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平和な世界線in女体化
女になっちまいました15
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*
「おはよう、朝食できてるよ」
昨晩は甲斐が近くにいると思うと悶々としてなかなか寝付けなかったが、気が付いたら熟睡していて、目が覚めると味噌汁の香りに目が覚めた。芳しい香りに寝癖をつけながら居間へやってくると、甲斐がエプロン姿で朝食の準備をしていた。まるで嫁みたいだなんて思いながら。
「朝食作ってくれたんだな」
「同棲する事になったし、それに勉強を教えてもらったから」
テーブルには素晴らしい和食が並んでいる。なんだかんだ言って和食が一番体にいいから好きだ。矢崎家で過ごしていた食事は味気のない冷たい洋食ばかり。食欲がわかないにもほどがあった。でも甲斐の作る料理はどれも食欲をそそるものばかり。
「結婚したら毎日こんな料理がいつでも食えるなんて幸せだろうな」
「えっ……」
甲斐がわかりやすく動揺している。その反応がオレとの未来を考えていなかったのかってムッとしてしまう。
「なんだよ、いやなのかよ」
「や、そうじゃない。いつか男に戻れるかもしれないから結婚なんて」
「別に結婚じゃなくてもそばにいる事には変わりないだろ。でもお前が一生女のままなら堂々と結婚できるなって思っただけだ。オレが唯一愛した女だってみんなに自慢したい気持ちもあるし、お前のウェディングドレス姿も見たい。子供だって……」
「っ、そ、そんな事、まだわからんから。子供だなんて」
甲斐は恥ずかしがりながらもあまり乗り気ではないようだ。オレが急ぎすぎたかな。
「ガキは嫌いだが、甲斐に似た子供はほしい」
「っ、気が早いってば」
*
朝食を終えて俺は貯まった皿を洗いながら今後の事を考えた。自分のこの状態の事と、男に戻れるのだろうかという不安を。女としての幸せを取るか、元の男の生活に戻るか。
俺としてはどちらかといえば男に戻りたい気持ちの方が強い。女のマウント争いや嫉妬の目で睨まれなくて済むし、格闘家の端くれとしてやっぱり強くありたいと思うからだ。守られるだけの非力な自分は嫌いだから。
でも、もしこのまま男に戻れなかったら、俺は確実にお荷物なんじゃなかろうか。傷物で、なんの取り柄もないひ弱な女なんて、直の隣に立てるのか。
「直はさ……こんな俺でもいいのかよ」
海外の新聞をネットで読んでいる直に声を掛けた。
「キズモノ同然でトラウマ持ちにまでなった。何もできないか弱い女だ。あんたの隣に立っていいのかとか、女だからこそいっぱい悩みが出てきて考えちまう」
「キズモノになったのはオレのせいでもある。オレが生涯ずっと責任とるし、面倒見る。お前は何も考えなくていい。全部オレが考えるから」
「っいや、でも……」
「何もできないか弱い女でも男でもなんでもいい。甲斐だからいいんだ。お前さえそばにいてくれるならこれ以上は何も望まない」
「直……」
「ただ、オレから離れないでくれ。ずっと一緒にいてくれ。それだけだよ」
直は切実に優しくこう言ってくれている。俺さえいれば何もいらないとまでそう言ってくれているのに、自分がなんだか許せなくて納得できなかった。
*
「ねえ、聞いた?直様がこの学校の誰かにお熱だって噂らしいの!今朝、高級マンションから直様とショートカットの女が出て来るのを見たって知り合いが言っててマジショックぅ!」
廊下でいろんな女子達が輪になって話しこんでいる。そんな噂が流れたのはその日の午後だった。
「さっきネットニュースで見て知ったよ。でもさ、きっと遊び感覚でじゃない?直様が本気になる相手なんて今までいなかったワケだし、直様が祖父のパーティーで謎の女を恋人宣言したのだってデマだって話でしょ。そのデマを言いふらしていたのも網走梨華だったって話。直様を手に入れるために裏ではえぐい事をしていたみたいだから信憑性ないよね」
