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十二章明かされた過去と真実

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 私は完全に言いきった。あの矢崎財閥相手でさえも自分の気持ちを伝えた。向こうはどう反応するかはわからないが、愛する息子をみすみす渡すくらいなら自分を犠牲にしてもいいとさえ思っていた。

『そうですか。それは残念です。まあ、そう言うとは思っていましたが、しかし……私どもからすれば、どうしても譲って頂かないと困るんですよね』

 急に先ほどとは雰囲気をがらりと変えて、慇懃無礼な態度で社長は口の端を持ち上げた。酷薄な笑みを宿し、私は背筋が冷える。トップとしての非情な顔が私の目に映った。

『黒崎さん……あなたのお気持ちも重々わかりますよ。わかりますが、こちらは何千何万という社員の命運もかかってましてね………多少、手荒な真似をしても直君を養子に頂かなくてはならないんですよ。たった一人の息子をこちらに譲って頂けるだけで何千何万という社員のクビが繋がり、あなたの家系も大金が手に入る事によって生活が安定する。直君も何不自由のない生活を約束される。安いモノだと思うんですが、どうでしょう?直君もきっとそれが本望だと思いますよ』


 本望?何を言っているのこの人は。直がそんな事を望んでいるなんて本人が言ったわけでもないのに。

 霊薬の血だからって何不自由のない生活が約束される?たしかに矢崎財閥の庇護下に置かれれば不自由はしないだろう。しかし、それと引き換えにいろんなものを犠牲にする事になる。

 私も令嬢として生まれた身だからわかるが、権力者の子供として生まれた者はまず自由がなくなり、常に監視が付き、親が敷いたレール上を生きていく事になる。跡取り、陰謀、野望、悪辣な連中とのシガラミ、それらがついて回る。

 直もそうなるというのだろうか。それは果たして幸せと言えるのだろうか。……私はそうじゃなかった。一樹さんと出会う前までは。

 今はまだ赤ん坊でも、大きくなって自分の立場がわかった頃、直はきっと自分自身の事で思い悩み、苦しむのが目に見えている。

 この冷酷そうな男はとても家族や友人を大事にするようには思えないし、おそらく直を自分の都合のいい傀儡どうぐとして育てるつもりだろう。

 考えればわかる未来が見える。家族の温かさを知らずに育ち、何不自由のない生活が自分を傲慢にさせ、権力者だからと腫物を扱う態度で接され、そして自分の血液型が霊薬の血だと知る。

 この男の私利私欲の道具にさせられる未来を知った直の絶望感は計り知れないだろう。そんなわかりきった辛い人生になんて親として歩ませるわけにはいかない!

『勝手に直の事を決めないでください。何度説得されても考えは変わりません』
『頑固ですね。この世の中、金がないと生きてはいけないんですよ。こんな何もない田舎で一日の生活もやっとな暮らしをするより、親として直君にはもっと何不自由のない生活をさせてあげるべきではないですか。あなた方黒崎夫妻は本当にお金に困っているようだと聞いたもので』
『たとえ貧しくても、私達は今が幸せなんです。お金に困っているだなんて心配してもらわなくても結構。余計なお世話です』
『そうですか……。あくまで居直り続けるのなら残念ですが、やむをえませんね』

 正之社長の合図により数人の部下が急に動き出す。いきなり家に土足で上がり込み、奥の部屋へと向かっていく。

『やめてください!!』
 
 私が慌てて追いかけた奥の寝室には、すでに数人の黒服が直を取り囲んで抱き上げていた。直だけじゃなく悠里まで。二人はどこの誰かも知らない者の腕の中ですやすや寝ており、起きる気配はない。

『直ッ!悠里!二人を放してくださいっ!返してっ!』

 私は二人を取り返そうと黒服の連中に掴みかかるが、軽くあしらわれて突き飛ばされてしまう。私は棚の角に頭を強く打ってしまって流血したが、痛みより二人の事しか考えられない。

『社長の命令です。申し訳ありませんが、この直君は我々が矢崎家の後継者として育てます』

 黒服のスーツたちは非情にそう言う。

『そうです。直君はきっといい矢崎家の後継者となる。亡くなった息子の代役以上の役目をちゃんと果たしてくれるでしょう』と、社長も土足でやってくる。
『そんな事勝手に決めないでください!二人を返してっ!!』

 何度も直を取り返そうと歯向かうが、非力な女の私では数人の黒服をやり過ごす事はおろか、社長にさえも近寄れない。

『もう返せません。ですが大丈夫。あなた方の心情を無駄にしないよう、今からでも完璧な英才教育のプログラムを実施し、将来は立派な矢崎一族のトップとして育てて見せましょう。歴代に恥じないようにね。もちろん、霊薬の血の研究のためにも存分にモルモットとしても働いてもらいますがね」
「っ……モルモット!?」

 私はゾッとした。直が実験台にさせられる。

「おっと。言い方が悪かったですね。ただの定期的な血の採取だけですよ。危害を加えるなどの心配は全くございません。霊薬の血という高貴な存在なので、それはもう丁重にもてなしますよ」

 はははと笑う社長。血を採取されるというだけでも許し難い暴挙だというのに。

「もう一方の双子の妹の方は、丁度娘を欲しがっている下っ端がいましてね。ついでではありますがそちらに養子として提供する事にしましょう。霊薬の血と一緒に生まれた存在ですから、今後何か発見があるかもしれません』

 直だけじゃなく、悠里まで……!

 社長を筆頭に連中は用件は終わったとばかりに家をさっさと出ていく。直と悠里を抱いている部下の連中と共に、社長も近くに停めてある車に乗り込む。その車の前後を護衛するように他の部下達もそれぞれの車に乗り込んでいった。

 私は頭の傷でフラつきながらなんとか裸足で追いかけ、社長が乗っている車を見つけて窓ガラスを叩いた。少しだけ窓ガラスが開くと、社長が顔を見せる。

『これも運命だと思って諦めてください、黒崎さん。直はもうあなたのものではないのです。我々、矢崎財閥の道具ものとなる。その事実は覆されることはない。それでは失礼』

 窓ガラスが閉められると、無情にも車は発車する。
 
『直ッ!!悠里!!返してっ!返してッ!!行かないでッ!!』

 走りながら窓ガラスを必死に叩く。車の中の二人は見えない。運転手がどんどんスピードをあげていくと徐々に離れ、車間距離ができ、私が不意につまずいた所で子供達を乗せた車は一気に遠くの方へ離れていく。

 車の姿は小さくなり、やがては見えなくなった。愛する二人の双子は矢崎財閥に連れて行かれてしまったのだった。

『っ……な、お…っ……ゆう、り……っ……あああぁあああっ!!』

 転んだままの状態で私は泣き崩れ、しばらくの慟哭にその場を動けなかった。渡さないと決めたのに、結局なんの力もない自分は子供達を守れなかった。


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