ミサキ~四つの御魂と縁の言霊~

結葉 天樹

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第二章「嫉妬の荒魂」

第21話 心を一つに

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 突然立ち上がり、機敏な動きでみずちの攻撃を回避した海斗かいとに、御琴みことは眉をひそめていた。

「なんで? もう海斗かいとは動けないはずだったのに」

 みずちの一撃は確実に海斗かいとの体の自由を奪っていた。現にみずちが迫り、最後のその一瞬まで海斗かいとは動けないでいた。

「行けミサキ。もう一度よ!」
『――っ!』

 御琴みことの言葉にミサキが心を痛める。そんな思いも海斗かいとには伝わっていた。

「ミサキ?」
『……ごめん海斗かいと。本当はこの力、使いたくなんて無かった』

 みずちが襲い掛かる。海斗かいとの体が再びミサキの意志で動き出す。

「うわっ!?」

 丸呑みしようと飛び掛かって来たみずちの牙を跳んで回避する。そしてそのままみずちの頭を踏みつけ、胴体の上を走って御琴みこと目掛け走り出す。

『「ミサキ」ってね、神様や悪霊の先駆けとして現れる動物霊のことを指すの。こいつらはその一種だと思う』
「ミサキ?」

 こんな時に何の話をと海斗かいとは思う。だが、ミサキは神妙な声で続ける。

『そしてもう一つ、人間に憑りつく「ミサキ」がいるの。不慮の死を迎えた怨霊が憑りついて、憑り殺して……仲間に引き込む』

 その名前には海斗かいとも思い当たるものがあった。確か、「七人ミサキ」という名前だったと記憶していた。

『この力は、それと同じものなんじゃないかって思ったの。誰かの意志に反して勝手に体を動かす。だってそれって、あいつらと似た力じゃない』
「そんなこと!」
『そうよ。だって、私も「ミサキ」だもん!』

 御琴みことが言った。みずちのことを「ミサキ」と。同じ名前を持つ者として、そう呼ばれたものが海斗かいとを脅かす様が、間接的にミサキを追い詰めてていた。

『私は化け物じゃない……そう思いたいのに、どんどん幽霊じみて来て、海斗かいとの体も勝手に操って……』

 ミサキに操られた海斗かいとは、みずちの橋を渡り切り、御琴みことに向けて手を伸ばす。狙うは彼女の胸元の勾玉だ。

「そう簡単に!」
「うわっ!」

 だが、再び御琴みことが放った水流で押し戻される。また距離が離れたが、それでも海斗かいとの体は立ち上がる。

『だから、いつか私も海斗かいとの体を乗っ取って、自分の仲間に引き込んじゃうんじゃないかって……そう思ったら!』
「そうか……それでか」

 プールの日の出来事。倒れる御琴みことをとっさに助け、足がつった海斗かいとの体を操って御琴みことを助けさせたこと。それは彼女にとっては誰かの意志を捻じ曲げて暴れさせる怪異と同じもの。
 だからミサキは海斗かいとけた。その事実に気付かれるのを恐れて。唯一この世界との接点と言える海斗かいとに恐れられたくないために。

『でも、海斗かいとがやられそうなのに黙って見てなんていられない。海斗かいとに嫌われたっていい。それでも守りたいのよ!』

 記憶が戻っていないのに、誰かに言われた守るべき対象である「み」もついていないのに。自分の中に残っていた海斗かいとを守らなくちゃいけないという気持ち。それだけで彼女は動く。

