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「甲斐に逢いたかった。本当はただそれだけなんだけど……だめか?」

 不安そうに見つめてくるので、私は慌てて顔を振る。

「そんな事ないけど……私なんかのために貴重な時間を無駄にして悪いよ」
「私なんかってなんだよ……。悪いなんて言うなよ。オレが逢いたかったんだから。そんな言い方するなっ」

 急にきつい言い方になった直に驚いて怯んでしまう。
 怒らせてしまった気がして慌てて謝罪をする。

「ご、ごめんなさい……」

 ばつが悪くなって視線をさっとそらすと、直も慌てて謝罪をする。

「こ、こっちもいきなり言い方きつくなってごめん……」
「直……」
「怒ってるわけじゃないんだ。甲斐は自分を過小評価しすぎだから。オレが好きになった人なのに……」

 好きになったという言葉にどきりとする。

「もっと自信持っていい。甲斐は可愛いよ」
「可愛くなんて、ない」

 見向きもされないブスだって自分がよくわかっている。中高と学生の頃は妹と比較されて、よくいじめられていたものだ。喪女で地味ブスだって。

「可愛い。そこら辺にいる自分に酔ってる女なんかよりずっと。周りはそう見えても、オレは甲斐が一番可愛いく見える」

 そう言いながら、直は私を抱き寄せてきた。広くて逞しい胸板にいい香りのコロンに胸は翻弄される。

「甲斐を前にしてしまうと落ち付けないな。我慢しなきゃいけないのに、欲しくなる……」

 本気にしていいのだろうか。そんな事を言って。

「なあ、甲斐の手料理が食べたい」
「え……私の料理?」
「久しぶりに食べたくなった。まだ時間に余裕があるし、朝からあんまり食べてなくて」
「うーん……作ってあげたいけど、買い物に行ってないから大したものは出せないよ」
「それでもいいよ。甲斐が作るのならなんだって美味しい事は知ってるから。十年前から」
「……そこまで言うなら、卵焼き定食くらいなら……出すけど」
 
 直を家にあげてリビングのソファーで待っててもらう。古くて狭い1LDKのアパートだから、高身長の直が入ればより狭さを感じてしまうかもしれない。

「窮屈だけど……」
「構わない。いずれ引っ越してもっと広いとこに一緒に住む予定だから」
「え……い、一緒にって……」
「そのうち同棲したい。できれば早めに結婚も。もっと広い家で一緒に同じ時間を共有したいんだ」
 
 本当にそうなったら嬉しい。でも期待はしない。
 今まで期待して、最後には悉く覆され続ける日々だったのだ。また妹に奪われると思うと素直に喜べない。

 きっと最後には……直でさえ妹にとられちゃうんだよ……。

 年上のうだつの上がらない私より、同い年の妹の方がずっとずっとお似合いで、周りからも美男美女だって持て囃される。そんな未来がそこまで見えているんだよ。

「甲斐……?」
「……なんでもない。待ってて」
 
 元気のない私を見て心配そうな直。

 ごめんね……自分に自信のない私で――。




「はい、できたよ」

 十分程度キッチンで作業をして、簡単な卵焼きと炒め物と御飯と味噌汁をテーブルに並べた。
 彼が来るとわかっていたら、ちゃんとしたものを提供できたのに、地味な品の数々に申し訳ない。

「美味しそうだな」
「誰でもできるものだよ」
「それでも甲斐が作った物ならなんだって美味しく見える。きっと味だって」

 直が綺麗な箸遣いで卵焼きをひとくち食べる。

「やっぱり美味しい。甲斐の作った物だけは特別な感じがする」
「買いかぶりすぎだよ。唯一の取り柄がこれしかないからね」
「唯一の取り柄だからこそいいんだろ。料理が上手な甲斐はいい嫁になる。オレは料理なんてまるっきりダメだから、甲斐がしてくれると助かる。自分でも頑張るけど」
「直は、いいの……?」
「なにが?」
「私で……本当にいいの?あなたの周りには私以上に尽くしてくれる人がたくさんいると思うと、なんで私「甲斐じゃないとダメなんだ」

 真剣に、はっきりと即答する直。

「甲斐以外なんて死んでも考えられない。他の女なんてオレには価値がないから」

 そうまで言いきってしまうほどに?

「ずっとずっと甲斐だけを想って生きて来て、やっと手に入ると思って嬉しくて、でも甲斐が他の男に目移りしないか毎日が不安で心配で、だけど中途半端な男として再会したくないから頑張ってきて……こうして再会できた」

 今までの苦労が報われるとでも言いたげにシミジミ語る。そして、改めて真正面から見つめられる。

「本当に待ち焦がれてた。甲斐のそばにいられるんだって。やっと幸せに浸れるんだって」
「直……」
「愛してるんだ、甲斐。甲斐のために生きて来たから、今更生き方なんて変えられないくらい甲斐を想ってやまない。これだけじゃだめか?」



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