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三章Eクラスのヒーロー
3ー12
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恵梨と出会ったのは、損得勘定での駆け引きから始まった関係だった。
つまり、性欲処理ができればなんだってよかった。
丁度その頃は嫌な事続きで、特に生き急いでいた頃で、高級クラブでつまらなさそうにしていたオレに恵梨が話しかけてきたのが切欠。他愛もない会話からだった。
『なあ、アンタの好きな女ってどんなのなんだよ』
ノンアルコールのカクテルを飲んでいる恵梨が話をふってきた。
『なんでそんな事訊く』
『だって、毎日連れてる女はどれもタイプが違うし、共通点があれば胸がでかくてそれなりの美貌持ちって所か』
『面倒くさくない女だ』
オレがそう一言いうと恵梨はキョトンとしている。実際、女というのはやたらと騒ぐしうるせえし、ベタベタ触ってくる上に猫かぶりが多い面倒な生き物だ。だからオレの駒みたいに動いてくれる察してくれる女が丁度いい。
『だから、面倒くさくねぇ女。セックスがうまくて、べたべた触ってこない女がいい。容姿やプロポーションがいいのが前提。あと、彼女面していい気になられるのも嫌だから、淡々としてて行為が終わったらさっさと帰ってくれるってのも追加』
『淡白な女でヤレりゃあいいわけなんだ。じゃあ要するに、セフレって事だろ』
『まぁ、そうだな。愛だの恋だの言う恋愛脳な女なんて頭花畑のバカばっかだからな。性欲処理係だけで十分だ」
『じゃあ、本命は誰なワケ?セフレの』
『ホンメイ?そんなもんいねぇーよ。セフレの本命なんていらん。知ってる女と毎日顔を合わすだけで面倒くせぇのに』
それに愛人以上に恋人という単語が嫌いだ。毎日同じ女と一緒にいて何が楽しいのか。
人を好きになる感情がわからないわけではないが、恋愛としての好きという感情がよくわからなかった。そんなもの次期社長となる身からすれば必要ないもの。将来好きでもない女と契りを結んで仮面夫婦になる未来が見えているのに、恋だの愛だの一銭にもならん事をして何の得にもならない。
そもそも友情だの愛情だのと、個人的な感情なんて抱いてしまえばいろんな意味で弱点になる事は身をもって知っている。親友を失った教訓として、義父の正之のいいおもちゃにされてしまうのは目に見えているし、あんな身を引き裂かれるような目にまたあうくらいなら、好きになる人間なんて一切作らない方がいい。オレは疫病神だから。
でも、肉体関係だけの女なら誰も文句は言わないので好きにさせてもらっている。
所詮、アソビに過ぎないから。
『……じゃあ、アタシがなってあげようか』
『あ?』
『だから、アタシがアンタの本命のセフレになってやるっていうんだ』
『お前が……?』
『アタシ、毎日アンタの連れ歩いてる女を分析してたんだよね。どんな女が好きか、どんなプレイが好きか聞いたり、実践してみたりしてた。だから、アンタの事結構知り尽くしてんだよ』
この頃は、そこまでしてオレに気に入られようと必死だなって哀れみの目で見ていた。かなりの上玉美女だなって興味はあったが、所詮は権力狙いだろうなって滑稽に思っていた。
『悪趣味な女』
オレはククッと喉奥で嘲笑う。
『そんなにオレ様が気になるわけ?拓実の妹ちゃんとやらは』
相田拓実の腹違いの妹だって近くにいた側近から聞いた。
『気になるよ。拓実の将来のビジネスパートナーとなる人なんだから。ただそれだけ』
『本当にそうか……?そうは見えないが……まあ、いいだろう』
丁度退屈していたから、アソビ相手になってやろうって軽い気持ちだった。
だから近づいて、唇を奪ってやった。キスなんて普段は自分からは滅多にしないが、オレに怖気づきもせずに堂々と話しかけてきたこの女に敬意を表したまでの事。今のオレは随分と殺気立っているので、話しかけられる人間がいるとすれば身内や腹心くらいしかいない中での度胸を買ってやったのだ。
『いいぜ。本命になってやっても』
唇を離して至近距離で開始を宣告した。