「――いいよ、やってくれ」
『……え?』

 ――だから、海斗かいとはその覚悟に応えることを決めた。

「俺の体をミサキに任せる。文句は言わない」
『で、でもそれって……』

 再び襲い掛かって来たみずちの突進を横に回って回避する。そのまま首元にしがみつき、みずちの前脚に海斗かいとの脚を引っ掛けて絞める。

「前に言っただろ……お前は化け物じゃないって。誰かに害を与えるようなやつじゃないって。俺はそう思っているんだって」

 記憶を失っていても、化け物のような力を使うことができても、それでもみんなを、自分を守ろうとしてくれた。海斗かいとにはそれで十分だった。

「だから絶対に大丈夫だ。お前はあいつらの仲間になんてなるはずがない。」

 海斗かいとはもう、自分の意志で体を動かせる状態ではなかった。ミサキのお陰で意識も保っていられるようなものだ。

「俺だけじゃダメなんだよ……御琴みことを助けるのは。だから、俺の体を貸すから、一緒に戦ってくれ!」
海斗かいと……』

 海斗かいとを振り落とそうと、みずちが首を振って暴れ出す。力はやはり人間よりも上。振りほどかれるのも時間の問題だった。

「お前ならわかるだろ! 俺が本気でそう言っているって!」
『……っ!』

 二人の間だからこそ成立する。隠し事を、疑いをしていないという確信。奇妙な宿主と憑依者の関係となっている二人だからこそお互いの思いが直接伝わる。

「うわっ!?」

 遂に手が振りほどかれる。宙に投げ出され、このままでは地面に落ちたところをみずちに噛みつかれる。

海斗かいとーっ!』
「やれ、ミサキ!」

 言葉だけでも伝わり切らない。思いだけでも伝わり切らない。両方が伝わるからこそ疑う余地がない――だから、迷いは消えた。

「――っ!」

 手を伸ばす。体より先に地面を叩き、空中で体勢を立て直す。

『はああああっ!』

 わずかでもタイミングがずれたことで、みずちの攻撃が外れる。海斗かいとの体は空中で回転を加えながらみずちの頭上から膝を叩き込む。

「ギャアアア!」

 みずちに初めてダメージが通る。さすがに吹き飛ばした自分の力を加えられれば如何に硬くても無傷とはいかない。

「なっ!?」

 その様子を見ていた御琴みことが驚きの声を上げる。
 普段の海斗かいとなら。いや、普通の人間なら決してできない。死角すら把握し、完璧にタイミングを合わせての攻撃。ダメージを負っている人間のできる動きではない。

『……まったく。乙女の決意を簡単に否定してくれちゃって』
「お前が抱え込みすぎなんだよ。悩みがあるなら言ってくれ。俺、鈍いからさ」
『そうね。鈍いってのは同感。もうちょっと女の子の気持ちを察してあげなさいよ。御琴みことさんのとか』
「はは、返す言葉もない」

 竹刀も粗塩も失った。怪物を倒す武器もない。それでも、二人には不思議な確信があった。
 戦える。立ち向かえる。一人じゃない、二人なら。

「……あんた、本当に海斗かいと?」

 その雰囲気が彼のものではない。そう感じた御琴みことは思わずそう聞いていた。そして、その問いに海斗かいとは自分の思いをぶつける。

「……そう言うお前こそ誰だよ」
「……何ですって?」
「お前は御琴みことじゃない。ただ御琴みことが抱えていたものを利用して暴れているだけだ。本当に御琴あいつなら、こんなことはしないはずだからな」

 それは深雪みゆきの時にも感じたことだった。あの時彼女は自分のしたいことがその思いと噛み合っていなかった。大切なものを守るために大切なものを巻き込んでしまう。その歪んだ行動は本当に彼女自身がしたかったことではない。

「勝手なイメージを押し付けないで!」

 御琴みことが水を放つ。後ろからはみずちが迫る。

「……ミサキ、頼んだ」
『任せて!』

 前後からの挟み撃ちを、海斗かいとの体は難なく回避する。そして続いてみずちが繰り出した尻尾での薙ぎ払いにタイミングを合わせ、その勢いを使って御琴みこと目掛けて跳んでいく。直後、みずち御琴みことの水流を受け、押し流されて土手に激突した。

「あたしを押しのけて幸せになる奴なんていらない。これはあたし自身の願望よ!」
「そうかよ! それじゃあ――」

 だから海斗かいとは言い放つ。御琴みことという人間を、昔から一番知っている一人として。

「お前は負けたままだな!」
「何ですって――きゃっ!?」

 遂に御琴みことの下にたどり着く。跳んできた勢いのまま御琴みことに体当たりを食らわせ、岸辺に押し倒す。

「このまま三木みきが死ねば、お前は一生あいつに敵わなかったままになるんだぞ。お前はそれでいいのかよ!」
「そんなことない、あたしは絶対に負けたくない。だから勝つために――え?」

 海斗かいとの体を押し退けようとした御琴みことの抵抗が弱まる。彼の言葉に何か引っかかるものを感じていた。

「違うだろ。俺の知ってるお前は負けても『次は見ていろ』って燃える奴だ。どんなに負けたくなくても、絶対に卑怯な真似はしない奴だ!」
「違う……あたしは…あれ……負けたまま、どうして?」

 負けたくない。そんな気持ちが膨らんで。自分を負かしたまどかが恨めしくて。大好きな海斗かいとを奪ってしまう存在が憎たらしくて。

「いいのかよ。このまま三木が死んで! 八重垣御琴おまえはそれでいいのかよ!」

 だから勾玉を受け入れた。嫉妬のあまりに、自分が幸せになるために全てを呪い始めた。だけど、それでも。

「俺はそんな御琴みことを見たくない!」

 自分が負けた事実は覆せない。このまままどかが死んでしまえば、永遠に挽回のチャンスは失われてしまう。負けたくない。それなのに、負けたままになってしまうという矛盾。

「あたし……いやだ。負けたくない……でも」

 御琴みことの表情が歪む。海斗かいとの言葉に、彼女の奥深くに封印した気持ちが暴かれ、勾玉に亀裂が入って行く。怨みの根幹を担っていた部分が揺らぎ、全てが破綻して行く。

「これじゃあたし、全然勝てないじゃん!!」

 御琴みことが叫ぶ。それと共に勾玉が跡形もなく砕け散った。
 気を失った御琴みことの表情は、怨みに満ちていたものから穏やかなものに戻っている。

「……やった」
『まだ! みずちが残ってる!』

 土手まで流されていたみずちが鎌首をもたげ、こちらを見た。その眼は紅く染まり、先程よりも凶暴さを増した印象だ。

 邪気は徐々に晴れ始めている。だがこのままみずちを放っておけば邪気とともに消えるのか。それとも更なる獲物を求めて暴れ始めるのか。それは分からない。だからこそ、この場でどうにかしなくてはならない。

「……ミサキ、勝算あるか?」
『ちょっと厳しいかな……』

 みずちがゆっくりと進んでくる。せめて武器あれば立ち向かえるかもしれない。だが、素手ではさすがにあの鱗を突破できない。

「……それでも」
『うん、諦めるわけにはいかない』

 彼らの後ろには御琴みことがいる。家では彼女と海斗かいとの帰りを美波と家族が待っている。誰一人欠けずに帰らなくてはいけない。

「行くぞ、ミサキ!」
『うん!』

 思いは一つ。みんなで帰ること。その為に海斗かいととミサキは心を一つにする。

 ――その思いに、誰が応えたのか。

「……え?」
『……なに、この感じ!?』

 力を感じた。それは海斗かいとからでも、ミサキからでもない。外から感じる強い力。

「まさか!」

 その力の出所に、海斗かいととミサキはすぐに気が付く。海斗かいとが持ってきたものは竹刀と、粗塩と、そしてもう一つ。
 慌てて出て来たので偶然ポケットに入れ、そのままここへと持ってきてしまったのは単に偶然だった。ポケットの中で強い力を放つそれを、取り出す。

『勾玉の……色が』

 神社で発見した四つの白い勾玉。そのうちの二つが、緑と青に変わっていた。
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