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Eternal Oath~騎士と姫の想い~

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「レイラ……キス、して……」
「はい、姫様。仰せのままに……」

吐息がかかる程の距離まで顔を寄せた姫と女騎士がゆっくりと唇を重ね合わせる。そのキスは深く濃厚なもので、恋人同士の愛の証ともいうディープキスだった。姫の口内に女騎士の舌が入り、それに応えるように女騎士の口内にも姫の舌が入る。
「……ん……ふぅっ……んう……」
二つの舌は、熱い息が漏れるお互いの口を通じて静かな音を立てながら唾液と共に絡み合う。ディープキスを交わしたままうっとりとした表情を浮かべる二人の女は、それぞれの想いを馳せながら過去を振り返っていた―――。


アマゾネスと呼ばれる女性戦士が集うシルベランド王国―――多くの女兵士を束ねる騎士団長レイラ・イルレインは、敵国として対立しているエクセルス王国との戦に備え、日々兵士達との鍛錬に励んでいた。レイラによる鍛錬は女性相手でも容赦ないもので、多くの兵士が汗と血を流す程であった。
「愚か者が。その程度で戦場に出るつもりか!」
レイラの叱責に一人の女兵士が頭を下げている。訓練所は女性特有の香りはなく、汗と血の臭いで充満していた。訓練として激しい剣技を披露するレイラの姿を陰で見守っている者がいる。王国の姫―――エレノア・シルベランドであった。エレノアはレイラの姿をずっと追っていた。


姫様……私は貴方様にお仕えする騎士。このレイラ・イルレイン……我が命に代えてでも貴方様をお守りすると誓います。


数年前に騎士団長の座に就き、エレノアの護衛に任命されたレイラ。騎士としての言葉と共に手の甲へ捧げた誓いのキスは、エレノアにとって心に残る程の忘れられない感触であった。共に過ごしているうちに心を通わせ、部下を統率する時の覇気ある姿、君主である女王と自身への溢れる忠誠心、自身を守ろうとしている騎士としての心……そんなレイラの姿に、エレノアは心惹かれていた。

訓練が終わり、汗に塗れたレイラが兜を外して訓練所から出る。
「これは姫様」
「レイラ。今日も訓練だったのね」
「はい。エクセルスとの戦いが控えている中、兵力を鍛える必要がありまして」
エレノアは物憂げな表情を浮かべる。
「……やはり、エクセルスとの戦いは避けられないのね」
他国との戦争を快く思わないエレノアは、レイラが戦場に向かう事には猛反対であった。だが先日、女王の元にエクセルス王国が宣戦布告を仕掛けてきたという知らせが入り、戦の日はそう遠くないと察したレイラは兵力の鍛錬に力を入れているのだ。
「姫様のお気持ちはわかりますが、エクセルスはシルベランドを制圧しようとしています。このシルベランドや、姫様を守る為にも戦いは決して避けられぬのです。どうかご理解の程を……」
レイラはエレノアの手の甲に軽くキスをし、静かに去って行く。思わず顔を赤くしたエレノアは、マントを靡かせたレイラの後姿をずっと見つめていた。


謁見の間―――多くの兵士が並ぶ中、シルベランド女王を前にしたレイラが跪く。
「皆の者よ、エクセルス王国との戦の件は既に聞き及んでいるな?奴らは翌日に攻め込んでくるという見込みだ。奴らは武器のみならず、魔法による兵力も備えていると聞く。よってこちらから攻め込むのは得策ではないだろう。そこで、奴らが何らかの動きを見せるまでは国の防衛を重視する」
女王の命令に、兵士達は一斉に敬礼をする。
「よいか、決して油断するな。戦に備え、しっかり休んでおけ」
レイラを筆頭に兵士達が謁見の間を去り、皆がそれぞれの休息の場へ向かう。レイラは兵士達が去ったのを確認すると、上階にあるエレノアの部屋に足を運ぶ。部屋には、エレノアがいた。
「来てくれたのね、レイラ」
エレノアを前にレイラはそっと跪く。
「本当はあなたに戦って欲しくなかった。いいえ、あなただけじゃない。戦争だなんて、人として最も愚かしい事なのに……。けど、戦わなくては守れないものもある。あなたは私を守る為に、戦うのよね」
俯き加減に呟くエレノアに、レイラはそっと顔を寄せる。
「ご安心を。姫様、私が命に代えてでも貴方をお守りします。貴方をお守りするのが騎士としての務めです。私は……ずっと貴方を守りたい」
近い距離で囁くようにレイラが言うと、エレノアは不意に鼓動が高鳴るのを感じる。それは今まで感じた事のない気持ちの高鳴りで、自身にとっては誰よりも大切な運命の相手に巡り会えたかのような感情であった。ずっと姿を追っているうちに、同性でありながらも恋愛と呼ぶような感情が芽生えていたのかもしれない。無意識のうちに行っていたエレノアの行動は、唇を重ね合わせるキスだった。初めてのキスであり、同性とのキス。思わず病みつきになりそうな、とても柔らかい感触。唇が離れた時、漏れる吐息がお互いの顔を擽る。両者の表情は既に赤く染まっていた。
「ひ、姫様……?」
突然の出来事に戸惑うレイラを前に、エレノアは顔が近いままレイラの頬をそっと撫でる。
「……どうか……生きて……」
エレノアの瞳が涙で潤い、雫となって次々と零れ落ちる。
「姫様……」
レイラはエレノアの涙を指で軽く拭い、そっとエレノアを抱き寄せる。レイラの胸の中で嗚咽を漏らすエレノア。溢れる涙はずっと止まらない。胸に感じる吐息と涙の感触に、レイラは思わずエレノアの柔らかな体を抱きしめていた。