『だが、飽きたら終了だ。このオレの仮の本命セフレにしてやるんだから、せいぜい飽きさせないよう楽しませてくれよ。恵梨ちゃん』
『それはお互い様。私もアンタがツマラなかったら捨ててやる』
品定めするようにもう一度眺めると、容姿もプロポーションも文句なしで、セフレとしては申し分ない。最近いろんな女をとっかえひっかえが多かったから、女の見る目が異常に肥えてしまって、相当な美女じゃなければ抱かないし、視界にも入らなかった。そんな恵梨は上玉だったからたまたま目に止まった。
本命と言いながらも最初はテキトーに抱いてすぐ捨ててやろうって考えていた。そんな恵梨との体の相性はとてもよかったのが予想外だったが。
彼女はオレがされて嫌なこと、知ってほしくないことを察して、一歩引いた態度でいてくれたからこちらとしてもやりやすかった。他の女とは段違いに居心地がよかった。
『煙草なんてやめなよ』
彼女と何度目かのホテルで一夜を過ごした朝、クラブでもらった煙草をふかしていた。気分がよかったから煙草もなぜか美味いとすら感じていた。
この頃は、恵梨といるのも少しずつ多くなって、メンタル的にも落ち込むことが少なくなってきたので、恵梨のおかげで心は安定していたのだろう。
『ドラッグよりはマシだろ』
『あたし……そういうのは好きじゃないし。体に悪いのよくないだろ』
『今だけだ。今だけ、この味を堪能してみたかった。体に悪いのは知ってる。悪い事をしてみたくなる時ってあるだろ。タバコ程度全然悪くないけど。それにな、死んで消え去りたいって思う時に、リスカみたいに衝動で何かしたくなるのと一緒で、これも一種の安定を求める行為だ。躁鬱なんだオレ』
泣く事と吐く事がストレス発散だった他に、リスカと煙草もこの頃はよく嗜んでいた。落ち込む時とハイになる時の差が激しくて、落ち着いてるけど今はそのハイなのかもしれない。
『そうなんだ。手首にたくさん傷があるからリスカしているのは知っていたけど、煙草は秘書や側近に見つかったら大変じゃない?』
『どうでもいい。まわりなんて。いつ死んでも構わないし。煙草吸いすぎて肺やられて死んでくれたら本望』
『意外に自分可愛い奴なんだと思ってたら、案外自分自身を卑下するんだな』
『矢崎財閥としての道具になるための人生なら、いつ死んでも構いやしないと常に思ってる。こんな人生なら、生きてたってくだらんだけだからな。いっそ、誰か殺してくれりゃあいいのに』
そう呟くと、恵梨は同情することもなく『あたしと同じこと考えてるんだね』って言った。
そんな恵梨も自分の人生に失望しているらしく、自棄を起こしているのだと明かした。そういえばいつも『あたし汚いから』って口癖のように言っていたのを思い出す。今もそれは変わらないようで、自分を穢らわしいモノと思っている部分が自分と重なった。
そうか、恵梨も同じ……。
大きな十字架を背負う者同士、もっと深くまで付き合っていけそうだと確信した。
最初はただのセフレとしての関係だったのに、寂しさと痛みを共有する事で、いつの間にか本当の愛人……恋人同士になっていたんだ。
恋人同士といっても、オレも恵梨も立場がちがうし、いつか離れることがわかった上での期限付きの関係。それでもそれなりに有意義に過ごして、儚い付き合いに満足する。素性がばれないようにほとんどがお忍びのデートだったけど、一緒にいられるだけで心は満たされていた。満たされてはいても、お互いに淡々としていたのは否めないが。
オレも恵梨も世を儚んでいるから。
いつどうなっても構いやしない気持ちで、楽しいとか嬉しいとかというより、傷をなめあう感じでつきあっていたに過ぎない。
ただ、一緒にいる。時間を共有する。痛みを分かち合う。それだけ。
所詮はこんなものだろうって。
いわば、恵梨はもう一人の自分。
片割れを探すみたいに常に引き合ってて、そばにいないと気が済まないみたいに、体を繋いでいないと不安。
たしかに一緒にいて満たされてはいた。寂しさと孤独を埋めてくれる唯一の女だった。
しかし、心から幸せだと思った事はなかった。
快楽と孤独を埋めるための理由が強くて、実際は空っぽ。満足しているはずが、楽しいとか、嬉しいとか、ごく当たり前の幸福な気持ちは得られていない事に気づいた。
