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終章「縁の言霊」
第63話 命の、最後まで
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「美紗希いいいいーっ!」
「ちっ、外したか! だがこれで、一番厄介な奴を始末できた!」
鮮血にまみれた爪を鵺が引き抜く。深手を負った美紗希はゆっくりと崩れ落ちて行った。
「とどめだ!」
「やめろおおおお!」
再度爪を振り上げた鵺に海斗が斬りかかった。しかしそれをかわし、からかうように鵺は一度距離を取った。
「くっ……」
ぐったりとしている美紗希の姿に歯ぎしりする。自分が下手に鵺の挑発に乗ったせいだと。あまりにも痛恨のミスだった。
「美波、この勾玉を使ってくれ!」
懐から取り出した勾玉を美波に投げ渡す。そして攻撃の機をうかがう鵺に再び立ち向かっていった。
「お前、どうして!」
「ははは! さっきまで戦っていた奴は僕の分身体だよ!」
「なんだって……!?」
「体力も、霊力もたっぷり使っただろ。無駄な戦い、ご苦労さん!」
「てめえ!」
全ては、美紗希がこの場所に来た時から仕組まれていた。鵺は予め二つに分裂し、本体は陰に潜んでいたのだ。分身体だけでも、かつて紗那を葬ったほどの力だ。海斗らにその区別がつくはずもなかった。
「美紗希ちゃん! しっかりして!」
海斗から勾玉を受け取った美波は、倒れている美紗希をすぐに抱き起す、鵺の爪で受けた傷から血が噴き出していた。
「大丈夫……お母さん?」
「何言ってるの。美紗希ちゃんの方が!」
「えへへ……だって、お母さんが死んじゃったら、私が生まれないんだもん」
先ほどまで見せていた凛とした姿は失せ、子供のような、無邪気に甘える表情を美波に向けていた。
「ああ……だめだよ。抱きしめたりなんかしたら…服が……血で、汚れちゃうって。せっかく……可愛いの、に」
「そんなこと気にしちゃだめだよ! 早く、この勾玉で……」
「だめ……」
だが、その勾玉を美紗希はゆっくりと手を取って止めた。
「この傷……致命傷、だから。勾玉でも……無理」
『美波……美紗希ちゃんの言っていることは本当よ』
「そんな!?」
『岐の勾玉は、本来の力を増幅するもの。治癒を上回る深手には意味がないの』
「ご先祖様みたいに……四百年分の力があれば、別だけど……もう、全部使っちゃったし」
「私が……私がうっかりしていたから、もっとちゃんと力が使えていたら!」
「いいんだよ……まだ、力が使えるように……なった、ばかりなんだから、仕方ないって」
涙を流すその頬に美紗希が指を伝わせる。その涙を拭って笑った。
「先週、お父さんとお母さんで一緒に行った買い物、楽しかったなあ」
「うん……お料理も、したよね」
「二人と一緒に寝られたし、抱き着けたし、ちょっと役得……私、こう見えてお父さんとお母さんが大好きだったんだよ」
「わかってるよ……全部見てたらわかるもん!」
「えへへ……やっぱりお母さん、鋭いなあ」
「美紗希ちゃん……?」
残された力を振り絞って美紗希が立ち上がる。三日月を拾い上げ、歩き始めた。だが足下がおぼつかず、今にも倒れそうだ。
「お父さん……を…守ら、なくちゃ」
「無理だよ、そんな体で!」
「だめ……どっちが、欠けても、私が生まれないんだから」
鵺と戦いを続ける海斗を、霞む視界にとらえる。岐の力による援護のない海斗は、力の半分を失ったとは言え、いまだ強大な力を持つ鵺に対して劣勢を強いられていた。
「もう少し……お話、したかったなあ」
海斗らが来る前から戦い続けていた美紗希に残された力はもうほとんどない。だが、それでも最後まで諦めない。いつも土壇場で切り抜けて来た父親のように。
「岐の……御名に、て…魂治む」
口の中が血の味がする。命の時間がどれだけ残っているかわからない。それでも、未来を紡ぐために美紗希は唱える。
「憎魂……悔い、て、和魂……」
境内に転がったままになっていた美紗希の勾玉が輝き出す。まだその霊力は使われていない。
「争……魂、恥じ……て、荒魂」
足が砕けそうになる。だけど、その体を後ろから美波が支える。
「頑張れ……頑張れ、美紗希ちゃん!」