翌日―――二つの国による戦が始まる。エクセルス王国の軍勢が攻め込もうとしている中、シルベランド王国の軍勢は守勢に回っていた。人々を安全な場所へ避難させ、王国の守りを固める兵士達。だが、エクセルスの軍勢が猛攻を仕掛けている中、戦況は劣勢となっていた。消極的な態勢と戦況に不安を覚えたレイラは、エレノアの安全を重視しようと地下室へ連れ込む。地下室には護衛の重装兵が何人かいた。
「レイラ様!」
「……どうやら私自身も加勢に向かわねばならぬようだ。このままでは……!」
レイラはエレノアに視線を移す。
「姫様……私が戻るまでは、どうかここで……」
エレノアは目を潤ませながらも、無言で頷いた。
「お前達、姫様の事は頼んだぞ」
重装兵にエレノアの護衛を任せたレイラは戦場に向かおうとする。
「レイラ!」
エレノアが声を掛けると、赤い宝石が埋め込まれた指輪を差し出す。
「これは?」
「私からのお守りよ。ほら、これ……」
エレノアは左手の薬指にはめ込まれた指輪をレイラに見せる。エレノアの指輪には青い宝石が埋め込まれていた。
「姫様……必ず貴方様の元へ帰還すると約束します」
レイラは左手の薬指に指輪をはめ込み、エレノアの手の甲に誓いのキスを捧げる。剣を手に、城を出て戦場へ足を運ぶレイラ。エクセルス軍とシルベランド軍の激しい攻防が繰り広げられる中、レイラの前に一人の女戦士が立ちはだかる。黒衣を身に纏い、大剣を装備したエクセルス軍の女将軍だった。
「貴様、シルベランドの騎士団長だな」
「如何にも。私の名はレイラ・イルレイン。誇り高きシルベランドの名に懸けて、その首もらい受ける」
レイラが剣を構える。
「笑止な。このルシェイルの剣で貴様を血祭りにあげてくれようぞ」
女将軍ルシェイルが大剣を両手に構え、斬りかかる。レイラが剣でその一撃を受け止め、激しい剣と剣のぶつかり合いが始まる。だが、一撃の力はルシェイルの方が上回っており、気合いの込められた一撃がレイラの剣を弾き飛ばした。剣を弾かれ、たじろぐレイラにルシェイルの剣が襲い掛かる。
「がはあっ!!」
深々と身を切り裂かれたレイラは鮮血を迸らせながら倒れる。
「ふっ、クチ程にもない。所詮はこの程度か」
倒れたレイラの元にルシェイルが歩み寄る。
「ぐっ……がはっ!まだだ」
レイラが立ち上がる。
「うっ……げぼぉっ!!」
傷口からの出血によろめきながら大量の血を吐き出すレイラ。傷は深手となったものの、その目からは闘志は失われておらず、傷の痛みに耐えながらも再び剣を構える。
「ほう、その体でまだやるつもりか」
ルシェイルが冷酷な目を向けながらも大剣を振り回し、構えを取る。
「私には……守るべき者がいる。倒れるわけにはいかない」
霞む視界の中、レイラは剣を手に再び立ち向かう。覚悟を決めたその闘志は大きな力となり、両者の剣が交わる度に火花が舞う。
「がああっ!!」
剣を両手に取ったレイラの渾身の一撃が振り下ろされると、ルシェイルは間髪でその一撃を大剣で受け止める。
「くっ、この力……貴様は一体……」
顔が汗で塗れる中、レイラは剣を握る両手に力を込める。だが、出血が止まらない傷口から伝わる激痛が全身を駆け巡り、更に吐血するレイラ。一瞬力が弱まり、ルシェイルに押し退けられてはガクリと膝を付く。止まらない激痛にレイラは息を荒くさせる。
「守るべき者とやらの為に戦い続ける貴様の闘志は敬意に値する。だが……貴様らを打ち倒し、シルベランドを支配するのが国王陛下のお望みでな。実に惜しいが……悪く思うな」
至近距離まで近付いたルシェイルは大剣を掲げ、レイラに向けて振り下ろそうとする。
「……あああああっ!!」
一瞬の隙を見つけたレイラは瞬時に剣をルシェイルの腹部に突き刺す。
「がっ……!ぐはっ!な……何……だと……?」
腹部を剣で貫かれたルシェイルの口から血が零れ、大剣を落としてしまう。レイラは剣をルシェイルの腹部から引き抜くと、今度は左肩目掛けて剣を振り下ろし、深く食い込ませた。
「ごぼっ!がっ、がはっ……!ごっ……ぐぼぉっ!!」
剣は心臓を捉え、ルシェイルは大量の血を吐いて倒れた。レイラは血に染まった剣を見つめながらも、倒れたルシェイルの傍に寄る。
「げぼっ……私が……甘かった……のか……」
致命傷を負い、血を吐きながら息も絶え絶えな様子で呟くルシェイル。
「ふっ……守るべき者の……為に……戦う……闘志……は……一瞬の隙をも……逃さない、といったところ……か……」
レイラは倒れたルシェイルの姿を無言で見下ろしていた。
「……レイラ……といった……な……。私にも……貴様の……よ……う……に……んうっ!げほぁっ……ぐっ!」
言葉の途中でルシェイルは血を吐き、絶命する。響き渡る激痛の中、レイラはルシェイルの遺体を見下ろしながらも膝を付き、そのまま伏せる形で倒れた。力を使い果たし、大量の出血によってレイラは意識を失っていた。


