1 / 22
アルカと3匹の精霊獣
しおりを挟む
「アルカ、おはよう」
「アルカ、もう朝だよ」
「アルカ、今日もお仕事日和の良い天気だよ」
わいわいと大騒ぎしているのは、アルカと使い魔契約をしている精霊獣たちです。
精霊獣というのは人型を取らない精霊のことで、ふわふわとした柔らかい毛皮と愛らしい容姿を持っていることが多いようです。
「ふぁーー。おはようミィ。起こしてくれてありがとうヒィ。本当に良い天気ねフゥ」
アルカは律儀にも精霊獣それぞれに丁寧に声をかけます。
このアルカの律儀なところが気に入って、ミィ達はアルカの使い魔になったのです。
それとアルカのお料理に惹かれたという面もあります。
精霊獣ってけっこうグルメが多いのですよ。
ミィと呼ばれた水色の猫は、ぴょこんとアルカの布団の上に飛び乗って、自慢そうに胸を逸らしました。
ミィは水を司る精霊獣で、毎朝真っ先にアルカを起こすのを楽しみにしています。
ヒィは火を司る鳥型の精霊獣で、窓辺にちょこんと飛び乗って、朝日がきらきらと入り込んでいるのをアルカに示しました。
フゥはちょこんとアルカの肩によじ登っています。
フゥは緑色の風の精霊獣なのですが、アルカの使い魔の中で一番の甘えん坊の犬型精霊獣なのです。
アルカはフゥを頭から降ろすと、ヒィの方を見て素晴らしくいい天気なのを確認すするなり元気に飛び起きました。
「素敵なお日様だわ。さぁせっかくの良い天気を無駄にするわけにはいかないわよ。シーツを洗濯してしまいましょう」
「わかったよ、それなら僕の仕事だね。まかせておいて」
アルカがベッドから引っこ抜いたシーツの固まりを、ミィがさっさと受け取って庭に持っていきます。
裏庭には洗濯用のたらいや洗剤、それに洗濯ものを干すためのロープなどをしまっている物置小屋があるのです。
「僕も手伝うよ」
ヒィが一緒になって飛んでいってしまいましたから、後に残ったのはフゥだけです。
「じゃぁフゥ。大急ぎで着替えて洗面を済ませてしまうから、そうしたら一緒に朝食を作りましょう」
それを聞いてフゥは思わず緑の尻尾をパタパタとせわしなく振ってしまいました。
「わかったよ。それじゃぁ僕は籠を取ってくるね。菜園で待ってるからね」
フゥが飛び出していこうとするのへ、アルカはあわてて声をかけました。
「フゥ、かまどに火を入れて、お湯を沸かしておいてくれる。お湯があれば便利だからね」
「はぁーい」
フゥが元気よく返事をしたので、アルカは大急ぎで着替えを済ませてしまいました。
麻で出来たワンピースをすっぽりとかぶって、腰のところで紐を結ぶだけです。
そのワンピースだって生成りなので、まるっきり装飾のない服ですが、はち切れんばかりにエネルギーに満ちている少女には装飾品なんて必要ありません。
艶々としたすべらかな肌と、生き生きとして好奇心にあふれた琥珀色の瞳。
幾分赤みがかった亜麻色の髪は、癖もなくさらさらと背中に流れています。
アルカを一目みた人は、みんなアルカの生き生きとした笑顔に魅せられてしまいます。
「アルカは美人じゃないかもしれないが、魅力的な女の子なのは確かだな」
「爺さんの目は節穴か? ありゃ将来美人になるに決まっているさ」
アルカの評価はまちまちですがひとつだけ確かなのは、今現在のアルカは美女とはほど遠いということです。
けれどもアルカはそんな外野の言葉など、気にもとめないフリをしています。
アルカだって女の子である以上、美人じゃないと言われて心穏やかではありません。
だから将来美人になるという言葉を信じることにしているのです。
アルカはちょっぴり赤みがかかった髪を忌々しそうに眺めると、三つ編みにしてしまいます。
アルカは綺麗なブロンドに憧れていて、光があたると赤毛に見える自分の髪があまり好きではないのです。
けれども小さいころ赤毛だった女の子が、大人になって綺麗なブロンドになったって話もあるので、希望は捨てていません。
お仕事をするのに、ふわふわを髪をなびかせている訳にはいきませんからね。
なにしろアルカのお仕事は、沢山の荷物を竜の谷まで運ぶことなのですから。
空を飛ぶのには、フワフワ髪は邪魔になるのです。
アルカは麻のワンピースの上に真っ白な木棉のエプロンをつけて、菜園までかけていきました。
既にフゥが美味しそうなルールの若い葉っぱや、レイリの葉を摘んでくれています。
