上手なクマの育て方

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 部屋に入るとピスは、ニットキャップとズボンを放り投げるように脱ぎ捨てた。
 そしてさも得意そうな顔で柊一を見上げ、自由になった耳としっぽを、清々と動かして見せる。
 その様子は、出かける前に柊一が言った「服を着てなきゃ連れてってやらない」という言葉の意味を、ちゃんと理解しているかのようだった。

「まぁ部屋の中ならどんな格好しててもいいけどさー。帽子はまだしもズボンまで脱いだら寒くねぇ?」

 寒さなどそっちのけで、耳としっぽを自由にしたピスは、まっしぐらにスーパーの袋に駆け寄って、中身をせがんで鳴いた。

「そんなに飢っつくなよ、今、やるから…」

 マーガリンは買えなかったので、袋から出したままの食パンを1枚、与えてやる。
 するとピスは、その粗末な朝飯を、脇目もふらずに食べ始めた。

「なんだよおまえ、そんなに腹が減ってたのか? もう1枚食うか?」

 柊一がそう言った途端、ピスは片手にパンを持ったまま、もう片方の手を勢い良く柊一の方へ突き出してきた。
 どうやらピスは、柊一の言葉を完全に理解しているらしい。
 掌の上に2枚目のパンを乗せてやると、ピスは柊一に向けて、満面でニッと笑った。
 開いた歯の間から、咀嚼されたパンの一部分が見えたが、その行儀の悪さもまた、愛嬌と許せてしまうような子供らしい笑顔だった。

「おまえ、その顔で、きっとそのうち得するゼ」

 柊一は自分もパンを囓りながら、買ってきたばかりの雑誌を広げた。
 巻頭を飾るグラビア写真の後は、レプリカ・ペットの情報特集があり、後半のページには、ペット可愛さに鼻の下を伸ばした飼い主の自慢投稿が延々と続く。
 大切に手入れされているペット達と、目の前の薄汚れたピスの様子には、雲泥の差があったが、しかしピスがレプリカであることは間違いないようだ。
 不自然な耳としっぽがついていること。
 人間に酷似しているが、生殖器が無いこと。
 人語が発声できないこと。
 巷のレプリカ・ペットがなぜ子供ばかりなのかは、初心者向けの解説記事を読み進んでいくうちに、理由が分かった。
 成人体のレプリカは、ちゃんと生殖機能を持ち、繁殖が出来るらしい。
 が、その子供は必ず繁殖能力を持たず、成長も中途半端な子供のままにしかならないのだ。
 成人体レプリカは個体数が数が少なく、価格は子供レプリカの比ではないらしい。
 しかも繁殖目的で作られているため、雌の数のほうが圧倒的に多く、成人男子のレプリカは、滅多なことでは市場に出回ってこないし、稀な所有者の大半は商売目的のブリーダーなのだそうだ。
 ちなみに子供レプリカの価格は、新車の価格と同じようなものだった。
 高嶺の花の高級車もあれば、種類によっては、ちょっと手頃な大衆車価格のものもある。
 種類による繁殖力の違いや、ペットとしての人気によって生ずる価格差であるらしい。
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