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平和な世界線in女体化
女になっちゃいました22
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あれ……力が入らない。
何事もなく平和に幸せに過ごしてしばらく、今日は調子がすこぶるよろしくなかった。体が妙に熱っぽく、倦怠感を感じ、しかも吐き気だってする。先ほどまではそうでもなかったのにどんどん気分が優れない。何かをしたわけでもないのになんなんだろう。
「甲斐君、顔色悪そうだけど大丈夫?」
「調子悪そうだけど」
卒業式のリハーサルに悠里と篠宮に声を掛けられた。
「食あたりとかそんなもんだろきっと」
「食あたりだったらまず腹痛にトイレ行きでしょ。なんか悩んでるとか?」
「最近は特に何も悩んでる事なんてないよ。ただ、最近直の奴がいつにも増して夜に求めて来る事かな。おかげでこの頃は寝不足できついんだ」
「それただの惚気。幸せそうで何よりだけど、甲斐君にあんな事してこんな事してる直がムカつくなぁ」
相変わらず悠里は兄の直に対して手厳しい。しかし、複雑な事情があるとはいえ、なんだかんだ言ってケンカするほど仲がいい事は知っているので何も突っ込まない。
「ていうかそれ贅沢な悩み」
篠宮は熱い熱いと言って手で扇いでいる。
「たしかに贅沢な悩みなんだけど、さすがに朝までは体がキツイっていうか、腰が痛いっていうか、フラフラなんだよ。あ、そういえばこの頃ちょっと気になる事があってさ、御飯食べたいはずなのにご飯を見るとなんか食べたくなくなってんだよな。むしろ吐きそうになるっていうかだな」
「それって……」
悠里や篠宮が何かを言いかけた時、視界が急激にぼやけた。ぐるりとめまいがして全身の力が抜けていく。
「甲斐君!!」
気が付いたら地面に昏倒していた。クラスメート達が急いで駆け寄ってくるのが朧気に見えて、そのまま意識は飛んでしまった。
「あれ?」
視界の先にはEクラスの皆がいる。駆けつけてくれたのか妹達や雛の姿も視線に映った。
「ここ……病院?」
俺はゆっくり起き上がった。てっきり保健室に運ばれたものかと思っていた。
「そうです。近所の病院ですよ。様子がおかしかったので念のためにって保険医の南先生が勧めてくれたんです」
万里ちゃん先生が説明する。
「そうか。で、俺どっか悪かったのかな」
「ううん、別にどこも悪くないって言ってたよ。ちょっと疲労がたまってるのもあったけど」と、悠里。
「ほんとに?」
「うん、本当」
「っていうかさ~アンタまだ気づかないの?」
篠宮が呆れた様子で腕を組んでいる。
「……何を?」
「だから、最近アレきてないだろ。女特有の月に一度くるアレ」
「あ、そーいえばきてないような……気も、する、かも」
そこで俺はハッとした。俺、もしかして……
「下痢か?」
「そこで盛大なボケかますな。おめでただよ。お・め・で・た!」
「お、おめ、おめでたって……マジ……?」
「マジ。妊娠してるって。まだ初期段階」
認めたくない事実だったので下痢だとボケをかましたが、やっぱりそうらしい。
「くぅ~~お兄ちゃんを孕ませるなんて直様ってば手が早すぎるんだから~~っ!ゆるさない~~!」
「そうですわ!あとでお兄様を私がぶん殴ってきますわ!幼気な甲斐様を孕ませるなんてゆるすまじっ!」
妹達が盛大に憤慨してキレている様子を見て、俺の確信をより現実にさせた。
「直の子を俺が……」
頬がボッと熱くなる。ここ数か月は直としまくっていたし、避妊も少し疎かになっていた気もする。
「なんか、罪悪感がわいてくるかも」
俺は頭を抱えた。いろんな意味で。
「なんで罪悪感なんて感じる必要あるの」と、雛。