付き合っているのに、ただの依存しあう関係だったに過ぎなかったんだ。
そう思い始めても、恵梨と離れることが恐くてズルズル問題を先送りにしていた頃、恵梨が数人の男に襲われたと部下から報告を訊いた。オレと恵梨が付き合っているという噂を耳にした連中からの制裁らしく、恵梨が女子トイレで親衛隊共から不意打ちで薬を打たれて、科学室に監禁されて暴行を受けたとの事。
未だに証拠はあがっていないが、その首謀者は桐谷杏奈だろうと誰もが言う。本人を問いただせば知らばっくられるのは目に見えているし、証拠もない。おまけに杏奈が義父の正之の愛人なために迂闊に手が出せなかった。あのクソ義父はオレを気に入らない上に業績のためならなんだってする狡猾な外道だ。あの女から正之にチクられるとなると面倒な事この上ない。
そもそも桐谷杏奈は昔からオレに近づく女を片っ端から排除していたので、恵梨を不愉快に思って攻撃を仕掛けてもなんらおかしくはなかった。あの女にだけはバレないように細心の注意を払って行動をしていたにも関わらず、オレの詰めが甘かったに過ぎない。
そして、その暴行事件があってから、オレと恵梨は急速に疎遠になった。
お互い気まずくなったのもあるが、お互いに多忙な日々だったのもある。おまけに相田家のお家騒動もあって、恵梨は相田家を出て行ったと訊いた。施設から引き取られて裕福だった生活が逆戻り、一人で貧乏生活をしているらしく、元々SだったクラスもEクラスに格下げされていた。
高等部の学費だけは相田家が餞別がわりに出してくれたらしいが、それでも生活費を稼ぐために大変な思いをしていると聞いた。
オレが援助をしようと考えたが、恵梨自らその申し出を断ってきた。
簡単なメールで。別れの言葉付きで。
=========
あんたなら援助しようとするだろうけどそれはやめてね。
だって私とあんたは付き合っていたとしても、金銭面での付き合いなんてしたら思い出がお金で汚れちゃうから。そんなのあんたが許してもあたしはいやだね。
あたし、そんな事で助けられても嬉しくないもの。それと、今までありがと。
自然消滅みたいだけど、私とあんたは身分がちがうってよくわかったからこれで終わりにする。
心残りといえば、あんたはいつも寂しそうだったね。その寂しさをあたしが拭ってあげたかった。そばにいてあげたかった。途中で逃げるみたいで一方的でごめん。
学校では話しかけないでね。また変なやつらに狙われても嫌だから。あんたの将来に傷がつきそうだもんね。
じゃあね。大好きだったよ、直。
=========
そのメールを見てから、ああ、元の生活に戻るんだ……ってショックなのを自分自身で隠していた。
もちろん心にぽかりと穴が開いたみたいで、しばらくはぼんやりしていた気がする。人生に失望しているオレにとってはやっぱりこうなるよなってどこか諦めていたけど……。
そんなうんざりした日々を送っていた春前にあいつと出会った。
「恵梨以外に執着するの、あの架谷が初めてだよ。良くも悪くも気にくわない奴で……これもそれも全部アイツのせいだな」
「……そうだね、あいつと出会ってから調子が狂うばかり。でも、悪くないんだよね。腹立つけど憎めなくて」
「憎めない分性質が悪いんだ。腹が立つのに、オレの心情を見透かしたようにほしい言葉をくれるから……余計に。童貞不潔のキモオタなくせに生意気だ」
「ふふ、ひどい言い草」
「無自覚天然タラシだからな。あんな奴にほだされている自分が腹立つ。なんであんな奴なんかって常日頃思ってる」
「それはわかるかも」
お互いにクスクス笑いあう。あいつの事を話していると、話すネタに困らないから楽しいものだ。
そういえば恵梨とはこんな風に笑いあった事ってあっただろうか。……おそらくなかったはず。話す内容はいつも暗いネガティブなものばかりだった。
そんな今は架谷の愚痴のような話題に切り替わっている事も可笑しい。
怒って悲しくなっていた気分がどこかへ行ってしまったように、少しだけ元気を取り戻した気分だ。
こんな会話を恵梨とするようになったという事は、もう恵梨と付き合っていたあの頃が本当の思い出になりそうだ。
