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29.この世の果て
「髪に葉が付いていたから取ろうとしたのに、なんで目を閉じるんだよ。ん?」
シロンはいたずらっ子のように微笑む。まるでしてやったりな顔だ。
「だ、だって……いきなり顔を近づけてきたからっ」
「オレにキスされるとでも思ったのか」
エイベルの頬がわかりやすく真っ赤に染まった。シロンに口移しをされたあの時のことを思い出してさらに染まる。
「ち、ちがうしっ」
「ふふ、否定しててもわかりやすいなエイベルは。そんな赤い顔して」
「だからちがうってばー!」
そんなやりとりをしながら森の奥まで歩いて来る。森の景色はどんどん明るさに満ちて、心が洗われるような優しい花の香りも漂ってくる。
その香りに誘われるようにさらに進むと、一面目の前が華やかになった。
色違いの花畑が一面に広がっており、たくさんの花びらが風に揺れて宙を舞っている。
「わああ、すごい。たくさん花が咲いてて花びらが舞ってる。すっごく綺麗だよ」
エイベルはその圧巻な花畑に驚く。こんなにも広大でたくさんの花畑は見たことがない。地平線の彼方までずっとありそうだ。
「ねえ、これらはなんて名前の花達なの?」
「天百合という花だ。この森にしか咲かないもので、精霊がユリの花を品種改良して生み出したもの」
「ユリの花かぁ。なんだかどれも命が宿ってるって感じでとても神々しく感じる」
「そりゃあそうだ。これら一本一本すべてに本物の命が宿っているのだから。人間の命が」
「え……」
シロンの思いがけない真実に、思わず花に触れようとした手をすぐに引っ込めた。
「人生に徳を積んだ者や心優しい人間が不慮の事故や無念の死を遂げた者の魂は、清廉なこの場所に一旦留まる。時が来たらこの世に未練を残さないように精霊が安らかにあの世へ送る。つまりここは、あの世とこの世の境目。この世の果てという場所だ」
「この世の果て……どうしてここにぼくを……」
「お前に元気になってほしかったんだ」
シロンは少し眉を下げながらも優しい表情で言う。
「表向きは元気を装っていながらも、やっぱり親しい親族を亡くした事を引きずっているようだったから……だから、ここにお前を連れて来たかった。お前の祖母の魂もこの花畑のどこかにいるだろうから」
「おばあちゃんも……」
「炎の中で死ぬ間際までエイベルの事を心配していたよ。お前が末永く健やかに生きていけるようにと。娘を殺したのもお前を守るため。とても優しい人だったんだろう事はあの時、魂を通じて伝わっていたよ」
それでもエイベルの危機に駆け付けた時にはもう家ごと燃やされた後だった。マリファナと共に心中したようなもので、どうする事もできなかった。
あの時、もっと早くにエイベルがレアオメガになった事に気付き、ずっと千里眼で見ている事ができたらマリナを助けてあげられたのではないかとシロンも後悔している。
「おばあちゃんはおじいちゃんが亡くなった後、ぼくの事を唯一わかってくれる人だったんだ。学校ではシロンが助けてくれるようになったけど、それ以外ではおばあちゃんや動物達だけがぼくの味方だった」
涙が出てきてぐすっと鼻をすする。父と母に暴言や暴力を受けた時、いつもかばってくれたのは祖母だった。学校でいじめられて泣いて帰って来た時も、祖母が優しい言葉で励ましてくれた。お腹がすいていた時、母親に怒られながらもこっそり祖母が食べ物をくれた。
祖父がいなくなってから自分を支え続けてきたマリナには、感謝してもし足りないくらいありがとうの言葉があふれてくる。
「おばあちゃん……っ、おばあちゃんっ……すん」
マリナの思い出がよみがえり、しばらくすすり泣くエイベルをシロンは黙って抱き寄せ続けた。
一つの天百合の花びらが宙を舞う。それと同時に一つの魂は満足そうに空高く天へと昇っていく。
どんな事があっても前を向いてがんばるんだよ――――と、微かに聞こえた気した。
「そういえば両親の魂は……?」
「お前の父親も母親も悪人寄りだったからこの場所には来ていない。異界送りだろう」
「異界送り……?」
「天国ではない場所だ。徳を積んだわけでも大罪を犯したわけでもない悪人寄りの半端者が行く場所。亡くなってすぐに魂が浄化されて強引に転生されてしまうから、来世は人間でも動物でもない存在に生まれ変わる確率が高い。たとえば目に見えない微生物などの類だろうか。それでも来世で徳を積む事ができたなら、再来世は人間に生まれ変われる事もあるだろうが、それは本人次第」
「そっか……」
「生まれ変われるだけでもマシだろう。本当の悪人はそれすらも許されないのだから」
まだ救いがあるからこそ、生まれ変わりが許されるのだと話す。
「じゃあシューセンドの悪い人間達はどこにいくの?異界送り?」
なんとなくエイベルが疑問に思った事を訊ねると、シロンは一瞬だけ真顔になってすぐに笑う。
「異界送りはまだ救いがある者がいける場所。それ以上の悪人の事は訊かない方がいいな。お前は綺麗な世界だけを見てればいいんだから」
「綺麗な世界って……」