「そりゃまだ結婚どころか高校卒業してないガキだぞ。あと数日で卒業とはいえガキには変わりないし」
「たしかにまだその年齢でデキちゃったなんて世間の評判は良くないけどさ、でも愛し合ってるんだし、直様だって喜んでくれると思うわよ」と、由希。
「そうそう。その辺は父親になる直様とよーく話し合うんだよ。直様ならきっと大事にしてくれるって」
「なんだかんだ言って直様って甲斐には超優しいもんね」
「あーあたしも優しくて経済力ある彼氏ほしーい」
かしまし三人娘はおめでたい事だと言ってくれる。たしかに嬉しいんだけどさ……
「産むんだよね?」と、宮本君。
「…………たぶん」
「なんだよその曖昧な返事。めでたい話なのに」
健一やみんなは怪訝そうな顔をしている。
「アイツとの子供なら是が非でも産みたいけど……いろいろ不安でさ」
直は先日、川田と結婚などしないと言ってくれたが、まだバカ社長一族と川田一族とで揉めているらしい。結婚を巡っての泥沼化しそうな勢いで、どちらも譲らない状態らしい。だから、全てが終わるまでは今はまだ本当に喜んでいいものかわからない。
その後、妊娠したからには婦人科の看護師やソーシャルワーカーの人に子供をどうしていくのとか、父親になる相手と両親とでよく話し合ってくるようにと説教じみた感じで言われてしまった。なんか罪悪感がこみあげてくるよ。未熟者のガキが子供作っちゃってさ。結婚前に迷惑かけてごめん。親父、母ちゃん。
最近はお盛んな直に押し切られる形でヤリまくっていたから、デキてもおかしくなかったよな。何回か中出しされた覚えも微かに記憶にあるし、それがいけなかったか。だけど、いずれ遅かれ早かれこうなっていたとも思う。
俺自身も直が求めてくると満更でもなくなって、気持ちよくなって流されちまってですね……って、自分自身に何言い訳してんだろ。まるで責任逃れしてるみてぇでよくないな。
「次回いらっしゃる時はご両親や父親になる方との同伴が望ましいですね」
「はい……連れて来ますぅ」
廊下ですぐに直に電話をかけた。今は仕事中かもしれないから出てくれないかもしれない。でも、この事は急いで伝えておくべきだと思った。
『どうした?オレの可愛い甲斐』
この時間に電話に出てくれる事が珍しくて驚いた。
「ごめん。いきなり電話して。仕事中だっただろ」
『いや、今は丁度車で移動中だったから大丈夫だ。何かあったのか』
「あー……その、今日の夕方とか夜とか、時間あるかな?」
『今日、か……』
電話口の向こうで、直が久瀬さんにスケジュールを訊ねている声が聞こえる。
『夕方17時ごろからなら一時間だけ予定を空けられる』
「そうか。忙しいのにごめん。二日後の卒業式の後でもいいと思ってたんだけど」
『いいんだよ。二日後なんて長いって思ってたから。たった一時間でもお前に逢えるのが嬉しい。触れたかったんだ』
電話口とはいえ顔が熱くなるのを感じた。
『甲斐は?』
「そんなの……同じだよ。俺も……直に逢いたいよ。抱きしめてほしいなーなんて」
『っ……我慢できなくなりそうな事言いやがって……っ、じゃあ、17時にお前の家に行くから待ってろ』
「ああ。待ってる。仕事、無理するなよ」
『……甲斐、なんか口調が亭主を心配する妻みたいになってきたな』
「いずれ、そ、そうなるだろ」
『そうだな。もうすぐだよ……オレの奥さん』
「っ……」
その不意打ち呼びは反則だ。
『じゃあまた後でな。愛してる、甲斐』
「俺も……大好きだよ、直」
熱くなる顔のまま幸せな電話を終えて外に出る。近くの飲食店から漂う肉の香りを嗅いだ途端、吐き気がこみ上げてきた。
おええ……気持ち悪ぅ。しばらくこってりしたメシ食えない。