「そうなんだけどさあ、そういえばその網走梨華って最近見なくなったよね」
「そりゃ父親が逮捕されて、自分も裏で相当悪い事をやっていたのがバレたら雲隠れもするでしょ。暴力団との付き合いで消されたって噂もあるけど」
「えー何それこわーいっ。でも、直様がもしこの学校にマジで本命がいたとしたらショックだわ」
「あたしも立ち直れなーい!そんな女がいたらマジで殺したくなるわ~」
話題はあの矢崎直が本気で熱愛をしているのではないかという噂だ。様々な憶測が飛び交っていて、どうせデマだと信じきっている者、ショックを受けている者、熱愛相手に憎悪を燃やしている者など反応はそれぞれ。学園にいる大半の女子は悲鳴をあげて阿鼻叫喚な様子だった。
そんな中で、翌日のワイドショーには【矢崎直に熱愛発覚!お泊りデートか!?お相手は開星学園の男装女子!?なぜか男子高校生を装う普通の女子だった!!】という特大のスクープが紹介された。
内容は相手の名前以外の簡単なプロフィールとその現場を押さえた鮮明な写真を掲載。番組内の四天王に詳しい女性コメンテーターが悔しげに「相手を祝福したいですけど、どうか間違いであってほしいです。四天王達は世の女性達の憧れですから皆の永遠の王子様であってほしいですわ」と、全国のファンを代弁して語っていた。
相手の女子の顔は一般女性だからとモザイクがかけられていたが、瞬く間に全国にいる四天王ファンにありとあらゆる衝撃を与える結果となったのだった。
一体相手は誰よーーっ!!
鮮明なお泊りデートの証拠が出た以上、相手は誰だと親衛隊や盲目な信者ファン達は血眼になって相手を探し始めた。授業が終わった放課後、校門前をマスコミと親衛隊達が一同に結集。近所の野次馬達まで集まっての大騒ぎとなった。
全国規模で【四天王と勝手に仲良くなる事許されざる】という抜け駆け禁止なのは、親衛隊やファン達の中では暗黙のルール。大企業の令嬢や魅力的な超絶美女ならばファン達は納得もするが、相手が一般女性と聞いて黙っているはずもない。そのルールを破ったからには制裁がお決まり。全国の女性ファンを一気に敵にまわしてしまうのだ。
*
うう、どうしよ。これじゃあ帰れない……。
校門の前ではたくさんの親衛隊達とマスコミが今も張り込みをしていた。俺はというと校門近くの木陰で身を潜めてどうしようか考えている最中だ。あの校門を出ない限り学園の外には出られないクソ設計。
性別を偽って男子として過ごしているだけじゃなく、あの矢崎直とお泊りデートをしでかした不届き者がいるという事で、帰宅する男子生徒の一人一人を抜き打ちチェックならぬ犯人捜しをしているのだとか。
まるで犯罪者のような扱いと騒がしさに、学園の男子達からは不満の声も上がっているが、盲目な四天王信者達は聞く耳持たず。警察を呼ぶ騒ぎとなり、マスコミ連中や大半のファン達は退ける事ができたが、それでもめげないファン達数名は警察から逃れながらもまだ居座っている。
性別チェックなんて冗談じゃねぇっての。まるで逆セクハラである。矢崎の家に泊ったのは迂闊だった。まさか自宅前でパパラッチが張り込みをしていて、それで今日こんな騒ぎになるなんて予想外だったよ。
今日は野宿かな……。校門前に行くと確実に俺が女だってばれちまうし。
「きゃああ!何するのよっ!」
俺がどうしようか悩んでいると、校門前から女子の悲鳴が聞こえた。未だに居座っていた親衛隊一部と工業科の男子が揉めている様だった。どうやら工業科の男子達が親衛隊の女子の声を無視して無理やり通ろうとしたので、性別チェックをしようとしたら手が出て暴力沙汰になったらしい。
「最低!暴力なんて!」
「そうよ!ただ男か女か調べてるだけじゃないのよ!あんたが直様のオンナかもしれないし!」
「っざけんな!矢崎なんてあのクソイケメン俺は大っ嫌いなんだよ!」
「そもそもこんな所で通せんぼしてんのが悪いんだろうが!どけよクソアマ」
「そうだ。邪魔なんだよ!性別チェックとか逆セクハラだろーが!」
