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十四章/親友
122.悲しみを共有
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甲斐と直は軽く頭を下げてその場を黙って立ち去った。後ろの方で昭弘とあずみの呼び声が聞こえてくるが、両親に制止されているのか駆け寄って来る事はなかった。
一度でも振り返れば両親の制止を振り切って彼らは飛んで来るだろう。しかし、そうはしなかった。
振り返れば直の意思を無視する事になる。直の意思を尊重するって決めたから甲斐は直にあわせた。
二人は帰りのフェリー乗り場まで歩いて来る。歩いている最中、お互いにずっと何も話さずに黙ったままだった。
彼らの両親だって本当は苦しいはずだ。息子の親友と無理やり離れ離れにさせてしまう事に。
だけど、彼らの傷も相当に深い。直に感謝している部分はあれど、矢崎財閥に対しては相当憎んでいるようだった。
彼らの傷は癒えていないし、まだまだ苦労している部分も垣間見えている。それが癒えるまでは時間がかかるだろう。
いつか時間が経てばわかりあえる。矢崎財閥を憎んではいるが、直に対しては本心から憎んではいないようだから。
大丈夫……いつかまた親友と仲良くできる日が来る。そう信じてる。
「直……」
大丈夫か?すら訊ねる事ができなかった。生半可な言葉をかけてしまえばさらに追い詰めてしまう気がした。
「俺はあんたの味方だよ。どんな事があっても」
甲斐は直を背後から抱きしめた。今どんな顔をしているかわからない。おそらく、多少なりとも傷ついているはずだ。
「今はずっとそばにいるから」
「甲斐……」
直がゆっくり振り返ると、悲しみに微笑む表情を見せた。その目は潤んでいた。
「もっと、罵声を浴びせられると思っていた。死ねとか、呪ってやるとか……」
「さすがにそこまでは……」
苦笑するが、直は表情を変えない。
「正之の……矢崎財閥社長の残酷さと冷酷さはオレがよくわかっている。それほど社長の連中はひどい事をしたんだよ」
「社長が二人を……?」
直が静かに頷く。
「奴はオレが二人と仲良くしているのを気に食わなかった。元々昭弘やあずみのような身分の低い者を見下していたから、付き合う人間を改めるように忠告してきて、それをオレが無視し続けていたら矢崎の圧力で二人をここに飛ばしてこの有様だ」
「そう、だったのか……」
「二人がいなくなった後は自棄になって、自分も同じことをして貧乏人を見下して過ごすようになった。それがお望みなんだろって自分の人生と矢崎財閥を恨みがましく思う日々だった。もう何もかもどうでもよくなってたんだよ、その時は。下々の人間をゴミのように扱うようになって、悪い事ばかりをするようになって、全てを諦めてた」
初めて吐露する直の過去の気持ちに甲斐は黙って聞いている。
「そんな中でお前と出会って、好きになって、また昔のような忘れかけていた穏やかな気持ちを思い出せたからこそ、昭弘の両親に何も言えなかった。オレも同じ事をしていたし、日々連中が何をしているのかよく知っているからこそ、自分が断罪されている気分だった」
「直……」
次第に涙声になっていく直の頬からは涙が落ちる。
「昭弘もあずみもオレと出会わなければよか「言うな」
次々涙を流す直をより強く抱きしめる。
「言うなバカ。昼間に昭弘君が言っていた事をもう忘れたのか。彼らは直という存在と出会わせてくれてなんだかんだ思いながらも今の人生に感謝しているって。そう言っていたじゃないか。それを否定するな。親友のお前が」
「っ……」
「それに昭弘君の両親は本心からお前を憎んじゃいないよ。むしろ感謝している感じだった。言葉では憎んでいるようだったが、お前の援助のおかげで彼らは救われたって言ってた。昭弘くんもあずみちゃんもお前を憎むどころか心配してくれていたんだから」
「だけど……オレはどこへ行っても薄汚れた矢崎の一族として見られるんだなって……改めて思い知った」