大好きな肉の匂いで吐き気というのは辛い。悪阻というのは思ったほど厄介である。今日の夜はさっぱりしたものにしようと思案しながら歩き出すと、背後から殺気を感じた。気配を鋭くして振り返ると、見慣れない黒服連中が数人いて、瞬く間に自分を取り囲んでいた。
「架谷甲斐。我々と来てもらいましょう」
「誰だ、お宅ら」
「お嬢様の使いの者です。来ていただくようにとご命令です」
「お嬢様って」
直の婚約者の事だろうと察する。
「なんで行かなきゃならんの。俺が邪魔だからとうとう実力行使で動き出したとか」
「ここでは何も言えません」
「じゃあ、俺もついて行かない。命令だかなんだか知らんけど、用件を詳しく説明できないあんたらなんかに従うつもりはない」
「残念ですがあなたに拒否権はありません。力づくででも来ていただきます」
連中は俺を拘束しようと襲い掛かってくる。が、ゴキおもちゃをなげつけて牽制する。悲鳴をあげて驚く大半と、意に介さない一部。それでも手を伸ばしてくる連中を拳で払い、ひじ打ちや裏拳でやり過ごす。弱体化してから鍛錬を初めて一年とちょっと。少しだけ男であった時のような立ち回りはできるようになったが、激しい運動は控えるように言われているので躊躇ってしまう。おかげで隙が生じた。
げ――しまった!
背後から布越しに薬のようなものを嗅がされて意識が遠のく。クソ、こんなものでっ。瞼が重くなり、悔しさに打ち震えながら睡魔に負けた。
頭が痛い。何がどうなっているんだろう。目の奥が異様に明るくて体が重い。
ゆっくり瞼をあけると、まぶしいライトが自分を照らしている。なぜか寝台で寝かされていて、病衣を着用している。おまけに足を不恰好に広げた体勢でいて茫然としていると、手術服を着た女医と看護師数名が「今から麻酔をかけますね」なんて言っている。
何を?なんで麻酔?なんで病院にいるの?どうなってんの?
「大丈夫。すく終わりますよ」
だから何が。と、訊き返すも答えてはくれない。わかる事はこれは決してよくない事じゃなかろうか。俺は飛び起きた。どこも悪くないのになんで病院にいるのかもわからない。
女医達が慌てて俺を「大丈夫だから」とか「すぐ終わる」とか、具体的な説明もなくマニュアル通りになだめようとするが、嫌な予感が止まらない俺は寝台を滑り降りた。女医や看護師が腕を伸ばして制止させようとするが、俺は無我夢中で連中達の腕を振り払い、そのまま手術室を飛び出した。
逃げる俺を捕まえようと追いかけてくる看護師たち。なんで看護師が追いかけて来るんだよ!と、激しく突っ込みたいが、捕まるとヤバいのは一目瞭然だ。病院内の廊下をひた走った。
病院の外を出ると、今度は謎の黒服連中が追いかけてきて鬼ごっこはまだ続いた。路上を走る自転車や通行人を避けながらひたすら前を宛もなく走る。通りすがりの通行人と何度か接触しそうになるが、それを気にしている余裕はない。俺は妊婦な事を忘れてひたすら駆けた。
近所の小さな公園を見つけると、隠れられるトンネルの遊具を発見してそのトンネルの中へ身を潜めた。さすがにもう走れない。追いかけてくる連中達を一先ず振り切るのだった。
なんなんだあの看護師達は。しかもあの黒服共は。誠一郎さんの仲間の黒服の奴らという感じでもなさそうだし、俺に何をしようってんだよ。いきなり手術で麻酔なんて……あ。もしかして奴らは……
冷静になって考えると、敵は俺の妊娠の情報をなんらかで知り、都合が悪いから中絶手術を決行しようとしたんじゃないだろうか。だって俺の妊娠ていうのは向こうからすれば例外。しかも直の血を引いている子だ。敵からすれば大スキャンダルも同然で邪魔にしかならん存在。だから排除しに来たのだろうと考えるとすっげぇ納得した。