「ありが…と……」
後ろからすすり泣く声が聞こえる。それを慰めてあげたいが、術を途中でやめるわけにはいかない。
「逆魂、畏れ……て、幸魂」
海斗と戦っている鵺は気が付いていない。海斗が足搔いている姿を嘲笑い、遊んでいる。それこそが命取りと知らないで。
「狂魂……かはっ!」
「美紗希ちゃん!」
血を吐いた。それでも顔を上げる。今、二人を守れるのは自分しかいないから。二人が結ばれる未来を望んで、自分が生まれる未来を、そして、過去へ遡って二人を守るために。
「くっ……狂魂、覚して……奇魂!」
四つの勾玉が全て光を放つ。光の輪が天原神社の境内を囲み、禍々しき魂を浄化の力で包み込む。
「これはっ!」
「美紗希!?」
そして、その時になって遂に鵺が気付く。だがもう遅い、結界に閉ざされた中でその力が炸裂する。
「相剋以っ……て、曲霊を、省し……」
だが、霊力が続かない。この大技を使えるだけの力が足りない――そう思った瞬間、美紗希は自分の体に霊力が満ちて来るのを感じた。
「お母さん……?」
美波の手にあった勾玉が砕け散る。内包されていた紗那の霊力が美紗希に宿り、回復していく。
「やっちゃえ……思いっきり!」
美紗希がうなずく。そして、最後の一節を口ずさむ。
「相…生、以って…直霊に……祓わん!」
四つの勾玉の放った光が互いを結ぶ。四方から伸びた光が鵺を貫き、強烈な光がその身を包み込む。
「ぐあっ……ば、馬鹿…なっ!?」
勝利を確信していた鵺が、その身を焼く光に悶える。姿を変えて飛び立とうにも、天原神社に立ち込めていた邪気が術の力で全て吹き飛ばされ、もはや変異を起こせる力も残されていない。
「ありがとう……行ってくる、ね」
美波の手から離れ美紗希が歩き出す。三日月を『霞』に構えると、海斗もその姿を見て、同じ体勢を取った。
「えへへ……やっぱりお父さん、息、ぴったりだ」
「美紗希ちゃん……」
「できたら、一緒に……唱えて、くれる?」
「……うんっ!」
溢れ出る涙を拭う時間すら惜しかった。美波は紗那と共に、その言葉を唱える。
『我断つは』
「御魂を染めし禍津なり」
美波と紗那の霊力が海斗の持つ三日月へ宿る。美紗希も自分の霊力の残る全てを刀身へ注ぐ。刀身が青白い光を帯び、祓いの力に満ちていく。
「我は……妖言に惑い…し、縁を正す…一族、なり」
その痛ましい姿を、海斗も見ていた。一刻も早く彼女に駆け寄りたい。労ってあげたい。だが、鵺を倒すチャンスはもうここしかない。美紗希の命の最後までを注ぎ込んだ、たった一撃を決して無駄にするわけにはいかない。
「祓え給い」
涙を流したいのを堪えて海斗も共に祝詞を唱える。美紗希と出会ってから、これまでの全てが脳裏をよぎる。笑って、怒って、いつも自信たっぷりで、だけど傷つきやすくて。そんな女の子らしさを見せた一番の相棒で、未来の愛娘。
「清め給え」
その言葉を美紗希が続ける。家族で祝詞を詠うのなんて初めてだ。そんなことを思い出してつい笑ってしまう。
『神ながら守り給い』
「幸え給え!」
紗那が美波が、その祓いの力を最大限に注ぎ込み、増幅する。彼女と関わった機会は少なかった。だが一緒に寝起きして、食事をして。一週間の一緒の生活の中で見せた彼女の姿はどこにでもいる女の子だった。伝えたかった。こんなまっすぐな子に育ってくれて、いつか、自分の子供として生まれて来てくれてありがとうと。
「岐の御名にて神逐う――」
四百年前は倒せなかった強大なる妖、鵺。だが、時を越えてその命運は遂に尽きる。四百年前の、十年前の、現代の、未来の。二つの家の全ての人々の思いがここに結集する。
「御神威をもって禍津を断つ!」
その声が重なる。伊薙と、岐の二つの技と力が一つになり、鵺へ向かって蒼き光が交差する。
「絶刀!! 神威一閃!!」
刀の名を示す三日月を描き、二つの弧が一つになる。二つの神威一閃と言う存在しないはずの一撃が、左右から鵺を斬り捨てた。
「――――そ」
そして数瞬の後、鵺が言葉を発した。
「そん……な」
その断末魔の声は、己の身に起きたことが信じられないと言った、驚きの声だった。
夕陽の照らす中、鵺の体が塵となって崩れ落ちていく。残された邪気と共に全てが祓いの力を受けて消滅していく。
