Radiantmagic-煌炎の勇者-

橘/たちばな

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目指すは大魔導師

魔法戦士兵団

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全てを創世せし神の手によって造られし大地――その名はレディアダント。

光に満ちた地上とも呼ばれた大地は海を生み、草木や緑を生み、凍て付く氷の地を生み、砂漠と荒野を生み、多くの自然が生まれた事で一つの世界となった。

光ある世界に生きる者として、神は様々な命を生んだ。命は多種多様な種族となり、世界を育んでいく。

世界の発展の最中、創世の父と呼ばれし神の双子の片割れとなる闇の女神が邪悪なる心に支配され、神界へ反乱を起こした。闇の女神は姉神となる光の女神との争いの末に敗れ、光の女神は地上世界レディアダントを守護する子を生み、女神の子は地上の光を守る使命を与えられる。邪悪なる力を持つ存在も次々と生まれ、女神の子は幾多の脅威に立ち向かいながらも世界を守り、多くの子孫を残した。同時に、闇の女神の邪悪なる意思を受け継ぐ存在も地上に残っていた。


時は流れ――世界を守り続けた女神の子孫達は地上界の英雄となり、人々の間では勇者と呼ばれていた。太古から受け継がれし邪悪なる意思を持つ悪しき勢力を滅ぼした勇者達の伝説は世界中に知れ渡り、後世に語り継がれた。

そして、勇者の一人となる者が建国したといわれる魔法王国レイニーラ――。


王国を建国した勇者は大魔導師と呼ばれる者で、国民は魔法を英雄の力として崇めていた。そして王国を守る兵として、魔法の力を駆使して戦う戦士による魔法戦士兵団が存在していた。

ある日、一人の少年が自宅を出て城へ向かう。少年の名は、グライン・エアフレイド。現在レイニーラ城では新人の魔法戦士兵の募集が行われており、入団テストの日であった。グラインは兵の志願者として入団テストを受けに行くところなのだ。
「ようボウズ。魔法戦士兵団に入団するんだって?」
城への道を歩む中、一人の男がグラインに声を掛ける。グラインは男に軽く挨拶をする。
「はい。無事で魔法学校を卒業できたので、これからは魔法戦士兵団として頑張るつもりです」
「そうかい。ま、せいぜい頑張りな。武器が必要だったらいつでも寄ってくれよ!」
男はグラインとは顔見知りの武器屋の店主で、グラインの父バージルの友人でもあった。男からの応援を受けつつ、城を前にしたグラインはふと足を止める。
「魔法戦士兵団……僕でも入れるのかな。僕だって魔法が使えるようになったけど」
グラインは家族とのやり取りを振り返る。

自宅を出る前にて、グラインはバージルからの一言を受けていた。
「いいかグライン。魔法は英雄の力と呼ばれているけど、うまく扱えないと危険な力にもなる。それに、魔法戦士兵団は国を守る使命があるんだ。魔法学校を卒業できたところで上手くいくと思うなよ」
「うん、それは解ってる。何があっても、僕は魔導師になってみせるよ」
続いて母のラウラがグラインにペンダントを差し出す。
「これは?」
「お守りだよ。あたし達が現役だった頃に持ってたやつさ」
ラウラから与えられたペンダントには、黄色い宝玉が埋め込まれている。グラインはペンダントを握り締めると、手から不思議な暖かさを感じた。
「お守りか……ありがとう、母さん」
グラインの両親であるバージルとラウラは魔導師の端くれであり、若い頃は王国を守護する身であった。レイニーラ王国を建国した大魔導師の伝説を両親から聞かされたグラインは魔導師と呼ばれる存在に憧れるようになり、将来は大魔導師になる事を夢見て魔法学校で三年間に渡る魔法の勉強をし、無事で卒業を果たして魔法戦士兵団に入団しようと決めたのだ。最初は反対されたものの、魔法の勉強と訓練を重ねた結果、炎の初級魔法を会得し、血は争えないという事で両親から認められるようになった。魔導師は魔法使いと呼ばれる者が一人前になった時に名乗る事が許され、その頂点に立つ者が大魔導師として崇められるという。

