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十三章/身分違い
重大発表
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しばらくして、会場全体の照明が落とされると、一番向こう側の舞台の方にだけ明かりが一か所点灯する。華やかな音楽が流れ、パーティー開始の時刻となった。
『ゲストの皆様。お忙しい中、帝都クラウンホテル10周年のレセプションパーティーにご参加いただき、誠にありがとうございます。都合により当ホテルではなく、自宅で開催となりましたが、今宵は一流のシェフにつくらせた最高の料理と、様々な企画をご用意しておりますので、どうぞ心ゆくまでお楽しみください』
矢崎グループ現社長である正之が、営業スマイルでマイク越しに明るく話している。
学校で話していた冷たい印象とは違い、今は人のよさそうな雰囲気を前面に出していて、そのギャップに驚いた。
そういえば…なんであの人は俺をここへ呼んだのだろう……?
『それと、いきなりではありますがここで一つ重大な発表があります』
正之が続けて会場中を見渡して話す。
『私の息子の直がついに決断をしてくれまして、ここでマスコミ各社に報告も兼ねて発表させていただきます』
発表って…なんだろう。
会場全体がざわめいていると、舞台袖からびしっとしたスーツ姿の直と、ピンク色を基調としたドレス姿の美女が並んで歩いて出てきた。
直は引きつったような笑みを見せており、その隣の美女はつつましく頭を下げている。
もしかして……と、誰もが予期する発表にざわめきはより大きくなる。
甲斐は心臓が嫌な風に高鳴りだした。
『発表というのはほかでもありません。息子の直とこちら鈴木カレンさん。この二人の婚約をこの場で発表させていただきます』
途端、会場内におおっという大きな驚きのどよめきがわきあがった。
招待されていたマスコミ各社は大いにニュースだと食いつき、カメラのシャッターをこれでもかと走らせている。
会場中が驚きと祝福の声があがる中で、甲斐だけは置いてけぼりにされた様に茫然と佇み、目の前が真っ暗になっていた。
『この鈴木カレンさんは鈴木財閥のご令嬢であり、直を大変気に入って頂いてからの交際に至ったようです。最初は交際を渋っていた直ですが、最後には折れた感じだと聞き及んでいまして、いろんな紆余曲折を経て婚約という運びになったんでしょう。果たしてどんな大恋愛を経て婚約にまで至ったのか私も気になる所であります。そんなカレンさんは幼少時代より病気を煩わせていましたが、今は社会復帰し…』
正之が直の婚約者の紹介を都合よく話し出しているが、甲斐の耳には次第にそれも遠くなっていく。無声映画のように、しゃべっている姿だけが甲斐の視界をぼんやりとらえていた。
こんな日が来る事はわかっていた。
直が別の誰かと結ばれて結婚する事を。
彼は御曹司だ。何の権限も肩書きもない貧乏人の自分と一緒になる事なんて絶対にありえない事。
どんなに想い合っても、結ばれることはない叶わぬ恋なのだから――……。
婚約者の人……すごく綺麗な人だな。
どうか、その人と幸せになってほしい。俺の分も、さ。
祝福する言葉を心の中でつぶやきながらも、それとは裏腹に思った以上に辛くショックを受けていたのだった。
婚約発表が終わり、しばしの自由行動となった所で、甲斐は早々に帰ろうと考えていた。
辛くてこの場にいたくない。直の顔を見ていたくない。
嗚呼、なんだか泣きそうだ。帰ったらすぐにベットに引きこもってしまおう。
断腸の思いでうなだれながら一目散に会場を出ようと外に向かうと、正之に入り口前で呼び止められた。
「架谷君。パーティーはまだ始まったばかり。もう少しいてはどうかね?」
「……いえ、もう十分ですよ」
どうか空気を読んで帰らせてほしいと目線で訴えかけるも、正之は無情だった。
「そんな事を言わずに。直の様子が見たいだろう?キミと直は“仲がよかった”のだから。知ってから帰っても遅くはないだろうし」
半ば強引に促されて会場の方に戻ってくると、向こうの方で直が著名人と英語で堂々と会話をしている。
まだ未熟でありながらも、その堂々とした態度と厳かな雰囲気。そして、経営者のトップとしての恐れられるような冷たい瞳。
矢崎グループの次期社長としての恥ずかしくない佇まいに惚れ惚れすると同時に、なぜか違和感をとても感じた。
あんな直、見た事ねぇや。あんな顔もするんだ……アイツ。
財閥社長の息子が取り巻き達と談笑しているごく普通の光景。しかし、今の自分にはそうは映らない。
直は自分の事など露知らず、自分も直の事を知らない赤の他人同士として今はここにいる。ただ、それだけなのに、お互いが本当に別の世界にいて、手の届かないほどの物理的な距離間を感じてしまうのはどうしてだろう。直の存在をずっと遠くに感じる。なぜか遠のいていく。
自分と直の間に大きな隔たりがあるように、自分には手の届かない人種なんだって改めて思い知った。
釣り合うはずがない。釣り合うはずなんて……
あんな姿をこのままずっと見ていたら、自分達の関係がどんなに釣り合わないかを見せしめられている気がして、ますます落ち込みに歯止めがきかなくなる。
ここから出なければ。
一刻も早く。
「あ…!」
その時、向こうの方にいる直と目があってしまった。
直は驚いたような顔で目を見開いている。なぜ、この場にいるのだとそう言いたそうにして、じっとこちらを見ている。
気が付いたら反射的に踵を返して走っていた。
あいたくないという気持ちがとても勝っていて、全速力で逃げてしまっていた。
直は追ってくるだろうか。
どうか追ってこないでほしい。
今の苦しい顔を見られたくない。見てほしくない。
こんな状態で素直に「婚約おめでとう」なんて言える表情なんて絶対作れやしないから。
『ゲストの皆様。お忙しい中、帝都クラウンホテル10周年のレセプションパーティーにご参加いただき、誠にありがとうございます。都合により当ホテルではなく、自宅で開催となりましたが、今宵は一流のシェフにつくらせた最高の料理と、様々な企画をご用意しておりますので、どうぞ心ゆくまでお楽しみください』
矢崎グループ現社長である正之が、営業スマイルでマイク越しに明るく話している。
学校で話していた冷たい印象とは違い、今は人のよさそうな雰囲気を前面に出していて、そのギャップに驚いた。
そういえば…なんであの人は俺をここへ呼んだのだろう……?