そして、夕陽が山の向こうに姿を消すと同時に、その全てはこの世から消え去った。残されたのは、三人の影だけだった。
「ちっ、外したか! だがこれで、一番厄介な奴を始末できた!」
鮮血にまみれた爪を鵺が引き抜く。深手を負った美紗希はゆっくりと崩れ落ちて行った。
「とどめだ!」
「やめろおおおお!」
再度爪を振り上げた鵺に海斗が斬りかかった。しかしそれをかわし、からかうように鵺は一度距離を取った。
「くっ……」
ぐったりとしている美紗希の姿に歯ぎしりする。自分が下手に鵺の挑発に乗ったせいだと。あまりにも痛恨のミスだった。
「美波、この勾玉を使ってくれ!」
懐から取り出した勾玉を美波に投げ渡す。そして攻撃の機をうかがう鵺に再び立ち向かっていった。
「お前、どうして!」
「ははは! さっきまで戦っていた奴は僕の分身体だよ!」
「なんだって……!?」
「体力も、霊力もたっぷり使っただろ。無駄な戦い、ご苦労さん!」
「てめえ!」
全ては、美紗希がこの場所に来た時から仕組まれていた。鵺は予め二つに分裂し、本体は陰に潜んでいたのだ。分身体だけでも、かつて紗那を葬ったほどの力だ。海斗らにその区別がつくはずもなかった。
「美紗希ちゃん! しっかりして!」
海斗から勾玉を受け取った美波は、倒れている美紗希をすぐに抱き起す、鵺の爪で受けた傷から血が噴き出していた。
「大丈夫……お母さん?」
「何言ってるの。美紗希ちゃんの方が!」
「えへへ……だって、お母さんが死んじゃったら、私が生まれないんだもん」
先ほどまで見せていた凛とした姿は失せ、子供のような、無邪気に甘える表情を美波に向けていた。
「ああ……だめだよ。抱きしめたりなんかしたら…服が……血で、汚れちゃうって。せっかく……可愛いの、に」
「そんなこと気にしちゃだめだよ! 早く、この勾玉で……」
「だめ……」
だが、その勾玉を美紗希はゆっくりと手を取って止めた。
「この傷……致命傷、だから。勾玉でも……無理」
『美波……美紗希ちゃんの言っていることは本当よ』
「そんな!?」
『岐の勾玉は、本来の力を増幅するもの。治癒を上回る深手には意味がないの』
「ご先祖様みたいに……四百年分の力があれば、別だけど……もう、全部使っちゃったし」
「私が……私がうっかりしていたから、もっとちゃんと力が使えていたら!」
「いいんだよ……まだ、力が使えるように……なった、ばかりなんだから、仕方ないって」
涙を流すその頬に美紗希が指を伝わせる。その涙を拭って笑った。
「先週、お父さんとお母さんで一緒に行った買い物、楽しかったなあ」
「うん……お料理も、したよね」
「二人と一緒に寝られたし、抱き着けたし、ちょっと役得……私、こう見えてお父さんとお母さんが大好きだったんだよ」
「わかってるよ……全部見てたらわかるもん!」
「えへへ……やっぱりお母さん、鋭いなあ」
「美紗希ちゃん……?」
残された力を振り絞って美紗希が立ち上がる。三日月を拾い上げ、歩き始めた。だが足下がおぼつかず、今にも倒れそうだ。
「お父さん……を…守ら、なくちゃ」
「無理だよ、そんな体で!」
「だめ……どっちが、欠けても、私が生まれないんだから」
鵺と戦いを続ける海斗を、霞む視界にとらえる。岐の力による援護のない海斗は、力の半分を失ったとは言え、いまだ強大な力を持つ鵺に対して劣勢を強いられていた。
「もう少し……お話、したかったなあ」
海斗らが来る前から戦い続けていた美紗希に残された力はもうほとんどない。だが、それでも最後まで諦めない。いつも土壇場で切り抜けて来た父親のように。
「岐の……御名に、て…魂治む」
口の中が血の味がする。命の時間がどれだけ残っているかわからない。それでも、未来を紡ぐために美紗希は唱える。
「憎魂……悔い、て、和魂……」
境内に転がったままになっていた美紗希の勾玉が輝き出す。まだその霊力は使われていない。
「争……魂、恥じ……て、荒魂」
足が砕けそうになる。だけど、その体を後ろから美波が支える。
「頑張れ……頑張れ、美紗希ちゃん!」
「ありが…と……」
後ろからすすり泣く声が聞こえる。それを慰めてあげたいが、術を途中でやめるわけにはいかない。
「逆魂、畏れ……て、幸魂」