「男にセクハラなんて関係ないしっ!むしろうちらみたいな可愛い女子に体見られて嬉しいと思いなさいよ!」
「なんだと!この可愛くねえブス共が!」
うーん……工業科の暴力はよくないが、校門前で居座って性別チェックする女も逆セクハラだし、そもそも性別チェックなんてやらなければいいのだ。
「とにかく生意気な女には遊んでやらねーとな」
「ああ、そうとも。逆セクハラしようとしたんだ。だったらこっちも合法でセクハラしてもいいよなあ?」
工業科の男達はニヤリと笑い、イヤらしい手で数人の女子の手を掴んで木陰に連れて行こうとする。木陰で何をするかだなんて想像通りの行為だ。
「ちょ、イヤ!手を放してよ!」
「いやあっ!誰かあっ!」
その悲鳴に、俺は自然と体が動いていた。自分が女でそういう目にあったからこそ、その怖さを知っている。だから放っておけなかったのだ。
「やめろよケダモノ共」
「あん?今いいところで……ひでぶ」
今にも女子の一人を手籠めにしようとする男に蹴りを入れた。さすがの不意打ちとはいえ、あまりダメージが入らないのは弱体化だけではない。恐怖症による及び腰だからだ。
「ぐ、いててっ」
「お前は架谷甲斐っ。また邪魔しようってのか」
俺は震える体に鞭打って怯えている女子達の前に出る。
「女を手籠めにするとか下半身でしか考えられねーんだな」
そんな場合ではないというのに、挑発するスタイルは依然と変わらない。
「ってめえ!相変わらず生意気だな」
「生意気で結構。これが俺なんで」
俺は背後にいる女子に促す。
「あんたら早く逃げな」
「か、架谷くん」
「はやくしろ。邪魔だ」
俺が強く促すと、女子達は頷いて慌てて走り去った。それを見送った途端、胸倉を鷲掴みにされて力任せに頬を殴られた。口が切れて血の味がする。
「よくも邪魔しやがったな!オラぁ!」
「う、ぐぁっ」
今度は腹に拳を入れられた。男だったら目を閉じていてもこんな奴らを片付けられるのに、今の俺はてんで無力だ。そのまま脱力し、跪く。
「おい。こいつ……よく見ると女みてぇな顔してやがるな」
「っ――!」
気づかれた事に背筋がゾッとする。
「今まで気づかなかったが、体も妙に丸っこい気がするな。こりゃもしかして……おい、確かめてみろ」
そう命令された野郎その1が俺を羽交い絞めにし、俺の制服のシャツをカッターで裂いた。途端、胸をさらしで潰した胸肌が露になった。俺は顔が熱くなって蒼褪める。やべえ……見られた。
「ほぉ……」
「まさか架谷甲斐が巷で噂の女だって事か。こりゃあいいぜ」
「あの生意気な架谷甲斐を女として料理できるんだからよ」
男共の顔が途端に厭らしく口元を歪めた。俺を襲おうとしたあのケダモノ達と同じ目だった。
「っ、いや」
羽交い絞めにされたまま、力任せに地面に倒された。足を開かせられていろんな男の手が体にまとわりついてくる。
怖い。怖い。あいつらがいる。俺を襲おうとしたアイツらが。ケダモノが。
「はははは!こいつ震えてやがるぜ!」
「そりゃあそうだよな。女のくせして強がって男のふりなんかするからこうなるんだ」
ガチャガチャと男達が性急にベルトを外し、汚いブツを取り出して見せつけた。眩暈がし、体がガクガク震え、体にひどい寒気が起きて吐き気がする。途端、脳裏にフラッシュバックした。
夢で見た覚えのある暗い廃工場に、必死で逃げる自分をいつまでも追いかけてくる奴ら。どんなに早く走っても、どんなに必死で逃げても、あっという間に捕まって手籠めにされる。
制服を破り裂かれ、足を開かせられ、暴力を振るわれる。泣いて叫んでもゲラゲラ笑うだけでやめてはくれない。あられもなく乱れる自分。あの夢と同じ状況だ。
「いや、助け、助けっぐ、はっ……はっ……はっ……!」
過呼吸を起こし、うまく息ができない。ひゅーひゅーと口から変な呼吸音がして、いろんな空気を吸い過ぎて止まらない。誰か、助けて。怖い。怖い。気持ち悪い。ケダモノが迫ってくる。
「甲斐ッ!」
「甲斐君!」