「……父さん、母さん……」
グラインはラウラのペンダントを握り、再び足を進めようとする。
「そこの君、ちょっと待って!」
背後からの声。振り返ると、三つ編みの金髪に槍を手にした背の高い少女が立っていた。
「これ、君のものかしら? 落ちてたわよ」
小袋を差し出す少女にグラインは驚く。グラインが所持する魔法学校卒業の証のメダルが入った小袋だったのだ。
「うわあっ、いつの間に落としていたんだ? すみません、ありがとうございます!」
礼を言いつつ小袋を受け取るグライン。
「礼には及ばないわ。お城に行くつもりなの?」
「はい。これから魔法戦士兵団の入団テストを受けに行くところなんです」
「まあ、あなたも志願者なの? 何だか頼りなさそうに見えるけど……」
少女はグラインに顔を寄せる。
「え、何?」
「……目からして一応やる気はあるみたいね。解ったわ」
顔を近付けたまま少女が呟くと、グラインは思わず赤面して顔を逸らしてしまう。
「ごめんなさいね、いきなり顔近付けたりして。兵団志願者という事で意気込みはどんなものか目で確かめたかったの」
「め、目で解るものなの?」
「まあね。私はリルモ。魔法戦士兵団の者よ。あなたは?」
「僕はグライン。グライン・エアフレイドです」
「ふーん、変わった名前ね。折角だから集合場所まで案内するわ」
「あ、はい」
リルモに案内される形で城門を抜け、城へ入っていくグライン。その様子を、一人の少年が城門の影でこっそりと眺めている。
「はーん? リルモの奴、なんで見ず知らずの奴を案内してるんだ?」
少年は何か面白くなさそうな様子で呟いていた。