だからといって冗談ではない。俺は中絶なんて希望したわけでも、ましてや正式に手続きをしたわけでもないのに勝手に手術をさせて、知らんうちに妊娠をなかった事にしようとするなんて身勝手すぎる。ひでえ奴らだ。最低だ。
たしかにデキちゃったなんて世間様からはよくない顔をされる。まだガキだと思っていた自分が母親だ。電話で両親に報告すれば、母ちゃんは意外にも怒ってなかったが、親父にはめちゃくちゃ叱られた。少し凹んだ。
でも黙って中絶させようとするなんてひどすぎる。新しい命を宿しているのに。大好きな人の子供なのに殺そうとするなんて……っ。
そう考えると自然と涙ぐみ、我が子を失う恐怖に打ち震えて自分のお腹を撫でた。直と俺の子供を死なせたくない。生みたい。
「守らなきゃ」
俺はいつの間にか母性に目覚めていた。
「そこに隠れているのはわかっていますよ、架谷甲斐」
周囲を黒服が張り込みしている様子が見えたので、じきに見つかるとはわかっていた。だから仕方なく重い腰を上げて姿を見せた。目の前にはテレビでしか見た事のない川田梨々子と数人の黒服が彼女を守るように立っている。
「初めましてですね、架谷甲斐さん。わたくし、川田凛々子と申します」
にっこり微笑む彼女は俺に似た美少女だった。令嬢らしく気品ある感じだ。しかし、どこか顔の表情が醜く歪んでいるようにも見える。俺を憎むべき相手だと言わんばかりだ。
「俺に何か用なんですかねえ~川田さんとやら」
俺はいつも通り余裕があるような態度で接した。本当は余裕なんて少しもないのに、こいつらに弱い部分なんて見せないように強がった。こんな大勢に囲まれでもすれば逃げ場なんてないし、ゴキおもちゃだってもうない。ぶっちゃけ万事休すである。
「直様の子を妊娠しているそうですね」
「それがなにか」
「今後、あの人に隠し子なんて発覚すればマスコミが騒ぎますし、私達が結婚した時に名前に傷がつきます。矢崎家の跡取り問題の邪魔にもなりかねませんし、私達の盛大な結婚を前に悪い芽は潰しておかなくてはなりません」
「やっぱりそういう理由かよ。強引に中絶させようなんてよほど焦っているようでウケルわ。直に相当嫌われてるもんな、お前ら」
俺が嘲笑うと、川田の眉間に皺が寄る。
「平民風情が生意気なことを言わないでくれますか?高貴なあの人の心を奪っているってだけで許し難いのに、あの人の子を妊娠だなんて……貧乏平民が直様をたぶらかした罪は重いです」
「別にたぶらかした覚えはないんだがな。最初は向こうから勝手に惚れられたわけでしてねー結果的にこうなったと言いますか、なるようになったんですよ」
「では、子供だけでもおろしてはくれないかしら」
第三者の声がした。川田の背後から副社長のオバさんが現れた。諸悪の元凶はやっぱこのクソババアか。
何事もなく平和に幸せに過ごしてしばらく、今日は調子がすこぶるよろしくなかった。体が妙に熱っぽく、倦怠感を感じ、しかも吐き気だってする。先ほどまではそうでもなかったのにどんどん気分が優れない。何かをしたわけでもないのになんなんだろう。
「甲斐君、顔色悪そうだけど大丈夫?」
「調子悪そうだけど」
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「食あたりとかそんなもんだろきっと」
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「たしかに贅沢な悩みなんだけど、さすがに朝までは体がキツイっていうか、腰が痛いっていうか、フラフラなんだよ。あ、そういえばこの頃ちょっと気になる事があってさ、御飯食べたいはずなのにご飯を見るとなんか食べたくなくなってんだよな。むしろ吐きそうになるっていうかだな」
