ミサキ~四つの御魂と縁の言霊~

結葉 天樹

文字の大きさ
3 / 66
第一章「慟哭の和魂」

第02話 「一緒」の生活

しおりを挟む
 伊薙家いなぎけは戦国時代に端を発する武士の家系だった。かつてはこの地を治めていたこともある。その名残で海斗の家は広い土地に平屋造りの日本家屋が建っている。他にも蔵や道場など、武家の家だった頃の名残が各所に見受けられる。
 そんな道場の中で、海斗かいとは朝から竹刀を持って祖父のしごきを受ける羽目になっていた。

「きえええーいっ!」
いてえっ!」

 絶叫と共に武志たけしが振り下ろした竹刀が頭を叩く。海斗かいとの目の前に星が散った。

「この程度で何を痛がる、軟弱者が!」
「痛いに決まってるだろ。せめて防具くらいつけさせてくれよ!」

 そもそも道場まで強制的に引っ張り込まれ、いきなりの稽古だ。彼はまだパジャマから着替えてすらいない。

「手加減くらいしておるわ!」
「そういう問題じゃないって!」
『スパルタねえ……』
「誰のせいでこうなったんだよ!」

 体の中で述べるミサキに海斗かいとはツッコミを入れる。どうやらダメージは共有していないらしく、彼女の声は平然としたものだった。
 だが、彼女と会話ができるのは海斗かいとのみだが、その言葉を聞き取れるのはこの場にはもう一人いる。

「誰のせいかじゃと?」
「しまった!?」
海斗かいと、まだ目が覚めておらんようじゃのう」

 武志が竹刀を振り上げ、鍔元つばもとを左手で、つかを右手に持ち変える。その構えを見て海斗かいとの顔色が蒼くなる。
 右上段の構え。武志たけしが最も得意としている超攻撃型の構えだ。

「じいちゃん、冗談きついって!」
だけにのう!」
「シャレになってないよ!」

 慌てて海斗かいとも竹刀を持ち直す。半身に構え、中段より少し高めに竹刀を持ち上げ、右腕に交差するように左手で柄を持つ。
 剣先は相手に向け、竹刀の裏で面と小手と胴のすべてをカバーする。その体勢を見てミサキが呟いた。

かすみの構え?』
「なんだよ、知ってるのか?」
『うん、どうしてかは知らないけど』

 日々、武志たけしにしごかれている内に、海斗かいとが身を守るために身に着けた防御の型だった。実際、上段からの攻撃には対処しやすい構えだ。

「何をぶつぶつ言っておる。心の乱れは剣の乱れじゃぞ!」
「いけね!」
「ふんっ!」

 ミサキに気を取られている隙を武志たけしは逃さない。雷のように振り下ろされる竹刀を海斗かいとは受けきれない。

ってーっ!」
「カッカッカ! 海斗かいと、お前がだらしのない生活をしていればすぐに剣に出るのじゃぞ!」

 一撃の下に竹刀を叩き落されてしまう。その衝撃で海斗かいとの手がしびれていた。

『それにしても、元気なお爺ちゃんね』
「ああ、たぶん百歳過ぎてもピンピンしてる気がするよ」
「なんじゃ。このわしの元気さが羨ましいのか? カッカッカ。わしは幼い頃から毎日鍛錬をかかしたことがないからじゃ。そのお陰で病気一つしたことないわ!」

 海斗かいとがうんざりした表情を浮かべた。祖父の自慢話が始まると長くなることを彼はよく知っていた。

「見ろ、このわしの肉体を! よわい七十七にしていまだ健康そのものじゃ!」
『きゃああああーっ!』
「ぐわっ!」

 いきなり武志たけしがもろ肌を脱ぎ、その鍛えられた肉体を見せつけた。海斗かいとには見慣れた光景だがミサキはそうではない。予期しないタイミングで悲鳴が上がり、防ぐことのできない大声が海斗かいとの耳を貫いた。

