上手なクマの育て方

ROKU

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 鉄道のガード下に、たこ焼きの屋台が出ていた。
 ソースの焦げるニオイが辺りに漂っていて、それを嗅いだ途端、柊一のふくれっ面はたちまちヘニャっと崩れた。
 柊一は以前に1度だけ、誰だったかのおごりで関西風のたこ焼き(確か明石焼きとかゆー名称だった…)を食べたことがある。
 小さなまな板の上に、丸くて黄色い卵焼きが2列になって並んでいた。
 それを箸で摘み、だし汁をチョイと浸けてから口に放り込んだら、卵はふんわり、タコはしこしこしていて、うまかった。
 また食べられる機会があれば、誰の誘いであろうと、大喜びでついていくつもりだ。
 がしかし、あのお上品な卵焼きと、楊子の刺さった屋台のソースたこ焼きを並べられ、どっちか1つだけ選べと言われたら、やっぱりソースたこ焼きの方を選んでしまう柊一なのである。
 仕事も決まったし、幸先はかなり明るい。
 朝飯と昼飯はしょぼくれたものだったし、夕飯の前にたこ焼きを奮発をしたって、バチは当たらないだろう。
 瞬時にそう判断した柊一は、アセチレンライトの輝く屋台を覗き込んだ。
 什器の向こう側にいたのは、ヒトの良さそうな顔つきの、テラカンの剥げオヤジだった。
 タコそっくりのオヤジから買ったたこ焼きを、高らかに掲げた柊一は、鼻歌交じりに下宿の扉を開いた。

「ピス~っ、超ウマいモン買ってきたぞ~!」

 すると即座に、薄暗い部屋の中から、こぐまが走り出てきた。

「piki !」
「piki !」

 喜び勇んだ鼻声は2つ。
 そしてまったく同じ2つの顔が、柊一の目の前に並んだ。

「わ!!!!」

 と叫んで、柊一は2個の顔を凝視した。
 一瞬、ピスがアミーバのように分裂増殖したのか? と思った。
 がよく見ると、2つの顔はソックリだが、1匹は柊一が着せてやった服を着ていて、もう1匹は最初に見た脱走患者のようなピラピラを着ている。
 そしてもっとよく見たら、ソックリな顔も、ちゃんと微妙にそれぞれ違っているのである。
 柊一は、最初のピスに向かって、恐る恐る訊いた。

「……もしかして、コイツ、おまえの兄弟か?」
「piki」

 ピスはこくりと頷いた。
 そして柊一がぶら下げていたたこ焼きに手を伸ばしてきた。

「piki~ !」
「piki~ !」

 たこ焼きを欲しがる声は2連発だ。

「わかったよ! 今やるって!」

 とは言ったものの、ピスが2倍になってるなんて思ってもいなかったので、たこ焼きは1パックしか買ってない。
 10個のたこ焼きを、人間ひとり&こぐま2匹に、それぞれ3個ずつの割り当てをして、残りの1個は楊子で突ついて3パートに分け、それぞれに分配した。
 こぐまたちはゴチャゴチャに分解されたたこ焼きも、非常に嬉しそうに指で摘んで食べていた。
 柊一はたこ焼きを食べつつ、少しだけ、今後のことを考えた。
 いくらピスが小さいとはいえ、いきなり2倍増されたら、食費だって2倍増だ。
 バイト代だけでやっていけるのだろうか? …と。
 しかし柊一はすぐに、考えるのが面倒くさくなってしまった。
 世の中すべて、なるようになるのだ。(たぶん)
とりあえずどうにも小汚いこぐまたちを、洗ってやった方がいいだろうと思いついた。
 ピスたちの体臭は気にならない(むしろ柊一の好きなニオイだ)が、足の裏なんか真っ黒だ。
 今朝は寝ぼけていたので、そのままにしてしまったが、真っ黒な足を4本布団に入れてやるのは、さすがの柊一だって問題だと思う。
 熱いものを平気でパクパク食うような奴等だから、流し台の冷水で洗っても平気かもしれない。
 が、洗う柊一の方はそうはいかない。
 冷水に手を突っ込んで2匹を洗ってやったら、凍傷になるかもしれない。
 都内の銭湯の入浴料は、400円とチト高いが、こども料金は割安の80円だ。
 仕事も決まってるんだし、夕飯の前に銭湯くらい奮発したって、バチは当たらないだろう。(たぶん)
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