モテ期なんて聞いていない!ー若手実業家社長の幼馴染と元カレ刑事に求婚されています

雪本 風香

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ヤケクソと良識と

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「後悔しないな?」
 そう言うなり、颯はあかりを抱きかかえてベッドに連れて行く。颯にとっては勝手知ったる家だ。最短距離で向かったベッドにあかりを横たえると、自分もそのまま乗り上がった。
 覆いかぶさった颯の左腕はあかりの逃げ道を塞ぎ、反対の手で器用に上着を脱ぎ捨てるとネクタイの結び目を解く。
 その仕草はよく見知っているものだ。このあとされる手順も予想がつく。
 案の定、颯はあかりの後頭部に触れ、キスをする。軽く頭を持ち上げながら器用に片手でジャケットを脱がすと、ブラウスのボタンに手を掛けた。
 あかりはギュッと目を閉じた。

 これがのはずだ。
 理貴のことが頭にちらつくのは、キスされたことが引っかかっているだけだ。そもそも理貴はもう一人の弟のようなもの。一時的に熱に浮かされているだけで、時間が経てば忘れられる類のものだ。 
 元々颯との将来を考えていた。別れた時に断腸の思いで気持ちに蓋をしたことを今も引きずっているけれど、颯の全てを受け入れさえすれば元に戻るはず。

 (だって、キスされたのは……イヤじゃなかった……から)

 それをいうなら理貴の口づけだって、と一瞬頭によぎったことは強制的に考えないようにした。

 颯を受け入れて、再び付き合って。颯も結婚の覚悟を決めているのだ。トントン拍子で話は進んで行くのだろう。
 人柄も申し分ない。恋人として颯に不満はなかったし、警察官としての将来性もある。両親も問題なく受け入れるだろう。
 颯があかりと結婚したら警察官を辞める、という一言は気にかかるけれど、それ以外は何も問題ない。

 抱かれさえすれば。きっと全てうまく行く。

 固く目を瞑っていたあかりは、何か考えるように眉間にシワを寄せていた颯の表情を見ることができなかった。
 いつの間にか颯の動きが止まっているのに気付いたあかりは、ゆるゆると目を開ける。と、同時に颯の深いため息が聞こえてきたかと思うと、鎖骨のすぐ上あたりをきつく吸われた。

「いっ……っつぅ!」
 痛みを伴うくらいきつく吸われたあかりの口から思わず抗議の声が漏れる。颯は再び嘆息したかと思うと、あかりの上から隣にドサリと体を移動させた。
「止めだ、止め」
「な……」
「なんで、とか聞くなよ。こっちだって今、理性を総動員して止めているんだからな」
 叱るような口調であかりの言葉を封じると、颯はボソリと吐き出した。
「話を聞いて同情したんだろうが。とはいえ、フラフラ揺らいでいるヤツを無理やり手籠めにするほど、人でなしではないつもりだ。どうせお前のことだ。オレに抱かれたら、揺らいでいる気持ちが固まるとでも安易に考えたんだろうが」
「……!」

 心の中を見透かしたような颯のセリフにあかりは言葉を失った。
 颯は息を吐くと、天井を見上げながらあかりに問いかける。
「抱くのは構わんさ。それで絆されるのも。だが、いいのか? 
 あかりは言葉に詰まる。颯に言われたセリフは、あかりが警察官として大切にしている指標の一つだからだ。

 あかりが警察官を続けるか迷っていたときに、他でもない颯に掛けられた言葉でもある。

 ※

 ――上からの命令は絶対だ。だが、自ら考えることを放棄して、人に流されるまま意志を決めるのを良しとするならお前はこの職務に向いていない。今すぐ警察官仕事を辞めるべきだ。

 初めて出会った時、仕事に情熱を失っているあかりに、機動隊所属だった颯は淡々と辛辣な言葉をかけたのだった。
 かぁっと顔が熱くなる感覚は今でも覚えている。思いっきり叩かれ、頭ごなしに叱責を受けたほうがよっぽど気が楽だった。
 だが颯の一言は、あかりに羞恥心を芽生えさせると同時に迷いを消し去った。
 諭した颯の目が中途半端なあかりをバカにした感じではなく、真剣に彼女のことを考え抜いた結果だと訴えていたからだ。