リルモの協力で兵士に入団志願の受付を済ませたグラインが集合場所にやって来ると、多くの入団志願者が集まっていた。
「それじゃ、私はこの辺で失礼するわ。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
リルモが去ると、グラインは辺りを見回す。屈強そうな男や博識な印象を受ける眼鏡男、中には派手な格好をした女までいたりと様々な人物がいる。入団志願者の人数は三十人程集まっていたのだ。
「静粛に!」
力強い印象を受ける女の声。現れたのは、高貴な服装にマントを靡かせた大人の女騎士であった。
「魔法戦士兵団の入団を志願する皆様。よくお集まり頂きました。私は魔法戦士兵団長、フィドール・ラクティクス」
兵団長であるフィドールの傍らには王国の一般兵が数人立っていた。
「我が兵団は魔法と戦士の力を両立させた兵力を求めています。いかに魔法の腕に自信があろうとも、戦士としての強さ無き者には入団を許されない。入団の資格を得るには、三つの証が必要となります。その証となるものは……」
フィドールの言う三つの証とはベリロ高地の岩山で採取できる『マージ鉱石』と呼ばれる鉱物で、魔法力を蓄積させる魔石の原材料として使われているもの。それを三つ集めれば合格で入団が認められるという事であった。しかも制限時間は日没まで。現在は正午前の時刻で、その道のりはレイニーラ地方に広がるニルド高原を抜けてから辿り着ける場所であり、徒歩だと片道で一時間近くも費やす距離であった。鐘の音による合図で入団テストが始まると、志願者が一斉に走り出す。丸腰状態だと不安に感じたグラインは大急ぎで武器屋に駆け付ける。
「おじさん! これで何か良さそうな武器を!」
グラインは店主に所持金を差し出す。
「やっぱり武器が必要だったか。だったらこいつが丁度いいぜ」
購入した武器は、ブロードソードであった。武器を手にしたグラインはベリロ高地へ向かおうとするが、丸い体の生物に遭遇する。丸い猫のような姿をした魔物ニャコルンであった。
「うっ……これが魔物か」
初めての魔物との戦いに思わずブロードソードを構えるグライン。ニャコルンは低い唸り声を上げると、飛び掛かって爪で引っかき始める。間髪で攻撃を回避するグラインだが、頬に傷が刻まれていた。
「たあっ!」
ブロードソードで反撃するグライン。手応えある一撃だが、ニャコルンは倒れる事なく体当たりを仕掛ける。
「うわあ!」
体当たりを受けたグラインは転倒する。
「クッ、負けるものか!」
すぐさま起き上がり、魔法で応戦しようと魔力を集中させるグライン。その時、地面から次々と岩の杭が出現し、杭に突き刺さったニャコルンはバタリと息絶え、消滅する。
「今のは……?」
突然の出来事に驚いたグラインは思わず辺りを見回す。
「何だ、ニャコルン程度に手古摺るような奴が魔法戦士兵団を志願ってか? 全く大笑いだぜ」
声と共に現れたのは、ハルバード状の武器を手にした少年だった。
「君は? 今のは君がやったの?」
「ああ、そうだよ。今のは俺の魔法によるもんだ。たまたま見かけたから気まぐれにやってやっただけさ」
「そう……ありがとう」
「へっ、何でお前のような肝の小さそうな奴が魔法戦士兵団を志願してるのか知らんが、悪い事は言わねえ。さっさと諦めな。ニャコルンに手古摺るようじゃあ、到底クリア出来っこねぇよ」
半ば小馬鹿にしたような口調で言い放つ少年にグラインはムッとなる。
「なっ……だからってそう簡単に諦めるわけにはいかないよ」
「あっそう。何も知らなさそうだから親切に忠告してやってるんだがな。ま、お前がどうなろうと俺の知った事じゃねえけど、ベリロ高地にはなかなか凶暴な魔物がいるんだぜ。念のために言っておくが、さっきのニャコルンなんかとは比べ物になんねえぞ。覚えときな」
まるで威張ってるかのように振る舞う少年。
「……君は誰なんだ?」
「ん、俺か? 俺はクレバル。魔法戦士兵団所属の魔法戦士ってところだ。おっと、お前にとっちゃのんびり話してる時間はねぇんだったな。じゃ、せいぜい頑張れよ」
クレバルと名乗る少年は駆け足で去っていく。
「魔法戦士兵団ってこの辺の魔物なんて軽く蹴散らせる程強いんだろうな……」
グラインは周囲を見回すと、ニャコルンの他にトゲが生えたペンギンの魔物ハリギン、獰猛なウサギの魔物あらぶりウサギ等の野生の魔物が多く徘徊していた。魔物がグラインの姿に気付くと獲物を狩ると言わんばかりに襲い掛かる。
「ファイアボール!」
襲い来る魔物を炎の魔法とブロードソードによる打撃で退けつつも高原を進むグライン。魔物の相手をしているうちに戦いのコツを掴んだグラインはニャコルンやハリギンを軽く撃退できるようになり、傷を薬草で回復させながらも足を動かす。高原を抜けた先に広がる岩だらけの場所と岩山。そして多くの入団志願者。合格の証となるマージ鉱石採掘場所であるベリロ高地であった。血眼になって鉱石を探し求める志願者達に混じって探索を始めようとするグラインだが、魔物も生息していた。人肉を食らう人食い蛇、石を投げつける凶暴な岩モグラといった魔物が行く手を阻む。
「ううっ!」
人食い蛇の牙がグラインの左足を捉える。即座にブロードソードで串刺しにするものの、左足が激痛に襲われる。
「くっ、薬草があと一つしかない……」
激痛に耐えられず、最後の一つとなる薬草を磨り潰して傷口に当てる。魔物の襲撃を警戒しながらも鉱石を探すグライン。岩山付近の岩を探っていると、黄色く艶のある石を発見する。
「もしかしてこれか?」
この石が証となるマージ鉱石だと推測し、道具袋に入れては探索を続ける。すると今度は青く艶のある石を発見した。色は違うものの、黄色い石と同じ形のもの。これもきっとマージ鉱石だと考えて道具袋にしまい込む。
「よし、あと一つ……」
残り一つの石を探そうとした途端、悲鳴が聞こえてくる。なんと、志願者の何人かが空を飛ぶ魔物に襲われているのだ。現れたのは、切り裂きコンドルという名の怪鳥であった。
「気を付けろ! あれは切り裂きコンドルだ」
普段はこの地で見掛ける事のない魔物で、ベリロ高地に生息する魔物よりもずっと強いという。鋭い爪による攻撃で次々と倒されていく志願者達。切り裂きコンドルは鳴き声を上げながらも翼を広げ、獲物を狙って飛び回る。
「逃げろ! あんなもんとまともにやり合ってたら命が幾つあっても足りねぇぞ!」
志願者達が逃げていく中、グラインもその場から離れようとしたが、足が思うように動かない。左足が完治していない他、足が竦んでいるのだ。手足が震え始めると、切り裂きコンドルの視線はグラインに向けられる。