「ご苦労様、フゥ。サラダの野菜はそんなものでいいかな。トモの赤い実の熟れたところを3つばかりもいでくれる? 私はスープになりそうなトロンの黄色い実を集めてくるから」
「トロンのスープかぁ。大好物だよ。じゃぁトモの実をとって来るね」
フゥは楽しそうに菜園の奥に飛んでいきました。
ルールやレイリの葉は、若い新しい葉だけを摘んでやれば、翌日にはもう新しい葉っぱが顔を出します。
だから全部摘んでしまわなければ、毎日だってサラダを食べることができるのです。
トモの実は真っ赤で、お日様の日差しが強い夏になる実なのですが、酸味と甘みのバランスが良くてサラダに混ぜると彩も味もぐんと良くなるので便利な野菜なのでした。
そうして今からアルカが向かうのは果樹がなっている森です。
果物としてそのまま食べることのできる実や、火をいれることで美味しく食べることのできる実が鈴なりになっているので、毎日その日に食べる分だけ、森から頂いてくるのです。
森はけっこう気難しいものなので、欲張りだったり森を荒らしたりしたら、迷いの森に連れ去ってしまったり、酷い悪戯をするので注意が必要なのでした。
アルカはお師匠様に森への敬意を散々言い含められて育ったので、森の主を怒らせるような真似なんて絶対にしません。
重そうなトロンの実がなっている木の前にくるとアルカは丁寧にたのみました。
「朝食にトロンのスープを作りたいので、どうか1つ分けていただけますか?」
そうすると枝がゆっくりとしなって、トロンの実がアルカの目の前に降りてきました。
アルカはトロンの実を1つだけ枝を傷つけないように丁寧にもぎます。
「ありがとう。いただきます」
アルカが礼を言って森を出ようとすると、小枝がアルカの髪に絡みつきました。
「イタィ。どうしたの。私、森に悪戯なんかしないよ」
アルカが振り返ると髪に絡みついたのは、オランジェの枝です。
「まぁ、もうオランジェの実がなったの? もしかして1つ頂けるのかしら?」
アルカが歓声をあげると、オランジェの枝がついておいでというように、するすると森の奥に誘います。
枝に誘われてついていけば、オランジェの実のよい香がしてきます。
オランジェの実からは美味しいジュースが取れるのですが、枝からもいでも日持ちがするので籠にもっておいておくだけでよい芳香剤にもなるのです。
「まぁ、とっても沢山の実がなったのね。ちょっと多めに頂いてもいいかしら。この香、大好きなのよ」
そういうとアルカはふわりと宙に真っ白な布を浮かべました。
布はふわふわとオランジェの大木に近づいていきました。
そうするとオランジェの大木は、ブルブルと枝をゆすって、ぼたぼたオランジェの実を落としてくれるのです。
真っ白な布は巧みにオランジェの実を受け取って、ひとつも地面に落としたりはしません。
オランジェの実は、子供の頭ぐらいの大きさがありますし、たっぷりと7つも落としてくれたので結構な量になりました。
けれども不思議なことに真っ白な布は、荷物にあわせてずんずんと大きくなって、実を全て受け取るとこぼさないようにきれいに包んで口をリボン結びに縛ってしまいます。
実はこの布はアルカが荷物を運ぶ時につかう、風の布でどんな大きな荷物だって綺麗に包むと、その大きなリボンをふわふわと動かして、鳥のように飛べるのです。
アルカは風の布を呼び寄せると、その中にトロンの実も入れてしまいました。
なにしろトロンの実は、アルカの顔ぐらいの大きさがあって、中身がぎっしり詰まっているので重いのです。
今日の朝食の材料が揃ったのでアルカが台所に入ると、フゥがサラダの下ごしらえをしてくれています。
アルカはまずはオランジェの実を、一番大きな籠にいれてしまいました。
「あぁ、すっごくいい匂い。オランジェの実が成ったんだ。すっかり夏になったんだね」
フゥはオランジェの実の匂いを好もしそうに嗅いでいます。
「ええ、今朝、オランジェの木が呼んでくれたのよ。こんなにいい匂いなのに気が付かなかったなんてねぇ。今朝はオランジェのジュースを作るから、ドレッシングにはオランジェの皮を刻んで混ぜちゃいましょう」
そんなことを言いながら、アルカは低温保存庫から昨夜仕込んでおいたパン種を取り出しました。
低温発酵させることで、昨夜のうちにパン種を仕込むことが出来るのです。
くるくると適当な大きさに丸めると、オーブンに放り込みます。
