやらを見せてもらおうじゃないか。ジャーナリストとしての自信と肥大した自我が、本能が囁く危機意識を隅に追いやってしまったのだった。
封印の館の主とジャーナリストは、肩を並べるようにして、館の奥へと続く廊下を進んでいった。こつん、こつんと2人のたてる足音だけがあたりにこだましていく。
しばらくして、ひとりの男が、館の主ににこやかに辞去の挨拶をしていた。
「いやぁ。突然押しかけてすみませんでした。それなりにいい記事になると思いますよ。現代の心のオアシス。自分のコンプレックスを封印しませんか? こんなコンセプトで記事をあげてみます。記事が掲載されたら雑誌を送りますよ」
如才ない言葉を連ねながら、ジャーナリストの男はほっそらとしたすべらかな手で、封印の館の主の手を握った。どうせ記事にはなりそうもなかったが、まぁこれもお愛想って奴だ。取材が無駄になることなど、日常茶飯事なのだから。
ジャーナリストの男は握手した時の封印の館の主の手が、まるで武闘家のようにごつごつと豆だらけなのを感じて少し驚いた。まぁこんな鄙びたところに年寄の執事と2人で住んでいるんなら、空手でも習っているのかもしれないなぁ。
しっかし一体何故オレは、こんな田舎までインタビューに来る気になったんだろう? 実際見るべきものはなにもなかった。骨折り損のくたびれ儲けだったなと、インタビュアーの男が封印の館を立ち去ってしまった。こうして封印の館に訪れた小さなさざ波は、静かに幕をおろすことになったのです。
その男が立ち去るのを、哀しいほどの憧憬を込めて封印の館の主は見送っていた。その後ろから執事の老人が声をかけた。
「いつか、あなた様にも開放の時はまいりますよ。ちなみに先代さまは3百年ほどこちらにお住まいでした。まぁ、年を取ることも、眠ることも、食べることも必要ございません。あなた様は、ただお待ちになるだけでよろしゅうございますからね」
老執事は、新たな封印の館の主が気の毒になったらしく、付け加えた。
「封印の館の主に興味を持って、この館にやってくること。それが封印の館に主と認められる条件でございます。そのような好奇心旺盛な人物は、いつの時代になろうとも現れるものでございますよ」
確かに! と封印の館の主は思った。オレはいったいなぜあの時に引き返さなかったのだろう。本能があれほど警報を発してくれていたというのに。今となっては封印の館の主にできるのは、ただ待ち続けることだけであった。
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