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悠里や篠宮が何かを言いかけた時、視界が急激にぼやけた。ぐるりとめまいがして全身の力が抜けていく。
「甲斐君!!」
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「ここ……病院?」
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「そうです。近所の病院ですよ。様子がおかしかったので念のためにって保険医の南先生が勧めてくれたんです」
万里ちゃん先生が説明する。
「そうか。で、俺どっか悪かったのかな」
「ううん、別にどこも悪くないって言ってたよ。ちょっと疲労がたまってるのもあったけど」と、悠里。
「ほんとに?」
「うん、本当」
「っていうかさ~アンタまだ気づかないの?」
篠宮が呆れた様子で腕を組んでいる。
「……何を?」
「だから、最近アレきてないだろ。女特有の月に一度くるアレ」
「あ、そーいえばきてないような……気も、する、かも」
そこで俺はハッとした。俺、もしかして……
「下痢か?」
「そこで盛大なボケかますな。おめでただよ。お・め・で・た!」
「お、おめ、おめでたって……マジ……?」
「マジ。妊娠してるって。まだ初期段階」
認めたくない事実だったので下痢だとボケをかましたが、やっぱりそうらしい。
「くぅ~~お兄ちゃんを孕ませるなんて直様ってば手が早すぎるんだから~~っ!ゆるさない~~!」
「そうですわ!あとでお兄様を私がぶん殴ってきますわ!幼気な甲斐様を孕ませるなんてゆるすまじっ!」
妹達が盛大に憤慨してキレている様子を見て、俺の確信をより現実にさせた。
「直の子を俺が……」
頬がボッと熱くなる。ここ数か月は直としまくっていたし、避妊も少し疎かになっていた気もする。
「なんか、罪悪感がわいてくるかも」
俺は頭を抱えた。いろんな意味で。
「なんで罪悪感なんて感じる必要あるの」と、雛。
「そりゃまだ結婚どころか高校卒業してないガキだぞ。あと数日で卒業とはいえガキには変わりないし」
「たしかにまだその年齢でデキちゃったなんて世間の評判は良くないけどさ、でも愛し合ってるんだし、直様だって喜んでくれると思うわよ」と、由希。
「そうそう。その辺は父親になる直様とよーく話し合うんだよ。直様ならきっと大事にしてくれるって」
「なんだかんだ言って直様って甲斐には超優しいもんね」
「あーあたしも優しくて経済力ある彼氏ほしーい」
かしまし三人娘はおめでたい事だと言ってくれる。たしかに嬉しいんだけどさ……
「産むんだよね?」と、宮本君。
「…………たぶん」
「なんだよその曖昧な返事。めでたい話なのに」
健一やみんなは怪訝そうな顔をしている。
「アイツとの子供なら是が非でも産みたいけど……いろいろ不安でさ」
直は先日、川田と結婚などしないと言ってくれたが、まだバカ社長一族と川田一族とで揉めているらしい。結婚を巡っての泥沼化しそうな勢いで、どちらも譲らない状態らしい。だから、全てが終わるまでは今はまだ本当に喜んでいいものかわからない。
その後、妊娠したからには婦人科の看護師やソーシャルワーカーの人に子供をどうしていくのとか、父親になる相手と両親とでよく話し合ってくるようにと説教じみた感じで言われてしまった。なんか罪悪感がこみあげてくるよ。未熟者のガキが子供作っちゃってさ。結婚前に迷惑かけてごめん。親父、母ちゃん。
最近はお盛んな直に押し切られる形でヤリまくっていたから、デキてもおかしくなかったよな。何回か中出しされた覚えも微かに記憶にあるし、それがいけなかったか。だけど、いずれ遅かれ早かれこうなっていたとも思う。
俺自身も直が求めてくると満更でもなくなって、気持ちよくなって流されちまってですね……って、自分自身に何言い訳してんだろ。まるで責任逃れしてるみてぇでよくないな。