寂しくないといえば嘘だが、オレは自分の気持ちに正直になろうと決めた。
つまり、性欲処理ができればなんだってよかった。
丁度その頃は嫌な事続きで、特に生き急いでいた頃で、高級クラブでつまらなさそうにしていたオレに恵梨が話しかけてきたのが切欠。他愛もない会話からだった。
『なあ、アンタの好きな女ってどんなのなんだよ』
ノンアルコールのカクテルを飲んでいる恵梨が話をふってきた。
『なんでそんな事訊く』
『だって、毎日連れてる女はどれもタイプが違うし、共通点があれば胸がでかくてそれなりの美貌持ちって所か』
『面倒くさくない女だ』
オレがそう一言いうと恵梨はキョトンとしている。実際、女というのはやたらと騒ぐしうるせえし、ベタベタ触ってくる上に猫かぶりが多い面倒な生き物だ。だからオレの駒みたいに動いてくれる察してくれる女が丁度いい。
『だから、面倒くさくねぇ女。セックスがうまくて、べたべた触ってこない女がいい。容姿やプロポーションがいいのが前提。あと、彼女面していい気になられるのも嫌だから、淡々としてて行為が終わったらさっさと帰ってくれるってのも追加』
『淡白な女でヤレりゃあいいわけなんだ。じゃあ要するに、セフレって事だろ』
『まぁ、そうだな。愛だの恋だの言う恋愛脳な女なんて頭花畑のバカばっかだからな。性欲処理係だけで十分だ」
『じゃあ、本命は誰なワケ?セフレの』
『ホンメイ?そんなもんいねぇーよ。セフレの本命なんていらん。知ってる女と毎日顔を合わすだけで面倒くせぇのに』
それに愛人以上に恋人という単語が嫌いだ。毎日同じ女と一緒にいて何が楽しいのか。
人を好きになる感情がわからないわけではないが、恋愛としての好きという感情がよくわからなかった。そんなもの次期社長となる身からすれば必要ないもの。将来好きでもない女と契りを結んで仮面夫婦になる未来が見えているのに、恋だの愛だの一銭にもならん事をして何の得にもならない。
そもそも友情だの愛情だのと、個人的な感情なんて抱いてしまえばいろんな意味で弱点になる事は身をもって知っている。親友を失った教訓として、義父の正之のいいおもちゃにされてしまうのは目に見えているし、あんな身を引き裂かれるような目にまたあうくらいなら、好きになる人間なんて一切作らない方がいい。オレは疫病神だから。
でも、肉体関係だけの女なら誰も文句は言わないので好きにさせてもらっている。
所詮、アソビに過ぎないから。
『……じゃあ、アタシがなってあげようか』
『あ?』
『だから、アタシがアンタの本命のセフレになってやるっていうんだ』
『お前が……?』
『アタシ、毎日アンタの連れ歩いてる女を分析してたんだよね。どんな女が好きか、どんなプレイが好きか聞いたり、実践してみたりしてた。だから、アンタの事結構知り尽くしてんだよ』
この頃は、そこまでしてオレに気に入られようと必死だなって哀れみの目で見ていた。かなりの上玉美女だなって興味はあったが、所詮は権力狙いだろうなって滑稽に思っていた。
『悪趣味な女』
オレはククッと喉奥で嘲笑う。
『そんなにオレ様が気になるわけ?拓実の妹ちゃんとやらは』
相田拓実の腹違いの妹だって近くにいた側近から聞いた。
『気になるよ。拓実の将来のビジネスパートナーとなる人なんだから。ただそれだけ』
『本当にそうか……?そうは見えないが……まあ、いいだろう』
丁度退屈していたから、アソビ相手になってやろうって軽い気持ちだった。
だから近づいて、唇を奪ってやった。キスなんて普段は自分からは滅多にしないが、オレに怖気づきもせずに堂々と話しかけてきたこの女に敬意を表したまでの事。今のオレは随分と殺気立っているので、話しかけられる人間がいるとすれば身内や腹心くらいしかいない中での度胸を買ってやったのだ。
『いいぜ。本命になってやっても』
唇を離して至近距離で開始を宣告した。
『だが、飽きたら終了だ。このオレの仮の本命セフレにしてやるんだから、せいぜい飽きさせないよう楽しませてくれよ。恵梨ちゃん』
『それはお互い様。私もアンタがツマラなかったら捨ててやる』