そうしてパンを焼いている間に、オランジェの実を絞ってジュースをつくり、それは低温保存庫で冷やしておきました。
オランジェの皮を刻んだものと塩やビネガー、油を良く混ぜてドレッシングを作ると、トロンの実に取り掛かります。
大きなトロンの実の上を切り落とすと、どろどろとしたトロンジュースを小鍋に入れます。
それからトロンの実の固い外皮に守られている柔らかい肉をこそぎだして、丁寧にすりつぶしてそれも小鍋に混ぜてしまいます。
そこにミルクと塩を入れて、沸騰させないようにくつくつと煮込んでいくと、トロトロでほんのり甘いトロンスープが出来上がるのです。
フゥが沸かしてくれていたお湯を使って、ハーブティを入れたころには、パンの焼ける良い匂いがしてきました。
「うわぁー、いい匂い。洗濯ものは全部干してきたよ」
「わぁー。もしかしてトロンスープがあるの? オランジェの実がある。すっかり夏になったんだね」
ヒィとミィも戻ってきたので、今からみんなで朝食の時間です。
「さぁ、朝ごはんにしましょ。みんな、お膳を出すのをてつだってね」
アルカが言えば精霊獣たちもいそいそとお手伝いをしてくれます。
ふわふわの猫や犬や小鳥たちが、せっせと食卓に食べ物を並べていく様子は、とても愛らしいのですが本人たちにはそんな自覚はありません。
焼き立てのパンとベルべのジャム。花喰い鳥から分けて貰った花蜜とアルカお手製のミルククリーム。
若葉とトモの実のサラダには、オランジェのドレッシングがたっぷりとかかっています。
トロトロのトロンのスープとオランジェのジュース。
そして眠気を吹っ飛ばして、頭がしゃっきりとするハーブティ。
精霊獣であるミィたちは、獣なので本当はお肉や卵が好きなのですが、それは朝は我慢なのです。
庭や森で手に入る野菜や果物、それに木の実とは違って、お肉というのは高いものだから。
それになんといっても、アルカの料理はとっても心があったまるのです。
「いただきます」
さぁ、おいしく召し上がれ。
アルカと3精霊獣のいつもの一日の幕開けです。
「アルカ、もう朝だよ」
「アルカ、今日もお仕事日和の良い天気だよ」
わいわいと大騒ぎしているのは、アルカと使い魔契約をしている精霊獣たちです。
精霊獣というのは人型を取らない精霊のことで、ふわふわとした柔らかい毛皮と愛らしい容姿を持っていることが多いようです。
「ふぁーー。おはようミィ。起こしてくれてありがとうヒィ。本当に良い天気ねフゥ」
アルカは律儀にも精霊獣それぞれに丁寧に声をかけます。
このアルカの律儀なところが気に入って、ミィ達はアルカの使い魔になったのです。
それとアルカのお料理に惹かれたという面もあります。
精霊獣ってけっこうグルメが多いのですよ。
ミィと呼ばれた水色の猫は、ぴょこんとアルカの布団の上に飛び乗って、自慢そうに胸を逸らしました。
ミィは水を司る精霊獣で、毎朝真っ先にアルカを起こすのを楽しみにしています。
ヒィは火を司る鳥型の精霊獣で、窓辺にちょこんと飛び乗って、朝日がきらきらと入り込んでいるのをアルカに示しました。
フゥはちょこんとアルカの肩によじ登っています。
フゥは緑色の風の精霊獣なのですが、アルカの使い魔の中で一番の甘えん坊の犬型精霊獣なのです。
アルカはフゥを頭から降ろすと、ヒィの方を見て素晴らしくいい天気なのを確認すするなり元気に飛び起きました。
「素敵なお日様だわ。さぁせっかくの良い天気を無駄にするわけにはいかないわよ。シーツを洗濯してしまいましょう」
「わかったよ、それなら僕の仕事だね。まかせておいて」
アルカがベッドから引っこ抜いたシーツの固まりを、ミィがさっさと受け取って庭に持っていきます。
裏庭には洗濯用のたらいや洗剤、それに洗濯ものを干すためのロープなどをしまっている物置小屋があるのです。
「僕も手伝うよ」
ヒィが一緒になって飛んでいってしまいましたから、後に残ったのはフゥだけです。
「じゃぁフゥ。大急ぎで着替えて洗面を済ませてしまうから、そうしたら一緒に朝食を作りましょう」
それを聞いてフゥは思わず緑の尻尾をパタパタとせわしなく振ってしまいました。
「わかったよ。それじゃぁ僕は籠を取ってくるね。菜園で待ってるからね」
フゥが飛び出していこうとするのへ、アルカはあわてて声をかけました。
