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1話 プロローグ
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都内某所。世間は年末休暇を控え、慌ただしいながらも来るべき休暇に胸を焦がしている。一人の少女が、三つ編みをたなびかせながら自転車を走らせていた。端正でどこか上品な顔立ちで育ちの良さが伺える。
この近所に住む中学生で、高校受験を控え塾から自宅に帰る途中であった。少女は橋から河川敷道路に入った。しかし、今走っている場所は、女の子が夜間一人で走るには、少々物騒な所である。
少女も最初こそ怖かったものの、家から塾への最短ルートということで常習的に使うようになった。河川敷にはホームレスのビニールハウスと、河川工事のバリケードと運動場が交互に続いている。
少女とは別に堤防を歩く影があった。寒い冬の夜に、行く当てがないのか肩で風を切りながらそのそと歩く。その姿は傍から見る分には、いかにも不良という身なりと、オーラを纏った四人組の集団である。彼らは、一般的な非行少年の例に漏れず車上荒らし、恐喝、強姦、金のためなら暴力団の手伝いすらもする悪のエリート集団だった。
先頭を歩く、リーダー格の少年が呟いた。
「つまんねえな」
「佑一君、いっつもそればっかですよね」
佑一と呼ばれた少年は、それに少しムスっと不機嫌になりながらも続ける。
「どっかに面白いことないもんか」
「佑一君、昨日の合コンどうだったんっスか?」
洋介が話を変える。~っスが口癖で、佑一の取り巻きの一人でも古参の一人である。家が佑一の近所で、小さい頃からツルんでは悪いことを繰り返していた仲である。
「ブスばっかで、ロクな女がいなかった」
「そいつはひでぇ」
一同は煙草を咥えながら、他愛の話をしながら歩いていた。そこに前方から何かが、近づいて来るのに気がついた。暗くて顔は見えないが、どうやら自転車のようである。自転車が彼らに、近づくにしたがって、女が乗っていることに気がついた。
「いいことを考えた」
佑一は、にやにやしながらほほくそ笑む。
横に一列になって歩いていた彼らは、前からきた自転車を通すために道を開けた。自転車が横を通り過ぎる瞬間、佑一は自転車の横腹に全力で前蹴りを入れた。
「きゃあああ」
自転車がバランスを崩して堤外地のほうに吹き飛んだ。ガシャーンという音と共に、少女は自転車から放り出されて、堤防の坂をごろごろと、まるでゴルフボールのように転がり落ちていった。少女はうつ伏せになって、ぴくりとも動かない。
「随分派手に飛んだな」
まるで他人事のように淡々と言った後堤防の勾配を降りていった。その様子を見ていた少年グループも佑一を追って坂を駆け下りていく。
彼女はまだ、何が起きたのかまるで理解できない。ただ自分が全身痛みに耐えているのはわかった。立ちあがろうにも痛みで満足に動けない。そこに佑一の気配に気がついた。
「助けて…」
彼女はそう声にならない声で囁くと助けを懇願した。しかしその悲痛な叫びも少年達には届かなかった。少年達は、泥だらけの彼女の足を持って河川のほうに引きずると仰向けにして襲いかかったのであった。何をされるのかを、完全に理解した彼女は必死に抵抗するも少年達は少女を嬲った。佑一を筆頭に順番に全員がすることをした後、少年達は彼女が息をしてないことに気がついた。少女の顔は、見る影もないくらい赤く腫れあがり、全身痛ましい限りの痣が出来ていた。
「佑一君があんなに殴るから」
メンバーの一人圭介がそう言うと
「お前だって楽しんだろ」
この状況でも、冷静な声で佑一は言った。
「佑一君、どうするんっスか?」
「とりま、死体を捨てるか」
「どこにっスか?」
「ここに来る途中に工事現場あっただろ。そこの穴に捨てて埋めりゃバレねえよ。それにバレても俺達は天下無敵の未成年だ。」
実は少年達が、人を殺したのはこれが初めてではなかった。その時は千葉県の山中に死体を遺棄したのだが、半年もの間何事もなかったので少年達の心に慢心を生んでいた。
少年達は事切れて動かなくなった少女を、草むらから引きずると闇に消えていった。