「直……」
「でもいいんだ。なんであれどうであれ、昭弘とあずみと偶然再会できただけでも収穫だから、もう心残りはないんだ。たとえもう二度と逢えなくても、いい」
涙声の直も甲斐を抱きしめ返してくる。もう失うものがないと言わんばかりに、泣き笑っている。
「お前さえ……甲斐さえそばにいてくれるなら、いい……。甲斐だけがいれば、何もいらない」
「……っ……そばに、いる。あんたのそばに……時間が来るまでずっと」
傷ついている直の表情が苦しくて見ていられなくて、甲斐も直の気持ちが伝播したように涙が滲んでいた。
「……泣いて、くれるのか?オレのために……」
気が付いたら、目頭に涙がたまっていた。
「悲しみを共有しているんだ……」
直が傷ついていたら、傷ついた気持ちをわかちあい、直が泣いていたら、同じように自分も一緒に泣いてあげる。それが恋人として支えてあげられる自分の役目だと思っている。
「甲斐……お前だけ。オレにはお前だけだよ。お前がオレのすべて」
行かないで。
ひたすらそう訴えるような幼い子供のように、直はずっと甲斐に縋りついて嗚咽をこらえていた。そんな脆くて傷つきやすい直を放っておけない。
俺がそばにいてあげなきゃ。俺が守ってあげなきゃならないんだ。
「甲斐……」
「ん……」
「膝枕」
「……ほら」
フェリーを降りて送迎の車に乗りこんだ時も、甲斐は全く離れなかった。触れていないだけで不安だったから、どこか体の一部には必ず甲斐のぬくもりを求めた。
どんなに柔らかい女の肌に抱かれても、甲斐のそば以上に安心できる場所はない。この世のどこにも。
「少しは落ち着いた?」
「……うん。甲斐がそばにいるから」
何よりも効果がある甲斐がいるだけで、明日からまた普通に生きていける。どんなに嫌な事も耐えられる水と空気みたいな存在。愛しくてたまらない大切なもの。
でも、それがなくなった時、自分が狂いそうで怖い。発狂して、飢えて、孤独に耐えられるはずがない。
深まる絆と愛情が上がるにつれて、甲斐への依存と束縛が一層強くなる。
オレはもう甲斐なしでは絶対に生きていけない。そう確信してしまった。
十四章 完
一度でも振り返れば両親の制止を振り切って彼らは飛んで来るだろう。しかし、そうはしなかった。
振り返れば直の意思を無視する事になる。直の意思を尊重するって決めたから甲斐は直にあわせた。
二人は帰りのフェリー乗り場まで歩いて来る。歩いている最中、お互いにずっと何も話さずに黙ったままだった。
彼らの両親だって本当は苦しいはずだ。息子の親友と無理やり離れ離れにさせてしまう事に。
だけど、彼らの傷も相当に深い。直に感謝している部分はあれど、矢崎財閥に対しては相当憎んでいるようだった。
彼らの傷は癒えていないし、まだまだ苦労している部分も垣間見えている。それが癒えるまでは時間がかかるだろう。
いつか時間が経てばわかりあえる。矢崎財閥を憎んではいるが、直に対しては本心から憎んではいないようだから。
大丈夫……いつかまた親友と仲良くできる日が来る。そう信じてる。
「直……」
大丈夫か?すら訊ねる事ができなかった。生半可な言葉をかけてしまえばさらに追い詰めてしまう気がした。
「俺はあんたの味方だよ。どんな事があっても」
甲斐は直を背後から抱きしめた。今どんな顔をしているかわからない。おそらく、多少なりとも傷ついているはずだ。
「今はずっとそばにいるから」
「甲斐……」
直がゆっくり振り返ると、悲しみに微笑む表情を見せた。その目は潤んでいた。
「もっと、罵声を浴びせられると思っていた。死ねとか、呪ってやるとか……」
「さすがにそこまでは……」
苦笑するが、直は表情を変えない。
「正之の……矢崎財閥社長の残酷さと冷酷さはオレがよくわかっている。それほど社長の連中はひどい事をしたんだよ」
「社長が二人を……?」
直が静かに頷く。