「次回いらっしゃる時はご両親や父親になる方との同伴が望ましいですね」
「はい……連れて来ますぅ」
廊下ですぐに直に電話をかけた。今は仕事中かもしれないから出てくれないかもしれない。でも、この事は急いで伝えておくべきだと思った。
『どうした?オレの可愛い甲斐』
この時間に電話に出てくれる事が珍しくて驚いた。
「ごめん。いきなり電話して。仕事中だっただろ」
『いや、今は丁度車で移動中だったから大丈夫だ。何かあったのか』
「あー……その、今日の夕方とか夜とか、時間あるかな?」
『今日、か……』
電話口の向こうで、直が久瀬さんにスケジュールを訊ねている声が聞こえる。
『夕方17時ごろからなら一時間だけ予定を空けられる』
「そうか。忙しいのにごめん。二日後の卒業式の後でもいいと思ってたんだけど」
『いいんだよ。二日後なんて長いって思ってたから。たった一時間でもお前に逢えるのが嬉しい。触れたかったんだ』
電話口とはいえ顔が熱くなるのを感じた。
『甲斐は?』
「そんなの……同じだよ。俺も……直に逢いたいよ。抱きしめてほしいなーなんて」
『っ……我慢できなくなりそうな事言いやがって……っ、じゃあ、17時にお前の家に行くから待ってろ』
「ああ。待ってる。仕事、無理するなよ」
『……甲斐、なんか口調が亭主を心配する妻みたいになってきたな』
「いずれ、そ、そうなるだろ」
『そうだな。もうすぐだよ……オレの奥さん』
「っ……」
その不意打ち呼びは反則だ。
『じゃあまた後でな。愛してる、甲斐』
「俺も……大好きだよ、直」
熱くなる顔のまま幸せな電話を終えて外に出る。近くの飲食店から漂う肉の香りを嗅いだ途端、吐き気がこみ上げてきた。
おええ……気持ち悪ぅ。しばらくこってりしたメシ食えない。
大好きな肉の匂いで吐き気というのは辛い。悪阻というのは思ったほど厄介である。今日の夜はさっぱりしたものにしようと思案しながら歩き出すと、背後から殺気を感じた。気配を鋭くして振り返ると、見慣れない黒服連中が数人いて、瞬く間に自分を取り囲んでいた。
「架谷甲斐。我々と来てもらいましょう」
「誰だ、お宅ら」
「お嬢様の使いの者です。来ていただくようにとご命令です」
「お嬢様って」
直の婚約者の事だろうと察する。
「なんで行かなきゃならんの。俺が邪魔だからとうとう実力行使で動き出したとか」
「ここでは何も言えません」
「じゃあ、俺もついて行かない。命令だかなんだか知らんけど、用件を詳しく説明できないあんたらなんかに従うつもりはない」
「残念ですがあなたに拒否権はありません。力づくででも来ていただきます」
連中は俺を拘束しようと襲い掛かってくる。が、ゴキおもちゃをなげつけて牽制する。悲鳴をあげて驚く大半と、意に介さない一部。それでも手を伸ばしてくる連中を拳で払い、ひじ打ちや裏拳でやり過ごす。弱体化してから鍛錬を初めて一年とちょっと。少しだけ男であった時のような立ち回りはできるようになったが、激しい運動は控えるように言われているので躊躇ってしまう。おかげで隙が生じた。
げ――しまった!
背後から布越しに薬のようなものを嗅がされて意識が遠のく。クソ、こんなものでっ。瞼が重くなり、悔しさに打ち震えながら睡魔に負けた。
頭が痛い。何がどうなっているんだろう。目の奥が異様に明るくて体が重い。
ゆっくり瞼をあけると、まぶしいライトが自分を照らしている。なぜか寝台で寝かされていて、病衣を着用している。おまけに足を不恰好に広げた体勢でいて茫然としていると、手術服を着た女医と看護師数名が「今から麻酔をかけますね」なんて言っている。
何を?なんで麻酔?なんで病院にいるの?どうなってんの?