「み、耳が……」
『あんたの家の男、変態しかいないの!?』
「濡れ衣だ! いたって普通の家庭だ!」
『いきなり脱ぐおじいさんが普通なわけないでしょ!』

 ミサキの指摘に、海斗かいとも一瞬だけ「もっともだ」と思ってしまった。

「話を聞かんか海斗かいと!」
「おっと!」

 また叩かれてはたまらないとばかりに海斗かいとは距離を取る。

「陰口とは武士の風上にもおけん奴じゃ」
「違う」
「言いたいことがあるのならはっきり言わんか!」
『……正直お爺さんの裸に迫られるのは勘弁してほしいわ』
「ぶっ!」

 頭の中の声に思わず海斗かいとは噴き出してしまった。それを見て祖父の眉が釣り上がる。

「何を笑っておる!」
「なんでもありません!」
「情けない……そんな様で五百年の歴史を持つ伊薙一刀流いなぎいっとうりゅうを継げるとでも思っておるのか!」
『え、この剣術ってそんな伝統ある流派なの?』
「いや……実はこれ、じいちゃんの道楽なんだ」

 言いづらそうに海斗かいとが答える。
 武士の家系と言うこともあり、伊薙家の男子は彼らが今いるこの道場で稽古に励むのが慣習となっている。とは言え、別に技を磨きあげて流派を起こしたわけでもなく、元々はただ武士として心身を鍛えるためのものだった。だが、武志たけしが時代劇マニアだったこともあり、家を継いだ時に勝手にその剣術に流派名をつけてしまったのだ。

「『伊薙一刀流』なんて大層な名前がついているけど、特に由緒があるわけじゃないんだ。俺がやっているのも日々の体力づくりが目的だよ」
『なんと言うか……エキセントリックなおじいちゃんね』
「……言葉を選んでくれて感謝するよ」
「なんじゃ海斗かいと、まだ性根を叩き直されたいのか?」

 ゾッとする言葉に海斗かいとが全力で首を振った。

「それよりじいちゃん、そろそろ朝飯にしないと」
「む? おお、そう言えばこんな時間か」

 時計を指すと武志も殺気を収める。朝っぱらから激しく動いていたのでいい加減海斗かいとも空腹だった。

「今日は豆腐の味噌汁が欲しいのう」
「それ、母さんに言ってよ」
「何を言っておる。おらんからお前に言っておるんじゃ」

 竹刀袋の紐を縛る海斗かいとの手が止まった。

「え、母さんいないの? なんで?」
「ありゃ、言っておらんかったか?」
「初耳だよ!」

 武志たけしがポリポリと頭を書いて苦笑する。どうやら朝のドタバタで言うのを忘れていたらしい。

「部活の指導とか言っておったのう。そうそう、夜も会議で遅くなるそうじゃ」
「それ早く言ってよ!」

 海斗かいとの母親は彼が通う高校の教員だ。今日は顧問を務めている水泳部のプール開きなので早く家を出たのだと言う。ちなみに父親は会社の社長を務めており、昨日から出張だった。
 両親が互いに帰りが遅いこともあって、自然と海斗かいとは料理をする機会が増え、ある程度のものなら作ることができる。

「それだと、俺が作るしかないじゃんか」
「カッカッカ。うまい飯を期待しておるぞ」
「はあ……てことは夕飯も俺か。カレーはこの間作ったし……何かいいレシピがないか、美波みなみに聞いとかないと」
美波みなみ?』

