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はじめての作曲依頼
音楽の道に近道なし
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演劇で大成功を収めたピアニー。劇的な活躍から一週間が経過した。
さぞ注目され、音楽人生に激変が訪れたかと思われたが、
「いち、に、さん、いち、に、さん」
笑顔でリズムを刻む先生に、
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
呻きながら鍵盤を叩く生徒。
シュバルツカッツェ家の温室で以前と変わらぬピアノ教室を開いていた。
「はい、そこまで。お疲れ様です、ぼっちゃま」
「はあ、おわった……」
約一時間のレッスン。涼しい風が吹き込む室内であったがフォルテは汗まみれになっていた。
「随分と上達されましたね。見間違えました、聞き間違えました」
「だからお世辞はよせ。俺の腕はどの程度か、俺が一番わかっている」
「お世辞じゃありませんのに……それといけませんよ、ぼっちゃま。マイナス思考になっております。自信は力です。もっと自信を持ってください」
「はいはい」
「はいは一度でございます」
「はいっ」
するとワゴンを押すアレグロが現れた。
「そろそろ休憩にしたらどうでしょうか」
「アレグロ様。ちょうどいいところにいらっしゃいました。まさに休憩しようとした瞬間、グッドタイミングです」
「そうだ、アレグロ。新聞は持ってきたか」
「持ってきましたがぼっちゃまが気に入りそうな記事はないですよ」
フォルテは新聞を開く。まともに読まず、ほとんどを読み飛ばして畳んでしまう。
「まったく、扇情主義の新聞社どもめ……」
「何が気に入らなかったのですか」
「お前の扱い。もうちょっとは騒がられてもいいと思うんだがな」
「仕方ありませんよ、まだまだ無名なのですから」
「許せん、絶対に許せん。どうして他人の空似の役者を、マシュー様の隠し子として騒ぎ立てるのか」
ドナタ・ソナタにはいくつもの新聞社があったがどれもが扇情的な記事ばかりを書いていた。世界情勢よりも貴族の下世話を主に取り扱っている。
「それだけ注目されている人なのですから仕方ありませんよ」
「……ピアニーはそれでいいのか?」
「何がですか?」
「……少しばかりは、これで弾みがついて、音楽家としてより一層活躍できると期待していたんじゃないか」
「……まあ、少しは」
ピアニーは苦笑する。
「これが結果です。音楽の道は険しいものだと改めて思い知らされました。あ、でも、宮廷音楽家を諦めたわけではございません。まだまだぼっちゃまのお世話になります。よろしくお願いしますね」
「……そうかよ。それじゃあ俺はお前の主人としてパトロンとして、何でも力を貸さないとだな」
「あ、今のお言葉、噓偽りはございませんか」
ピアニーが自信なさげに、おっかなびっくりに聞く。
フォルテは自信をもって答える。
「嘘じゃない。何か相談か。じゃあ力を貸すぞ」
「そ、そうですか、それではお言葉に甘えて……相談したいことがありまして」
ピアニーは一冊の分厚いハードカバーを見せる。装丁や紙の質から新品と察せられる。
「実は……また作曲依頼が入りまして」
「なに? それを早く言え」
「それは……なかなか言い出せない複雑な事情がありまして」
「事情? 俺にもか?」
「はい。というかぼっちゃまだから言いづらいというか」
もじもじと目線をそらす。
「どうした? またイメージが湧きづらいから俺をモデルにしたいのか? いいぞいいぞ、そういうことなら大歓迎だ」
フォルテはピアニーの反応を見て、官能小説だと勘ぐる。
「そういうことなんですが、でも、あのですね」
「ええい、じれったい! その本を貸せ!」
そして彼女の持っていた本を強奪する。
「あ、ぼっちゃま、いけません!」
「なになに、アルファ帝国とオメガ共和国? 戦記物か?」
フォルテは特技の速読で物語を読んでいく。
『いけませぬ、黒猫王子! 私には愛する妻が!』
『なにがいけませぬだ、カノン総帥。口では嫌だと言いながら体は正直だぞ』
黒猫王子は年並み外れた絶技で籠絡していく。
役目を終えたと思われていた大砲の導火線に火が付き、射角が上に。
バタン!