 それまでのあかりは、早く取り立ててもらえるように焦っていた。
 父も兄も弟ですら早々に仕事で結果を出しているのに、あかりはまだ何も持っていなかった。
 高卒で警察官試験に合格したから、大卒で三歳年上の兄より早く警察官になったのに。大卒の方が出世は早いと聞いているが、兄はとっくに自身の希望している刑事課に配属になっている。
 三つ下の弟ですら夢への一歩を踏み出して、この春から希望している白バイ部隊に配属になった。
 まだ地域課のままなのは、身内ではあかりだけ。
 警察官が必ず最初に配属される地域課の仕事は多岐に亘る。
 それらの仕事は嫌いではない。けれど、あかりは次の目標を見つけられていなかったのだ。

 警察官になるのが夢であったけれど、どんな警察官になりたいかまで考えていなかったのだ。
 兄の雅人のように刑事になりたいという夢も、弟の幸人のように箱根駅伝の先導をしたいと熱望することもなく、ただ、警察官になりたいというだけで進路を決定してきたのだ。

 地域課の仕事は嫌いではなかった。人に感謝されることは職業柄少ないけれど、パトロールして町の雰囲気を見るのは好きだったし、問題を解決したら感謝をされる。たまに子どもたちに憧れの眼差しを向けられるのはむずがゆいけれど、嬉しくて堪らなかった。
 一方で人間の汚い部分を見せられて心を折れてもいた。
 取り締まっても感謝されることはまずない。舌打ちされて暴言を吐かれて、時に女であることで舐められて。
 当初持っていた熱意は三年以上勤めた結果、すっかり枯れていた。

 ただ上が命じたことを淡々とやればいい。間違いはないのだから。

 そう思う一方で、理想としていた警察官になれていない自分に憤ってもいた。けれど、立ち上がるのには、気力も体力も失っていたのだ。
 辞めることを考えるくらいには。

 惰性で仕事をしていることを一瞬で見破った颯の言葉は、当時のあかりの痛いところをついていて、持ち前の負けん気が発動した。

「ご指導、ありがとうございます!」
 突然大きな声を出したあかりに一瞬驚いたように眉を上げた颯は、表情を緩めた。
「なんだ、いい顔できるじゃないか」
 吐き出した言葉と共に溢れた笑みに、不覚にもあかりの胸は高鳴ったのだ。

 
 この言葉に発破をかけられたあかりは、持ち前の真面目さを武器に努力を重ねた。先に異動した久保の代わりに入ってきた新人とペアを組み、巡査長として指導を重ねるうちに警察官としての目標を見つけることが出来たのだ。
 あかりが別の交番勤務を踏まえて、希望していた生活安全課に配属になった頃、再会した颯は刑事課にいた。
「もう巡査部長か。やるな」
 その時のあかりは二十五歳。高卒で巡査部長の試験を受けられるのは最短で二十二歳から。
 警察官が出世するには最初の関門ではあるが、それなりに難しい試験である。
 普段の勤務実績も加味されるし、指導力があると認められないといけない。
 平均して三十歳前後で巡査部長になる者が多いことを考えると、早い出世である。
 あかりに苦言を呈した二年前にはとっくに巡査部長だった颯に褒められると、なんだか面映ゆい。

 あかりは気の強さを隠さない瞳で颯を見据えると、敬礼した。
「あの時のご指導を受けて、発奮致しました」
 人によっては生意気にも捉えられる言動だ。だが、颯は一瞬びっくりしたような表情を浮かべた後、声を上げて笑った。
「いい目になったな」
 
 その時、颯に対しての気持ちが憧れから恋に変わったのを、あかりははっきり自覚したのだった。
 

 ※

「あかり」
 颯の呼びかけであかりは過去から現実に戻ってくる。
 呼びかけた方へ体を捻ったあかりに、自身の腕を枕にしながら体を横にした颯は、覗き込むように瞳を見つめていた。
 先程の甘酸っぱい思い出に引っ張られているのか、あかりは変にドギマギしてしまう。