「奴はオレが二人と仲良くしているのを気に食わなかった。元々昭弘やあずみのような身分の低い者を見下していたから、付き合う人間を改めるように忠告してきて、それをオレが無視し続けていたら矢崎の圧力で二人をここに飛ばしてこの有様だ」
「そう、だったのか……」
「二人がいなくなった後は自棄になって、自分も同じことをして貧乏人を見下して過ごすようになった。それがお望みなんだろって自分の人生と矢崎財閥を恨みがましく思う日々だった。もう何もかもどうでもよくなってたんだよ、その時は。下々の人間をゴミのように扱うようになって、悪い事ばかりをするようになって、全てを諦めてた」
初めて吐露する直の過去の気持ちに甲斐は黙って聞いている。
「そんな中でお前と出会って、好きになって、また昔のような忘れかけていた穏やかな気持ちを思い出せたからこそ、昭弘の両親に何も言えなかった。オレも同じ事をしていたし、日々連中が何をしているのかよく知っているからこそ、自分が断罪されている気分だった」
「直……」
次第に涙声になっていく直の頬からは涙が落ちる。
「昭弘もあずみもオレと出会わなければよか「言うな」
次々涙を流す直をより強く抱きしめる。
「言うなバカ。昼間に昭弘君が言っていた事をもう忘れたのか。彼らは直という存在と出会わせてくれてなんだかんだ思いながらも今の人生に感謝しているって。そう言っていたじゃないか。それを否定するな。親友のお前が」
「っ……」
「それに昭弘君の両親は本心からお前を憎んじゃいないよ。むしろ感謝している感じだった。言葉では憎んでいるようだったが、お前の援助のおかげで彼らは救われたって言ってた。昭弘くんもあずみちゃんもお前を憎むどころか心配してくれていたんだから」
「だけど……オレはどこへ行っても薄汚れた矢崎の一族として見られるんだなって……改めて思い知った」
「直……」
「でもいいんだ。なんであれどうであれ、昭弘とあずみと偶然再会できただけでも収穫だから、もう心残りはないんだ。たとえもう二度と逢えなくても、いい」
涙声の直も甲斐を抱きしめ返してくる。もう失うものがないと言わんばかりに、泣き笑っている。
「お前さえ……甲斐さえそばにいてくれるなら、いい……。甲斐だけがいれば、何もいらない」
「……っ……そばに、いる。あんたのそばに……時間が来るまでずっと」
傷ついている直の表情が苦しくて見ていられなくて、甲斐も直の気持ちが伝播したように涙が滲んでいた。
「……泣いて、くれるのか?オレのために……」
気が付いたら、目頭に涙がたまっていた。
「悲しみを共有しているんだ……」
直が傷ついていたら、傷ついた気持ちをわかちあい、直が泣いていたら、同じように自分も一緒に泣いてあげる。それが恋人として支えてあげられる自分の役目だと思っている。
「甲斐……お前だけ。オレにはお前だけだよ。お前がオレのすべて」
行かないで。
ひたすらそう訴えるような幼い子供のように、直はずっと甲斐に縋りついて嗚咽をこらえていた。そんな脆くて傷つきやすい直を放っておけない。
俺がそばにいてあげなきゃ。俺が守ってあげなきゃならないんだ。
「甲斐……」
「ん……」
「膝枕」
「……ほら」
フェリーを降りて送迎の車に乗りこんだ時も、甲斐は全く離れなかった。触れていないだけで不安だったから、どこか体の一部には必ず甲斐のぬくもりを求めた。
どんなに柔らかい女の肌に抱かれても、甲斐のそば以上に安心できる場所はない。この世のどこにも。
「少しは落ち着いた?」
「……うん。甲斐がそばにいるから」
何よりも効果がある甲斐がいるだけで、明日からまた普通に生きていける。どんなに嫌な事も耐えられる水と空気みたいな存在。愛しくてたまらない大切なもの。
でも、それがなくなった時、自分が狂いそうで怖い。発狂して、飢えて、孤独に耐えられるはずがない。
深まる絆と愛情が上がるにつれて、甲斐への依存と束縛が一層強くなる。
オレはもう甲斐なしでは絶対に生きていけない。そう確信してしまった。
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