「フゥ、かまどに火を入れて、お湯を沸かしておいてくれる。お湯があれば便利だからね」
「はぁーい」
フゥが元気よく返事をしたので、アルカは大急ぎで着替えを済ませてしまいました。
麻で出来たワンピースをすっぽりとかぶって、腰のところで紐を結ぶだけです。
そのワンピースだって生成りなので、まるっきり装飾のない服ですが、はち切れんばかりにエネルギーに満ちている少女には装飾品なんて必要ありません。
艶々としたすべらかな肌と、生き生きとして好奇心にあふれた琥珀色の瞳。
幾分赤みがかった亜麻色の髪は、癖もなくさらさらと背中に流れています。
アルカを一目みた人は、みんなアルカの生き生きとした笑顔に魅せられてしまいます。
「アルカは美人じゃないかもしれないが、魅力的な女の子なのは確かだな」
「爺さんの目は節穴か? ありゃ将来美人になるに決まっているさ」
アルカの評価はまちまちですがひとつだけ確かなのは、今現在のアルカは美女とはほど遠いということです。
けれどもアルカはそんな外野の言葉など、気にもとめないフリをしています。
アルカだって女の子である以上、美人じゃないと言われて心穏やかではありません。
だから将来美人になるという言葉を信じることにしているのです。
アルカはちょっぴり赤みがかかった髪を忌々しそうに眺めると、三つ編みにしてしまいます。
アルカは綺麗なブロンドに憧れていて、光があたると赤毛に見える自分の髪があまり好きではないのです。
けれども小さいころ赤毛だった女の子が、大人になって綺麗なブロンドになったって話もあるので、希望は捨てていません。
お仕事をするのに、ふわふわを髪をなびかせている訳にはいきませんからね。
なにしろアルカのお仕事は、沢山の荷物を竜の谷まで運ぶことなのですから。
空を飛ぶのには、フワフワ髪は邪魔になるのです。
アルカは麻のワンピースの上に真っ白な木棉のエプロンをつけて、菜園までかけていきました。
既にフゥが美味しそうなルールの若い葉っぱや、レイリの葉を摘んでくれています。
「ご苦労様、フゥ。サラダの野菜はそんなものでいいかな。トモの赤い実の熟れたところを3つばかりもいでくれる? 私はスープになりそうなトロンの黄色い実を集めてくるから」
「トロンのスープかぁ。大好物だよ。じゃぁトモの実をとって来るね」
フゥは楽しそうに菜園の奥に飛んでいきました。
ルールやレイリの葉は、若い新しい葉だけを摘んでやれば、翌日にはもう新しい葉っぱが顔を出します。
だから全部摘んでしまわなければ、毎日だってサラダを食べることができるのです。
トモの実は真っ赤で、お日様の日差しが強い夏になる実なのですが、酸味と甘みのバランスが良くてサラダに混ぜると彩も味もぐんと良くなるので便利な野菜なのでした。
そうして今からアルカが向かうのは果樹がなっている森です。
果物としてそのまま食べることのできる実や、火をいれることで美味しく食べることのできる実が鈴なりになっているので、毎日その日に食べる分だけ、森から頂いてくるのです。
森はけっこう気難しいものなので、欲張りだったり森を荒らしたりしたら、迷いの森に連れ去ってしまったり、酷い悪戯をするので注意が必要なのでした。
アルカはお師匠様に森への敬意を散々言い含められて育ったので、森の主を怒らせるような真似なんて絶対にしません。
重そうなトロンの実がなっている木の前にくるとアルカは丁寧にたのみました。
「朝食にトロンのスープを作りたいので、どうか1つ分けていただけますか?」
そうすると枝がゆっくりとしなって、トロンの実がアルカの目の前に降りてきました。
アルカはトロンの実を1つだけ枝を傷つけないように丁寧にもぎます。
「ありがとう。いただきます」
アルカが礼を言って森を出ようとすると、小枝がアルカの髪に絡みつきました。
「イタィ。どうしたの。私、森に悪戯なんかしないよ」
アルカが振り返ると髪に絡みついたのは、オランジェの枝です。
「まぁ、もうオランジェの実がなったの? もしかして1つ頂けるのかしら?」
アルカが歓声をあげると、オランジェの枝がついておいでというように、するすると森の奥に誘います。
枝に誘われてついていけば、オランジェの実のよい香がしてきます。
オランジェの実からは美味しいジュースが取れるのですが、枝からもいでも日持ちがするので籠にもっておいておくだけでよい芳香剤にもなるのです。