「おいそこの! お前も早く逃げろ! 食われるぞ!」
志願者の一人が逃げながら声を掛けるが、矛先をグラインに向けた切り裂きコンドルは鳴き声を轟かせながら飛び掛かっていた。
「う……くっ!」
魔法を放とうとするグラインだが、切り裂きコンドルの鋭い爪で腕を斬り付けられてしまう。
「ああぁぁっ!」
鮮血が舞い、ガクリと膝を付くグライン。目の前にいる切り裂きコンドルは獲物を狙う眼光を向けている。このままでは食らい尽くされる! グラインが本能で身構えると、突然風が巻き起こり、切り裂きコンドルが吹っ飛ばされていく。
「え……?」
予想外の出来事に驚くグライン。今のは誰かが助けてくれたのか? 周囲を見渡しても、自分以外の志願者達は既にその場から逃げていた。次の瞬間、グラインは不意に全身の感覚が熱くなっているのを感じる。
「何だ、この感じは? まるで燃え上がるように身体が熱い……」
一体何が起きたんだと戸惑っていると、切り裂きコンドルは鳴き声を上げつつもその場から飛び去って行った。
「どうなってるんだ……?」
グラインは訳が解らずその場に立ち尽くしていると、全身の熱い感覚は次第に収まっていった。落ち着きを取り戻し、改めて周囲を見回すと、紫色の石が落ちているのを発見する。それを拾った瞬間、これもマージ鉱石かと思いつつ道具袋に入れる。石は三つ揃い、空を見上げると日没が迫ろうとしていた。何はともあれ、これで目的は果たした。城へ戻ろう。傷付いた身体を引き摺りながらもその場を後にするグライン。帰路につき、高原を歩いていると、行き倒れになっている男の姿を発見する。
「大丈夫ですか!」
グラインの声に男は気が付いて起き上がる。
「う……誰だ?」
男はレイニーラに行こうとしていた旅人で、魔物の不意打ちを受けて気を失っていたとの事であった。
「すまねえな、ボウズ。よかったらレイニーラの宿屋まで連れて行ってくれねぇか?」
「解りました。僕も丁度レイニーラに戻るところでしたので」
「ありがとよ……」
グラインが肩を貸す形で男をレイニーラまで連れて行こうとした瞬間、男はグラインの額に手を当てる。すると突然、グラインは猛烈な眠気に襲われ始める。
「な、何だ……? 急に眠くなって……」
なんと、突然の眠気は男の魔法によるものであった。
「へっへっへ、引っ掛かったなガキめ」
男は志願者の一人であり、マージ鉱石を三つ手に入れた者から石を奪い取ろうと芝居を打っていたのだ。グラインが眠った隙に道具袋から三つのマージ鉱石を奪い取る。
「よっしゃ、やったぞ! これでオレも魔法戦士兵団の仲間入りだな!」
男がその場から去ろうとした瞬間――
「随分と卑怯な事を考える人もいたのね。ヘドが出るわ」
現れたのは、リルモであった。
「誰だお前は!」
「魔法戦士兵団が一人、リルモ・ミネラヴォルト。あなたの行いの全てはとうに把握済みよ。言っておくけど、返答次第ではタダじゃあ済まさないわよ!」
リルモが槍を構えると、男は腰を抜かした様子で狼狽え始める。
「ヒィーッ! あ、あんたが魔法戦士兵団の上級兵と噂されたリルモさんかよ! こ、降参だあ!」
あっさりと白旗を上げ、石を置いて逃げていく男にリルモはやれやれと溜息を付き、眠っているグラインを起こそうとする。
「う……ん」
グラインが目を覚ますと、目の前にいるリルモの顔を見て驚く。
「リルモさん、だっけ? どうしてここに?」
「たまたま見つけたからよ」
リルモはフィドールから入団志願者の中に不審な人物が紛れていないかチェックする為の見張り役を任されて高原を巡回していた最中で、怪しい男を前に眠らされているグラインの姿を発見して駆け付けたとの事であった。グラインは取り返した三つの石を受け取ってリルモに礼を言う。
「君のおかげで助かったよ。あ、よく考えたらこれから僕の先輩になるのかな」
「そうね。それにしてもあなた、傷だらけじゃない」
リルモはグラインの全身の傷にそっと手を当て、魔力を高める。淡い水色の光が発生すると、染みるような傷の痛みは次第に和らいでいく。水の魔力による回復魔法アクアヒールであった。
「今のは?」
「アクアヒール。水の回復魔法よ」
グラインはふと魔法学校で学んだ知識を思い出す。回復魔法には光魔法型と水魔法型の二種類が存在し、前者は光の加護による傷の修復、後者は水の力がもたらす癒しの力が生物に備わる回復機能を促進させ、傷の痛みを和らげつつも治癒に発展していく効果がある。リルモの回復魔法は水の力による癒しであり、同時に疲労が消えていくのを感じる。これが回復魔法か、と実感したグラインは魔法の力が如何に凄いものなのかを改めて思い知らされていた。
「ちょっとサービスしすぎたかしら? それじゃ、私は任務の続きがあるからこれで」
リルモが去ると、グラインは現在日没寸前の時間になっている事に気付く。
「やばい! 早く戻らなきゃ!」
大急ぎでレイニーラに戻るグライン。全速力で王国に戻り、城へ駆け付けた頃には既にフィドールが待っていた。
「お戻りになりましたか。残念ながら、制限時間はとうに過ぎています」
タイムオーバーという事実を告げられたグラインは愕然とする。
「そんな……石は三つ持ってきましたが、それでも失格ですか?」
グラインが道具袋に入った三つの石をフィドールに差し出す。フィドールは三つの石をジッと見つめては、汗に塗れたグラインの目を見る。
「あなたが持ってきた石は、紛れもなく合格の証となるマージ鉱石です。しかし制限時間以内に戻れなければ本来ならば失格となりますが……あなたからは他の志願者にはないような何かが存在する。そんな気がするのです」
フィドールの言葉にグラインは驚きの表情を浮かべる。他の志願者にはないような何かというのは、ベリロ高地に現れた切り裂きコンドルを追い払った力の事なのだろうか? 確かにあの力に関しては自分でも何なのかよく解らない。もしかすると自分には何か特別な力が眠っているのか?
「……グライン・エアフレイドと申しましたね。いいでしょう。あなたを魔法戦士兵団への入団を認めます」
や、やった……! 合格通知を受け、喜びに浸るグライン。周りの兵士達も拍手を送る。
「入団を果たしても、下級ランクのうちは数多くの修行で腕を上げなくてはいけません。これからが始まりなのです。覚悟しておきなさい」
フィドールが厳しい表情を向けながら言う。
「……はい! 宜しくお願いします!」
グラインはそれに応えるように力強く返事した。