 初めて出る名前にミサキの疑問の声が聞こえて来た。海斗かいと武志たけしに聞こえない様に小声で呟く。

幼馴染おさななじみだよ」
『へー、ガールフレンドがいるなんて隅に置けないじゃない』
「そんなんじゃないよ」

 肩をすくめて海斗かいとが言った。親同士が出産のときに同じ病室だった縁で知り合い、小さい頃から一緒なだけだと。

『ま、そう言うことにしておきましょうか』
「なんだよ、思わせぶりに」
美波みなみって子の名前が出た瞬間、あんたの心が落ち着いた感じがしたのよ』
「……」

 内心の自由は無いのかと海斗かいとは叫びたくなった。

「付き合いが長いから家族同然なんだよ。それに、幼馴染はもう一人いるし」
『へー、ちなみにそっちの子のことはどう思っているのかしら?』
「今、お前がどんな表情してるか凄くイメージできるんだけど」

 どんな姿をしているかはわからないが、その表情はニヤニヤとしているに違いない。目の前にいたら確実に一発チョップくらいは入れているだろう。海斗かいとはそれだけは確信が持てた。

「ふむ、美波みなみちゃんか……何ならうちに呼んでも良いんじゃぞ?」
「いいよ。向こうも学校祭の準備で忙しい時期だし」
「おお、もうそんな頃か」

 六月も下旬になり、もうすぐ開催される学校祭に向けて、現在海斗かいとの高校では生徒会や各部活が準備を進めている。二人の話題に出て来た人物、神崎美波かんざきみなみも所属している料理部でメニューの試作に取り組んでいるところだった。

「お前は何かやらんのか?」
「がらじゃないさ。俺は客として参加するつもりだよ」
「なんじゃ、つまらんのう」
「それじゃ、とりあえず着替えて来るよ」

 海斗かいとは苦笑して、竹刀袋を持って道場の外に向けて歩き出す。多少遅くなったが簡単な朝食なら作れるだろう。後は何を付け合わせにするか、それを考えるだけだった。

「しまった、忘れてた」

 自室にたどり着いて海斗かいとはようやく現実を思い出し頭を抱えた。彼の部屋は朝の落雷で半壊していたのだ。

「とほほ……帰ったら片付けだな、これ」

 スマホで確認すると幸いにも梅雨明け宣言が出ており、しばらく雨の予定はないと言う。
 天井の残骸が転がる部屋の中に入るのは気が滅入るが、その下からカバンを引っ張り出し、奇跡的に無事だったクローゼットから学生服とワイシャツを出す。
 そして、パジャマのボタンを外――。

『ちょちょちょちょ、ちょっと待ちなさいよ!?』
「だあっ!」

 ボタンを外そうとしたところでまたミサキが声を張り上げた。
 その動揺した感情が海斗かいとにも伝わって来る。

「何だよ、急いでるんだ」
『それは分かってるけど、あんた女の子のいる前で着替える気!?』
「……」

 これまでの彼女の言葉を振り返る。考えてみれば海斗かいとが見ている物について彼女も言葉を発していた。いまさら気付くのも遅い気がするが、つまり二人の視覚は共有されているということになる。

『私が見えないように着替えてよ』
「無茶を言うなよ!」

 理不尽とはこういうことを言うのだろうか。だがここで「学校を休め」と言わない辺り、彼女自身も根は真面目な性格であることが海斗かいとにはうかがえた。
 そしてしばらくの言い合いの後、海斗かいとが下を見ないようにして着替えるという案で渋々ながらお互いに決着するのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~

喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。 庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。 そして18年。 おっさんの実力が白日の下に。 FランクダンジョンはSSSランクだった。 最初のザコ敵はアイアンスライム。 特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。 追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。 そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。 世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

異世界帰りの勇者、今度は現代世界でスキル、魔法を使って、無双するスローライフを送ります!?〜ついでに世界も救います!?〜

沢田美
ファンタジー
かつて“異世界”で魔王を討伐し、八年にわたる冒険を終えた青年・ユキヒロ。 数々の死線を乗り越え、勇者として讃えられた彼が帰ってきたのは、元の日本――高校卒業すらしていない、現実世界だった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
 女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!  HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。  跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。 「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」  最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!

処理中です...