異世界トリップして霊獣さまを食べちゃった

異世界のお邪魔虫

「キャー！お願いこの子を助けて…」
　私が意識を取り戻してすぐに、そんな女性の悲鳴が聞こえてきた。

　周りを見回してみると、どうやらここはうっそうと木々が生い茂る森林の中、湖を中心とし、開けた場所のようだ。
　
　緑の息吹が色濃く感じられる、清浄な気配がただよっている。

　そろりと用心ぶかく身体をおこしてみる。

　なにしろつい一瞬前には、通勤電車に揺られていて、その電車が大きく傾き、自分の身体が経験したことのない衝撃を受けて吹き飛んだ記憶があるのだから……。

「う～ん。特に怪我はしていないみたいだよねー」
　ほっとして周囲に視線をさまよわせると、あの電車の乗客らしく背広姿の男性や、高校生のグループの姿が見える。

「異世界トリップ」
「勇者」
「冒険者」
　などの単語がチラチラ聞こえてくるけど、うん、私もそう思うよ。

　自慢じゃないけど28歳、彼氏なし、本を読んでさえいれば幸せな目立たない女でしかない。

　異世界転生や異世界トリップの物語は大好きだ。
　自分の身におこるのでさえなければ、だけど。

　しかし先ほどの悲鳴は？と女性の姿を探すと、目の前で女性の抱いていた赤ん坊が消滅するのが見えた。
　たしか私の斜め前にいたお母さんだ。

　満員電車で赤ん坊が泣きだし、咎めるような視線が母親に集中し少し緊張していたっけ。

「赤ん坊は泣くのが仕事ですからね。元気な赤ちゃんですね」

　と、隣の席のお爺さんが話しかけて、空気が和らいだのを覚えている。

　そのお母さんの姿も、何だか若返ってみえる。
　慌てて高校生のグループを見ると、彼等の姿はすでに小学生ぐらいになっていた。

　この場所は、もしかしたら神隠しにあった人々が、流れ着く場所なのかもしれない。

　まるで海の墓場のように、次元の狭間に落ち込んだ人々が、流れ着きやすい場所。
　そして、そんな場所だからこそ、自動的に異物を排除するシステムが組み込まれていたとしたら……。

　冗談じゃない！。自分の意思で来たわけでもないのに、勝手に消去されてたまるか。

　考えろ！昔から神隠しの伝説や、迷い人の口伝は多くある。
　その中に異界の人間と認められるための、条件があったはずだ。

　食べ物！そうだ食べ物だ。
　確か異界の食べ物を食べると、その世界の住人となって、もう元の世界に戻ることができないんだった。

戻れない！そのことを考えると胸がキリリと痛んだ。
　祖母・父・母・妹・弟・そして私の6人家族。

平凡すぎる人生だけど、二度と帰れないと諦めるのは辛い。
　けれど迷っていたら、この世界から強制排除されるだけ。

　森の方を見ると、果物らしい実をつけた大木があった。

　金色・銀色・黒・赤
　異界の木の実は、色鮮やかに輝いて見える。

「毒」そんな言葉が思わず口から出てしまう。
　あまりにも異色の木の実、食べたら死ぬかもしれない。

　そんな気持ちと裏腹に、身体は猛然と大木に向かって駆け出していく。
　すでに身体は縮んでいるから、靴はぶかぶか。

　はだしで、スカートは脱げ落ちて、大きすぎるチュニックが身体を覆って、走るのを邪魔している。

　木に取りすがるようによじ登って、木の実をいくつか適当にもいで、その一つを手にとり、残りを周囲の人に投げて叫んだ。

「食べて！お願い」

　そして実を急いで飲み下すと、その場でドクンと心臓が拍動して、そのまま意識を手放してしまった。
　身体がぐらりと揺れて木から落ちたのをかすかに感じながら。