俺を呼ぶ必死な声が聞こえる。黒崎兄妹やEクラス達が走ってやってくるのが一瞬見えたが、それ以降は苦しくて何も見えない。
*
校門前に親衛隊の女共がたくさん集まっていると聞いて、面倒な事になったと頭を抱える。どうやら網走梨華の取り巻きが逆恨みをし、オレと甲斐の関係を怪しんで泊りをした時の写真をマスコミに売ったらしい。
その情報があっという間に広まり、全国にまで流れてしまった。そのおかげで校門前は親衛隊やマスコミらが集中し、犯人探しならぬ矢崎直と噂になった熱愛女性探しが唐突に始まった。
オレと甲斐の関係を激写した女は当然シメて社会的に抹殺してやったが、騒ぎが全国規模になってしまった以上、火消しは難しい。
おかげで今頃、甲斐は大変な目に遭っているはずだろう事を見越し、悠里達に頼んで甲斐をなんとか学園から逃がしてくれと指示を出した。オレが行けば余計に騒ぎが大きくなるからだ。
久瀬に警察を呼ばせたり、マスコミに金を握らせて引き上げてもらったが、一部の盲目な信者共は手ごわく、なかなか引き下がらないので、オレ自ら出向こうとしたら甲斐がなんと工業科の男共に襲われているではないか。たぶん、親衛隊の女共を助けるために動いたのだろう。
自分の身が危険に陥る事も厭わず、他者を助ける甲斐に呆れながらもそういう所が甲斐らしいなと思う。そんな女共など見捨てりゃあいいものを本当にお人好しすぎる。とりあえず愛する甲斐を恐怖させて暴力を振るったお礼をくれてやる。
「甲斐君に何してんのよ!!」
悠里がゴミ共に制裁を加えている近くで、オレはまずは過呼吸を繰り返している甲斐に急いでタオルを口に当て、酸素の量を減らさせる。
「大丈夫だ、甲斐。ゆっくり息を吐け」
「っ、は……は……っ」
「そう、それでいいんだ。大丈夫。オレがついてる」
「な、お……は……っ」
「ゆっくり休め。あとはオレがなんとかしておく」
「ん……」
次第に甲斐の呼吸が安定してくると、そのまま甲斐は疲れたように目を閉じた。眠りについた甲斐をEクラス達に預け、オレはスッと目を細めた。悠里が大半を沈めたところでオレが躍り出る。
「皆殺し確定だ」
手始めに奴ら全員の顔面を次々と潰し、骨をありえない方向へ曲げて粉砕。トドメに悠里が「二度と女性を襲えないように女の子にしてあげるね」と、笑顔で蹴り潰していた。ゴミ共から汚ねえ悲鳴が次々あがるが、こいつらの金玉がなくなった方が世のため人のため甲斐のためなので、冷静に傍観。
しかしまあ妹の癖にえぐい真似をするものだと見ていたが、やはり双子の兄妹だからか容赦ない所は似ているのだろう。血は争えないものだ。
そんなEクラス達は、オレと悠里の鬼気迫る様子にビビッて固まっている。特に男子達は股間を押さえて震えているようだ。男からすれば痛々しく感じて怖がらせたかもしれないが仕方あるまい。オレの愛する甲斐を襲ったのだから報復は100倍にして返さないと。
「おはよう、朝食できてるよ」
昨晩は甲斐が近くにいると思うと悶々としてなかなか寝付けなかったが、気が付いたら熟睡していて、目が覚めると味噌汁の香りに目が覚めた。芳しい香りに寝癖をつけながら居間へやってくると、甲斐がエプロン姿で朝食の準備をしていた。まるで嫁みたいだなんて思いながら。
「朝食作ってくれたんだな」
「同棲する事になったし、それに勉強を教えてもらったから」
テーブルには素晴らしい和食が並んでいる。なんだかんだ言って和食が一番体にいいから好きだ。矢崎家で過ごしていた食事は味気のない冷たい洋食ばかり。食欲がわかないにもほどがあった。でも甲斐の作る料理はどれも食欲をそそるものばかり。
「結婚したら毎日こんな料理がいつでも食えるなんて幸せだろうな」
「えっ……」
甲斐がわかりやすく動揺している。その反応がオレとの未来を考えていなかったのかってムッとしてしまう。
「なんだよ、いやなのかよ」
「や、そうじゃない。いつか男に戻れるかもしれないから結婚なんて」