 颯はしばらくあかりを無言で見つめる。暗いが目が慣れているため、颯がどんな顔をしているのか一目瞭然だ。
 颯は昔あかりを諭した時と同じように、彼女のことを慮った目をしていた。
 
「やっとオレを見たな」
 颯はフッと笑った。恋に落ちた時と同じ顔で笑った颯は、あかりのおでこを指先で弾いた。
「ったぁ!!」
 颯からしたら全く力は入っていなかったが、あかりは大きな声を出して額を押さえる。痛みより、そんな行動をしたのが信じられないというように見るあかりに、颯は吹き出す。
 なぜ笑われているかわからなくて、憮然とした顔を浮かべるあかりに手を伸ばした颯は、ゆっくりと撫でていく。
 頬から輪郭に沿って首筋に指を這わせ下におろすと、先程自身が吸ったキスマークの後を数回なぞった。

「……そこも痛かったんですけど」
 思い出したようにクレームを言ってくるあかりに颯は苦笑する。
「わざとキツく吸ったんだ。痛いのは当たり前だろうが。仕置きだ、仕置き」
 最後に先程弾いた額を撫でた颯はあかりから手を離す。
「人に流されようとしたバツだ」
 颯の言葉にあかりはぐぅ、と喉を鳴らす。ようやく自身がやらかしたことを自覚したあかりに颯は再び理性を総動員して胸に抱き寄せた。

「ったく。抱かれて絆されて、それで人生決めていいわけないだろうが」
 諭す颯の言葉とは反対に、声はあかりを求めているように響いてくる。颯が葛藤の末、抱かない選択をしてくれていることにあかりは涙が滲んでくる。
「泣くな。勝手に涙が出てくるのはそれだけ疲れているんだ。もう寝ろ。目の下のクマ、すごいぞ」
 上に報告を上げるときみたいに簡潔な物言いであかりに注意をした颯は、寝かしつけるようにポンポンとあかりの後頭部を数回叩く。
 子ども扱いに不満はあったが、大人しくされるがままにされる。
「それに抱きしめられるこっちの方が好きだろうが」
 自分の好きなことを知り尽くしている颯の言葉は、ぶっきらぼうな物言いとは反対にすごく優しく響く。
 抱き寄せる腕もすべてが慈愛に満ちていて、あかりは颯の胸の中でホッと力を抜いた。
 安心したからか、それとも颯の胸の鼓動がちょうど耳元で聞こえてきたからか。
 日頃の睡眠不足と、予期しない恋愛がらみの悩みで疲れ切っていたあかりは、いつしかウトウトと微睡み始めた。

「寝ろ」
 颯の声に引き摺られるようにあかりはゆっくりと落ちていこうとする。それに抗い、あかりは口を開いた。
「颯さん……」
「寝ろって」
 心配と呆れが混じった颯の返答。あかりはそれに逆らいつつ、眠さで重くなった口を開けた。

「ウソじゃないから」
「……なにが?」
「キスを受け入れたことは……気持ちを誤魔化したわけじゃないから」
「そんなこと」
 颯が笑ったような気配がするが、声色は何故か悲しそうに聞こえた。

「とっくに知っている」

 あかりは声の異変に気付くことなく、颯の返答に安心して急速に夢の世界へ落ちていったのだった。



 ※

 目覚めた時には既に颯は傍にいなかった。
 代わりに机の上に書き置きが残されていた。

『鍵はドアポストに入れてある。ちゃんと水飲んどけよ。また連絡する。 山科』

 メモ帳を破って書いたのだろう。律儀に名前を、それも名字を書くところが颯らしくてあかりの口角は緩く上がる。
 じっと見つめながら颯の四角張った字をそっとなぞったあかりはその紙を大事に折りたたむと、自身の手帳型のスマートフォンケースに挟み込んだ。

「ちゃんと結論を出さないと」


 人を傷つける結果になったとしても、あかりが決めないといけないことなのだから。

「よし!」
 
 あかりは自身に気合を入れると、手に持ったスマホでポチポチとメッセージを送ったのだった。
  

 
  
 
 
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