なんだか子供扱いされた気がして頬を膨らませる。
シロンはいたずらっ子のように微笑む。まるでしてやったりな顔だ。
「だ、だって……いきなり顔を近づけてきたからっ」
「オレにキスされるとでも思ったのか」
エイベルの頬がわかりやすく真っ赤に染まった。シロンに口移しをされたあの時のことを思い出してさらに染まる。
「ち、ちがうしっ」
「ふふ、否定しててもわかりやすいなエイベルは。そんな赤い顔して」
「だからちがうってばー!」
そんなやりとりをしながら森の奥まで歩いて来る。森の景色はどんどん明るさに満ちて、心が洗われるような優しい花の香りも漂ってくる。
その香りに誘われるようにさらに進むと、一面目の前が華やかになった。
色違いの花畑が一面に広がっており、たくさんの花びらが風に揺れて宙を舞っている。
「わああ、すごい。たくさん花が咲いてて花びらが舞ってる。すっごく綺麗だよ」
エイベルはその圧巻な花畑に驚く。こんなにも広大でたくさんの花畑は見たことがない。地平線の彼方までずっとありそうだ。
「ねえ、これらはなんて名前の花達なの?」
「天百合という花だ。この森にしか咲かないもので、精霊がユリの花を品種改良して生み出したもの」
「ユリの花かぁ。なんだかどれも命が宿ってるって感じでとても神々しく感じる」
「そりゃあそうだ。これら一本一本すべてに本物の命が宿っているのだから。人間の命が」
「え……」
シロンの思いがけない真実に、思わず花に触れようとした手をすぐに引っ込めた。
「人生に徳を積んだ者や心優しい人間が不慮の事故や無念の死を遂げた者の魂は、清廉なこの場所に一旦留まる。時が来たらこの世に未練を残さないように精霊が安らかにあの世へ送る。つまりここは、あの世とこの世の境目。この世の果てという場所だ」
「この世の果て……どうしてここにぼくを……」
「お前に元気になってほしかったんだ」
シロンは少し眉を下げながらも優しい表情で言う。
「表向きは元気を装っていながらも、やっぱり親しい親族を亡くした事を引きずっているようだったから……だから、ここにお前を連れて来たかった。お前の祖母の魂もこの花畑のどこかにいるだろうから」
「おばあちゃんも……」
「炎の中で死ぬ間際までエイベルの事を心配していたよ。お前が末永く健やかに生きていけるようにと。娘を殺したのもお前を守るため。とても優しい人だったんだろう事はあの時、魂を通じて伝わっていたよ」
それでもエイベルの危機に駆け付けた時にはもう家ごと燃やされた後だった。マリファナと共に心中したようなもので、どうする事もできなかった。
あの時、もっと早くにエイベルがレアオメガになった事に気付き、ずっと千里眼で見ている事ができたらマリナを助けてあげられたのではないかとシロンも後悔している。
「おばあちゃんはおじいちゃんが亡くなった後、ぼくの事を唯一わかってくれる人だったんだ。学校ではシロンが助けてくれるようになったけど、それ以外ではおばあちゃんや動物達だけがぼくの味方だった」
涙が出てきてぐすっと鼻をすする。父と母に暴言や暴力を受けた時、いつもかばってくれたのは祖母だった。学校でいじめられて泣いて帰って来た時も、祖母が優しい言葉で励ましてくれた。お腹がすいていた時、母親に怒られながらもこっそり祖母が食べ物をくれた。
祖父がいなくなってから自分を支え続けてきたマリナには、感謝してもし足りないくらいありがとうの言葉があふれてくる。
「おばあちゃん……っ、おばあちゃんっ……すん」
マリナの思い出がよみがえり、しばらくすすり泣くエイベルをシロンは黙って抱き寄せ続けた。
一つの天百合の花びらが宙を舞う。それと同時に一つの魂は満足そうに空高く天へと昇っていく。
どんな事があっても前を向いてがんばるんだよ――――と、微かに聞こえた気した。
「そういえば両親の魂は……?」
「お前の父親も母親も悪人寄りだったからこの場所には来ていない。異界送りだろう」
「異界送り……?」
「天国ではない場所だ。徳を積んだわけでも大罪を犯したわけでもない悪人寄りの半端者が行く場所。亡くなってすぐに魂が浄化されて強引に転生されてしまうから、来世は人間でも動物でもない存在に生まれ変わる確率が高い。たとえば目に見えない微生物などの類だろうか。それでも来世で徳を積む事ができたなら、再来世は人間に生まれ変われる事もあるだろうが、それは本人次第」
「そっか……」
「生まれ変われるだけでもマシだろう。本当の悪人はそれすらも許されないのだから」
まだ救いがあるからこそ、生まれ変わりが許されるのだと話す。
「じゃあシューセンドの悪い人間達はどこにいくの?異界送り?」
なんとなくエイベルが疑問に思った事を訊ねると、シロンは一瞬だけ真顔になってすぐに笑う。
「異界送りはまだ救いがある者がいける場所。それ以上の悪人の事は訊かない方がいいな。お前は綺麗な世界だけを見てればいいんだから」
「綺麗な世界って……」
なんだか子供扱いされた気がして頬を膨らませる。
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