戦は、まさに人同士の殺し合いだった。支配欲に捉われた国王によって行われた戦争。この愚かなる戦争に終止符を打とうと立ち上がった女王が、敵国の王を暗殺した。女王の活躍を機にシルベランド王国の軍勢が怒涛の反撃に転じ、長きに渡る戦争は終わりを告げ、結果はシルベランド王国の逆転勝利となった。国王と将軍、そして多くの兵を失ったエクセルス王国は凋落への道を辿るようになり、やがて人同士で争う事の愚かさを国民に知らしめる事となった。


戦が終わった後も、レイラは意識が戻らないままだった。重傷かつ出血多量によって生命の危機に陥っていたが、王国の医師と戦争を恐れて逃げ込んだエクセルス王国出身のヒーラーによる治療で奇跡的に一命を取り留め、傷は既に癒えている。
「レイラ……目を覚まして……」
エレノアはレイラの左手にはめ込まれた指輪を見つめると、そっとレイラの唇を塞ぐ。
「ひ、姫様!」
兵士達が驚く中、エレノアはずっとレイラにキスをしている。溢れる涙がレイラの顔に零れ落ちると同時に、血の味がした。それは敵との戦いの中で吐いた血の味。だが、それは決して悪いものではない。愛する者へのキスで感じる味ならば、どんなものでも愛する者の味である事に変わりないからだ。エレノアの唇が離れた時、レイラはうっすらと目を開ける。
「レイラ!」
エレノアは思わずレイラを抱きしめる。肌に感じる体温は低いものの、肌の感触と相まって懐かしい温度だった。
「……姫様……」
「よかった……レイラ……よかった……」
エレノアは止まらない涙を零し、レイラの胸の中で泣く。レイラは心の中で感謝の言葉を伝え、エレノアの体をそっと抱く。


姫様……貴方が私を助けてくれたのですね。
敵の将軍との戦いで深手を負い、生死の境を彷徨っていた私を呼び戻してくれたのも、貴方がいたからこそ。そして、貴方の想いがあったから。