フォルテは本を閉じた。
かつてないほどの頭痛に苛まされる。
空を見上げて急にのしかかったストレスを和らげる。
状況を飲み込もうと思考したが、生理的嫌悪が勝り、上手く考えがまとまらない。
諦めて問いただす。
「……なんだ、この呪いの魔導書は」
「魔導書ではございません! 立派な物語でございます! ただしジャンルは戦記というよりは恋愛。より正確なジャンルは、作者様が仰るには耽美らしいです」
「耽美だ!? この悍ましい文章が!? それとこれ、明らかにモデルいるよな!? このうちの一人は俺だよな!? 作者は誰だ、言え!!」
「えっと、その…………マリネ夫人様です」
「あのババアか!! しかも俺ともう一人、絶対マシューだよな!? どういう趣味をしてるんだ!!?」
「そういう趣味としか……言いようがありません」
「直談判だ。即刻全部燃やすように訴えてやる」
「全部燃やすのは……難しいかと」
「なに? それはどういう意味だ……」
「アルファ帝国とオメガ共和国は……この一冊だけではございません。もう四十年も続く大長編でございます。一部の婦女子の方々に絶大の支持を得ておりまして多くの国で翻訳されていたり。この本もつい一週間前に発売され、久々の新作ということもあり、すでに書店では売り切れになってるそうです」
「……」
フォルテ絶句。
「それよりもぼっちゃま! 先程の約束お忘れではございませんか? 力になって頂けるのですよね! 実はイメージしづらいシーンがありまして、モデルのフォルテ様に直々に……ってなぜお逃げになるのですか! 待ってください! マシュー様からも協力いただけることになっているのです! お待ちください! お待ちください!」
誰でもないマリネ夫人のためにマシューの協力は決まっている。
ピアニーの音楽家の興隆はフォルテにプライドにかかっていた。
さぞ注目され、音楽人生に激変が訪れたかと思われたが、
「いち、に、さん、いち、に、さん」
笑顔でリズムを刻む先生に、
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
呻きながら鍵盤を叩く生徒。
シュバルツカッツェ家の温室で以前と変わらぬピアノ教室を開いていた。
「はい、そこまで。お疲れ様です、ぼっちゃま」
「はあ、おわった……」
約一時間のレッスン。涼しい風が吹き込む室内であったがフォルテは汗まみれになっていた。
「随分と上達されましたね。見間違えました、聞き間違えました」
「だからお世辞はよせ。俺の腕はどの程度か、俺が一番わかっている」
「お世辞じゃありませんのに……それといけませんよ、ぼっちゃま。マイナス思考になっております。自信は力です。もっと自信を持ってください」
「はいはい」
「はいは一度でございます」
「はいっ」
するとワゴンを押すアレグロが現れた。
「そろそろ休憩にしたらどうでしょうか」
「アレグロ様。ちょうどいいところにいらっしゃいました。まさに休憩しようとした瞬間、グッドタイミングです」
「そうだ、アレグロ。新聞は持ってきたか」
「持ってきましたがぼっちゃまが気に入りそうな記事はないですよ」
フォルテは新聞を開く。まともに読まず、ほとんどを読み飛ばして畳んでしまう。
「まったく、扇情主義の新聞社どもめ……」
「何が気に入らなかったのですか」
「お前の扱い。もうちょっとは騒がられてもいいと思うんだがな」
「仕方ありませんよ、まだまだ無名なのですから」
「許せん、絶対に許せん。どうして他人の空似の役者を、マシュー様の隠し子として騒ぎ立てるのか」
ドナタ・ソナタにはいくつもの新聞社があったがどれもが扇情的な記事ばかりを書いていた。世界情勢よりも貴族の下世話を主に取り扱っている。
「それだけ注目されている人なのですから仕方ありませんよ」
「……ピアニーはそれでいいのか?」
「何がですか?」