海斗と戦っている鵺は気が付いていない。海斗が足搔いている姿を嘲笑い、遊んでいる。それこそが命取りと知らないで。
「狂魂……かはっ!」
「美紗希ちゃん!」
血を吐いた。それでも顔を上げる。今、二人を守れるのは自分しかいないから。二人が結ばれる未来を望んで、自分が生まれる未来を、そして、過去へ遡って二人を守るために。
「くっ……狂魂、覚して……奇魂!」
四つの勾玉が全て光を放つ。光の輪が天原神社の境内を囲み、禍々しき魂を浄化の力で包み込む。
「これはっ!」
「美紗希!?」
そして、その時になって遂に鵺が気付く。だがもう遅い、結界に閉ざされた中でその力が炸裂する。
「相剋以っ……て、曲霊を、省し……」
だが、霊力が続かない。この大技を使えるだけの力が足りない――そう思った瞬間、美紗希は自分の体に霊力が満ちて来るのを感じた。
「お母さん……?」
美波の手にあった勾玉が砕け散る。内包されていた紗那の霊力が美紗希に宿り、回復していく。
「やっちゃえ……思いっきり!」
美紗希がうなずく。そして、最後の一節を口ずさむ。
「相…生、以って…直霊に……祓わん!」
四つの勾玉の放った光が互いを結ぶ。四方から伸びた光が鵺を貫き、強烈な光がその身を包み込む。
「ぐあっ……ば、馬鹿…なっ!?」
勝利を確信していた鵺が、その身を焼く光に悶える。姿を変えて飛び立とうにも、天原神社に立ち込めていた邪気が術の力で全て吹き飛ばされ、もはや変異を起こせる力も残されていない。
「ありがとう……行ってくる、ね」
美波の手から離れ美紗希が歩き出す。三日月を『霞』に構えると、海斗もその姿を見て、同じ体勢を取った。
「えへへ……やっぱりお父さん、息、ぴったりだ」
「美紗希ちゃん……」
「できたら、一緒に……唱えて、くれる?」
「……うんっ!」
溢れ出る涙を拭う時間すら惜しかった。美波は紗那と共に、その言葉を唱える。
『我断つは』
「御魂を染めし禍津なり」
美波と紗那の霊力が海斗の持つ三日月へ宿る。美紗希も自分の霊力の残る全てを刀身へ注ぐ。刀身が青白い光を帯び、祓いの力に満ちていく。
「我は……妖言に惑い…し、縁を正す…一族、なり」
その痛ましい姿を、海斗も見ていた。一刻も早く彼女に駆け寄りたい。労ってあげたい。だが、鵺を倒すチャンスはもうここしかない。美紗希の命の最後までを注ぎ込んだ、たった一撃を決して無駄にするわけにはいかない。
「祓え給い」
涙を流したいのを堪えて海斗も共に祝詞を唱える。美紗希と出会ってから、これまでの全てが脳裏をよぎる。笑って、怒って、いつも自信たっぷりで、だけど傷つきやすくて。そんな女の子らしさを見せた一番の相棒で、未来の愛娘。
「清め給え」
その言葉を美紗希が続ける。家族で祝詞を詠うのなんて初めてだ。そんなことを思い出してつい笑ってしまう。
『神ながら守り給い』
「幸え給え!」
紗那が美波が、その祓いの力を最大限に注ぎ込み、増幅する。彼女と関わった機会は少なかった。だが一緒に寝起きして、食事をして。一週間の一緒の生活の中で見せた彼女の姿はどこにでもいる女の子だった。伝えたかった。こんなまっすぐな子に育ってくれて、いつか、自分の子供として生まれて来てくれてありがとうと。
「岐の御名にて神逐う――」
四百年前は倒せなかった強大なる妖、鵺。だが、時を越えてその命運は遂に尽きる。四百年前の、十年前の、現代の、未来の。二つの家の全ての人々の思いがここに結集する。
「御神威をもって禍津を断つ!」
その声が重なる。伊薙と、岐の二つの技と力が一つになり、鵺へ向かって蒼き光が交差する。
「絶刀!! 神威一閃!!」
刀の名を示す三日月を描き、二つの弧が一つになる。二つの神威一閃と言う存在しないはずの一撃が、左右から鵺を斬り捨てた。
「――――そ」
そして数瞬の後、鵺が言葉を発した。
「そん……な」
その断末魔の声は、己の身に起きたことが信じられないと言った、驚きの声だった。
夕陽の照らす中、鵺の体が塵となって崩れ落ちていく。残された邪気と共に全てが祓いの力を受けて消滅していく。
そして、夕陽が山の向こうに姿を消すと同時に、その全てはこの世から消え去った。残されたのは、三人の影だけだった。
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