「大丈夫。すく終わりますよ」
だから何が。と、訊き返すも答えてはくれない。わかる事はこれは決してよくない事じゃなかろうか。俺は飛び起きた。どこも悪くないのになんで病院にいるのかもわからない。
女医達が慌てて俺を「大丈夫だから」とか「すぐ終わる」とか、具体的な説明もなくマニュアル通りになだめようとするが、嫌な予感が止まらない俺は寝台を滑り降りた。女医や看護師が腕を伸ばして制止させようとするが、俺は無我夢中で連中達の腕を振り払い、そのまま手術室を飛び出した。
逃げる俺を捕まえようと追いかけてくる看護師たち。なんで看護師が追いかけて来るんだよ!と、激しく突っ込みたいが、捕まるとヤバいのは一目瞭然だ。病院内の廊下をひた走った。
病院の外を出ると、今度は謎の黒服連中が追いかけてきて鬼ごっこはまだ続いた。路上を走る自転車や通行人を避けながらひたすら前を宛もなく走る。通りすがりの通行人と何度か接触しそうになるが、それを気にしている余裕はない。俺は妊婦な事を忘れてひたすら駆けた。
近所の小さな公園を見つけると、隠れられるトンネルの遊具を発見してそのトンネルの中へ身を潜めた。さすがにもう走れない。追いかけてくる連中達を一先ず振り切るのだった。
なんなんだあの看護師達は。しかもあの黒服共は。誠一郎さんの仲間の黒服の奴らという感じでもなさそうだし、俺に何をしようってんだよ。いきなり手術で麻酔なんて……あ。もしかして奴らは……
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だからといって冗談ではない。俺は中絶なんて希望したわけでも、ましてや正式に手続きをしたわけでもないのに勝手に手術をさせて、知らんうちに妊娠をなかった事にしようとするなんて身勝手すぎる。ひでえ奴らだ。最低だ。
たしかにデキちゃったなんて世間様からはよくない顔をされる。まだガキだと思っていた自分が母親だ。電話で両親に報告すれば、母ちゃんは意外にも怒ってなかったが、親父にはめちゃくちゃ叱られた。少し凹んだ。
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そう考えると自然と涙ぐみ、我が子を失う恐怖に打ち震えて自分のお腹を撫でた。直と俺の子供を死なせたくない。生みたい。
「守らなきゃ」
俺はいつの間にか母性に目覚めていた。
「そこに隠れているのはわかっていますよ、架谷甲斐」
周囲を黒服が張り込みしている様子が見えたので、じきに見つかるとはわかっていた。だから仕方なく重い腰を上げて姿を見せた。目の前にはテレビでしか見た事のない川田梨々子と数人の黒服が彼女を守るように立っている。
「初めましてですね、架谷甲斐さん。わたくし、川田凛々子と申します」
にっこり微笑む彼女は俺に似た美少女だった。令嬢らしく気品ある感じだ。しかし、どこか顔の表情が醜く歪んでいるようにも見える。俺を憎むべき相手だと言わんばかりだ。
「俺に何か用なんですかねえ~川田さんとやら」
俺はいつも通り余裕があるような態度で接した。本当は余裕なんて少しもないのに、こいつらに弱い部分なんて見せないように強がった。こんな大勢に囲まれでもすれば逃げ場なんてないし、ゴキおもちゃだってもうない。ぶっちゃけ万事休すである。
「直様の子を妊娠しているそうですね」
「それがなにか」
「今後、あの人に隠し子なんて発覚すればマスコミが騒ぎますし、私達が結婚した時に名前に傷がつきます。矢崎家の跡取り問題の邪魔にもなりかねませんし、私達の盛大な結婚を前に悪い芽は潰しておかなくてはなりません」
「やっぱりそういう理由かよ。強引に中絶させようなんてよほど焦っているようでウケルわ。直に相当嫌われてるもんな、お前ら」
俺が嘲笑うと、川田の眉間に皺が寄る。
「平民風情が生意気なことを言わないでくれますか?高貴なあの人の心を奪っているってだけで許し難いのに、あの人の子を妊娠だなんて……貧乏平民が直様をたぶらかした罪は重いです」
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