「別に結婚じゃなくてもそばにいる事には変わりないだろ。でもお前が一生女のままなら堂々と結婚できるなって思っただけだ。オレが唯一愛した女だってみんなに自慢したい気持ちもあるし、お前のウェディングドレス姿も見たい。子供だって……」
「っ、そ、そんな事、まだわからんから。子供だなんて」
甲斐は恥ずかしがりながらもあまり乗り気ではないようだ。オレが急ぎすぎたかな。
「ガキは嫌いだが、甲斐に似た子供はほしい」
「っ、気が早いってば」
*
朝食を終えて俺は貯まった皿を洗いながら今後の事を考えた。自分のこの状態の事と、男に戻れるのだろうかという不安を。女としての幸せを取るか、元の男の生活に戻るか。
俺としてはどちらかといえば男に戻りたい気持ちの方が強い。女のマウント争いや嫉妬の目で睨まれなくて済むし、格闘家の端くれとしてやっぱり強くありたいと思うからだ。守られるだけの非力な自分は嫌いだから。
でも、もしこのまま男に戻れなかったら、俺は確実にお荷物なんじゃなかろうか。傷物で、なんの取り柄もないひ弱な女なんて、直の隣に立てるのか。
「直はさ……こんな俺でもいいのかよ」
海外の新聞をネットで読んでいる直に声を掛けた。
「キズモノ同然でトラウマ持ちにまでなった。何もできないか弱い女だ。あんたの隣に立っていいのかとか、女だからこそいっぱい悩みが出てきて考えちまう」
「キズモノになったのはオレのせいでもある。オレが生涯ずっと責任とるし、面倒見る。お前は何も考えなくていい。全部オレが考えるから」
「っいや、でも……」
「何もできないか弱い女でも男でもなんでもいい。甲斐だからいいんだ。お前さえそばにいてくれるならこれ以上は何も望まない」
「直……」
「ただ、オレから離れないでくれ。ずっと一緒にいてくれ。それだけだよ」
直は切実に優しくこう言ってくれている。俺さえいれば何もいらないとまでそう言ってくれているのに、自分がなんだか許せなくて納得できなかった。
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「ねえ、聞いた?直様がこの学校の誰かにお熱だって噂らしいの!今朝、高級マンションから直様とショートカットの女が出て来るのを見たって知り合いが言っててマジショックぅ!」
廊下でいろんな女子達が輪になって話しこんでいる。そんな噂が流れたのはその日の午後だった。
「さっきネットニュースで見て知ったよ。でもさ、きっと遊び感覚でじゃない?直様が本気になる相手なんて今までいなかったワケだし、直様が祖父のパーティーで謎の女を恋人宣言したのだってデマだって話でしょ。そのデマを言いふらしていたのも網走梨華だったって話。直様を手に入れるために裏ではえぐい事をしていたみたいだから信憑性ないよね」
「そうなんだけどさあ、そういえばその網走梨華って最近見なくなったよね」
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「えー何それこわーいっ。でも、直様がもしこの学校にマジで本命がいたとしたらショックだわ」
「あたしも立ち直れなーい!そんな女がいたらマジで殺したくなるわ~」
話題はあの矢崎直が本気で熱愛をしているのではないかという噂だ。様々な憶測が飛び交っていて、どうせデマだと信じきっている者、ショックを受けている者、熱愛相手に憎悪を燃やしている者など反応はそれぞれ。学園にいる大半の女子は悲鳴をあげて阿鼻叫喚な様子だった。
そんな中で、翌日のワイドショーには【矢崎直に熱愛発覚!お泊りデートか!?お相手は開星学園の男装女子!?なぜか男子高校生を装う普通の女子だった!!】という特大のスクープが紹介された。
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相手の女子の顔は一般女性だからとモザイクがかけられていたが、瞬く間に全国にいる四天王ファンにありとあらゆる衝撃を与える結果となったのだった。
一体相手は誰よーーっ!!