「まぁ、とっても沢山の実がなったのね。ちょっと多めに頂いてもいいかしら。この香、大好きなのよ」
そういうとアルカはふわりと宙に真っ白な布を浮かべました。
布はふわふわとオランジェの大木に近づいていきました。
そうするとオランジェの大木は、ブルブルと枝をゆすって、ぼたぼたオランジェの実を落としてくれるのです。
真っ白な布は巧みにオランジェの実を受け取って、ひとつも地面に落としたりはしません。
オランジェの実は、子供の頭ぐらいの大きさがありますし、たっぷりと7つも落としてくれたので結構な量になりました。
けれども不思議なことに真っ白な布は、荷物にあわせてずんずんと大きくなって、実を全て受け取るとこぼさないようにきれいに包んで口をリボン結びに縛ってしまいます。
実はこの布はアルカが荷物を運ぶ時につかう、風の布でどんな大きな荷物だって綺麗に包むと、その大きなリボンをふわふわと動かして、鳥のように飛べるのです。
アルカは風の布を呼び寄せると、その中にトロンの実も入れてしまいました。
なにしろトロンの実は、アルカの顔ぐらいの大きさがあって、中身がぎっしり詰まっているので重いのです。
今日の朝食の材料が揃ったのでアルカが台所に入ると、フゥがサラダの下ごしらえをしてくれています。
アルカはまずはオランジェの実を、一番大きな籠にいれてしまいました。
「あぁ、すっごくいい匂い。オランジェの実が成ったんだ。すっかり夏になったんだね」
フゥはオランジェの実の匂いを好もしそうに嗅いでいます。
「ええ、今朝、オランジェの木が呼んでくれたのよ。こんなにいい匂いなのに気が付かなかったなんてねぇ。今朝はオランジェのジュースを作るから、ドレッシングにはオランジェの皮を刻んで混ぜちゃいましょう」
そんなことを言いながら、アルカは低温保存庫から昨夜仕込んでおいたパン種を取り出しました。
低温発酵させることで、昨夜のうちにパン種を仕込むことが出来るのです。
くるくると適当な大きさに丸めると、オーブンに放り込みます。
そうしてパンを焼いている間に、オランジェの実を絞ってジュースをつくり、それは低温保存庫で冷やしておきました。
オランジェの皮を刻んだものと塩やビネガー、油を良く混ぜてドレッシングを作ると、トロンの実に取り掛かります。
大きなトロンの実の上を切り落とすと、どろどろとしたトロンジュースを小鍋に入れます。
それからトロンの実の固い外皮に守られている柔らかい肉をこそぎだして、丁寧にすりつぶしてそれも小鍋に混ぜてしまいます。
そこにミルクと塩を入れて、沸騰させないようにくつくつと煮込んでいくと、トロトロでほんのり甘いトロンスープが出来上がるのです。
フゥが沸かしてくれていたお湯を使って、ハーブティを入れたころには、パンの焼ける良い匂いがしてきました。
「うわぁー、いい匂い。洗濯ものは全部干してきたよ」
「わぁー。もしかしてトロンスープがあるの? オランジェの実がある。すっかり夏になったんだね」
ヒィとミィも戻ってきたので、今からみんなで朝食の時間です。
「さぁ、朝ごはんにしましょ。みんな、お膳を出すのをてつだってね」
アルカが言えば精霊獣たちもいそいそとお手伝いをしてくれます。
ふわふわの猫や犬や小鳥たちが、せっせと食卓に食べ物を並べていく様子は、とても愛らしいのですが本人たちにはそんな自覚はありません。
焼き立てのパンとベルべのジャム。花喰い鳥から分けて貰った花蜜とアルカお手製のミルククリーム。
若葉とトモの実のサラダには、オランジェのドレッシングがたっぷりとかかっています。
トロトロのトロンのスープとオランジェのジュース。
そして眠気を吹っ飛ばして、頭がしゃっきりとするハーブティ。
精霊獣であるミィたちは、獣なので本当はお肉や卵が好きなのですが、それは朝は我慢なのです。
庭や森で手に入る野菜や果物、それに木の実とは違って、お肉というのは高いものだから。
それになんといっても、アルカの料理はとっても心があったまるのです。
「いただきます」
さぁ、おいしく召し上がれ。
アルカと3精霊獣のいつもの一日の幕開けです。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
黒騎士団の娼婦
イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる