拝啓、魔女の紫塔さん ~君の地獄へ連れてって~

黒上タクト

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第十一章 第一節 「終わりのはじまり、決戦の時」

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 私たちがどうにか関係を取り戻したあとすぐに、危機は訪れた。まるで私たちを待っていたかのように。……たぶんそんなことはないけど。

「……ここも駄目ね」
「暑いよシェリーちゃん……」
「私に言われても……」

 電気、水道、ガス……生活インフラと呼ばれるそれらが、急に止まってしまったのだ。携帯で調べてみると、これらの現象はどうやらこの地域で“起こってない”ようなのだ。つまり……。

「――敵の攻撃が始まったみたいね」

 紫塔さんが言った言葉の意味が分かった。もう私たちの居場所が相手にばれている。そしてそれをピンポイントで潰す攻撃を仕掛けられたんだ。

「もう長居していられないわね。すぐに策を立てるわよ」

 紫塔さんの一声で、みんな真剣な面持ちで卓を囲む。

「みおっち」
「何、紗矢」
「……暑い」
「我慢なさい」

 見てて分かるほど紗矢ちゃんは暑そうだった。汗もかいている。今は六月、エアコンがないとちょっと厳しい時期。そして窓を開けるとこの家にかかっている気配消去の魔法が切れる。かなりマズい。

「まず、私たちの目的を明らかにするわよ。私たちは教会をぶっ倒す。そのためにはあの牧師、そして教会自体を焼き払うわ」

 その紫塔さんの言葉に皆驚いた顔をした。私もちょっとビックリしている。

「紫塔さん、すごく物騒なやり方じゃない?」
「シェリー、私は魔女として、手ぬるいやり方を選べないの。それをしてしまったら、自分たちの首を締めることになるわ」

 シェリーと和解した後、紫塔さんは彼女のことも呼び捨てで呼んでいる。シェリー的には悪い感じじゃないらしい。

「だとしても……みおっち、怖いよ?」
「わかっているわ。もしかしたら、人をあやめるしかないという事もあるでしょう。その時は、私がやる」

 ひっ、と声が出た。……あぁ、そうか……。そういうとんでもないことをしなくちゃいけない時も来るかも……か。分かっていたはずなのに、いざそれが口に出されると、嫌な緊張感が胸いっぱいに広がってくる。

「あなたたちの手は汚させはしない。汚れるのは、魔女の手だけで十分よ」
「……無理はしないでね」
「……考えておくわ、晴香」

 拒否はしないんだ。ちょっとだけ安心した気もする。私だって、紫塔さんを助けたい気持ちは誰よりもあると思っている。彼女を救うためだったら、私は……!



「話を戻すわよ。じゃあ今の状況からゴールの教会打倒までの事を考えるわ。まずここを脱出しなくちゃいけないわね」
「脱出? この家を出るだけじゃないの?」

 シェリーの言葉に紫塔さんは首を横に振る。

「この攻撃を仕掛けているということは、もうこの家を中心に教会の連中たちは準備をしているはずよ。うかつに出れば即、敗北になるでしょう」

 だけれど、ここを出なかったら私たちは生活能力が奪われているから長くは持たない。暑さもあるし、二、三日でおそらくポックリだ。

「じゃあどう出るの、紫塔さん」
「それを以前から少し考えていたの。人目につかず、教会へと攻め込む手段を」
「変装とかどう? みおっち」
「悪くはないけれど……この家からシスターが出てきたとして、たぶんくまなく調べられてしまうわよ?」

 げぇ、と紗矢ちゃんは顔をしかめる。

「恐らくだけど、もう玄関前に待機している可能性も十分考えられるわ」

 ……困ったな。これはかなり厳しい。

「シェリー、この家に地下通路とかない……よね?」

 十年の付き合いがあるけれど、この家にそんなものは見たことがない。それでも私は一筋の希望を探して……。

「ない。ここは普通の、ちょっと大きいだけの家だよ」

 無いか……。もう困ることしかなくなってきた。

「そこで、よ」

 私たちのモヤモヤした気持ちを晴らすような紫塔さんの声は、何か鍵を掴んでいる、そう感じさせた。

「今この家に仕掛けている『気配消去』の魔法。これを皆にかけようと思う」

 おお! そう皆が声を上げた。それを使えば、この家を出るのもちょっとは易しくなるかもしれない。

「でもさ、みおっち。みおっちの考えでは『気配消去してるこの家を看破した』奴がいるってことになってない? そいつがもしこの家を見張ってたら、それも厳しくない?」
「そうね」

 うっ……。これはちょっと、雲行きが怪しくなってきた。

「だから、もう私たちのカードではここを百パーセントの確率で突破することはできない」

 ……。そうか。それはかなりヤバい。

「シェリー、この家には裏口があるわよね」
「うん」
「――どっちから出るか、決めましょう」

 究極の二択。表か、裏か。これで私たちの運命が決まってしまう。いや……そもそも看破できるのが二人以上いるのなら、もうそれも厳しい択だ。だからもうここは完全に賭けだ。看破している相手が一人かつ、そいつが表か裏どちらにいるかの二重の賭け。

「裏じゃない?」
「裏、かな……」

 紗矢ちゃんとシェリーは裏に賭けた。確かにこの家の裏口はあまり目立たないところにある。そこなら見つかりにくいかもしれない。でも……それこそが相手の罠の可能性だってある。

「……私は、表」
「同感よ」

 私と紫塔さんは表。なにか強い理由があるわけじゃないけれど、裏口を出るというのが、何か危険な気がしたのだ。紫塔さんはきっと理由があるだろう。

「紫塔さん、どうして表を?」
「この状況で正面突破をして来るという裏をかく……というのは苦しいわね。正直勘よ」

 !? 紫塔さんもこの状況でそんな博打を……!?

「二分の一。きっと脱出できるのはその確率。シェリー、紗矢、もし何か確固たる意見があるのなら聞くわよ。それに沿って計画を決める」
「うーん……」
「いや……ただの裏表だし……みおっちの勘をちょっと信じてみたいかな」
「紗矢ちゃん、自慢の勘の強さを、ここで!」
「うわ、無茶ぶり……『ここで!』とか言われると緊張しちゃってにぶるんだよね……」
「あ、ごめん……」

 シェリーも紗矢ちゃんも静かになってしまった。やっぱり、この状況で自信をもって選べるわけ、ないよね。

「よし。なら『表から出る』で決めていいかしら。……成功率は二分の一と言ったけれど、それはあくまで玄関を出るだけの成功率。その先が甘いとこの成功率はあっという間にゼロになるわ」

 それもそうだ。そもそもこの計画は危ない橋を渡るもの。もうリスクには目をつむって、大まかに決めていくしかない。

「次は脱出後よ。この家を出て、見つからないうちに学校へ向かうわ」
「ん? 学校?」

 初耳だ。今の今まで教会の打倒に学校が関わってくるとは一度も聞いたことがなかった。

「何かあるの? みおっち」
「紗矢は知らないわね」
「いや私も知らないよ!?」
「あら、あなたやシェリーは知っていると思っていたけど」

 シェリーも首をかしげている。何か見落としてるっけ……?

「私が理科室でお昼を過ごしていたの、知ってるわよね」
「うん。……それが?」
「あそこに、ひそかに武器ブキを置いているの」

 なっ……。衝撃だった。まさかあそこがただの昼食スポットじゃなかったなんて……!

「そんなことやってたんだ、紫塔さん……」
「あそこにある武器なら、きっとこれからの助けになるわ」

 なるほどなるほど。手ぶらじゃきっと厳しかったな。

「で、その後教会に向かう、と」
「そう。そこで牧師と教会を討つ」

 これが私たちの筋道。これを辿るのは過酷かもしれない。だけれど、もう他に尽くせる手はない。このままこの家に篭っているのも難しい。

「じゃあ、いつ行く?」
「各自、最小限の荷物をまとめて。準備ができたらすぐに行くわよ」

 もうかなり行く気満々だったみたいだ。もたもたしてられない。この戦いに決着をつけるのを紫塔さんも急ぎたいんだ。




 皆自分の荷物をまとめる。果たしてここに帰ってこれるかは分からない。だけれど、無駄な物は持っていけない。携帯やら財布やら、そういうものだけ持って、準備を終えた私は紫塔さんの待つリビングへ向かう。

「晴香、あなたが一番乗りね」
「あれ? そうなの?」

 あとは気配消去の魔法をかけてもらうだけだった。

「……で、どうやるの?」
「おなかと背中、どっちがいい?」

 急に変な質問だ。嫌な予感もする。

魔法陣マホウジンを描くの。おなかはくすぐったいかしら」
「あ、うん……」

 言われるがままだ。紫塔さんは私の背後に向かうと、私の着ていたシャツを遠慮なくぐいっと持ち上げた。

「ひっ!?」
「マジックで書くわね」

 すると紫塔さんは私が断る前にスラスラと背中に何か書き出した。

「ひゃっ!?」
「動かないで」

 いたって真面目にやっているのはわかるけれど、くすぐったい。これを耐えろって……紫塔さんのヘンタイ……っ!!
 二十秒くらいで紫塔さんは書き終えた。鏡がないと見えないけれど、そこそこ線の量は多かったと思う。

「はぁ、はぁ……」
「? だいぶ疲れてるわね。弱かった?」
「かもね……」

 自分で思ってたよりも弱かったな……と感じつつ、上げていた服をもどす。

「よし、試しにシェリー達のところへ行ってみて頂戴。彼女達からもちょっと気付かれにくくなっているはずよ」

 ほう、そんなもんなんだ。さっそく、魔法の効能を確かめに彼女達のもとへと向かう。
 シェリーの部屋を開けるとシェリーと紗矢ちゃんがいた。ドアを開けた時に確実にこちらを見た二人は、一瞬の間のあと「……え?」と互いに顔を見た。

「なになに……? 窓開いてないよね? 幽霊……?」
「嘘でしょ……!? 和泉さん助けて!!」

 あー、面白い反応をしている。シェリーがちょっとそういうの苦手だってのは知ってたけれど、紗矢ちゃんももしかして苦手なのかな……?
 ここでネタバラシをしようかどうか、と思ったけれどよくよく考えてみたら私が声掛けとかしても気付くのかな……? 魔法の効力はかなり強かったりするんじゃないのだろうか?
 少し考えた私は、大人しく引き返して部屋のドアを閉める。扉の向こうからかわいい悲鳴が聞こえてきたので、ニヤニヤしながら紫塔さんのところに戻った。

「どうだった? 気付かれた?」
「いやもう完璧。全然気付かないの」

 そう言うと、紫塔さんは微笑んだ。これで活路を見出だすしかない。



 その後、シェリーや紗矢ちゃんもかけてもらった魔法の効果を確かめた。なるほど、この魔法の効果はかなり凄まじいものとわかった。かけられた相手を簡単には捉えられない。視界に映らない、存在を忘れる、……なんていうか、すごく不思議な感覚だ。
 そして最後に紫塔さんが自分の体に魔法陣を描く番になった。流石に自分でやるのかな、って思ったけれど紫塔さんは私に頼んできた。

「晴香、お願いしていい?」

 こんな真剣な場面だから、断る理由もない。「いいよ」と二つ返事でうけたまわる。
 携帯で撮った魔法陣のデザインをスマホで確認すると、線は多いけれどよく見たらそこまで複雑なデザインじゃなかった。これならなんとか書けそう。

「形が崩れたら石鹸でもなんでも使って修正して頂戴。魔法陣は精度が命なの」

 よし、ならキレイに描けるよう頑張ろう。例え彼女がくすぐったくてもだえようとも……。



 紫塔さんが服を上げると、色白のおなかが出てきた。うっすら引き締まってる。

「背中よ」
「晴香ちゃん、なんか変な目で見てない?」

 うっ! いや、いやいやいや、そんなことはないはずだ!

「そんなことないよ」
「へぇ……」

 見透かされてる……さすがだ、シェリー。

「じゃ、描くよ」
 スマホとにらめっこしつつ、紫塔さんの背中にマジックをわせていく。ちょっと線の多い幾何学模様きかがくもよう、一筆書きは難しい。

「あっ!」

 少し線がぶれてしまった。うーむ、正直イラストはそんなに得意じゃないしなぁ……。

「いいわ、最後まで描ききってから、線の修正をしましょう」

 もしかしたら、紫塔さんイラストもうまいのかもしれない。



 私の描いた魔法陣に、最後紫塔さんが触れて完成した。残念ながら、私が期待していた紫塔さんがくすぐったがる瞬間はなかった。ちくしょう。そこが敏感じゃないってずるいよ。
 気配消去の魔法というのは、どんな手段であれ相手を強く認識すれば受け付けなくなるみたいで、魔法がかかった私たちは互いにきちんと認識できるようにいろいろ触れ合った。ボディタッチとか。

 いよいよ出発直前。暑い部屋の中できっちり抜けがないか確認したのち、玄関の前に立つ。

「じゃあ、行くわよ。くれぐれも教会の人間にぶつからないように」

 そうして、私たちは玄関を開けた。
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