『それと、いきなりではありますがここで一つ重大な発表があります』
正之が続けて会場中を見渡して話す。
『私の息子の直がついに決断をしてくれまして、ここでマスコミ各社に報告も兼ねて発表させていただきます』
発表って…なんだろう。
会場全体がざわめいていると、舞台袖からびしっとしたスーツ姿の直と、ピンク色を基調としたドレス姿の美女が並んで歩いて出てきた。
直は引きつったような笑みを見せており、その隣の美女はつつましく頭を下げている。
もしかして……と、誰もが予期する発表にざわめきはより大きくなる。
甲斐は心臓が嫌な風に高鳴りだした。
『発表というのはほかでもありません。息子の直とこちら鈴木カレンさん。この二人の婚約をこの場で発表させていただきます』
途端、会場内におおっという大きな驚きのどよめきがわきあがった。
招待されていたマスコミ各社は大いにニュースだと食いつき、カメラのシャッターをこれでもかと走らせている。
会場中が驚きと祝福の声があがる中で、甲斐だけは置いてけぼりにされた様に茫然と佇み、目の前が真っ暗になっていた。
『この鈴木カレンさんは鈴木財閥のご令嬢であり、直を大変気に入って頂いてからの交際に至ったようです。最初は交際を渋っていた直ですが、最後には折れた感じだと聞き及んでいまして、いろんな紆余曲折を経て婚約という運びになったんでしょう。果たしてどんな大恋愛を経て婚約にまで至ったのか私も気になる所であります。そんなカレンさんは幼少時代より病気を煩わせていましたが、今は社会復帰し…』
正之が直の婚約者の紹介を都合よく話し出しているが、甲斐の耳には次第にそれも遠くなっていく。無声映画のように、しゃべっている姿だけが甲斐の視界をぼんやりとらえていた。
こんな日が来る事はわかっていた。
直が別の誰かと結ばれて結婚する事を。
彼は御曹司だ。何の権限も肩書きもない貧乏人の自分と一緒になる事なんて絶対にありえない事。
どんなに想い合っても、結ばれることはない叶わぬ恋なのだから――……。
婚約者の人……すごく綺麗な人だな。
どうか、その人と幸せになってほしい。俺の分も、さ。
祝福する言葉を心の中でつぶやきながらも、それとは裏腹に思った以上に辛くショックを受けていたのだった。
婚約発表が終わり、しばしの自由行動となった所で、甲斐は早々に帰ろうと考えていた。
辛くてこの場にいたくない。直の顔を見ていたくない。
嗚呼、なんだか泣きそうだ。帰ったらすぐにベットに引きこもってしまおう。
断腸の思いでうなだれながら一目散に会場を出ようと外に向かうと、正之に入り口前で呼び止められた。
「架谷君。パーティーはまだ始まったばかり。もう少しいてはどうかね?」
「……いえ、もう十分ですよ」
どうか空気を読んで帰らせてほしいと目線で訴えかけるも、正之は無情だった。
「そんな事を言わずに。直の様子が見たいだろう?キミと直は“仲がよかった”のだから。知ってから帰っても遅くはないだろうし」
半ば強引に促されて会場の方に戻ってくると、向こうの方で直が著名人と英語で堂々と会話をしている。
まだ未熟でありながらも、その堂々とした態度と厳かな雰囲気。そして、経営者のトップとしての恐れられるような冷たい瞳。
矢崎グループの次期社長としての恥ずかしくない佇まいに惚れ惚れすると同時に、なぜか違和感をとても感じた。
あんな直、見た事ねぇや。あんな顔もするんだ……アイツ。
財閥社長の息子が取り巻き達と談笑しているごく普通の光景。しかし、今の自分にはそうは映らない。
直は自分の事など露知らず、自分も直の事を知らない赤の他人同士として今はここにいる。ただ、それだけなのに、お互いが本当に別の世界にいて、手の届かないほどの物理的な距離間を感じてしまうのはどうしてだろう。直の存在をずっと遠くに感じる。なぜか遠のいていく。
自分と直の間に大きな隔たりがあるように、自分には手の届かない人種なんだって改めて思い知った。
釣り合うはずがない。釣り合うはずなんて……
あんな姿をこのままずっと見ていたら、自分達の関係がどんなに釣り合わないかを見せしめられている気がして、ますます落ち込みに歯止めがきかなくなる。
ここから出なければ。
一刻も早く。
「あ…!」
その時、向こうの方にいる直と目があってしまった。
直は驚いたような顔で目を見開いている。なぜ、この場にいるのだとそう言いたそうにして、じっとこちらを見ている。
気が付いたら反射的に踵を返して走っていた。
あいたくないという気持ちがとても勝っていて、全速力で逃げてしまっていた。
直は追ってくるだろうか。
どうか追ってこないでほしい。
今の苦しい顔を見られたくない。見てほしくない。
こんな状態で素直に「婚約おめでとう」なんて言える表情なんて絶対作れやしないから。
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