姫様……心から感謝しています。私は貴方を愛しています―――。



それから一週間後―――レイラはエレノアの部屋を訪れていた。
「もう傷は治ったの?」
「はい。驚くほどの回復力で、傷跡を残す事も無く完治致しました」
エレノアは安心したように微笑む。
「あの時貴方に与えた指輪の意味……わかる?」
「これ……ですか?」
レイラは少し照れながらも左手の薬指にはめ込まれた指輪を見せると、エレノアも左手の薬指にはめ込まれた指輪を見せる。
「貴方と出会った頃から、運命を感じていたの。騎士としての貴方の姿や、騎士団長として多くの部下を鍛える貴方の姿も、ずっと追いかけていた。戦の時も、改めて思ったわ。私にとって、運命の人はもはや貴方しかいないという事を……」
エレノアが左手の薬指を差し出すと、レイラはそっと指輪を外し、自らの薬指にはめ込む。そしてエレノアはレイラの左手の薬指にはめ込まれた指輪を自らの薬指にはめ込んだ。両者の想いを込めた指輪の交換であった。二人は顔を寄せ、見つめ合う。お互いの指を絡ませる形で手を合わせた二人の表情は、女神のように美しく輝いていた。


そう―――私達は、運命と共に結ばれた。
そして、誓いの口付けを交わした。お互いの想いを交わし合う、二人だけの深く濃厚な口付けを。



「……っはぁ」
両者の唇が離れ、銀色の輝く一筋の糸と交差する息。うっとりした表情で見つめ合う二人。肌で感じる体温と、甘くてどこか切ない匂いが漂う生温かな息。レイラの手は、エレノアの頬をそっと撫でていた。
「気持ちいい……これが、愛し合う者同士のディープキスなのね……」
頬を赤らめたエレノアは思わず息を荒げる。
「私も……このような快楽は初めてです。もっと、貴方が欲しい……」
レイラはエレノアの鼻を甘噛みする。
「……本当の儀式を……始めましょう。愛し合う者同士の……」


それから二人は、お互いの身体で絡み合う。豊満な胸、指、足……そして肌の温度を感じながらも、そっと顔を近付ける。生温かい息の匂いが漂う中、レイラとエレノアは再び濃厚に唇を重ね合わせる。レイラの口内にエレノアの舌がゆっくり入ると、レイラはいたわるように舌を絡ませる。
「……ん……ふ……んぅっ……ふぁっ……」
吐息と声を漏らしながらも口内で舌を絡ませていたが、次第に唾液による水音が聞こえ始める。レイラの舌は、次第にエレノアの口内に入っていった。
「……んっ……んうっ……んぁっ……」
「……んはっ……っふぅ……ふあっ……あはぁっ……」
レイラとエレノアのディープキスは次第に激しいものとなっていき、お互いの口内で唾液の交換が行われる。相手の唾液を堪能しながらも踊るように舌を絡め、そして相手に唾液を与える。
「あぁっ……んはぁっ……」
お互いの顔を覆う形で息継ぎをしながらも唾液を滴らせ、濃厚に舌を絡ませる事数分間、そっと両者の唇が舌と共に離れる。
「は……ぁっ……はぁ……はぁっ……」
激しい吐息が交差する中、数本もの銀色の糸を繋げながらも至近距離で向き合う二人。顎から唾液を滴らせ、鼓動と共に止まらない呼吸。火照る体の体温は最高潮に達していた。レイラが吐息と共にエレノアの首筋を舌で味わうと、エレノアは喘ぎ声をあげる。息を荒くさせながらも、エレノアはレイラの胸に顔を埋め、息を荒く吐きながらも舌で味わう。お互いの体の至る所の味を堪能していく二人の夜の儀式は、ずっと続いていた―――。


翌日―――二人は、王国の修道院で白いドレスを身に纏っていた。それは二人の女が結ばれる為の儀式であり、神の下で永遠の愛を誓い合う神聖なる儀式だった。姫である者と、女騎士である者が、今ここで結ばれる。王国では同性同士であっても、お互いの愛が本物であれば結ばれる資格はある。姫が、女騎士が、それぞれ神の前で永遠の愛を誓う。二人の愛は、本物なのだから。


そして再び、誓いの口付けを交わす。永遠の愛の証となる濃厚な口付けを―――。


何だか夢みたいね。

ええ。このレイラ・イルレイン、これからも愛する者として、騎士として貴方様を守る事を誓います。

レイラ。私達は夫婦なのよ。もう主従として振る舞う必要はないわ。

え?

私の事、エレノアって呼んで。普段の貴方の姿でいて欲しいの。


……エレノア。貴方は私が守る。永遠に。



輝く太陽が照らす光の中、女王と多くの人々に見守られた二人は手を繋ぎ、それぞれの想いを胸に歩き始める。この日、シルベランド王国の姫と女騎士は永遠に結ばれた―――。



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