「……少しばかりは、これで弾みがついて、音楽家としてより一層活躍できると期待していたんじゃないか」
「……まあ、少しは」
ピアニーは苦笑する。
「これが結果です。音楽の道は険しいものだと改めて思い知らされました。あ、でも、宮廷音楽家を諦めたわけではございません。まだまだぼっちゃまのお世話になります。よろしくお願いしますね」
「……そうかよ。それじゃあ俺はお前の主人としてパトロンとして、何でも力を貸さないとだな」
「あ、今のお言葉、噓偽りはございませんか」
ピアニーが自信なさげに、おっかなびっくりに聞く。
フォルテは自信をもって答える。
「嘘じゃない。何か相談か。じゃあ力を貸すぞ」
「そ、そうですか、それではお言葉に甘えて……相談したいことがありまして」
ピアニーは一冊の分厚いハードカバーを見せる。装丁や紙の質から新品と察せられる。
「実は……また作曲依頼が入りまして」
「なに? それを早く言え」
「それは……なかなか言い出せない複雑な事情がありまして」
「事情? 俺にもか?」
「はい。というかぼっちゃまだから言いづらいというか」
もじもじと目線をそらす。
「どうした? またイメージが湧きづらいから俺をモデルにしたいのか? いいぞいいぞ、そういうことなら大歓迎だ」
フォルテはピアニーの反応を見て、官能小説だと勘ぐる。
「そういうことなんですが、でも、あのですね」
「ええい、じれったい! その本を貸せ!」
そして彼女の持っていた本を強奪する。
「あ、ぼっちゃま、いけません!」
「なになに、アルファ帝国とオメガ共和国? 戦記物か?」
フォルテは特技の速読で物語を読んでいく。
『いけませぬ、黒猫王子! 私には愛する妻が!』
『なにがいけませぬだ、カノン総帥。口では嫌だと言いながら体は正直だぞ』
黒猫王子は年並み外れた絶技で籠絡していく。
役目を終えたと思われていた大砲の導火線に火が付き、射角が上に。
バタン!
フォルテは本を閉じた。
かつてないほどの頭痛に苛まされる。
空を見上げて急にのしかかったストレスを和らげる。
状況を飲み込もうと思考したが、生理的嫌悪が勝り、上手く考えがまとまらない。
諦めて問いただす。
「……なんだ、この呪いの魔導書は」
「魔導書ではございません! 立派な物語でございます! ただしジャンルは戦記というよりは恋愛。より正確なジャンルは、作者様が仰るには耽美らしいです」
「耽美だ!? この悍ましい文章が!? それとこれ、明らかにモデルいるよな!? このうちの一人は俺だよな!? 作者は誰だ、言え!!」
「えっと、その…………マリネ夫人様です」
「あのババアか!! しかも俺ともう一人、絶対マシューだよな!? どういう趣味をしてるんだ!!?」
「そういう趣味としか……言いようがありません」
「直談判だ。即刻全部燃やすように訴えてやる」
「全部燃やすのは……難しいかと」
「なに? それはどういう意味だ……」
「アルファ帝国とオメガ共和国は……この一冊だけではございません。もう四十年も続く大長編でございます。一部の婦女子の方々に絶大の支持を得ておりまして多くの国で翻訳されていたり。この本もつい一週間前に発売され、久々の新作ということもあり、すでに書店では売り切れになってるそうです」
「……」
フォルテ絶句。
「それよりもぼっちゃま! 先程の約束お忘れではございませんか? 力になって頂けるのですよね! 実はイメージしづらいシーンがありまして、モデルのフォルテ様に直々に……ってなぜお逃げになるのですか! 待ってください! マシュー様からも協力いただけることになっているのです! お待ちください! お待ちください!」
誰でもないマリネ夫人のためにマシューの協力は決まっている。
ピアニーの音楽家の興隆はフォルテにプライドにかかっていた。
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