品定めするようにもう一度眺めると、容姿もプロポーションも文句なしで、セフレとしては申し分ない。最近いろんな女をとっかえひっかえが多かったから、女の見る目が異常に肥えてしまって、相当な美女じゃなければ抱かないし、視界にも入らなかった。そんな恵梨は上玉だったからたまたま目に止まった。
本命と言いながらも最初はテキトーに抱いてすぐ捨ててやろうって考えていた。そんな恵梨との体の相性はとてもよかったのが予想外だったが。
彼女はオレがされて嫌なこと、知ってほしくないことを察して、一歩引いた態度でいてくれたからこちらとしてもやりやすかった。他の女とは段違いに居心地がよかった。
『煙草なんてやめなよ』
彼女と何度目かのホテルで一夜を過ごした朝、クラブでもらった煙草をふかしていた。気分がよかったから煙草もなぜか美味いとすら感じていた。
この頃は、恵梨といるのも少しずつ多くなって、メンタル的にも落ち込むことが少なくなってきたので、恵梨のおかげで心は安定していたのだろう。
『ドラッグよりはマシだろ』
『あたし……そういうのは好きじゃないし。体に悪いのよくないだろ』
『今だけだ。今だけ、この味を堪能してみたかった。体に悪いのは知ってる。悪い事をしてみたくなる時ってあるだろ。タバコ程度全然悪くないけど。それにな、死んで消え去りたいって思う時に、リスカみたいに衝動で何かしたくなるのと一緒で、これも一種の安定を求める行為だ。躁鬱なんだオレ』
泣く事と吐く事がストレス発散だった他に、リスカと煙草もこの頃はよく嗜んでいた。落ち込む時とハイになる時の差が激しくて、落ち着いてるけど今はそのハイなのかもしれない。
『そうなんだ。手首にたくさん傷があるからリスカしているのは知っていたけど、煙草は秘書や側近に見つかったら大変じゃない?』
『どうでもいい。まわりなんて。いつ死んでも構わないし。煙草吸いすぎて肺やられて死んでくれたら本望』
『意外に自分可愛い奴なんだと思ってたら、案外自分自身を卑下するんだな』
『矢崎財閥としての道具になるための人生なら、いつ死んでも構いやしないと常に思ってる。こんな人生なら、生きてたってくだらんだけだからな。いっそ、誰か殺してくれりゃあいいのに』
そう呟くと、恵梨は同情することもなく『あたしと同じこと考えてるんだね』って言った。
そんな恵梨も自分の人生に失望しているらしく、自棄を起こしているのだと明かした。そういえばいつも『あたし汚いから』って口癖のように言っていたのを思い出す。今もそれは変わらないようで、自分を穢らわしいモノと思っている部分が自分と重なった。
そうか、恵梨も同じ……。
大きな十字架を背負う者同士、もっと深くまで付き合っていけそうだと確信した。
最初はただのセフレとしての関係だったのに、寂しさと痛みを共有する事で、いつの間にか本当の愛人……恋人同士になっていたんだ。
恋人同士といっても、オレも恵梨も立場がちがうし、いつか離れることがわかった上での期限付きの関係。それでもそれなりに有意義に過ごして、儚い付き合いに満足する。素性がばれないようにほとんどがお忍びのデートだったけど、一緒にいられるだけで心は満たされていた。満たされてはいても、お互いに淡々としていたのは否めないが。
オレも恵梨も世を儚んでいるから。
いつどうなっても構いやしない気持ちで、楽しいとか嬉しいとかというより、傷をなめあう感じでつきあっていたに過ぎない。
ただ、一緒にいる。時間を共有する。痛みを分かち合う。それだけ。
所詮はこんなものだろうって。
いわば、恵梨はもう一人の自分。
片割れを探すみたいに常に引き合ってて、そばにいないと気が済まないみたいに、体を繋いでいないと不安。
たしかに一緒にいて満たされてはいた。寂しさと孤独を埋めてくれる唯一の女だった。
しかし、心から幸せだと思った事はなかった。
快楽と孤独を埋めるための理由が強くて、実際は空っぽ。満足しているはずが、楽しいとか、嬉しいとか、ごく当たり前の幸福な気持ちは得られていない事に気づいた。
付き合っているのに、ただの依存しあう関係だったに過ぎなかったんだ。
そう思い始めても、恵梨と離れることが恐くてズルズル問題を先送りにしていた頃、恵梨が数人の男に襲われたと部下から報告を訊いた。オレと恵梨が付き合っているという噂を耳にした連中からの制裁らしく、恵梨が女子トイレで親衛隊共から不意打ちで薬を打たれて、科学室に監禁されて暴行を受けたとの事。