日が暮れ、見張りの仕事を終えたリルモがレイニーラに戻ろうとした頃、高原にある洞窟の付近で居眠りしている人の姿を発見する。なんと、クレバルであった。
「クレバル! あんたこんなところで何やってんのよ!」
リルモは怒鳴りつけながらもクレバルを叩き起こす。
「んあ……ムニャムニャ……うるっせーなあ……また石頭のリルモかよぉ……」
「寝言言ってんじゃないわよ、このバカ!」
クレバルに全力で蹴りを入れるリルモ。
「うごあ! リ、リルモてめえ! 少しは加減しろ! って……ゲゲッ! まさか俺、ずっと寝てたのか?」
「何寝ぼけた事言ってんのよ! 任務をサボって居眠りだなんてどういうつもり?」
胸倉を掴みながら顔を寄せつつも問い詰めるリルモ。クレバルもリルモ同様入団志願者に紛れ込んだ不審者対策の見張りを命じられ、レイニーラ地方を巡回していたものの、あまりにも退屈だという理由で眠くなり、洞窟の付近で休憩していたらそのまま転寝していたのだ。
「全く、あんたはそうしてサボってるからいつまでたっても中級兵から昇格できないのよ」
「ほ、本当は少し休憩するだけのつもりだったんだよ! それなのに睡魔に襲われちまって……」
「くだらない言い訳なんて聞きたくないわ! 来なさい。フィドール兵団長にこってり絞ってもらうわ」
「いいっ? それだけは勘弁してくれえええ!」
クレバルを引っ張りながらも王国へ向かって行くリルモ。夜になると、高原は虫の声による演奏が響き渡るようになった。


夜も更け、レイニーラ城のバルコニーにて一人夜空を見上げる者がいた。レイニーラ王子のニールである。
「お兄様」
やって来たのは、ニールの妹となるイニア王女だった。
「イニア、まだ寝てなかったのか?」
「うん、ちょっと眠れなくて」
「そうか」
ニールは尚も夜空の月を見つめていた。
「お兄様も眠れないの?」
「ああ……どうにも悪い予感がしてな」
ニールはここ数日前から不吉な予感を感じていた。そのせいでなかなか寝付けない状態が続き、夜風に当たる事が多くなっていたのだ。近いうちに何か恐ろしい事が起きようとしている。途轍もなく強大な何かが、この国に迫ろうとしている。そんな予感がどうしても頭から離れようとしない。

星の瞬く夜空が徐々に黒い雲に覆われていく。そして満月も、雲に覆われ始めた。

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