堤防に一台の白い車が止まった。車の中から一人の男が降りてきた。
「寒っ」
男は思わずそう呟いてしまった。堤防は周りに、障害物がないため風が強い。しかも今は年末である。時計の針は深夜二時を指していた。急いでヘルメットを被ると、懐中電灯を片手に現場のほうに歩きだす。
(犯罪防止月間だからってしんどいな)
名前は坪井大二。今年の春に、地方大学を卒業し東京の建設会社に入ったばかりの新人現場監督である。年相応には見えない童顔が特徴だが、似合わない無精髭が伸びていた。体格はがっしりとした筋肉質で、大学時代は柔道部に所属していたが鳴かず飛ばずで万年補欠。成績は中の下で学部では目立たない存在であまり口数も多いほうではない。
人のためになる仕事がしたいと思って建設業の道に進んだのは、父親の影響だった。専業農家の父親は坪井が小さい頃から「人の役に立つ大人になれ」が口癖の立派な大人だった。坪井が稼業を継がずに、この道に進むことを相談した時もやりたいことをやれと背中を押してくれた。
そういった夢もいざ社会人として働き出すと、建築業の忙しさの前にかつての情熱も消え去りサラリーマンとして過ごす毎日である。それが坪井は堪らなく嫌だったが変わろうとは思っても惰性で日々を過ごす毎日であった。
今日の巡視は本来職場の先輩の担当だったが、一足先に田舎に帰省したため代わりにやるハメになったのだ。
はあと大きなため息を吐く。白色の息が現れては消えた。巡視ノートとペンを片手にとぼとぼと現場を見て回る。
(どうせ、今日も何にも変わらないよ)
そう思いながら河川敷の現場を歩いていると何やら音が聞こえる。
(泥棒か?)
坪井に緊張が走る。この辺りはホームレスが多い。ホームレスにより現場の備品が盗まれることはちょこちょこあるのだ。音のするほうに向かうと、男達がスコップで何やらしているようだった。
「何をしている?」
坪井は懐中電灯の光を向けた。男達は一斉に驚いた顔をして動きを止めた。彼らのスコップの先を照らすと、穴の中にかろうじて顔だけ出して土に埋もれた人間が見えた。一瞬人形かと思ったが、懐中電灯の光を浴びて瞼ひとつ動かさない、それが人だと理解するのにそう時間はかからなかった。その非現実的な光景に恐怖で硬直する。
現場を見られた佑一はちっと舌打ちをした。
「見られたからには殺すしかないな」
「おっ、本日二人目の犠牲者っスか」
と気の抜けた声で洋介が答えた。
少年達は少女を埋める作業を中断して、スコップを放り投げると走って坪井に向かってきた。
ひいと大きな声を上げて、少年達に背中を向けて坪井は一心不乱に逃げ出した。
(車だ。車に乗って逃げれば助かる)
全力で走るなんていつ以来だろ、そんな下らないことを考えながら、200mほど離れた車まで息を切らせながら走る。坪井はこの現場で働いていただけあって、どこになにがあるか熟知していた。しかし、坪井が後ろを振り向くとすぐそこまで敵が来ていた。
(あいつら足が早い。このままじゃ追いつかれる。)
そう思った次の瞬間頭に鈍い衝撃が走った。グループで一番足の速い洋介が特殊警棒で坪井の頭を殴打したのだ。ヘルメットを被っていたお陰で、軽傷で済んだのが幸いだった。何秒くらい彼らと鬼ごっこをしただろうか、息も絶え絶えでようやく車までたどり着いたが少年達に囲まれてしまった。
「命だけは助けて下さい」
いい歳をした大人が、一回りも離れた少年達に土下座して懇願する。少年達は各々武器を片手にそれを見下ろしていた。
「大人が情けないな」
そういうと背中に鋭い痛みが走った。洋介が警棒で情け容赦なく叩いたのである。あまりの痛さに呼吸が出来なくなってのたうち回る。その姿を見て笑いだす少年達。
凄惨なリンチが幕を上げた。坪井が動かなくなるまで、少年達はまるでサッカーボールでも扱うかのように蹴り続けたのであった。
坪井は激しい痛みの中で、どうでもいいから早く終わって欲しいと諦めの境地にいた。少年達の笑い声と、自分の悲鳴それらが重なりあって、まるで自分の体が自分じゃないかのような錯覚に陥る。
坪井が動かなくなったのを見て、佑一はバタフライナイフを取り出すと圭介に渡した。
「お前が止めを刺せ」
圭介は坪井を仰向けにさせると、馬乗りになり両手でナイフを胸に刺すために大きく振りかぶった。
それを見た坪井は自分に迫る、外灯に照らされてきらきら光る白刃を綺麗だと思った。命の危機の前に坪井の中で何かが爆ぜた。
この近所に住む中学生で、高校受験を控え塾から自宅に帰る途中であった。少女は橋から河川敷道路に入った。しかし、今走っている場所は、女の子が夜間一人で走るには、少々物騒な所である。
少女も最初こそ怖かったものの、家から塾への最短ルートということで常習的に使うようになった。河川敷にはホームレスのビニールハウスと、河川工事のバリケードと運動場が交互に続いている。
少女とは別に堤防を歩く影があった。寒い冬の夜に、行く当てがないのか肩で風を切りながらそのそと歩く。その姿は傍から見る分には、いかにも不良という身なりと、オーラを纏った四人組の集団である。彼らは、一般的な非行少年の例に漏れず車上荒らし、恐喝、強姦、金のためなら暴力団の手伝いすらもする悪のエリート集団だった。
先頭を歩く、リーダー格の少年が呟いた。
「つまんねえな」
「佑一君、いっつもそればっかですよね」
佑一と呼ばれた少年は、それに少しムスっと不機嫌になりながらも続ける。
「どっかに面白いことないもんか」
「佑一君、昨日の合コンどうだったんっスか?」
洋介が話を変える。~っスが口癖で、佑一の取り巻きの一人でも古参の一人である。家が佑一の近所で、小さい頃からツルんでは悪いことを繰り返していた仲である。
「ブスばっかで、ロクな女がいなかった」
「そいつはひでぇ」
一同は煙草を咥えながら、他愛の話をしながら歩いていた。そこに前方から何かが、近づいて来るのに気がついた。暗くて顔は見えないが、どうやら自転車のようである。自転車が彼らに、近づくにしたがって、女が乗っていることに気がついた。
「いいことを考えた」
佑一は、にやにやしながらほほくそ笑む。
横に一列になって歩いていた彼らは、前からきた自転車を通すために道を開けた。自転車が横を通り過ぎる瞬間、佑一は自転車の横腹に全力で前蹴りを入れた。
「きゃあああ」
自転車がバランスを崩して堤外地のほうに吹き飛んだ。ガシャーンという音と共に、少女は自転車から放り出されて、堤防の坂をごろごろと、まるでゴルフボールのように転がり落ちていった。少女はうつ伏せになって、ぴくりとも動かない。
「随分派手に飛んだな」
まるで他人事のように淡々と言った後堤防の勾配を降りていった。その様子を見ていた少年グループも佑一を追って坂を駆け下りていく。
彼女はまだ、何が起きたのかまるで理解できない。ただ自分が全身痛みに耐えているのはわかった。立ちあがろうにも痛みで満足に動けない。そこに佑一の気配に気がついた。
「助けて…」
彼女はそう声にならない声で囁くと助けを懇願した。しかしその悲痛な叫びも少年達には届かなかった。少年達は、泥だらけの彼女の足を持って河川のほうに引きずると仰向けにして襲いかかったのであった。何をされるのかを、完全に理解した彼女は必死に抵抗するも少年達は少女を嬲った。佑一を筆頭に順番に全員がすることをした後、少年達は彼女が息をしてないことに気がついた。少女の顔は、見る影もないくらい赤く腫れあがり、全身痛ましい限りの痣が出来ていた。
「佑一君があんなに殴るから」
メンバーの一人圭介がそう言うと
「お前だって楽しんだろ」
この状況でも、冷静な声で佑一は言った。
「佑一君、どうするんっスか?」
「とりま、死体を捨てるか」
「どこにっスか?」
「ここに来る途中に工事現場あっただろ。そこの穴に捨てて埋めりゃバレねえよ。それにバレても俺達は天下無敵の未成年だ。」
実は少年達が、人を殺したのはこれが初めてではなかった。その時は千葉県の山中に死体を遺棄したのだが、半年もの間何事もなかったので少年達の心に慢心を生んでいた。
少年達は事切れて動かなくなった少女を、草むらから引きずると闇に消えていった。
堤防に一台の白い車が止まった。車の中から一人の男が降りてきた。
「寒っ」
男は思わずそう呟いてしまった。堤防は周りに、障害物がないため風が強い。しかも今は年末である。時計の針は深夜二時を指していた。急いでヘルメットを被ると、懐中電灯を片手に現場のほうに歩きだす。
(犯罪防止月間だからってしんどいな)
名前は坪井大二。今年の春に、地方大学を卒業し東京の建設会社に入ったばかりの新人現場監督である。年相応には見えない童顔が特徴だが、似合わない無精髭が伸びていた。体格はがっしりとした筋肉質で、大学時代は柔道部に所属していたが鳴かず飛ばずで万年補欠。成績は中の下で学部では目立たない存在であまり口数も多いほうではない。
人のためになる仕事がしたいと思って建設業の道に進んだのは、父親の影響だった。専業農家の父親は坪井が小さい頃から「人の役に立つ大人になれ」が口癖の立派な大人だった。坪井が稼業を継がずに、この道に進むことを相談した時もやりたいことをやれと背中を押してくれた。
そういった夢もいざ社会人として働き出すと、建築業の忙しさの前にかつての情熱も消え去りサラリーマンとして過ごす毎日である。それが坪井は堪らなく嫌だったが変わろうとは思っても惰性で日々を過ごす毎日であった。
今日の巡視は本来職場の先輩の担当だったが、一足先に田舎に帰省したため代わりにやるハメになったのだ。
はあと大きなため息を吐く。白色の息が現れては消えた。巡視ノートとペンを片手にとぼとぼと現場を見て回る。
(どうせ、今日も何にも変わらないよ)
そう思いながら河川敷の現場を歩いていると何やら音が聞こえる。
(泥棒か?)
坪井に緊張が走る。この辺りはホームレスが多い。ホームレスにより現場の備品が盗まれることはちょこちょこあるのだ。音のするほうに向かうと、男達がスコップで何やらしているようだった。
「何をしている?」
坪井は懐中電灯の光を向けた。男達は一斉に驚いた顔をして動きを止めた。彼らのスコップの先を照らすと、穴の中にかろうじて顔だけ出して土に埋もれた人間が見えた。一瞬人形かと思ったが、懐中電灯の光を浴びて瞼ひとつ動かさない、それが人だと理解するのにそう時間はかからなかった。その非現実的な光景に恐怖で硬直する。
現場を見られた佑一はちっと舌打ちをした。
「見られたからには殺すしかないな」
「おっ、本日二人目の犠牲者っスか」
と気の抜けた声で洋介が答えた。
少年達は少女を埋める作業を中断して、スコップを放り投げると走って坪井に向かってきた。
ひいと大きな声を上げて、少年達に背中を向けて坪井は一心不乱に逃げ出した。
(車だ。車に乗って逃げれば助かる)
全力で走るなんていつ以来だろ、そんな下らないことを考えながら、200mほど離れた車まで息を切らせながら走る。坪井はこの現場で働いていただけあって、どこになにがあるか熟知していた。しかし、坪井が後ろを振り向くとすぐそこまで敵が来ていた。
(あいつら足が早い。このままじゃ追いつかれる。)
そう思った次の瞬間頭に鈍い衝撃が走った。グループで一番足の速い洋介が特殊警棒で坪井の頭を殴打したのだ。ヘルメットを被っていたお陰で、軽傷で済んだのが幸いだった。何秒くらい彼らと鬼ごっこをしただろうか、息も絶え絶えでようやく車までたどり着いたが少年達に囲まれてしまった。
「命だけは助けて下さい」
いい歳をした大人が、一回りも離れた少年達に土下座して懇願する。少年達は各々武器を片手にそれを見下ろしていた。
「大人が情けないな」
そういうと背中に鋭い痛みが走った。洋介が警棒で情け容赦なく叩いたのである。あまりの痛さに呼吸が出来なくなってのたうち回る。その姿を見て笑いだす少年達。
凄惨なリンチが幕を上げた。坪井が動かなくなるまで、少年達はまるでサッカーボールでも扱うかのように蹴り続けたのであった。
坪井は激しい痛みの中で、どうでもいいから早く終わって欲しいと諦めの境地にいた。少年達の笑い声と、自分の悲鳴それらが重なりあって、まるで自分の体が自分じゃないかのような錯覚に陥る。
坪井が動かなくなったのを見て、佑一はバタフライナイフを取り出すと圭介に渡した。
「お前が止めを刺せ」
圭介は坪井を仰向けにさせると、馬乗りになり両手でナイフを胸に刺すために大きく振りかぶった。
それを見た坪井は自分に迫る、外灯に照らされてきらきら光る白刃を綺麗だと思った。命の危機の前に坪井の中で何かが爆ぜた。
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