未だに証拠はあがっていないが、その首謀者は桐谷杏奈だろうと誰もが言う。本人を問いただせば知らばっくられるのは目に見えているし、証拠もない。おまけに杏奈が義父の正之の愛人なために迂闊に手が出せなかった。あのクソ義父はオレを気に入らない上に業績のためならなんだってする狡猾な外道だ。あの女から正之にチクられるとなると面倒な事この上ない。
そもそも桐谷杏奈は昔からオレに近づく女を片っ端から排除していたので、恵梨を不愉快に思って攻撃を仕掛けてもなんらおかしくはなかった。あの女にだけはバレないように細心の注意を払って行動をしていたにも関わらず、オレの詰めが甘かったに過ぎない。
そして、その暴行事件があってから、オレと恵梨は急速に疎遠になった。
お互い気まずくなったのもあるが、お互いに多忙な日々だったのもある。おまけに相田家のお家騒動もあって、恵梨は相田家を出て行ったと訊いた。施設から引き取られて裕福だった生活が逆戻り、一人で貧乏生活をしているらしく、元々SだったクラスもEクラスに格下げされていた。
高等部の学費だけは相田家が餞別がわりに出してくれたらしいが、それでも生活費を稼ぐために大変な思いをしていると聞いた。
オレが援助をしようと考えたが、恵梨自らその申し出を断ってきた。
簡単なメールで。別れの言葉付きで。
=========
あんたなら援助しようとするだろうけどそれはやめてね。
だって私とあんたは付き合っていたとしても、金銭面での付き合いなんてしたら思い出がお金で汚れちゃうから。そんなのあんたが許してもあたしはいやだね。
あたし、そんな事で助けられても嬉しくないもの。それと、今までありがと。
自然消滅みたいだけど、私とあんたは身分がちがうってよくわかったからこれで終わりにする。
心残りといえば、あんたはいつも寂しそうだったね。その寂しさをあたしが拭ってあげたかった。そばにいてあげたかった。途中で逃げるみたいで一方的でごめん。
学校では話しかけないでね。また変なやつらに狙われても嫌だから。あんたの将来に傷がつきそうだもんね。
じゃあね。大好きだったよ、直。
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そのメールを見てから、ああ、元の生活に戻るんだ……ってショックなのを自分自身で隠していた。
もちろん心にぽかりと穴が開いたみたいで、しばらくはぼんやりしていた気がする。人生に失望しているオレにとってはやっぱりこうなるよなってどこか諦めていたけど……。
そんなうんざりした日々を送っていた春前にあいつと出会った。
「恵梨以外に執着するの、あの架谷が初めてだよ。良くも悪くも気にくわない奴で……これもそれも全部アイツのせいだな」
「……そうだね、あいつと出会ってから調子が狂うばかり。でも、悪くないんだよね。腹立つけど憎めなくて」
「憎めない分性質が悪いんだ。腹が立つのに、オレの心情を見透かしたようにほしい言葉をくれるから……余計に。童貞不潔のキモオタなくせに生意気だ」
「ふふ、ひどい言い草」
「無自覚天然タラシだからな。あんな奴にほだされている自分が腹立つ。なんであんな奴なんかって常日頃思ってる」
「それはわかるかも」
お互いにクスクス笑いあう。あいつの事を話していると、話すネタに困らないから楽しいものだ。
そういえば恵梨とはこんな風に笑いあった事ってあっただろうか。……おそらくなかったはず。話す内容はいつも暗いネガティブなものばかりだった。
そんな今は架谷の愚痴のような話題に切り替わっている事も可笑しい。
怒って悲しくなっていた気分がどこかへ行ってしまったように、少しだけ元気を取り戻した気分だ。
こんな会話を恵梨とするようになったという事は、もう恵梨と付き合っていたあの頃が本当の思い出になりそうだ。
寂しくないといえば嘘だが、オレは自分の気持ちに正直になろうと決めた。
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