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冷蔵庫
しおりを挟む冷蔵庫を開けたら、知らない人がいた。
正確には、知らない「人の顔」が、野菜室の奥からこちらを見ていた。
「……閉めていい?」
そう聞いたら、その顔は「どうぞ」とでも言うように、にっこり笑った。
笑顔が爽やかすぎて、逆に怖い。
一旦、冷蔵庫を閉めた。
三秒待った。
深呼吸した。
もう一度、開けた。
やっぱりいた。
「初めまして」と顔が言った。口は動いていないのに、声だけが脳内に直接届く感じだ。
「ここ、寒くて落ち着くんですよ」
知らない。
「勝手に住まないでほしいんだけど」
「それはごもっとも。でも、あなた昨日、私を買いましたよね?」
記憶をたどる。
昨日。スーパー。特売。
……あ。
「鏡付き餃子のタレ?」
「その裏面です」
裏面。
ラベルの裏。
確かに、顔っぽい何かが印刷されていた気がする。デザインだと思っていた。
「いや、食べ物だよね?」
「ええ。なので、今日がタイムリミットです」
顔は申し訳なさそうに眉を下げた。
「食べられるか、捨てられるか。どちらかです」
最悪の二択だった。
「じゃあ、食べるよ」
沈黙。
顔が少しだけ、安心したように笑う。
「ありがとうございます。できれば、ちゃんと味わってもらえると」
フライパンを温める。
タレを開ける。
餃子にかける。
ジュッ、という音。
香ばしい匂い。
一口食べた瞬間、なぜか涙が出た。
「あ……」
理由は分からない。
でも、誰かの人生を、ほんの一瞬だけ噛みしめた気がした。
食べ終わったあと、冷蔵庫を開ける。
もう、顔はいない。
代わりに、野菜室の奥に、小さなメモが落ちていた。
――ごちそうさまでした。
――あなたの冷蔵庫、いい家でした。
その日から、私は特売品をちゃんと見るようになった。
とくに、裏面を。
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