鮮明なお泊りデートの証拠が出た以上、相手は誰だと親衛隊や盲目な信者ファン達は血眼になって相手を探し始めた。授業が終わった放課後、校門前をマスコミと親衛隊達が一同に結集。近所の野次馬達まで集まっての大騒ぎとなった。
全国規模で【四天王と勝手に仲良くなる事許されざる】という抜け駆け禁止なのは、親衛隊やファン達の中では暗黙のルール。大企業の令嬢や魅力的な超絶美女ならばファン達は納得もするが、相手が一般女性と聞いて黙っているはずもない。そのルールを破ったからには制裁がお決まり。全国の女性ファンを一気に敵にまわしてしまうのだ。
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うう、どうしよ。これじゃあ帰れない……。
校門の前ではたくさんの親衛隊達とマスコミが今も張り込みをしていた。俺はというと校門近くの木陰で身を潜めてどうしようか考えている最中だ。あの校門を出ない限り学園の外には出られないクソ設計。
性別を偽って男子として過ごしているだけじゃなく、あの矢崎直とお泊りデートをしでかした不届き者がいるという事で、帰宅する男子生徒の一人一人を抜き打ちチェックならぬ犯人捜しをしているのだとか。
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性別チェックなんて冗談じゃねぇっての。まるで逆セクハラである。矢崎の家に泊ったのは迂闊だった。まさか自宅前でパパラッチが張り込みをしていて、それで今日こんな騒ぎになるなんて予想外だったよ。
今日は野宿かな……。校門前に行くと確実に俺が女だってばれちまうし。
「きゃああ!何するのよっ!」
俺がどうしようか悩んでいると、校門前から女子の悲鳴が聞こえた。未だに居座っていた親衛隊一部と工業科の男子が揉めている様だった。どうやら工業科の男子達が親衛隊の女子の声を無視して無理やり通ろうとしたので、性別チェックをしようとしたら手が出て暴力沙汰になったらしい。
「最低!暴力なんて!」
「そうよ!ただ男か女か調べてるだけじゃないのよ!あんたが直様のオンナかもしれないし!」
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「そうだ。邪魔なんだよ!性別チェックとか逆セクハラだろーが!」
「男にセクハラなんて関係ないしっ!むしろうちらみたいな可愛い女子に体見られて嬉しいと思いなさいよ!」
「なんだと!この可愛くねえブス共が!」
うーん……工業科の暴力はよくないが、校門前で居座って性別チェックする女も逆セクハラだし、そもそも性別チェックなんてやらなければいいのだ。
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「ああ、そうとも。逆セクハラしようとしたんだ。だったらこっちも合法でセクハラしてもいいよなあ?」
工業科の男達はニヤリと笑い、イヤらしい手で数人の女子の手を掴んで木陰に連れて行こうとする。木陰で何をするかだなんて想像通りの行為だ。
「ちょ、イヤ!手を放してよ!」
「いやあっ!誰かあっ!」
その悲鳴に、俺は自然と体が動いていた。自分が女でそういう目にあったからこそ、その怖さを知っている。だから放っておけなかったのだ。
「やめろよケダモノ共」
「あん?今いいところで……ひでぶ」
今にも女子の一人を手籠めにしようとする男に蹴りを入れた。さすがの不意打ちとはいえ、あまりダメージが入らないのは弱体化だけではない。恐怖症による及び腰だからだ。
「ぐ、いててっ」
「お前は架谷甲斐っ。また邪魔しようってのか」
俺は震える体に鞭打って怯えている女子達の前に出る。
「女を手籠めにするとか下半身でしか考えられねーんだな」
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「ってめえ!相変わらず生意気だな」
「生意気で結構。これが俺なんで」
俺は背後にいる女子に促す。
「あんたら早く逃げな」
「か、架谷くん」
「はやくしろ。邪魔だ」
俺が強く促すと、女子達は頷いて慌てて走り去った。それを見送った途端、胸倉を鷲掴みにされて力任せに頬を殴られた。口が切れて血の味がする。
「よくも邪魔しやがったな!オラぁ!」
「う、ぐぁっ」
今度は腹に拳を入れられた。男だったら目を閉じていてもこんな奴らを片付けられるのに、今の俺はてんで無力だ。そのまま脱力し、跪く。
「おい。こいつ……よく見ると女みてぇな顔してやがるな」
「っ――!」
気づかれた事に背筋がゾッとする。
「今まで気づかなかったが、体も妙に丸っこい気がするな。こりゃもしかして……おい、確かめてみろ」
そう命令された野郎その1が俺を羽交い絞めにし、俺の制服のシャツをカッターで裂いた。途端、胸をさらしで潰した胸肌が露になった。俺は顔が熱くなって蒼褪める。やべえ……見られた。
「ほぉ……」
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「あの生意気な架谷甲斐を女として料理できるんだからよ」
男共の顔が途端に厭らしく口元を歪めた。俺を襲おうとしたあのケダモノ達と同じ目だった。
「っ、いや」
羽交い絞めにされたまま、力任せに地面に倒された。足を開かせられていろんな男の手が体にまとわりついてくる。
怖い。怖い。あいつらがいる。俺を襲おうとしたアイツらが。ケダモノが。
「はははは!こいつ震えてやがるぜ!」
「そりゃあそうだよな。女のくせして強がって男のふりなんかするからこうなるんだ」
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「甲斐ッ!」
「甲斐君!」
俺を呼ぶ必死な声が聞こえる。黒崎兄妹やEクラス達が走ってやってくるのが一瞬見えたが、それ以降は苦しくて何も見えない。
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その情報があっという間に広まり、全国にまで流れてしまった。そのおかげで校門前は親衛隊やマスコミらが集中し、犯人探しならぬ矢崎直と噂になった熱愛女性探しが唐突に始まった。
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おかげで今頃、甲斐は大変な目に遭っているはずだろう事を見越し、悠里達に頼んで甲斐をなんとか学園から逃がしてくれと指示を出した。オレが行けば余計に騒ぎが大きくなるからだ。
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自分の身が危険に陥る事も厭わず、他者を助ける甲斐に呆れながらもそういう所が甲斐らしいなと思う。そんな女共など見捨てりゃあいいものを本当にお人好しすぎる。とりあえず愛する甲斐を恐怖させて暴力を振るったお礼をくれてやる。
「甲斐君に何してんのよ!!」
悠里がゴミ共に制裁を加えている近くで、オレはまずは過呼吸を繰り返している甲斐に急いでタオルを口に当て、酸素の量を減らさせる。
「大丈夫だ、甲斐。ゆっくり息を吐け」
「っ、は……は……っ」
「そう、それでいいんだ。大丈夫。オレがついてる」
「な、お……は……っ」
「ゆっくり休め。あとはオレがなんとかしておく」
「ん……」
次第に甲斐の呼吸が安定してくると、そのまま甲斐は疲れたように目を閉じた。眠りについた甲斐をEクラス達に預け、オレはスッと目を細めた。悠里が大半を沈めたところでオレが躍り出る。
「皆殺し確定だ」
手始めに奴ら全員の顔面を次々と潰し、骨をありえない方向へ曲げて粉砕。トドメに悠里が「二度と女性を襲えないように女の子にしてあげるね」と、笑顔で蹴り潰していた。ゴミ共から汚ねえ悲鳴が次々あがるが、こいつらの金玉がなくなった方が世のため人のため甲斐のためなので、冷静に傍観。
しかしまあ妹の癖にえぐい真似をするものだと見ていたが、やはり双子の兄妹だからか容赦ない所は似ているのだろう。血は争えないものだ。
そんなEクラス達は、オレと悠里の鬼気迫る様子にビビッて固まっている。特に男子達は股間を押さえて震えているようだ。男からすれば痛々しく感じて怖がらせたかもしれないが仕方あるまい。オレの愛する甲斐を襲ったのだから報復は100倍にして返さないと。
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その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
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神崎未緒里
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※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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